「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

黒の会議室

 サフィーレ帝国の首都ラリマ…そこには当然、皇帝の居城がある。
 この城は行政組織が入っている区画まで含めれば大陸最大の大きさとなる。そして、おとぎ話のような白一色とは真逆に黒で染め上げられている。離れてみれば人が住まうようには思えない、かつて魔王が住んでいた城のような恐ろしさを感じるが、近くに寄ればそれが誤りだったと分かるはずだ。
 黒は黒でも現実に即した黒さとでも言おうか?意外にも見る人に配慮したいわば“落ち着いた”色調であるのだ。
 過度の装飾を廃し、実用に即した作り。そして落ち着いた色彩…数年前まではサフィーレ帝国の文化は一部の人間から絶大な支持を得ていた。もっとも…人魔戦争が終わり、人同士の戦いへと変化してからは自国の文化を押し付けるがゆえに悪く見られがちとなっているが。

 そんな帝国様式のもっとも優れた作品がこの皇城であった。驚いたことに内部まで黒一色であり、濃淡で内部の人間の気分を変化させる。儀礼やまつりごとに使われるような区画は厳粛に。皇族や武官文官に使用人が住まう区画は穏やかに。侵略など起こさなければさらに多くの人々に愛されていたであろう…もっとも、帝国に言わせれば誰かが始める前に先手を打っただけのこと。人とは欲深い生き物なれば争いは必ず起きていた。

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「各方面の報告は以上となります」

 黒の会議室…そこには円卓が置かれており、帝国を担う12の武官文官が座していた。この日は定例の会議であり、12人の軍団長か副長が必ず出席することとなっている。一応はやむを得ない場合を除いて、と定められてはいるが、過去には欠席した間にあらぬ疑いをかけられて立場を失った者もいる。出ないわけにもいかなかった。

「大義であった」

 高い椅子に腰掛けて他を見下ろす老人は億劫そうに呟いた。その後は深く息を吐いた後に、背もたれに身を預けて目を閉じた。眠ってしまったようである。この疲れきったように見える老人こそがサフィーレ皇帝、ラズリ4世である。

 円卓と言っても別に公平さを表しているわけではないことは、一つの椅子だけが高く、ひときわ豪奢なことからも見て取れる。そこは皇帝、ないし皇帝代理の席で、この日は皇帝自身が腰掛けている。

 皇帝の装束も黒だが、胸元まで伸びた白髯が印象を穏やかにしている。王冠を戴いていなければただの好々爺にも見えたやも知れぬ。事実として、今代の皇帝は至って穏やかな…毒にも薬にもならない人物というのが世間の評価だ。
 戦争を始めたのも臣下達を制御できなかったため…と思われていた。そしてだからこそ・・・・・、高位の臣下達は皇帝を甘く見てはいなかった。

 侵略を始めた国の棟梁が“臣下に翻弄される哀れな老人”という被害者めいた世評を維持しているのだ。それは帝国が憎まれつつあっても、皇帝は別ということになり…臣下たちには一体、どうやればそんな立ち回りができるのか見当もつかない。
 末端の者の中には影が薄い、と皇帝を侮る者もいるが各軍団長にその気は全くない。仮に実際に哀れな老人であろうとも、確かめる術がない。皇城は戦場とも行政組織とも勝手の違う戦闘が繰り広げられている場所だ。
 であるならば警戒はしておいて当然だった。友情や愛情で結ばれているわけではないため、下手をすれば自分の首が物理的に飛ぶ。

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 報告と儀式が終われば、参加者たちの雑談が始まる。
 実を言えばこれがこの定例会の本番と言っていい。他軍団の動向を探る絶好の機会であるからだ。

「いや、しかし南方は思うようには行きませぬな!特にトリドは中々に気骨があるようではありませんか、第7軍団長殿?」

 第1軍団長が切り出す。声も嫌味に溢れているが、顔は嫌味を体現したかのような憎らしさだ。決して不細工というわけではなく、美形の範疇なのだが、他者に何か言う度に奇妙に歪むのだ。そして、大抵口から出るのは皮肉だ。

「お恥ずかしい。ああも、反抗を許すとは失態でありました。申し訳もありません」

 揶揄に満ちた第1軍団長の発言にも第7軍団の長ベニットはしれっとした態度で返した。言葉こそ素直だが、汗一つ掻いていない。
 中肉中背で黒髪。どこにでもいる普通の官吏といった印象だ。軍装で無ければ役場の窓口にでも立っていたほうが似合いである。穏やかそうなのは外見だけであり、心臓には毛が生えている。

 皇都を警備する第1軍団には戦果をあげる機会などほとんどない。そこから来るやっかみ・・・・なのだ。あげつらって非を弾劾できるほどに第1軍団と第7軍団に差があるわけでもない。謝りはしたものの、トリドの反抗は誰にも思いがけぬことであったため、少しばかり押し切るには弱く、第1軍団長はさらには踏み込まなかった。

 トリド王国は小国であり、あっさりと陥落できるものと見られていた。第7軍団長、べニットは朴訥で地味な指揮官だ。外見同様に際立った才はない。しかし、いやだからこそと言うべきか数が上回っている時には堅実に勝利していくことのできる粘りがある。
 それが停滞を見せることになったのは、片田舎の町を制圧した際の戦闘に原因があった。

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 その町は帝国側からも大したことのない地のように見えた。
 制圧の際にひょんなことから首長の家が燃えてしまったことで、順調さは失せてしまった。その家屋はトリド王国の祖先たちが海を渡る時に使っていた船を家へと転用したもので、トリド人達の戦意と敵意を大いに刺激してしまったのだ。
 今や民兵の数は急増し、地理に明るいのがトリド側であるため戦況は泥沼化している。勝利を得るまでの時間は少しばかり長くかかる程度だろうが、支配した後の問題はその比ではない。徹底的に叩く必要すら出かねなく、得られる予定の利益は大幅に目減りするだろうことは疑いが無い。
 さりとて今更戦争を切り上げる…というのは帝国民の手前難しい。戦というものはまつりごとの一種でありながら時に下らないことで長引くようであった。

「結論は既に出ている。トリドは完全に粉砕すればよかろう、とな。そして、幼いトリド人達を徹底的に養育してやろう。なんなら属州という肩書を外してやってもいい。帝国の黒に染め上げるのだ」

 南方を担当する女傑が凛とした声で語った。
 第7軍団と隣接する第6軍団の長が肩を持ったことで、自分達が全く知らない内に小国の未来は決定された。どう足掻こうとも覆せない差が帝国とトリド王国にはある。ただし、過程で何が起こるかは誰にも分からない。

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 帝国軍団は時計になぞらえて、各方面を担当している。第7軍団が南西侵略担当、第8軍が南西防衛担当というようにだ。しかしながら帝国は北方の国であり、北には侵略するほどの規模はない。そのため、第1・2・10・11軍団は南方軍とは毛並みが異なる。必然として北方に属する軍団と南方へと対応する軍団で仲が悪い傾向が生まれていた。

 そういった名前が存在するわけではないものの、第0軍団は皇帝直下。第1軍団は皇都守備軍。第10は警察、第11軍は行政側となっている。なお、第10軍と第11軍は定数こそ確保しているものの、魔術師の保有数、装備に制限があった。
 …こうした体制は塔国を意識してのものであり、塔国が6つの団に区分けされているので倍の12…という些か子供っぽい理由だ。

「時に…ベニット殿。中々、面白い人材を見つけられたとか?」

 意外な人物に話しかけられたな、と思いながらも第7軍団長は気さくに応じた。

「これは耳が早い!今はまだ様子見ですが…噂に寄れば並々ならぬ剣腕を持つとかで、部下に調べさせているところです」
「私も、伝手から少しばかり聞いただけなのですが…噂が本当ならば是非紹介していただきたいのですよ」

 声の主は第2軍団長だ。同じ女性でも第6軍団長とは全く異なる線の細さ。柔らかそうな髪に、緑の瞳。少女的な可憐さの持ち主だが、その容姿とは異なるところで話題の種だった。

「勿論、相応のお礼は致します。私の軍は少しばかり人材不足ですから…」
「ほう…何に用いる人材として?」
「勿論、剣士として。そのクィネという人物が噂通りであれば、実に有用でしょう」

 彼女が率いる第2軍団が何を担当しているのか…誰も知らないのだった。

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