君を救う、僕の歩む道

穴の空いた靴下

7話 出会い

「カロル! 無事だったか!」

「カロル! 本当に良かった……」

 この年で親に抱きつかれるのは気恥ずかしいけど、仕方ないよねこんな状況だし。

「仲間のお陰で帰ってこられたよ……」

「おお、クラリス、カイト! ありがとう、本当に有難う!」

「そんな、カロル君のお陰で助かったんですよ」

「そうだ、帰りにあったやつも俺だったら倒そうと躍起になっていた……」

「なんにせよ、皆無事でよかった。二人の親御さんもそのうち戻ってくる。
 街の被害も最悪の結果にはならずに済んでいる」

 僕はレーモパイの残りを放り込む。
 サクサクとした生地と爽やかなレーモの香り、優しい甘み、さっぱりした後味。
 ついついどんどん食べてしまう。
 天然モノのリーモを利用したパイは最高だ。
 街の状態を調べて戻ってきた冒険者の人たちも嬉しそうにパイを摘んでいた。

「ギルマス、取り敢えず報告しとくぜ。
 街の外壁は結構壊されているな、今魔法で仮の壁は作っている。
 建物も幾つかだめになったが、人的被害は最小で抑えられている。
 ただ、壁の外、畑や家畜はかなり被害が出ている。
 食料倉庫も燃えちまって、こっちはすこしまずいかもしれない……」

「それと……ダンジョンが崩落した……中に入ってた奴らは全て外に出てきたが、入ることが出来ない」

「くーーー、それは……きついな」

 ダンジョン都市はダンジョンからの恵みで成り立っている。
 そのダンジョンへの道が閉じれば、街として大問題だ……

「あと、あの謎の生物。特に目的も無いようにうろついているみたいだが、動くものに反応するみたいだ。くっそ硬いから倒すのも一苦労だ……」

「問題は山積みだな、それに、この原因もわかっていないし……
 王都との通信も出来ない、ユグドラシルに近い街はもっと被害がでかいと言うし、一体なぜこんなことに……」

「そう言えば森の方に落ちた光はどうする? まだそこまで調べには行けていないが、ユグドラシルから飛び散ったし今回のことに関連してるんじゃないか?」

「まずは街の機能の回復が先だ! 全員申し訳ないが手分けして街の回復に動いてもらうぞ」

「おうさ!」

 大人たちは破損した建物や人々の避難について話し合っているみたいだ。

「……落ちた……光……」

「どうしたカロル?」

「いや、なんか、既視感があるような……大切な……森か」

 なんか、頭が痛いような……

「大丈夫カロル? 顔色が……」

 皆の声が遠くなっていく……




……ス……    


  ……ケテ……


          ……タスケテ……



          見つけて。



「うお!」

 勢い良く身体を起こすと心配そうに覗き込んでいたケイトが驚いていた。

「大丈夫かカロル? お前急に倒れたんだぞ?」

「倒れた……のか……どれくらい?」

「いや、ほんの少しだ横にしようとしたら起き上がって来て」

「ケイト……僕、森へ行かないといけないみたいだ……」

「は? どうして……? 寝ぼけてんのか?」

「いや、僕もわかんないけど、呼ばれてるんだ」

「本気で言ってるのか?」

「うん。すぐにでも」

「……本気みたいだな……クラリス、行けるか?」

「ええ、私は平気」

「大人に見つかったら止められる。こっそり行くぞ」

「だったら、あそこか……」

「ああ」

 僕とカイト、それにクラリスはギルマスに避難所へ行って休みたいと告げる。
 さっきふらついて倒れていたからかすごく心配された。ちょっと心が痛い。

 避難所を覗くとたくさんの人々が集まっていた。
 不安そうではあるものの、皆元気そうでよかった。
 学校の奴らも手伝いをしている。
 スマンと心のなかで謝っておく。

 そのまま学校の裏へとこっそりと移動する。
 学校の裏、外壁沿いに秘密の抜け穴があるのだ。
 秘密のと言っても土魔法で外壁の下にトンネルを作っただけだ。
 僕とカイトはここからよく抜け出して遊んでいた。

「ガキの頃以来だな」

「今は普通に正門から出られるからな」

「こんなとこがあったんだぁ……」

 少し屈めば通れるトンネルを抜けると外壁そばの茂みに出られる。
 周囲には人も魔物もいない。

「大丈夫そうだね、森はあっちか……火が消えてるといいんだけど……」

「カロル、どこに向かうのかはわかってるのか?」

「……たぶん……」

「そっか……変に頑固だから止めても聞かないだろうが、危なかったら担いででも帰るからな」

「うん、ごめんなケイト」

「いや、カロルには最近借りを作ってばっかりだから、少しは返さないとな」

「ありがとう」

「よし、行くぞ!」

「風の護りよ、我らが姿を隠し給え……」

 風魔法の一つで周囲から気がつかれにくくなる。
 足音も消せて便利だ。
 注意して見られたり、魔法で簡単に剥がされちゃうけど、かくれんぼ程度には役に立つ。
 小走りで森に向かって移動する。
 あの頭痛から、ずっと何かに呼ばれているような、そんな気持ちが止まらない。

「やっぱり、方向もわかるみたい。こっちだね」

 森へ着くとところどころ火がくすぶっているが、概ね鎮火していた。
 その代わりに……

「妙に硬虫が多いな……」

「魔法は暴けないみたいね、気がつく気配はないわね」

「何か、探しているのか?」

 あの不気味な虫を数匹確認した。
 獣や魔獣も森の異変にどこかに隠れているのか気配がない。
 好都合だった。

「こっち……」

「結構奥だな……」

「隠匿じゃなくて探知にする?」

「いや、あの虫に気が付かれると厄介だからこのままで……たぶん、もう少しだから」

 予感が大きくなっている。
 この先に、僕の捜し物がある。そんな予感が。

「……なんだ? 光ってる……?」

「魔法……?」

 森の一角が光のドームで覆われている。

「なんかフワフワしてるな……」

「不思議……こんな魔法見たこと無い……」

 皆が不思議そうにそのドームを触れている。
 僕も同じように手を伸ばす。
 ドームの表面は柔らかく、僕の手に触れ、次の瞬間ぐいっと内部に引き込まれた。

「え……?」

 気がつくとドームの内側に立っていた。
 後ろを向くとケイトとクラリスが必死な形相で何もない場所を叩いたりしている。
 戻ろうとしても見えない壁で戻れない、向こう側からは僕の姿は見えていないみたいだ。

「どこか、出る場所は……」

 あたりを見回したり出る場所を探したりしてみたが、謎の壁が全面を覆っている。
 この謎の空間の中には森の木々も地面の草木もない……

「ん? 中央になにか……」

 ゆらゆらと、なにもない場所が揺らいでいる。

「なんだ……ここ……」

 空間のゆらぎ、僕の伸ばした手がソレに触れるとぐにゃりと風景がずれる。
 何もなかった空間に一人の少女が横たわっている。

「……」

 僕はその少女から目を離すことができなかった。
 夜空の星星のような美しい輝きを放つ金色の髪。
 一点の曇もないような真っ白な肌。
 ゆっくりと静かに呼吸をしているから生きていることはわかるが、あまりに美しい。
 それ以上に、先程から頭を打ち付けている既視感。

「夢の……女の子……?」

 思わず手を伸ばしその子の腕に触れる。
 その瞬間……

 パキーンと空間が粉々に砕けた。
 周囲を守る壁も飴細工のように粉々に砕け散って、砂のようになって、消えてしまった。

「カロル!」

「カロル君!!」

 必死に外の壁をなんとかしようとしてくれていた二人は滝のような汗をかきながら駆け寄ってくる。

 気がつけば僕はその少女を抱きかかえていた。

「急いで離れよう、アレはこの子を狙っている」

 なぜ自分の頭が僕にこの言葉を発しさせたのかはわからない。
 それでも自分の中では確信があった。
 あの虫が探しているのは彼女だ。

【ぎ、ぎぎぎぎ、ぎぎーー!!】

 僕達の姿を見つけた虫達は背筋に嫌な汗をかくような不快な声をあげる。
 意思もなくウロウロとしていた虫達が、一斉に僕達を狙ってくる。

「やべぇぞカロル!」

「うん、やばい!」

「どうすればいい?」

「クラリス、あんまり意味ないだろうけど穴と壁を背後に作っていって。
 姿を消しても既に虫達はこの子を認識してるからごまかせないと思う」

「わ、わかった。やってみるッキャ!」

 カイトがクラリスを担ぎ上げる。

「俺が運ぶ、クラリスは魔法に集中しろ」

「う、うん!!」

 緩みそうな顔を必死に抑えているクラリス。自重してくれると助かる。
 そこはさすがのクラリス、背後に次々にねずみ返しみたいな構造のトラップを作り出す。
 ほんの少しだけでもそこで時間をかけてくれれば逃走時間を稼げる。

「こっちだ! 森から出るぞ!」

「カロル! どうすんだ? これ、街に連れてくわけに行かないだろ……」

「わかってるんだけど、どうすればいい……」

「う、うーん……」

 僕の背中で少女が身体を動かす。
 よく今まで寝てられたなとも思わなくもないけど、今は助かる。
 流石に人一人背負って全力疾走はしんどい。
 カイトじゃあるまいし。

「大丈夫? 目は覚めた?」

 足を止めるわけに行かないから走りながら声をかける。

「……え? ここ……どこ……?」

 ああ、この声。幾度となく聞いた彼女の声だ。
 なぜか涙が溢れそうになるけど、今は迫りくる危機から逃げるためにも冷静に。

「ここはレイザーク郊外の森、いま出るとこだけど。
 君は森の中で眠っていた。そして謎の虫が君を狙っているから今逃走中」

「レイザーク……私は……ユグデラにいたはずじゃ……厄災の火種が……
 世界樹は!? ユグドラシルは!?」

「ちょうど今見える。森を出るぞ!」

 森から飛び出して街道を走る。
 同時に高台からユグドラシルが一望できる。
 やはり酷い姿だ。削られたように木々の一部が削ぎ落ちている。

「夢じゃない……私は……」

 彼女は真っ白な服に真っ白なブーツ、そして見たこともないほど透明なバースストーンの着いた腕輪をつけている。

「申し訳ないけど、可能なら走れる?
 僕の名前はカロル。そっちがカイトとクラリス。仲間だ。
 君が何者かわからないけど、助けたい」

「……わかったわ。まずはバグをなんとかしないとね」

 ふっと背中が軽くなる。彼女の体温が離れることがひどく寂しいような気もした。

「私の名は、ナスティナ。取り敢えずありがとう。
 皆ミラーウェポンは使えて!?」

「3人共使える。どうするんだ? 
 少し相手したけど、アイツラは硬いぞ」

「大丈夫。私は『知っている』。
 皆ストーンを私に向けて!」

 カイトもクラリスを降ろして言われたとおりに従う。
 彼女の声には、強さみたいな皆を引っ張る力がある。

 ナスティナは自らのストーンからミラーウェポンを呼び出す。
 二匹の蛇がお互いを喰らいあっているような、不思議なリングだ。
 見たことがない不思議な形状のミラーウェポンに僕を含め3人共目を奪われる。
 ナスティナがリングに力を込めるとリングは音もなく回転し始める。
 そのままそのリングは僕達の石の上で回転し輝き始める。

「な、何が……」

 僕達三人のストーンが輝き始める。
 クラリスが出していたミラーウェポンも同様に輝き出す。

「さぁ、バグ退治よ」

 ナスティナは走るのを止めて虫と向き合う。
 美しい銀髪、燃えるように真っ赤な瞳。美しいな。戦闘中なのに僕はそう思う。
 カイトもクラリスも戦闘態勢を取る。
 僕も慌ててウェポンを呼び出す。
 カイトの剣も僕のトンファーも輝いている。

「なんだかよくわからないが、やるしかねぇな!」

 そうだ、やるしかない。 

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