壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

魔法使いの戦闘 4

「……」

 殊羅は緋真さんの炎の魔力弾を難なく避け、着弾して焼け焦げた大地を興味深そうに目を落とした。
 喰らっていたらいくらS級と言えど、死は免れなかったかもしれない威力だ。
 だがそれでもなお、殊羅は少しばかりの愉悦を覚えていた。
 死を恐れていたわけでもなく、ただ自分を楽しませてくれるほどの実力を持った者が現れたことに対しての歓びを感じているみたいだ。

「はあ……はあ……急に逃げ出すなんてずるいよ」

 緋真さんとの攻防のあと、遅れて月ちゃんが殊羅の元へとやってくる。

「どうした。まさかとは思うが、お前さんには荷が重かったか?」
「そんなわけないよ。急にお姉ちゃんが「追いかけっこしようって」逃げたから追いかけていただけだもん」

 ぷくーっと頬を膨らませながら月ちゃんが騒ぐ。

「あら? 血晶を全部使い切って戦う手段を失くした子を相手にするのは大人げないと思って手を引いてあげたのよ」
「別にあれが無くてもこれさえあれば十分だもん」

 腰に差している脇差に手を当てる月ちゃん。
 血晶の他にもあんな物を持ち歩いているなんて。
 子供らしい部分があるのか、そうじゃないのか。
 外見とは裏腹にギャップの強い子だっただなんて。可愛い外見が台無しだよ。

「あの、緋真さん。これはさらに状況が悪くなってしまっているのではないですか」
「でも、あの血晶ってやつはもうないって言ってたから。なんとかなるんじゃないかな」

 爆弾のようなあれがないということは少なくとも月ちゃんの力は半減しているはず。
 あんなものを目の前でホイホイ投げられたりすると、生きている心地なんてするわけもないし、ちょっぴり安心できちゃう。

 ――っと、月ちゃんが私たちの様子に気づいたみたいで目があった。

「ああ! お姉ちゃんたちが怪我をしている。殊羅~! お姉ちゃんたちには手は出さないって約束したのになんで怪我させちゃったの!」
「捕えるのに多少荒くなるのは仕方ないだろうが。それに約束はした覚えはないがな」
「でも、殊羅なら本気だしたら無傷で捕まえることも出来るんだからそうしてくれたらいいのに」
「わざわざ本気を出すのが面倒くせぇんだよ。けどま、あの炎の女がいたら少しは楽しくなりそうだな」

 鞘を取り出す殊羅。やる気を出してくれたことに嬉しくなったのか顔を綻ばした後に、月ちゃんも脇差を抜き出す。

「追いかけっこの続きだよ」

 目を爛々と輝かして、わくわくしている。
 なにがそんなに楽しみなのかと思ったけど、たぶん構ってもらえることに喜びがあるんだろう。
 いま思えば出会った時もあんな風に笑顔で私たちになついて、くっ付いてきていたし一人でいると寂しい性格なのかもしれない。

「うわぁ……すっごく生き生きしてるよ」
「それでも私たちの敵、なのですよね」

 あまりにも戦意が無いように見えるから、私たちも身構えた方がいいのか躊躇ってしまった。
 けど、なにかしなければと思って刀を創造する。そして一歩前に出ようとしたところで、緋真さんが遮るようにして手を私たちの前にだす。

「彩葉ちゃんたちは私の後ろにいなさい。危ないわよ」
「心配しなくてもお姉ちゃんたちには手は出さないよ」
「分かってるわよ。この子たちを前に出させないのはね、その一帯が私の領域になっているからよ」

 魔法を発動し、月ちゃんたちがいる場所から少し前に出たところの地面を焼く。
 だが焼けてはいなくて、まるで侵入を阻むバリケードのようにして火柱が数本跳ねた。

「目が……焼けそうです」

 一度似たような経験をしている茜ちゃんは、手を傘のようにして視界を狭めている。

「すごい……! こんなことも出来るんだ」
「普通はできないわよ。ちょっと小道具を使っただけよ」
「もしかしてあの布、ですか?」
「正解。魔力は魔法使いにとっては筋力のようなものなの。だから、鍛えればそれだけ魔力は変化して、魔法も強くなるわ。その他にもね。道具を使うことによってより強い力になるのものもあるのよ」
「火は火でも、ガソリンや灯油を使うことによって、もっと強力な火になるということですね」

 へー、なんかすごい。ということは、屋敷で灯油の臭いがしたのはこのためだったということになるわけだ。

「じゃあさ、あの辺に灯油の染み込んだ布が散らばってるってこと?」
「そうよ。ふふ、お姉ちゃんの言う通りに動かなかったら危ないところだったのよ」

 ゾッとするようなことをさらりと言いのける。言う通りにしてなかったら、本当に地雷の上を歩いているようなものだったじゃん。

「さて、仕上げといきましょうか」

 緋真さんは赤く塗られている一枚の布を取り出す。
 よくみればそれは血で、布によく染み込んでいるようにもみえるから随分前についた物だと分かる。

「それって、私の手に巻いていた布、ですか?」
「よく分かったわね」

 見覚えがあると思ったら、昼間に殊羅から傷つけられた際に、茜ちゃんが簡単に応急処置した時に使った布だった。

「それをどうするの?」
「こうするのよ――っ!!」

 やはりというか、その布にも灯油をかけていたようでよく燃える。だけど、様子がおかしかった。
 まるでマグマのような、ドロドロとした赤い液状になっていた。

「な!? なにそれ! 反則だよ」

 月ちゃんが驚愕の表情を浮かべる。
 無理もない。間近でみている私だってこの光景が信じられないぐらいで茜ちゃんも驚いていた。

 ただ、一人。

 ――殊羅だけは興味深そうにしてそれを見ていた。

「この一枚はね。茜ちゃんの魔力が籠っている特別性なのよ」

 なんか意外。
 大胆な行動の多い緋真さんが、茜ちゃんの布を巻くときに丁寧に剥がしていたわけはこういうことだったのか。
 ボタボタと垂れそうになっているマグマの布を地面へと放り投げた。
 すると、敷いていた布に引火して噴水のようにして、マグマが吹き荒れる。
 それに続き、飛び散ったマグマが他の布に付着して、次々とマグマの柱が立ち上がった。

「――――!」

 赤い赤い液体がドロドロと流れている。局所的に赤い海が出来上がり、大地が悲しんで怒っているかのようだ。

 これって現実? 夢? 

 とんでもない展開に頭が追いついていけず、感覚が口を無理やり開けさせられているようで呆然とそれを眺めた。

「ひ、緋真さん……これはいくらなんでもやりすぎなのでは」
「これだけやっていたらもう安心でしょ」


「なにこれ。ずるーい。これだと追いかけられないよー」

 この世の水分を根こそぎ干からびさせるかの熱気とマグマの柱から逃げるようにして、安全圏まで退いている殊羅の元へと、トテトテと走り寄っていく月。

「逃げられちゃうよ、殊羅。どうしよう。ねえ、殊羅~」
「どうもこうもしねえだろ。飽きちまったし帰るわ」
「え? え?! なにそれどういうこと~殊羅」
「ちったあ張り合いのありそうな奴だと思ったが、小道具を使ってまで逃げようとするやつを追う趣味はないだけだ。それに、雑魚二人背負った状態だと全力も出せないだろ」
「そんなのダメー! ここまでやって逃がすことなんてしたらいけないんだよ」
「だったら、あとはお前に任せるわ。――確か、脇差ソイツがあれば十分やれるんだろう」

 腰に提げている脇差を見て、殊羅は言った。

「えー!? こんなマグマだとさすがにどうすることも出来ないよ。ねえ、殊羅も手伝ってよー。ねえってばぁ」

 子供がおもちゃをねだるように殊羅の袖を握ってブンブンと振り回す。

「だぁから。面倒くせぇんだよ」

 振りほどこうと邪険に扱う殊羅に、なおも食い下がろうとする月。

「ケチー。いいよ。そんなこと言うんだったら、蘭に約束を破られたって言いつけるもん」

 蘭は月に甘い。基本的に月の味方をする蘭は、保護者のようでもあり、月の意見の処理係でもある。
 ゆえに、蘭からのいちゃもんをつけられることを嫌った殊羅は渋々といった形で了承した。

「……分かったよ。適当に手を貸してやるよ」

 鞘を取り出す。
 そこに禍々しい闘気が集まり、鞘が黒く染めあがっていた。

「よーし。いけー。やっちゃえー」

 傍らで騒ぐ月を無視し、鞘で空を斬るように振り下ろす。

 激しい黒の衝撃が空気砲の如く飛びだし、文字通りにマグマが消失した。


「さ、今のうちに行くわよ」

 緋真さんの号令と共に逃げ出そうとしたその時にそれは起こった。

「「「――――!!」」」

 突然何かが弾ける音がして、マグマを背にしていた体を疾く振り向かせた。
 そこに見えたのは、ありえない光景。

 消失? 焼失? 

 分からないからどっちでもいいや。ともかく、そこには何も残されていなかった。
 さっきまで辺り一帯に敷き詰められて、噴水のようなマグマは突如として無くなった。
 よくみれば地面が削れていて、周囲に張っていた仕掛けもろとも吹き飛ばされたとしか思えない。

「化け物……なの」

 そっと緋真さんが呟いた。やはりこれは想定外の出来事なんだということは、緋真さんの絶望的な掠れた声を聞いて分かる。

「そんじゃ、あとは任せたぜ」
「よーし……って、殊羅も行くのー!」

 また月ちゃんと殊羅が言い合っている。仲がいいのか悪いのか分からなくなってくる。

「何を呆然としているの? 二人共!」
「え?! あ、……ええっと」
「後ろは守っているから、先に行きなさい」

 緋真さんの叱咤を耳にして、ようやくその場から動き出す。

「茜ちゃん! 行くよ」
「はい」

 私を先頭にして、逃げ出す。
 二人は依然として言い合っていて、今が絶好のチャンスと言える。
 このまま気づかないでくれるといいのになあと思いながら、全力で駆け出す。
 不思議なことにあれだけ軋んでいた身体が自由に動く。
 絶望的状況に立たされて、おかしくなってしまったかもしれない。

「へえ、あの嬢ちゃんたちまだ動けたのか」
「あ……っ! あー! もう殊羅が言うこと聞いてくれないから逃げられちゃうよー」
「……悪かったな」
「先に行っているから、絶対に来てよ」

 地を蹴り飛ばし、陸上選手も斯くやのスタートダッシュで疾走り《はし》だす。

 SIDE  SYURA  START―――

「さて、先に帰ってるとするか」

 月を見送った殊羅は踵を返そうとする。

 ――その時

「……ん?」

 気配を感じ取った。

 ―――SIDE SYURA END 

「はやっ! なにあれ」

 あれだけの遅れを取っていたはずなのに、気づけば距離が縮まりつつあった。
 子供との追いかけっこというレベルの話しではないような気がする。野生の陸上動物に追いかけ回されている被食者になったみたいだ。

「このままだと追いつかれてしまいます」

 体力にあまり自信のない茜ちゃんは切羽詰まったように見える。

「いいから、あなたたちは前だけを向いてなさい。後ろのことは心配する必要はないわ」

 魔法を発動し、迫りくる月ちゃんに炎が舞う。
 小柄な体型を活かし、細かい動作で躱しながら急接近してくる。

 距離――三メートル。ほぼ、目前。

「追いついたよ。お姉ちゃん」

 腰の脇差に手を付ける。

「あら! 早いわね、月ちゃんは。お姉ちゃん驚いたわ! ――けど、少し遅かったわね」
「――!!」

 刹那――月は急停止した自動車のようにその場に踏みとどまる。

 瞬時――その場から飛び退いた。

 それを追うようにして、幾筋もの不可視の槍のような物がシャワーの如く降り注いぐ。

「きゃっ! 誰? 月とお姉ちゃんの邪魔をするのは」

 空を見上げる。
 すると、二つの人影が舞い降りてきた。白い服を纏っていて、月の光に照らされてまるで幽霊でも落ちてきたのかと思った。
 けど、それは間違いなく人で。男性と女性だった。

「何とか間に合いましたわね」
「ギリギリセーフってとこか」

 一体誰だろう? こんな夜中に。
 それも私たち魔法使いと戦闘員の間に割ってくるなんて普通の人ではないことは分かる。

「いいタイミングに来てくれたわ。ありがとう。汐音、覇人」
「――えっ」

 名前を聞いて、私と茜ちゃんはほぼ同時に男性へと目を向けた。聞き間違えでなければ覇人と言った。

 それは私と茜ちゃんの友人の名前。
 こんなところにいる筈がない。

 彼は人間でかかわりのない人。

 そうして、目と目があった。

「覇人……くん」
「よう。無事だったか。彩葉。茜」

 よく見知った顔。聞き慣れた声。

 その姿は間違いなかった――

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