壊れた世界と魔法使い
駅前にて 前編
意気込みは十分。緋真さんたちは、私たちよりももっと多くの数を相手にしてくれているのだから、それと比べればたかが知れている。
前方と後方にそれぞれ敵が展開しているこの状況。数はざっと百人ぐらいかな。結構な数だとは思うけど、一人当たり二十人とすればいい。そう考えれば、とりあえずなんとかなりそうかなぁ、って感じの数字に思えてくる。まあ、気持ちの問題が大半を占めているのだけど。
「気合が入ってるのはいいけどよ、何も全員相手にする必要ないんだぜ」
「そうだな。さすがに数が多すぎる。ある程度の数を減らせば、後はさっさとここから逃げ出した方が良いだろ」
それもそうだね。となると、前か後ろかどっちかに絞って蹴散らすべきだね。
「じゃあさ。とりあえず、正面突破で行こうよ」
「正面……ですか」
「うん。駅の方。線路沿いに逃げよう」
町の方へ行ったところで逃げ場なんてないんだし、数の多い駅側の敵を減らして進むしかない。
「そういうことなら、あたしに任せなさい」
駅側には七割ぐらいの敵が密集している。そんな部分を突撃しないといけないのだけど、そこはさすがの蘭。
こと、集団に対しては最もの有効な一撃であり、蘭の得意技でもある。魔力砲が敵集団を捕捉する。
放たれた一撃は大地を削って、敵の集団を撃ち抜き、果てはその先のホームすらも破壊した。その通り道には何も残らず、蹂躙された跡が痛々しく威力を物語る。
原形の三分の一は見事なまでに吹き飛ばされたホームの残骸に、魔力砲の餌食となった戦闘員たちが散らかっていた。
「容赦しねえな。吹き飛んだ戦闘員がホームの装飾品みたいになってやがるじゃねえか」
「あら、見栄えが良くなっていいじゃない」
「そういう問題じゃなくてだな。さすがにあれはやりすぎだろ」
「あんた、敵に情けをかけて加減しろって言いたいわけ? そんなことして、あたしたちに何の得があるって言うのよ」
「そういうわけじゃないが。俺が言いたいのは、ホームを破壊するほどの威力は必要ないってことだ」
木っ端みじんに吹き飛んだホームに苦情を入れる纏。どうやらご立腹な様子。
「別にあれぐらいの被害は裏社会では日常茶飯事じゃない。第一、お姉ちゃんたちのアレはもっとひどいじゃない。アレと比べると可愛いもんよ」
アレとはもちろん、燃え盛っている高層ビルのこと。それに加えて数か所の火事。被害はここと比べるまでもなく、緋真さんたちが起こしている方がひどすぎる。
「そうかもしれないが、出来るだけ被害は抑えるよう努力してくれ。そもそも公共の場って言うのは、表と裏関係なく誰もが使う場所なんだ。駅を破壊されては、困るのは一般人だけでなく、俺たちも困るだろ」
「あーもうっ! 分かったわよ。気を付ければいいのでしょ! 気を付ければ。……細かいところばかり気にするんだから」
強気になって言い返していた蘭だったけど、正論を吐く纏に一応ながらも納得していた。
公共の交通機関は私たちも使う乗り物でもあるわけだし、実際電車を使って逃げる算段をつけてもいた。公共交通機関が止まってしまえば、誰もが困ることだった。
幸いにも瓦礫の山と化したのはホームの一部分だけだし、残骸さえ除けてしまえばすぐに復旧しそうな感じではあるけど。なんだか、一気に無事キャパシティに辿り着けるのか不安になってきた。
「まあ、やってしまったものは仕方ないな。結果としては、敵の数も減らせたことだ。これで少しは逃げ出す隙が作れ――!」
これで間違いなく、と誰もが思った。――のに。
多少の傷は負ったものの、平然と立ち上がる戦闘員が何人もいた。しかも、驚くことに倒れ伏した数の方が少ないぐらいだった。
「アレを受けて、立ち上がるなんて……」
「ねえ、どうするの。なんか全然効いてなさそうなんだけど」
蘭が加減した? それとも、ものすごい生命力のある黒服ってこと?
どっちでもいいとして、どうなっているのか気になって蘭の様子を窺がってみると、立ち上がった戦闘員を分析するように魔眼で見据えていた。
「もしかして……高ランクの戦闘員も混じっているのか」
「立ち上がったのは、全員がC級戦闘員のようね。それ以外はD以下といったところかしら」
どうやら魔眼で敵のバッジを把握していたらしい。
確かによくよく考えれば、それもそうだよね。いまや、ここには二十九区全ての戦闘員が集結してきていると言っても過言ではないんだし、高ランクの戦闘員が居ても不思議ではなかった。
「中級の対魔具を装備した戦闘員がこの数か……。これは、一筋縄ではいきそうになさそうだな」
「……? 中級の対魔具、ですか?」
なんだろうね、それ。
「戦闘員なら誰もが身に纏っている黒服のことよ。あれには魔法を相殺する力があって、中でも連中が付けているのは三段階中の真ん中の性能ってことよ」
「え? それじゃあなんでC級だけ生き残ってるの? は! もしかして、C級は特別性とか」
「魔具に関する詳しいことは研究所の奴らぐらいしか把握していないのよ。だけど、黒服の性能は装備者によって細かに変動するらしいわ」
研究所と言われて、数日前にみた。あのおびただしい研究跡を思い出した。
人には言えない研究をしているという話しで、そこで緋真さんと父さんは被験者とされて弱った姿で発見した。非人道的なことがされていたのは間違いない様子だった。
「この様子からして、C級クラスでも完全には相殺しきれていないみたいですね」
「個人差ありってわけね」
まとめると、とりあえずC級とD級は同じタイプの黒服を纏っているってことだね。だけど、この二つの階級の間で性能差が出ている。そのせいで、立ち上がれた人とそうでない人がいるってこと。
「でも、困りましたね。蘭さんの魔力砲が通じない相手がいるのなら、そう簡単には通れそうになさそうですね」
直撃しておいて、まだまだ余力がありそうなC級戦闘員たち。あれがどれだけいるのか知らないけど、あまり時間をかければ、数の差でこっちが先に力尽きてしまうかもしれない。
「でもさ、強敵が混じっていようとも、私たちがやるべきことには変わりないんだし。気にすることないって」
「そうだな。どっちにしろ、全員を相手にするわけじゃないんだ。ここは彩葉の言う通り、正面突破でいくしかなさそうだ」
珍しく、纏が私の提案に乗り気になっていた。完全包囲されている状態で取れる手段と言えば、それしかないってことなんだろう。
今の魔力砲でC級以下は怯えの一つでも見せてくれたらいいのに、最初よりもますます戦意が上昇しているような気がした。
360度から魔具である銃を突き付けられ、見たところ銃弾タイプと魔線タイプの二種類があった。
「放て――!」
C級と思われる戦闘員の掛け声を合図に放たれ、雨のように銃弾と光線が飛び交った。
だが、それは私たちに直撃する寸前で、不可視の防壁によって遮られてしまう。何ともおかしな光景を見て、戦闘員たちは撃ちっぱなしだった射撃の手を止める。
同時に覇人が展開してくれていた魔法の防壁が解除され、私たちが全くの無傷であることを見て取った一部の戦闘員からどよめきの声が上がる。
気持ちは分からなくもないけど、大層なリアクションを起こすのは後にするべきだったね。
だってそれはつまり、予想外の展開に戦闘員は油断をしているってこと。
こちらから攻めていくにはうってつけの状況だ。
「今度はこっちから行くよ」
「よし、蘭が壊したホームへと抜けるぞ」
一致団結してホームへと走り抜けようとするが、C級ぐらいの戦闘員はすぐに私たちの道を阻んでくる。
たちまち乱戦状態へと陥ってしまうも、さすがにC級の群れとなれば一人一人が手強い。強行突破しようにも無理がありそうだった。
足止めをされる中、ランクの低い戦闘員が後方に陣を布き、いよいよ私たちは敵に囲まれてしまうことになる。
「これ……ちょっと、ヤバくない?」
「何か手はないのか? 覇人」
「俺一人ならどうにでもなるが、さすがにお前ら全員を生かして抜け出す手段はねえな」
幹部である覇人なら、これぐらいの戦闘員なら簡単に切り抜けられるだろう。
そう、一人だったなら。
そこに私たちが加われば、話はまた別になってくる。
ふがいないことに私たちは、C級戦闘員を相手に手こずってしまうのだから。
「すみません。また、足を引っ張ってしまっているみたいですね」
「そんなこと気にしなくていいって。諦めなければなんとかなるはずだよ」
前には高ランクの戦闘員が阻み、後ろには低ランクの戦闘員が控えている。
「逃げ道はなくなってしまうかもしれませんが、あえて後ろに退いた方がここは得策なのかもしれませんね」
「ここまで来てそれは避けたいわね」
「それとも当たって砕けろ。の精神で前に行ってみる?」
「いや、それは不味いから。とは言っても、選択肢はその二つしかないか」
少数の強敵に向かうか、多数の弱者に群れに飛び込むか。
「生き残れる確率が高い方に賭けるべきね」
「前か後ろか。命を懸けたギャンブルみたい」
「嫌な例え方ね」
不安な雰囲気にさせたかな。でも、現状としてはまさにそんな感じ。
「でしたら、どっちを選びますか。生きるも死ぬも確率は半分ずつですよ」
どっちを選んでも、もしかしたらの可能性がある。
もしかしたら、B級戦闘員を相手に一度は勝ったことがあるんだから、一人や二人、数が増えても押し通ることが出来るかもしれない。代わりに全滅する確率は高い。
もしかしたら、町の酷い有様に夢中になって眺めている一般人に紛れて、逃げ切ることが出来るかもしれない。代わりに生き残る確率は半々。
多少の運任せな要素があるけれど、運も実力の内って言うしね。
前向きに考えれば、ここで全滅する未来なんて到底見える気がしない。
大丈夫。今日の私は最高に運がいい。
大丈夫。今日の私は誰よりも運がいい。
ラッキーアイテムは剣。これで道を切り拓ける。しかも数多くの剣がある。ということは、山ほどのラッキーアイテムを持っている。そう思っていれば、気持ち的には楽になってくるし、運がいい方に向いていると思えてしまう。
だから、このギャンブル。私たちにとって一番いい選択は、勝ってより得をする方を選ぶ。
「人間ってさ、追い込まれたときほど必死になるもんなんだよね」
「彩葉ちゃん……?」
「ほら、夏休みの宿題とかさ、期限ギリギリまで追い込まれた方が何とかしないと。ていう考えが働いて必死になるでしょ」
「それは単に彩葉の計画性がないだけじゃないのか」
そうなんだけど。いまはそういう反論できないことは言わなくていいから。
「今の状況はまさに夏休みの最終日。ここが踏ん張りどころであり、一番必死になる時なんだよ。だから諦めて退くよりも、きっと大丈夫だと信じて前に進む。それだけだよ」
堂々と言い切ったところで帰ってきたのは数秒の沈黙だった。
「……呆れるぐらいにバカね。あんた」
最初に反応してくれたのは蘭だった。そして、横には頷く纏。蘭に同意ということね。
「そうかもしれませんけど、私は眩しいぐらいに前向きな考えだと思いますよ。もう、足手まといにはならないって決めたばかりですし、手段を作りましょう」
よき理解者は茜ちゃんだけだ。
負けられない。諦めきれない。だから、踏ん張る。ただ、それだけのこと。
そうすればきっと、何とかなる。
人間、諦めが肝心とは誰かが言ったけど、そんなことはない。
その証拠に数台の車がクラクションを鳴らしながら突っ込んでくる。そのまま轢き殺しそうな速度で侵入してくるもんだから、蜘蛛の子を散らすように戦闘員がいなくなった。
「ね! 諦めなかったから助っ人が来たんだよ」
やっぱり今日の私の運勢は大吉のようだね。喜色の面持ちになる私に同調してくれる茜ちゃん。
しかし、纏と蘭は沈んだ様相になっている。私と茜ちゃんとは随分と温度差の激しい。
ほどなくしてその理由が分かった。
黒塗りのスポーツカーから降りてきたのは、黒服を着込んだ集団だった。ここまで黒が揃うと、まるで葬式でもあったのかと勘ぐってしまいそうになる絵面。
「何の騒ぎかと思えば、またてめえらの仕業かよ」
複数人の中から聞き覚えのある声がした。
一際異彩を放つ存在感。それは周囲の戦闘員たちとは、一線を画する力を有している何よりの証ともいえる風格の持ち主。二十九区を拠点にしている戦闘員――華南柚子瑠の登場だった。
前方と後方にそれぞれ敵が展開しているこの状況。数はざっと百人ぐらいかな。結構な数だとは思うけど、一人当たり二十人とすればいい。そう考えれば、とりあえずなんとかなりそうかなぁ、って感じの数字に思えてくる。まあ、気持ちの問題が大半を占めているのだけど。
「気合が入ってるのはいいけどよ、何も全員相手にする必要ないんだぜ」
「そうだな。さすがに数が多すぎる。ある程度の数を減らせば、後はさっさとここから逃げ出した方が良いだろ」
それもそうだね。となると、前か後ろかどっちかに絞って蹴散らすべきだね。
「じゃあさ。とりあえず、正面突破で行こうよ」
「正面……ですか」
「うん。駅の方。線路沿いに逃げよう」
町の方へ行ったところで逃げ場なんてないんだし、数の多い駅側の敵を減らして進むしかない。
「そういうことなら、あたしに任せなさい」
駅側には七割ぐらいの敵が密集している。そんな部分を突撃しないといけないのだけど、そこはさすがの蘭。
こと、集団に対しては最もの有効な一撃であり、蘭の得意技でもある。魔力砲が敵集団を捕捉する。
放たれた一撃は大地を削って、敵の集団を撃ち抜き、果てはその先のホームすらも破壊した。その通り道には何も残らず、蹂躙された跡が痛々しく威力を物語る。
原形の三分の一は見事なまでに吹き飛ばされたホームの残骸に、魔力砲の餌食となった戦闘員たちが散らかっていた。
「容赦しねえな。吹き飛んだ戦闘員がホームの装飾品みたいになってやがるじゃねえか」
「あら、見栄えが良くなっていいじゃない」
「そういう問題じゃなくてだな。さすがにあれはやりすぎだろ」
「あんた、敵に情けをかけて加減しろって言いたいわけ? そんなことして、あたしたちに何の得があるって言うのよ」
「そういうわけじゃないが。俺が言いたいのは、ホームを破壊するほどの威力は必要ないってことだ」
木っ端みじんに吹き飛んだホームに苦情を入れる纏。どうやらご立腹な様子。
「別にあれぐらいの被害は裏社会では日常茶飯事じゃない。第一、お姉ちゃんたちのアレはもっとひどいじゃない。アレと比べると可愛いもんよ」
アレとはもちろん、燃え盛っている高層ビルのこと。それに加えて数か所の火事。被害はここと比べるまでもなく、緋真さんたちが起こしている方がひどすぎる。
「そうかもしれないが、出来るだけ被害は抑えるよう努力してくれ。そもそも公共の場って言うのは、表と裏関係なく誰もが使う場所なんだ。駅を破壊されては、困るのは一般人だけでなく、俺たちも困るだろ」
「あーもうっ! 分かったわよ。気を付ければいいのでしょ! 気を付ければ。……細かいところばかり気にするんだから」
強気になって言い返していた蘭だったけど、正論を吐く纏に一応ながらも納得していた。
公共の交通機関は私たちも使う乗り物でもあるわけだし、実際電車を使って逃げる算段をつけてもいた。公共交通機関が止まってしまえば、誰もが困ることだった。
幸いにも瓦礫の山と化したのはホームの一部分だけだし、残骸さえ除けてしまえばすぐに復旧しそうな感じではあるけど。なんだか、一気に無事キャパシティに辿り着けるのか不安になってきた。
「まあ、やってしまったものは仕方ないな。結果としては、敵の数も減らせたことだ。これで少しは逃げ出す隙が作れ――!」
これで間違いなく、と誰もが思った。――のに。
多少の傷は負ったものの、平然と立ち上がる戦闘員が何人もいた。しかも、驚くことに倒れ伏した数の方が少ないぐらいだった。
「アレを受けて、立ち上がるなんて……」
「ねえ、どうするの。なんか全然効いてなさそうなんだけど」
蘭が加減した? それとも、ものすごい生命力のある黒服ってこと?
どっちでもいいとして、どうなっているのか気になって蘭の様子を窺がってみると、立ち上がった戦闘員を分析するように魔眼で見据えていた。
「もしかして……高ランクの戦闘員も混じっているのか」
「立ち上がったのは、全員がC級戦闘員のようね。それ以外はD以下といったところかしら」
どうやら魔眼で敵のバッジを把握していたらしい。
確かによくよく考えれば、それもそうだよね。いまや、ここには二十九区全ての戦闘員が集結してきていると言っても過言ではないんだし、高ランクの戦闘員が居ても不思議ではなかった。
「中級の対魔具を装備した戦闘員がこの数か……。これは、一筋縄ではいきそうになさそうだな」
「……? 中級の対魔具、ですか?」
なんだろうね、それ。
「戦闘員なら誰もが身に纏っている黒服のことよ。あれには魔法を相殺する力があって、中でも連中が付けているのは三段階中の真ん中の性能ってことよ」
「え? それじゃあなんでC級だけ生き残ってるの? は! もしかして、C級は特別性とか」
「魔具に関する詳しいことは研究所の奴らぐらいしか把握していないのよ。だけど、黒服の性能は装備者によって細かに変動するらしいわ」
研究所と言われて、数日前にみた。あのおびただしい研究跡を思い出した。
人には言えない研究をしているという話しで、そこで緋真さんと父さんは被験者とされて弱った姿で発見した。非人道的なことがされていたのは間違いない様子だった。
「この様子からして、C級クラスでも完全には相殺しきれていないみたいですね」
「個人差ありってわけね」
まとめると、とりあえずC級とD級は同じタイプの黒服を纏っているってことだね。だけど、この二つの階級の間で性能差が出ている。そのせいで、立ち上がれた人とそうでない人がいるってこと。
「でも、困りましたね。蘭さんの魔力砲が通じない相手がいるのなら、そう簡単には通れそうになさそうですね」
直撃しておいて、まだまだ余力がありそうなC級戦闘員たち。あれがどれだけいるのか知らないけど、あまり時間をかければ、数の差でこっちが先に力尽きてしまうかもしれない。
「でもさ、強敵が混じっていようとも、私たちがやるべきことには変わりないんだし。気にすることないって」
「そうだな。どっちにしろ、全員を相手にするわけじゃないんだ。ここは彩葉の言う通り、正面突破でいくしかなさそうだ」
珍しく、纏が私の提案に乗り気になっていた。完全包囲されている状態で取れる手段と言えば、それしかないってことなんだろう。
今の魔力砲でC級以下は怯えの一つでも見せてくれたらいいのに、最初よりもますます戦意が上昇しているような気がした。
360度から魔具である銃を突き付けられ、見たところ銃弾タイプと魔線タイプの二種類があった。
「放て――!」
C級と思われる戦闘員の掛け声を合図に放たれ、雨のように銃弾と光線が飛び交った。
だが、それは私たちに直撃する寸前で、不可視の防壁によって遮られてしまう。何ともおかしな光景を見て、戦闘員たちは撃ちっぱなしだった射撃の手を止める。
同時に覇人が展開してくれていた魔法の防壁が解除され、私たちが全くの無傷であることを見て取った一部の戦闘員からどよめきの声が上がる。
気持ちは分からなくもないけど、大層なリアクションを起こすのは後にするべきだったね。
だってそれはつまり、予想外の展開に戦闘員は油断をしているってこと。
こちらから攻めていくにはうってつけの状況だ。
「今度はこっちから行くよ」
「よし、蘭が壊したホームへと抜けるぞ」
一致団結してホームへと走り抜けようとするが、C級ぐらいの戦闘員はすぐに私たちの道を阻んでくる。
たちまち乱戦状態へと陥ってしまうも、さすがにC級の群れとなれば一人一人が手強い。強行突破しようにも無理がありそうだった。
足止めをされる中、ランクの低い戦闘員が後方に陣を布き、いよいよ私たちは敵に囲まれてしまうことになる。
「これ……ちょっと、ヤバくない?」
「何か手はないのか? 覇人」
「俺一人ならどうにでもなるが、さすがにお前ら全員を生かして抜け出す手段はねえな」
幹部である覇人なら、これぐらいの戦闘員なら簡単に切り抜けられるだろう。
そう、一人だったなら。
そこに私たちが加われば、話はまた別になってくる。
ふがいないことに私たちは、C級戦闘員を相手に手こずってしまうのだから。
「すみません。また、足を引っ張ってしまっているみたいですね」
「そんなこと気にしなくていいって。諦めなければなんとかなるはずだよ」
前には高ランクの戦闘員が阻み、後ろには低ランクの戦闘員が控えている。
「逃げ道はなくなってしまうかもしれませんが、あえて後ろに退いた方がここは得策なのかもしれませんね」
「ここまで来てそれは避けたいわね」
「それとも当たって砕けろ。の精神で前に行ってみる?」
「いや、それは不味いから。とは言っても、選択肢はその二つしかないか」
少数の強敵に向かうか、多数の弱者に群れに飛び込むか。
「生き残れる確率が高い方に賭けるべきね」
「前か後ろか。命を懸けたギャンブルみたい」
「嫌な例え方ね」
不安な雰囲気にさせたかな。でも、現状としてはまさにそんな感じ。
「でしたら、どっちを選びますか。生きるも死ぬも確率は半分ずつですよ」
どっちを選んでも、もしかしたらの可能性がある。
もしかしたら、B級戦闘員を相手に一度は勝ったことがあるんだから、一人や二人、数が増えても押し通ることが出来るかもしれない。代わりに全滅する確率は高い。
もしかしたら、町の酷い有様に夢中になって眺めている一般人に紛れて、逃げ切ることが出来るかもしれない。代わりに生き残る確率は半々。
多少の運任せな要素があるけれど、運も実力の内って言うしね。
前向きに考えれば、ここで全滅する未来なんて到底見える気がしない。
大丈夫。今日の私は最高に運がいい。
大丈夫。今日の私は誰よりも運がいい。
ラッキーアイテムは剣。これで道を切り拓ける。しかも数多くの剣がある。ということは、山ほどのラッキーアイテムを持っている。そう思っていれば、気持ち的には楽になってくるし、運がいい方に向いていると思えてしまう。
だから、このギャンブル。私たちにとって一番いい選択は、勝ってより得をする方を選ぶ。
「人間ってさ、追い込まれたときほど必死になるもんなんだよね」
「彩葉ちゃん……?」
「ほら、夏休みの宿題とかさ、期限ギリギリまで追い込まれた方が何とかしないと。ていう考えが働いて必死になるでしょ」
「それは単に彩葉の計画性がないだけじゃないのか」
そうなんだけど。いまはそういう反論できないことは言わなくていいから。
「今の状況はまさに夏休みの最終日。ここが踏ん張りどころであり、一番必死になる時なんだよ。だから諦めて退くよりも、きっと大丈夫だと信じて前に進む。それだけだよ」
堂々と言い切ったところで帰ってきたのは数秒の沈黙だった。
「……呆れるぐらいにバカね。あんた」
最初に反応してくれたのは蘭だった。そして、横には頷く纏。蘭に同意ということね。
「そうかもしれませんけど、私は眩しいぐらいに前向きな考えだと思いますよ。もう、足手まといにはならないって決めたばかりですし、手段を作りましょう」
よき理解者は茜ちゃんだけだ。
負けられない。諦めきれない。だから、踏ん張る。ただ、それだけのこと。
そうすればきっと、何とかなる。
人間、諦めが肝心とは誰かが言ったけど、そんなことはない。
その証拠に数台の車がクラクションを鳴らしながら突っ込んでくる。そのまま轢き殺しそうな速度で侵入してくるもんだから、蜘蛛の子を散らすように戦闘員がいなくなった。
「ね! 諦めなかったから助っ人が来たんだよ」
やっぱり今日の私の運勢は大吉のようだね。喜色の面持ちになる私に同調してくれる茜ちゃん。
しかし、纏と蘭は沈んだ様相になっている。私と茜ちゃんとは随分と温度差の激しい。
ほどなくしてその理由が分かった。
黒塗りのスポーツカーから降りてきたのは、黒服を着込んだ集団だった。ここまで黒が揃うと、まるで葬式でもあったのかと勘ぐってしまいそうになる絵面。
「何の騒ぎかと思えば、またてめえらの仕業かよ」
複数人の中から聞き覚えのある声がした。
一際異彩を放つ存在感。それは周囲の戦闘員たちとは、一線を画する力を有している何よりの証ともいえる風格の持ち主。二十九区を拠点にしている戦闘員――華南柚子瑠の登場だった。
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