壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

魔法使いの戦闘 3

 屋敷の外周に沿ってひたすらに走り続けていた。
 外には緋真さんが仕掛けたという保険があるらしい。結構自信のあるもので、指示に従わなかったら巻き込まれる恐れがあるということだ。
 戦争とかやっていた時代にありそうな地雷原を歩かされることをさせられているみたいで、すごく怖い。
 そんな指示をだした緋真さんは私たちの後ろにはいない。
 突然、屋敷の壁が壊れるような音がして、振り向いたときには緋真さんとはぐれてしまった。
 けど、緋真さんなら無事だという確信があった。だってあれだけの魔法が使えるんだから、何とかなるんだと思う……。
 それよりも私と私の後ろからついてきている茜ちゃんが無事に逃げ切ることの方が優先だと思って、指定された屋敷の裏側を目指す。

「茜ちゃん。もうすぐで裏側に回れるよ」
「はぁ……はぁ……。は、はい」

 体力にあまり自信のない茜ちゃんが息切れしながら追いついてくる。
 本当はもう少しペースを落としてあげたいのだけど、それが無理だと分かっている茜は一生懸命になっていた。
 無事にゴールが目前に見えてくる。きっと緋真さんがあの後、足止めをしてくれているんだ。
 何もできない無力な自分がいやになってくるけど、緋真さんの足を引っ張ることはもっといやだった。

「あと、もう少し……」

 半分を超えた辺りで、突然私たちの真横を風圧の塊みたいなのが飛んできた。

「な、なに……!?」
「きゃあ……っ!」

 多分、当たっていたら体が飛んでしまったかもしれないぐらいの風で、唐突のことで足が止まってしまった。

「……やっと追いついたぜ。面倒だから逃げるなよ」

 振り向いたらそこには、殊羅と言われていたS級の戦闘員がいた。
 この風を起こしたのもあの人なんだと思うんだけど、やっぱり手には何も持っていなく、初めて出会った時のような覇気のない感じで私たちと対峙した。

「緋真さんはどうしたのですか」
「あの炎の女なら今頃月とやり合っているところだろう」

 それはなんとなく想像できた。月ちゃんは緋真さんのことを狙っているんだから、戦うことにはなることは当然だと思う。

「それで殊羅……、が私たちのところにきたってこと?」

 確か、緋真さんはS級戦闘員だと言っていた気がする。
 ということは月ちゃんよりも上で、私たち程度だとどうしようもない相手ということなんじゃない!?
 ど、どうしたらいいんだろうか。

「雑魚の相手をする気はないんだが、あのメガネをかけた阿呆がうるさいだろうからな。ま、暇つぶし程度で相手をしてやるよ」
「べ、別にいいよそんなの。というか、私たちだと暇つぶしにもならないと思うんだけどなぁ」

 S級と魔法使いなり立ての私たち。天と地ほどの差もあるはずだから、絶対無理な気がする。

「それとも本当に暇つぶしで飽きたら逃がしてくれるのかな?」
「そ、それはさすがにないとは思います。けど……彩葉ちゃんの言う通りです。あの、どうして私たちを襲うのですか? S級の人でしたらもっと上の魔法使いを狙うのではないのですか?」
「仕方ないだろ。月にあのデタラメな魔法使いを取られちまったんだ。お互いに運が悪かったと思うしかないな」

 殊羅は残念そうにしていた。
 私たちにとっては本当の意味で運が悪いんだけど、殊羅にとっては私たちみたいなのが相手で運がなかったってことになるのか。
 残念なのは私たちの方なのに、私たちが悪いことをしてしまっているような気がしてきた。

「そんな理由で争うなんてあんまりです! お互いに望んでいないのですから、無理に戦う必要はないと思います」
「出来れば俺もそうしたいがな。お前らには悪いが、こっちは一応任務でもあるしな――」

 殊羅をそういって鞘に入れた状態の刀を取り出した。

「雑魚相手にやる気はないが、あの阿呆にごちゃごちゃ言われるのも面倒だ。
 ――加減はしてやるから抗ってみろ」

 さっきまでとは変わって、激しい闘気がむき出しになる。

「何ですか?! これは」
「滅茶苦茶強そう。これって私たちで何とかなるの」

 次第に汗ばんでいく手は、恐怖が溢れ出している証拠。本当に私たちだけで相手にできるのか分からない。
 けど、やるしかない。握っている刀が、わが身を守る大切なお守りのような気がしてくる。
 真剣を使うのはこれが初めてのことで、人の命を奪う武器だということを改めて認識して急に重みを感じるようになる。けれど、自分の命を守ることが出来るとしたら、これしかない。
 本当は今すぐにでも逃げ出したいのだけど、それは絶対に無理なことなんだと本能が告げる。
 戦うしかない。そう、覚悟を決めなくちゃいけない時なんだ。

「――茜ちゃん!」
「はい。援護は任してください」

 魔法を発動して、クリスタルのような輝きを持った拳銃を手に構えていた。
 それを確認して私は駆け出し、後から茜ちゃんが付いてくる。
 そして、一気に殊羅との距離を詰めて刀を振るった。
 だが、感触はなく。ただ、虚空を切り裂いただけだった。

「何を躊躇していやがるんだ。迷いを捨てて敵を切ることだけに集中しろ」

 そんなことを言われても体が上手く動くはずがない。
 一歩間違えたらこの人を殺してしまうかもしれないというのに、集中なんてできない。
 刀の重みに振り回されるように、滅茶苦茶な攻撃になってしまう。

 一振り――

 二振り――

 三振り――

 ガチガチに強張ってしまって思うように刀が振るえない。
 これが戦い。剣道やスポーツなんかと違う。命の取り合いになる行為。こんなにも怖いことなんて知らなかった。
 怯えながら刀を振るっていると、殊羅は退屈そうに躱すだけだったのが、飽きてきたのか右手に握っている漆黒の鞘で私の刀を押しとどめられてしまった。

「やはりこの程度か……」

 殊羅がそっと呟いた後、突如としてものすごい力が私の刀を通じて流れてきた。

「……え?!」

 どこにそんな力があるのかと思ったのも束の間、体がフワっと浮いたような感覚がして――いや、実際に足は地面を踏みしめてなくて、それに気づいた時には私は鞘で押し返されていた。
 滑空していた体の一部が大地に激突し、そのまま

 一転、二転、三転

 と数度に渡って回転して止まった。
 一瞬何が起きていたのかも分からなかった。けど、痛みがまだ生きているんだと実感できた。

「彩葉ちゃん……!」

 茜ちゃんの声がして意識を前に向ける、その時には目の前には殊羅がいた。

「――!」

 ほとんど無我夢中で刀を下段にして構えた。
 生命の本能だろうか、それに従うようにして下から斬りあげた。
 その瞬間私は目を疑った。

「……う、そ……」

 ガラスが飛び散った時に似た音が耳に流れる。 
 横なぎに振るわれた鞘が魔法で創造した刀を砕いたのだ。
 思わぬ事象に手がしびれる感覚と共に力が抜けて、ゆっくりと地面に膝をついて倒れる。
 その間にも、殊羅は鞘を無慈悲にも私の方へと向ける。

「ま、意外と反応は悪くなかったが、この程度か――」

 やばい。もう一度刀を造らないと――殺される!
 そう思った瞬間――
 音もなく弾が殊羅と私の間を過ぎ去った。

「――あ?」

 さして驚いた様子もなく、殊羅がそっちを見た。つられて私も見る。

「彩葉ちゃんから離れてください!」

 茜ちゃんが魔法で創造した銃を構えて、殊羅の方を睨んでいた。
 だが、その手はひどく震えていて、照準があっていない。
 茜ちゃんも私と同じで、自分の持っている凶器を自覚しているんだろう。
 それに心優しい茜ちゃんのことだから、躊躇いも大きんだと思う。
 その証拠に次に発せられた言葉は震えていた。

「次は……当てますよ」
「そんな震えた手で誰を当てる気でいるつもりだ」

 言われて茜ちゃんは震えた手を抑えるように、銃を握る力を込めた。
 それでも止まる様子もなく、力がこもっている分、持ち方が固くなっていた。
 あれだと余計に当たらなくなるだろう。

「話にならないな。ま、初めてだとそんなもんだろうな」

 狙いを完全に茜ちゃんに変えた殊羅は鞘を大きく振りかぶった。

「せめてもの情けだ。痛みも感じないうちに終わらせてやるよ」

 闘気が高まっていき、鞘に威圧感を感じる。
 なにをする気か分からないが、あれを振り下ろさせてはいけない。直感的にそう判断するも体が動かない。
 情けないことにまだ、さっきの反動から腰が抜けてしまっているみたいだ。
 これじゃあ、ダメだ! 茜ちゃんがやられてしまう。

 ”これからのことも考えて、まずは彩葉ちゃんと茜ちゃんには自分の身を守る力――魔法の使い方を覚えてもらうわ”

 そうだ。怯えている場合じゃない。
 自分の身を守る力。そのために緋真さんはこの力の使い方を教えてくれたんだった。
 だったらいま使わないと。

 魔法を使って、手に刀を創造して立ち上がるだけの簡単なこと。

 四肢に力を入れて、恐怖を捨てる。一番怖いのは斬れないことじゃない。

 ――私を
 茜ちゃんを守れないこと――!

 ――お願い! 動いて! 動いて! 動いて! 動いて! 動いて! 動いて!

 ――――動いてーーーーーーー!!!!!    

 甲高い音が響く。
 鉄と鉄をこすり合わせたような音だ。
 気づいた時には体が弾け飛び、電光石火の如く駆け付けて振り下ろされようとしていた鞘を受け止めていた。

「へぇ。やれば出来るじゃねえか」

 愉しそうに嗤う殊羅に距離を置いて、茜ちゃんの傍による。

「大丈夫!? 茜ちゃん」
「はい。私はなんともないです。彩葉ちゃんの方こそ、大丈夫……なんですか」

 腰を抜かしたことを言っているのか、不安そうに茜ちゃんが聞いてくるのに対して頷きで返す。

「私も平気。それよりも戦えそう? 茜ちゃん」
「は、はい。ですが、私たちだとどう頑張っても勝てませんよ。どうするつもりですか」

 茜ちゃんが不安そうに聞いてくる。
 無理もない。あれだけの力の差があったら絶望的な気持ちにもなるよね。
 だから、あえて私はそれを吹き飛ばすぐらいの勢いで茜ちゃんに答える。

「秘策なんてないよ。けど――
 どうせ勝てないんだったら全力で戦ってみようよ」
「――! む、無茶ですよ。相手はS級ですよ!」
「だからこそだよ。このまま何も出来ずにやられるぐらいなら、私と精一杯抗おうよ。それにS級だよ。どれだけ無茶なことをやっても倒れることなんてないんだから、胸を借りるつもりでやろうよ」

 茜ちゃんは目を丸くして私を見つめ返した。
 その言葉に安堵したみたいで、強張っていた表情がフっと和らいでいた。

「いいんじゃねぇか。そういうの。あっちの戦いが終わるまでのいい暇つぶしになりそうだしな。いいぜ、もうすこしだけ遊んでやるよ」

 くつくつと愉悦が混じった笑いが響ていたけど、それに屈するような心はもう持っていない。

「せめて、緋真さんが来るまでは頑張りましょう」
「うん! やるよ、茜ちゃん!」

 再び、それぞれの得物を構える。
 迷いが晴れたからか、さっきよりも刀が軽く感じる。茜ちゃんもその手に震えがなくて、吹っ切れたようだ。
 いまなら十分戦える。

「――」

 闇に煌めく白銀の一閃を漆黒の鞘が抑える。
 ひるんではダメだ! 
 ここで引かずに、もう一歩――全力で斬り込む!

「太刀筋はマシになったな。やれば出来るじゃねぇか」
「これでも……剣道をやっていたことがあるからね」

 まさか、こんな形で役に立つとは思ってもいなかった。こんなことならもっとまじめにやっておけばよかった。
 けれど、付け焼刃だけの知識だけど、それが活かされている。
 少なくとも刀は使いこなせている。それだけでも役に立つ。
 途中何度か刀が折れそうになるけれど、何度も立ち向かう。
 殊羅は攻撃はしてこない。ただ、こちらの一方的な剣戟を防ぐだけだ。

「……――!」
「そろそろ限界がきているな」

 最初は防ぐ一方だったが、いつの間にか私が押されてきていた。
 一撃、一撃を暴風の如く、鞘を振り回してくる。
 そのたびに刀が手から滑りそうになる程の衝撃が襲い来る。

 殊羅は防ぐ――から弾く。に変わっていた。

 斬り込んでは返され、斬り込んでは返され、その動作を繰り返していくうちに、ついには立っていることすらも辛くなってくる。
 最早完全に弄ばれている状態。ううん、殊羅にとっては遊び、なんだろう。
 私の言葉がどこまでやれるのかを確かめているような感じだ。

「……こ、の!」

 息切れしながらも、絞り出した声とともに体力の限界が来た。
 ついに刃は殊羅には届くことがなく、空ぶってしまい、そのまま前のめりに倒れ込んでしまう。
 その直後――頭上を音もなく魔力弾が通過する。
 弾丸の如し速さで吹き抜けたソレは、茜ちゃんの持つクリスタルの魔法の銃から射出されている。
 完全に倒れ込んで、続けざまに吹き飛ぶ魔力弾を眺める。

「逃がしません」

 瞬間的に後退する殊羅を追って、計五発の魔力弾が流れる。
 弧を描くようにして跳躍した殊羅に当たることはなく、そのまま振りかぶった鞘を地に叩き付けるようにして着地した。

 その瞬間――目に見えるようにして大気が動いた。

 魔法を使ったわけでもなく、何の冗談か腕力だけでやってのけたのだ。
 直感する。あれは最初に私たちを掠めた暴力的な風だ。
 吹き飛んでしまうのではないかというほどの威力を肌先で感じたことを思い出す。

 あれは避けないとダメだ。

 防御―― 回避―― 直撃―― 

 危険を察知して、どの行動を取るべきか脳が働く。
 それよりも悲鳴上げる身体が、地面に張り付いて立ち上がることを許してくれない。

「きゃぁぁぁぁぁ――!!」

 激しい衝撃が襲う。

 痛いとか。苦しいとか。そういったことは感じない。

 何が起きたのかさっぱりわからない。
 上を向いているのか。下を向いているのか曖昧で、景色が加速していることだけが視覚としてかろうじて分かる。
 映画やアニメのワンシーンとかであるような、大型のトラックなんかで吹き飛ばされるキャラクター。まさにあれになりきったみたいだ。

「――――きゃ!!」

 何かにぶつかって失速したのも束の間、何かに抱き留められる感触がある。
 止まってみて初めて理解した。どうやら真っ直ぐにに飛ばされたみたいだ。

「大丈夫ですか?! 彩葉ちゃん」

 反動で尻餅をついて、心配そうに私を見詰めている茜ちゃん。
 体中に痛みは感じるけれども、クッションのようにして身を挺してくれたおかげで怪我はなかった。

「へいき……だよ」

 ゆっくりと片膝を立てて、痛みをこらえる。
 もう節々に限界がきていて、この体制が一番楽に思える。
 本当はこのまま茜ちゃんに体を預けている方が楽なんだけど、あれだけの衝撃だったんだ。茜ちゃんのか細い腕が少しばかり赤くなっていたから申し訳なくなったからだ。


「――っと。もう終わりか」

 まだまだ余力をたっぷりと残してそうな殊羅が呆れ交じりに呟いている。

 ……! こんなのどうしたらいいの? このまま戦う? 

 それとも逃げた方がいいのかも。でも、どっちにしろあの様子だと追いつかれて戦闘になる。ってこれじゃあ選択肢は一個しかないも同然じゃん。

「つまらねぇ戦いだったが、最後のは、まあよかったんじゃねえか」
「……どうも」

 精一杯強がって見せる。
 けど、どういうことだろう。私たちを褒めてくれるなんて。

「――にしても、キャパシティの娘だというからどれ程の奴かと思ったが、この程度なら大したことないな」

 キャパシティの娘? それって私のこと? 
 ということは――。

「もしかして、父さんのことを知っているの?」
「雨宮源十郎だったか。直接の面識はないが、この前オッサンと互角以上にやり合った魔法使いらしいな」

 緋真さんが言っていた通り、有名な魔法使いのようだ。

「彩葉ちゃんのお父さん。とても有名な人みたいですね」
「悪い意味でだがな。そんじゃ、あとは大人しくしていてくれや。そうすれば、親父と同じ所へぐらいなら連れて行ってやるからよ」

 父さんと同じところ。つまり、私たちを殺すつもりでいるということになる。

 それだけは――嫌だ……っ!!

 魔法を使って、刀を創造する。全身を奮い立たせて、再び立ち上がる。

「彩葉ちゃん……!」

 茜ちゃんが怪訝そうに見上げてくるけど、私はそれを無視して殊羅を見返す。

「おいおい。やめとけって」
「そんなことを言われて大人しくしているわけがないじゃない!」

 私の立ち上がりに驚いたのか、殊羅が意外そうな顔をするが、すぐに表情が元に戻る。

「お前ら相手だと張り合いがないんだがな――」
「だったら早々に退散したらどうなの」

 聞き慣れた声が聞こえてきたかと思ったら、激しい炎が殊羅を襲った。
 振り返り鞘で炎を弾く。その瞬間には女性が殊羅の前にいた。炎を纏った左手による掌底。さすがの殊羅も敵わないのか、身を捻ってかわす。

 交錯する二人。

 女性はステップを踏むようにして振り返る。その右手には太陽のような灼熱の弾を構えていた。
 間髪入れずに射撃。
 殊羅の反応は早く、後方に飛び退いた。

「大丈夫だった? 彩葉ちゃん。茜ちゃん」
「緋真さん!」
「よかった、来てくれたのですか!」

 物凄い攻防を繰り広げたその姿は紛れもなく緋真さんだった。

「安心しなさい。これ以上は姉として、私の可愛い妹たちには指一本触れさせないわ」

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