「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

買い物

 帝国らしい黒の店が立ち並ぶ通り。そこを訪れる者も大半が黒衣だ。軍に属する者を相手に商売をする通りであり…並ぶ鉄の塊はどれもが殺意の塊だ。
 そしてそれを品定めする男たちもまたそうだった。彼らは帝国において優れた一芸を持つと認められた兵士たちと傭兵だった。
 帝国軍においては、正式の装備が支給される。これも他国とは違う強さの秘訣の一つではあったが、それゆえに飛び抜けた個が生まれにくい。また、最初から群を抜いた強さを持つ傭兵や戦士を旗の下に向けるにも差し支えがある。
 そこで特例として個人に自由な装備を認める制度が生まれたのだ。

「久々に会ったと思えば、また戦の準備か。少しは飽きねぇのか?」
「…飽きる?戦いに飽きることがあるのか、タンザノ」

 予備の武器を手に入れようとする歴戦の傭兵と、元剣聖は偶然に再会した。歴戦とは言え感性は一般の範疇にあるタンザノと、剣を中心に世界が回るクィネは微妙な距離感となって別れたきりだったが縁というものは実際にあるようだった。

「戦士というものは生まれつきの職業。鍛冶師が金床と鎚に生涯を捧げるように、まず優先すべきことだ。他の夢を見るにしても、それを成した後の余暇にやるものだが…」
「毎回思うんだが、一体いつの時代の生まれなんだお前は…」

 クィネとセイフの垣根は一時期安定していたものの、再び不安定になりつつあった。
 それを自覚していないのか、品定めしていた剣を飾り台へと戻してからクィネは顎に指を当てながら考え込んだ。

「やはり無いな。ここの品揃えならばあるいは、とも思ったんだが」
「いや、どの武器でも折れたやつよりはマシだろ。何か探しに来てたのか?」

 クィネは頷く。
 他ならぬその折れた剣と同じような物を欲して、非番の日には出歩いているのだから。

「“歌う剣シンギング・ソード”だ。故郷では皆が使っていた。俺もこれで剣を覚えた…今のままだと刃先を使えない」
「ふぅん?南方剣聖と同じ剣だな」

 クィネはその言葉に茫洋とした目線を彷徨わせたが、すぐに現実へと戻ってきた。
 歌う剣は撫で切るために敵が硬ければ硬いほどに独特の音色を奏でる。そして、熟練に達すれば音がしなくなることからその域に達した者にこそ、南方の一部の部族の尊敬が送られた。

「大型のサーベルでも珍しいのに、そんなものが置いてあるわけねぇだろ」

 最もな話である。愛用するのは余程の変わり者か、それこそ同郷の者ぐらいだ。

「あ~作って貰えばいいんじゃないか?」
「なに?」

 それは地味だが確実な発想だった。
 幾ら説明しても思っていた物と違う物ができることもある。失敗の過程の材料費も料金に含まれるのが普通である。そのため武器のオーダーメイドは依頼する者は少ないが、予算が潤沢にあるのならば…

「なるほど…よし、店主殿」

 クィネは持ち金を全部店頭へとぶち撒けた。その量にタンザノと店の小僧が目を剥いた。
 なにせクィネは給金を使わない。しかも高位の勲章があるために年金も付いてくる。下級貴族ぐらいの財産を腰にぶら下げていたのだ。

「コレと同じ剣を同じ構造で作ってくれ。刃先はこういった風に…」
「普通なら受けねぇが…ま、見本があるなら何とかならぁな」

 禿頭の中年店主は特に驚きもせずに依頼を受けた。武具というのは概して高価なものであり、質のいい物になるとそれこそ金額は天井知らずだ。
 魔剣聖剣の類となれば城ぐらいは買えかねない。

「見本として預からせてもらえねぇか。見れば見るほど変な作りだこの剣。良い出来ではあるが、真似ぐらいはやってみせる。代わりの剣はそのへんから適当に持っていけ」

 依頼する側も変ならば、受ける側も変ということなのか。クィネは躊躇なく一番高価な剣を手にとったが、店主も気にした風は無い。

「コレを借りる。良い出来だ。形としてはむしろ薙刀グレイブに近い…柄が長い辺りは両手持ちのためか」

 クィネがそれを手にとった理由は出来と、少し曲線を描く曲がった刃だ。これならば彼の剣技でも使ってやれる。
 ホエスは剛毅な買い物と選択に若干引きつつも、丁寧に応じた。

「ツヴァイハンダーにこういうのがあるな。曲がってるのは珍しいが」
「それも前の客が依頼しておいておっ死んだ品よ。まぁこっちは制作費だけいただけたから良いんだが、使ったほうが報われようよ。お前さんも死なないようにな」
「そればかりは保証できんな。勝負は生物…いや水物?剣士は次の瞬間には息絶えている生き物だと、誰かも言っていた」

 化物みたいに強いやつがいうことか、とタンザノは呆れて眺めていた。結局彼は自分の買い物をする気が失せていた。

/

 その後も連れ立って歩く。こうして誰かと街を練り歩くなどというのは久しぶりのことであり、クィネは少し浮ついていた。
 一方のタンザノは少しばかり気まずい。クィネを気に入っているのか、いないのか。自分でも判断がつかないのだ。

「ホエスとライザはどうしている?」
「…ホエスは空いた時間で本の虫だ。帝都にいる間に復学…復学っていうのか?まぁまた魔法使い様の学校に入れないか狙っているようだ。ライザは相変わらずだよ…ジーナの嬢ちゃんが手柄欲しさに突っ込みまくるから、逃げようか迷っているらしい」

 寒いのは変わらないが天気は快晴、帝都の黒い石畳が熱を吸収して仄かに暖かい。こういった日にはクィネは気分が良い。戦いの日ほどではなくとも。

「お前さんは今も軍団長様のところか?」
「ああ、ただ…今度新編される皇帝陛下直下の部隊に出向予定だ」
「…は?」

 噂としては流れていた。皇帝には直接配下の通称第0軍団が存在するが、それとは別に親衛隊めいたものが編成されるという話でだ。

「それにしても、手柄欲しさに突撃とは。ジーナ殿は第2軍団なのだからそれほど大きな戦場には出ないのにな。野盗か叛徒の退治に立候補でもしているのかな?」
「あ、ああ…そうみたいだ。私兵の俺たちには疲れる」

 こいつ実はとんでもない出世街道に乗っているのではないか?そういう感情がタンザノの目線に加わるが、クィネの道はどちらかといえば破滅への轍だ。
 そこでクィネは自分の過ちに気付いた。

「しまった…今日の食事をどうするかな…スフェーンに奢ってもらうか?」

 ついでに財布の中身もたった今破滅したことに。
 軍団長にたかる軍士ってなんだと思いながら、タンザノは昼食ぐらいは奢ってやる気になっていた。



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