壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

寒い作業

 生命の息吹すら感じられないような殺風景な木々の巣窟を抜けると、景色が一変した。
 と、同時に足を踏みしめる感触が固くなり、そこに小石程度のものが転がっているんだと分かる。
 そこまで行ったところで、流れる音の正体が鮮明に優しい音楽として、耳を癒した。
「こんなところに河があるよ」
 空に浮かぶ宵の光に濡れて、銀色に化粧される水面の波。幻想的な輝きを前にして――詳しく判別は出来ないけど――きっと濁りの無い、綺麗な河なんだと確信した。
「あら。ほんとね。――ちょっとまってて!」
 緋真は魔法を発動する。例の赤い炎の魔法だ。
 指先をろうそく代わりに明るい温かみのある炎が生まれる。
 影が伸び。瞬く間に光源が広がって、周囲の視界が確保される。
 出張できる照明器具。停電が起きた際とかでも緋真がいてくれたら、怖い物なしな気がする。
「水がきれいです。魚がいるかもしれませんね」
「え、いるかなあ。魚」
 じーっと水面を見つめてみる。魚影とか水しぶきでそれっぽい反応があるかもしれない。
「いたら食料にできるね」
「もし見つかったとしても、釣竿がないと釣れませんよね」
「……鷲掴み? しかないよね……。
 ――どうしよう、私手で触るのはちょっと苦手なんだけど……」
 触れないことはないけど、あの鱗を触った時の感触が気持ち悪くてすぐに手を離してしまいそう。それに手が鱗だらけになったこともあって、ちょっとしたトラウマもあったりする。
「私は触れないことはないですけど、鷲掴みをする勇気がないです」
「じゃあさ、手で弾くように魚を救い上げるっていうのはどうかな? ――こう、サッと!」
「イメージは熊なんですか?! ……多分、人間では無理だと思いますよ」
 ショベルカーのアームのように、機械的にこなせるな熊の真似事なら何とか! って考えてみたけど、無理そうだと諦めた。自分で言っておいて、茜のリアクションには納得してしまった。
 それはそれとして、仮にいたとしたらどうするべきか。
 うーんと唸る。こうサバイバル生活が続いていると、意地でも見つけたら、なんとか捕まえておきたい。
 けれど、鷲掴みや熊の真似事が出来そうな人なんてそう簡単に見つかるわけが――って、いた! 
 確証はないけど、なんとなく緋真なら出来そうだと思った。
 それとなく緋真の様子を伺ってみる。すると、川辺にしゃがみ込んで手をいれていたり、獲物を探しているのか水面を眺めていたりしていた。
 ――もしかして……やってくれるのかな? 
 言わずとも行動に出るとは、気持ちが通じ合っているのかもしれない。
「周りには人もいなさそうだから、ここならいいかもしれないわね」
「魚でも鷲掴んでくれるの?」
「……? 魚? いや、そんなことはしないわよ。――それよりもいたの?」
「さあ。なんかそんな感じがしたから、もしや! っておもっただけだけど……」
「そう。それじゃあ、見つけたら言ってね。お姉ちゃんが捕まえてあげるから」
 やってくれるんだ……。まあ、緋真ならそれぐらいのことなら簡単にできそうだし。よし、ここはいっちょ積極的に探してみようか。
「緋真さんはさっき「人もいなさそう」って言ってましたけど、ここで何かするのですか?」
 そういえば、魚目当てじゃないなら何だろう?
 緋真はしばらく考えたあと、悪巧みのようで嬉しそうな表情で答えた。
「彩葉ちゃん。茜ちゃん。お風呂、入りたくないかしら?」
「お風呂!? ぜひ!」
「私も入りたいです。――ですが、この辺りに銭湯なんてありませんよ。どうするのですか?」
 枯れた森林を抜けたとはいえ、河原に銭湯なんて当然見当たらない。
 それぐらいは分かるはずなのに。一体どこで入るつもりなんだろう。
 そこで気づく、緋真が水に手を浸けていたのは、温度を測っていたのでは!? 
 ――実はぬるかったりして……ってそんな都合がいいわけがないよね。
 そんな前向きな考えは程ほどにしておくとして、近場にお湯が出る場所もないのにどこで入る気なのか。
 そもそも他にあるわけがないし……。

 そんな時――なぜだか川に目がいってしまった。

 ううん。違う。そんなわけがない、よね。……ないはず。だと思うけど、聞かずにはいられない。
「……もしかして……ここ……?」
「そうよ。それほど深くもないし、肩ぐらいまでならいけると思うわ」
 やはりというか、なんというか。悪い予感は的中するという法則が成り立ってしまった。
 由々しき事態だ。ついさっき、お風呂と聞いてはしゃいでしまって悪いけど、なんとしてもこれは阻止するべきだ。 
「お風呂って――。
 ……まさかの水風呂ーっ!? 無理無理! ひいたことないけど風邪ひくよ!?」
「そんなことするわけないじゃない。もちろんお湯に入るに決まってるでしょ!」
「ですが、川ですよっ! お湯なんてどこにもありませんよ」
 必死で茜も抗議する。よし、いい流れ。いくらなんでも水風呂という発想はヤバい。
「なければ作ればいいのよ。――私の魔法でね」
 あ、なるほどね。その手があったか! 緋真は炎が出せるんだから水さえあれば沸騰させることも出来るんだ。
 きっと私たちの慌てふためく姿は楽しいものだったんだろう。
「分かった! ドラム缶風呂だね。それなら先に言ってくれればよかったのに」
 そうと決まればやることは一つ。ドラム缶を探すだけ。
「あるのでしょうか……ドラム缶」
 茜も一応は納得してくれているみたいで、探すのを手伝ってくれるようだ。
「違うわよ。この川に作るのよ」
「――えっ!? ここ……ですか? どうやって作るのですか?」
「まずは、岩で囲いを作って。
 ――三人分が入れるぐらいでいいわよ」
「それって、あのなかに入って作らないといけないんだよね」
「寒いかもしれないけど、我慢してね。お姉ちゃんはたき火とお湯の準備をしているから」
 言うだけ言うと、緋真は枝を集め始めた。
 私と茜は靴と靴下を脱ぐ。
 冬真っ只中の川。考えたくもない水温の低さ。
 大丈夫。大丈夫。人間気合を入れたら何とかなるもんだ、と自分に言い聞かせて、おそるおそる川に足を入れてみる。
「―――っ! 冷たいです」
「だ、大丈夫! そのうち慣れるよ。我慢我慢」
「仕方、ないですね。早く、終わらせて、温かい、お風呂を、用意、してもらいましょう」
 歯がかみ合っていないのか、途切れ途切れに震えた声を出している。
 茜は涙目になりながら、すり足で歩き出して手ごろなサイズの岩を積み上げていく。
「こっちの方は、私が積んでいきますので、彩葉ちゃんはそっちのほうからお願いします」
「ラジャー。ちゃちゃっと終わらせて出よう」
 茜が左端から順に積み上げていき、私は右端からすることになった。
 最終的には川辺を軸にして、半円形に繋げて完成だ。
 入った瞬間は足裏に石の痛みがあったけど、しばらくすれば感覚が麻痺してきて痛みすら感じなくなってきた。
 これはチャンス! このおかしな感覚を活かす時だ! 
 ついでに手も浸けた状態にしておく。なぜなら、出したら風に当たって冷たく感じるからだ。
 人体の構造を活かした発想だ。もしかしてすごく頭いいんじゃない? 私。
 などと自画自賛をしていたら、やがて半円の中心で茜と鉢合わせる。つまり――完成。
「終わったー!」
 右と左を見比べると、明らかに茜が手掛けた方が綺麗に積まれていた。
 パズルのように形と形を合わせて、丁寧に積まれた石壁はもはや芸術といっても差支えないぐらいの完成度。というか、よくそんなバランスのいい石を見つけたなと感心するほど。
 それに対して私の方はところどころに隙間ができていて、攻め込まれたら一瞬で瓦解してしまいそうだった。
 作業中は結構出来てるんじゃない? と手ごたえがあったのに、こうしてみると勘違いだったようだ。
「なんか歪だね……」
「ですね」
「だけど、一応形にはなっているし、大丈夫だよね」
「囲いは上手く出来てますし、大丈夫だと思いますよ」
 あまり深くは考えない方がいいな。茜もこう言ってくれていることだし。うん。バッチリ。そういうことにしておこう。
「よしっ。それじゃ、出ますか」

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