「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

限界が来たりて時は満ちる

 寂れた木立の中に少し開けた空間があった。
 誰かが広場にするために誂えたにしか見えないが、ここはたった今できあがったのだ。そう言って信じる人がどれほどいるだろうか。

 広場には人が集まる。だが今日ここに集った者たちは残らず裂かれ、潰され、貫かれて無残な姿ばかりだ。重ね着した衣類にタルの蓋、農具を改良した武器。それらを見れば物言わぬ骸達が民兵であることに誰もが気付くだろう。

「トリドも限界が近いですね」

 死骸に腰掛けたスフェーンが言う。可憐な容姿がそうしていると、不思議に絵となる。
 その言葉に首を傾げたのは短い金髪の騎士ジーナ。クィネを譲り渡す対価として階級を一つ上げて第2軍団に転籍、士官となった彼女はそれまでの臆病さが嘘のように戦場に適応した。
 そこらに人の臓物が落ちている状況で会話が出来ているあたり、もう一人前と言っていい。事実、倒れ伏した民兵の内3人は彼女の手によるものだ。

「不思議そうですね。騎士ジーナ?」
「はい閣下。民兵共は幾ら切り倒しても、キリがない。果物に張り付く虫を思い出します。この抵抗を根絶するには時間がかかるように私には思えるのです」

 答えに軍団長は頷いた。
 民が戦士に化けるというのはそういうことだ。戦士よりも民の方が遥かに多いのだから、当然である。軍団をもってしても容易く根絶やしにはならない。

「限界なのは民ではなく、国ですよ。なまじ教育を受けている彼らは、民ほど熱心にはなれないでしょうからね…ベニット軍団長もかなり動き回っています。国が割れて、民兵は民兵同士で争うようにもなる。しばらく放っておけば勢力も固まって、征討も分かりやすくなりますしね」

 大雑把に言えばそうなのだが、過程で流れる血と汗はとんでもない量になるだろう。そのあたりはスフェーンからしてみれば、どうでも良いことである。元々べニットの仕事だ。
 スフェーンは融合個体の試運転がてらに敵の勇者達を平らげて、部下と己に経験を積み上げる。済んだら帰還を急ぐだけで、後始末に関わる気まではない。

「クィネが帰ってきます。無事に済んだようですね」
「クィネ二等軍士にとっては、つまらない相手でしたでしょうね」
「いいえ、足取りが軽いのが感じられます。彼は大抵の相手を一刀で屠ってのけますが、その一瞬をこそ勝負と見なしているのでしょう。相手を侮っているところも見たことがありませんよ」

 今回の遠征はスフェーンからしてみれば、彼を手に入れるために来たようなものだ。結果は上々。己が傅く側になっても、それだけの価値があの剣聖にはあった。
 ジーナと傭兵たちも融合個体と人の連動という試みの良い試金石になっている。戦は横からつまむぐらいならば、味わい深いとスフェーンはこの国で学んだ。

 しばらくすると、木立の向こう側から首を片手にぶら下げた褐色の剣聖が顔を出した。

「良い腕の相手だった。木立の中で戦うことを前提にした武技。ああした際物も味わい深い」
「その御仁は“木陰の君”アルムレットですね。これでトリドはまた一人、勇者を失ったわけです」
「勇者ってたくさんいますねぇ…」

 ジーナの呟きは当然だろう。人魔戦争では多くの者が頭角を表した。結果としてそこそこの腕、いわば濫造勇者が世間には溢れている。
 クィネからしてみれば彼らは良き強敵ではあるが、勇者ではない。彼にとってその名が相応しいのは後にも先にもある男だけだ。

「干し首って帝国の法では禁止か?」
「残念ながら、明確に禁止されていますね」

 帝国にも多くの宗教があるが、様々な理由から死体を弄くり回すのは好まれない。
 クィネは肩を落とした。
 この敵の武勇を永遠に残したかったのだが。

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 クィネの階級は現在下から4番目でこそあったものの、所属は第2軍団軍団長の直属部隊だ。階級についてはスフェーンの権力でねじ込んでも、いきなりではそこが限界だった。

 健全で良いことだ、とクィネは思う。同時にややこしいとも。
 清廉なら徹頭徹尾正しくて、腐敗しているなら頭から足先まで腐敗していれば分かりやすい。

 一足飛びで士官を果たしたは良いが、ライザを除いた傭兵たちとの溝が出来ていくのももどかしい。嫌うのならば嫌うで、敵対を宣言して欲しいとクィネは願う。
 ホエスとタンザノは能力のみを測れば大したことはないが、生き馬の目を抜く世界で生き抜いてきた機転がある。きっと最高の一瞬となるに違いない。

 しかし、世慣れた人間である彼らは旗手を鮮明にする気はないようだ。
 となれば、クィネにとっての楽しみは自分の手から逃れた強敵に絞られる。
 片腕を失った剛力の持ち主はどう戦うのだろうか?自分より才気に優れる青年はこの短期間でどれほど腕を上げているのか?
 楽しみだ。楽しみだ。
 クィネは敵と剣で語らう。会話も悪くはないが、全てを知るには時間がかかりすぎる。だから切った時、切られた時で測るのが手っ取り早い。そう信じている。

 クィネが正式に軍へと登録されて数週間。その間に死骸は山と積み上げられ、決戦を今か今かと誰もが待っている。

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 当然、待っているのはクィネだけではない。
 トリドの第一勇者“弓聖”も来るべき決戦を待ち望んでいる。

 彼はトリドの王城から動けない。
 最強の手札である彼を権力者は手放そうとはしなかった。不謹慎でも好きな戦場へと赴けた人魔戦争を懐かしく思う。
 あの時代は年寄りたちも、次の時代に何かを託そうと必死だったはずが今はこの世界にしがみつくためだけに自分を利用する。

 友デマンを倒した相手が来ると良い。彼の恨みを晴らせる。腕を失った彼はもうかつての全力が出せない。戦士としてさぞ無念だろう。
 影でこそこそと動き回る賊達の姿も見極めたい。多くの友たちがやつらの手にかかった。どちらが悪いというわけではないが、それでも報いを束ねて放つつもりでいる。

 弓聖が戦うということは、この城が落ちる寸前を意味する。しかし、弓聖はそれを気にしない。帝国と戦争になった時点で終わっていたのだから、悲しむ道理が無かった。
 この城は棺桶だ。自分は勇者として死ねる機会を得たのだ。至福の最後を目指して。弓聖は黙って待っている。

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