「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

黒の中の黒の軍団

 さて、そろそろ攻勢に出るとしよう。
 帝国の目指すは全ての統一。文化も教えも全てが優しき黒に染まるよう願いは止まない。
 魔術師であろうと、神官であろうと黒のローブを身にまとえ。
 剣士であろうと、戦士であろうと黒の鎧を身につけよ。

 誰であろうと、黒は全てを包んでくれる。深き夜空を見上げれば、その偉大さが分かるだろう?青い空はもういらない。
 他を排斥する輝きの白など無用を超えた害悪だ。それでは我らが救われぬ。それでは彼らが報われぬ。

 さぁ攻勢に出よう。
 それが帝国の願い。

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 黒い軍服を身にまとう。
 褐色の肌と黒は微妙な違いから、似合わない。その黒の仕立てから作った人々の機械的な義務感が伝わることだけは気に入った。

「良くお似合いですよ、軍士」

 融合個体の世辞にどう返したものか、分からない。隠者のようでもあるその融合個体の方が余程、黒が似合っていたから。

「似合わなくても、構わない」
「これは失礼を。しかし…その下か上に防具を付けるのが一般的ではありますが…」
「それはいらないよ。どうせ、一撃当たったら死ぬ身だ。お前たちとは違って。…ああ、意地が悪いことを言うつもりは無かった。すまない」

 その言葉づかいを、融合個体…さて、彼の名前は何だっただろう?…は咎めた。

「帝国軍士は目下の者には謝らないものです。間違いなど無いのですから」
「そうか。改めよう。では最後に確認だ。…この口調は威圧的に過ぎないか?」

 それに対して男は少しだけ人間性を覗かせた。
 肩を竦めて見せたのだ。

「いいえ、もっと上から目線で良いくらいです。団長閣下などのような方の方が例外なのです」

 あの小さな女も、中々に面の皮が厚いらしい。確かにそうした面もあるだろうが、自分の前では時折幼子のようにも見える。

「ひょっとしてだが…偉いやつほど変になっていくのか?」
「そこは個性的な、もしくは独特の魅力がある、などに言い直したほうがよろしいかと」

 彼ら融合個体も話してみれば、結構人間性が残っている。この男は元々が誠実でありながら、諧謔的とでも言おうか?複雑だが、世話好きな者らしい。

「名前を聞くのを忘れていた。何だったかお前…」
「ああ、名前なんていいですよ。どうせいらないものですし」

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 着替えを終えて室外へと出たクィネを待っていたのは、スフェーンだった。
 それまで背中を壁に預けて、いつも通りの周囲から浮いているような雰囲気を纏っていたのだが、クィネの姿を見るなり柔らかく微笑した。

「…黒があまり映えませんね貴方は。それに、大きめの軍衣を用意させたのですが…そこまで細いのは裁縫師も考えていなかったのでしょう。改善点に加えるよう、要望を提出させましょう」

 クィネの体は細長い。背丈は長く、総身が締りに締まっているため針金のようだ。
 クィネ自身は自分の体格を妙だと思ったことはない。むしろ、彼の出身部族からすればこれこそが恵まれた体型なのだ。

「南方蛮族が着ることを想定していなかったんじゃないのか?もしくは特注が普通とかだな。帝国は北方、北方の戦士は腕も足も大木のごとし…と世に言うじゃないか」
「まぁ帝国も元は北方蛮族と呼ばれていましたからね。しかし、これから大陸全土に覇を唱えようというのなら、南方の人材を吸収することも見据えなければ話にならないでしょう」

 しかし、と肩を竦めるスフェーン。体格の小さい彼女がすると、何か滑稽な感じがする動作だ。
 …姿形を言うのならば、少女のような小ささのスフェーンこそが希少に違いない。最高位の軍服を着るとなれば尚更で、彼女もまた衣装には苦労をしたに違いなかった。

「私の目的からすれば、南方は南方でも…ある地域以外はどうでも良いことですが。世界の覇もどうでも良い。そのために貴方を利用させてもらいますよクィネ。負けた側としては口にするのも躊躇われますが」
「構わんよ。今や貴方が雇い主・・・殿だ。それに従うのに何の不満もない。出来んことをしろ、と言われても出来んが」

 人に聞かれれば帝国への叛意とも疑われかねない会話をする二人。それでいて堂々と、声を抑える気すらも無い。クィネとスフェーンが超越者である証とも言える。

 それを聞いているのはクィネの着替えを手伝った男だけだ。黒衣の融合個体は一連の流れを黙って聞いている。彼から見れば、この世界などはそれこそどうでも良い。元々がそれほど大事に関わる性質でもない上に、世界の裏側と接続されている融合個体はその価値観を変貌させていた。

「それについては心配いりません。戦う相手を、切る対象を定めるだけですからね」

 融合個体でありながら、その目的と性格を手放さないスフェーンこそが異常と言えるだろう。
 しかも、スフェーンの目的は大雑把に言えば私怨と八つ当たりに属する。それに不屈の精神力を発揮する彼女は人としても大きく欠けたモノがあるように見える。
 それがスフェーンという可憐な女を際立たせて見せるのだ。

「では行きましょうか。そろそろ攻勢に出る時です。貴方に斬られた腕が、どういうことなのか再生が遅くて難儀しましたよ」
「はい、閣下。とか言ったほうがいいか?」
「他の軍団がいる時は。それ以外ではむしろ私が下でしょう。敗者なのですから」

 二人の凶手が前へと出る。
 それはトリドという国の命運が尽きたことをも意味していた。いや、あるいは世界すらも…

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