TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~

簗瀬 美梨架

4-2  明日、会社が消滅する?!

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 ――本日の日経平均株価は続伸となる。

 日本大手企業の東峰銀行の保有するジェーダスTOK証券が売却され、株式以上のFX投資家はほとんどFX・及び大手市場を去ることとなった。
 空売りポジションを組まれた東峰の株主資本のおよそ0.51倍もの空売り。東峰銀行は先日貸し倒れ金と、接待、汚職が続き、信用不信で業績は落ち込み、上半期の決算では赤字を算出している。公的資本導入もやむなしと囁かれたところで、大量の証券の売却。
 ――羽山カンパニー・ソサエティの自社株は、株式資本、3%までアップ。東峰の子会社含め、この日の市場価格は下落。羽山株は続伸――。

 空売り筋は、借り株を売り払い、将来を担保にして安値で買い上げ、差額を「買い待ち」にして利潤を上げる。

 この展開を見抜くは至難の業だと、「行動経済学」では論じられており、レバレッジの暴落の理由も未だに謎である。


 しかし、予兆はあった。鷺原眞守の個人所有株占有率の落差である――。


***


「見つけました!」

 叫んだは雪乃である。あまりにも履歴書確認作業が繁雑で、大量の為、総務部は一度は確認作業を打ち切り、本来の業務に戻していた。

 午後、鈴子が郵便作業を終え、また二人は履歴書捜しに戻り、海空は並行して終わらせたものの、該当無しで、ちょうど海空の二重チェックを雪乃が行っている図式である。つまり、海空も鈴子も見逃した部署から、雪乃は見つけたのである。

(げ)とは言わず、海空は「誰?」と聞き返した。

 目的は、SIMカードを封入し、郵便に紛れ込ませるという面倒な仕事をやった社内の人間のあぶり出し。

 雪乃はすっと席を立つと、封筒をスキャンして、画面に取り込んだ様子。すぐに画像ソフトを起動、「あたし、CDA(「コンピュータによる設計支援」)の経験があるんです」と嬉しそうに答え、封筒の宛名「西郷美佳子」を青字にした。

「課長、比較ソフトのインストール許可お願いします」「お、おお?」管理者の承認を待つ間に、今度は見つけた履歴書PDF……何故か封筒の宛名をスクリーンショットする。

「――間違いないです。秘書課の、山櫻幹和子です。封筒があって良かったです。履歴書では半信半疑で」

「どういうこと?」

 雪乃はペンで画面を叩いた。

「文字間が同じな部分に気付きました。「西郷美佳子」「山櫻幹和子」どちらも五文字。重ねれば判ります。こうして……」

(やっぱり、この子は一般職に欲しいわ、地味顔でいいから)などとヨダレを垂らしてうなぎを見詰める心地で、雪乃を見やる。

「あ、一致した!」とは鈴子。

 雪乃のPCは抜き出した青文字(封筒の宛名)と赤文字(山櫻の履歴書の封筒の宛名)をレイヤーにして、乗算させていた。
 それがぴったりと合っている。「子」の字も重ねれば一致していた。

「人って、書跡は巧く替えても、文字間と比率は替えられないんですよね。こんなにぴったり。特に秘書課なら、理想のペン字の文字間の心得が出てしまうんですよ。――間違いないと思うんですけど。どうですか?」

 間違い探しで言えば、高度な問題だ。しかし簡単な「子」の書き方が同じだと言わない辺りが負けず嫌いの雪乃らしい。

 しかし、疑問がある。

「おかしいわね、あたしも、鈴子も秘書課は見たわよね」

「ここはA型のあたしの出番だということです。佐東主任は早過ぎたし、鈴子は居眠りしてたのが秘書課でしたし」

 ――あっさりと解決した理由に、(相変わらずだな、こいつ)とは口に出さず、海空はプリントアウトした履歴書と封筒、それに西郷からの封筒を丁寧にファイルに入れた。

「あ、郵便集荷が来た」と鈴子が受付に走って行く間に、雪乃に問うた。

「鷺原のことはどう考えるのよ? 会社の敵なら、あんたたちはロミジュリだわよ」

 雪乃は眉を下げてくっと笑った。

「それはそれ、会社は会社です。でも、何かもっとあるような気がするの。鷺原さんは不思議な人です。世の中には、愛と憎しみを両方持つ人もいるのかも。黒い羽と白い羽を持った王子様が」

(はーい、はいはい。夢の世界は行かないわよ)

 雪乃の妄想癖もまた健在の様子。「鈴子を待って、山櫻に聞きに行くわよ」と海空は立ち上がった。ところで、尾城林が「お局、これも」とファイルを差し出してきた。

 ――鷺原が、峰山と打ち合わせていた「人材養成のための広告人材」のリストである。

(そうだった。最初にあいつは、「会社に必要な人材をPRする」を目的に来て、その名前にはあたしも含まれている。……もしかして)

 海空の勘が働き始めた。
 このリストは、鷺原の計画に荷担する社員たちではないだろうか。
 そう考えると、人事部長との怪しい動きも理解できる。鷺原眞守は、たった一人で、虎視眈々と会社の内部で、自分に協力してくれる人材を集めていた。そのパイプラインは一人で良い。人事部長を落とせば早い。人事と総務は社員の弱味を握ってしまう。後は、峰山に逆らえない社員を集めれば良いだけ。その間に、鷺原は経済の海を荒らす海賊のように株価を乱しておく。
 東峰の不渡りを待ち、動く――。
 目的は、株価をつり上げておいて、信用を落とし、空売りで会社の価値をゼロにすること。
 しかし、羽山には商品は――……。

 海空は監査部との会話を急激に思い出した。あの時、何か言っていた!


*****


「昨晩鷺原さんと逢っていたと、社内から声がありました。いいですか? 鷺原さまは確かに株主ですが」
「でも、株を買うということは、応援してくれているわけだから!」
「それは理想論です。《《株は所有により味方から敵》》になります。つまりは第三者からの出資を受けた時点で、その第三者には出資割合に殉じた会社への一定の権利が発生するということ。《《我々の会社は、商品はありません。だからこそ、総務部の漏洩は商品に等しくなる》》。空売りとは変わった売買だ。通常は値が上がって売る利潤式だが、空売りは値が暴落して初めて利潤がでる。

 仕組みは単純ですよ。株価が下げる局面で株を買ってしまうと当然、損が出てしまう。株が下げとまるのを待って再び株を買って上昇するのを待つ逆張りをするも難しい。《《そこで株式市場が一時的な下げの流れになっているときに、その下げの流れに乗る事で利益をあげる》》手法。それが空売りです」
「邪道よねえ」
「レバレッジ効果次第では差し入れた証拠金の3倍までの取引が可能ですからね。よくバイナリーやデイトレーダー、証券のプロが信用新規売りと称して使う手です」

「なるほど。鷺原なら、それが出来る……と」

******

海空は足元が凍るような感覚に襲われた。信用取引マネジメントの商品。株を下落させるための商品はたくさんあるじゃないか!
 ――社員だ。信用取引の如く、バイナリストやFX投資者も見放す商品がある!

「ほとんどの部署に……協力者がいるって……あんたの名前もあるじゃない。尾城林課長。あんた、何か知ってるなら」

 尾城林はいつも通り、だるい格好で椅子をギコギコした。

「あとは、自分で真実を探せよ。俺はおまえらがKOROKORO言うから、愛犬思い出してナーバスです。可愛い柴犬だったんだ……。俺が中学から可愛がってきて、帰って来ると、リード咥えてやって来て……」

(この男、マジで使えねえ!)と海空はファイルを引ったくり、目を光らせた。


 ――この総務部お局、佐東海空の目を誤魔化せると思うなよ。いよいよ大詰めだ。


「トリコロール、集合! さあ、本気で殴り込みに行くわよ。秘書課の女狐のところへ!」
「はい」
「徹底的に吐かせてやるわ。まどろっこしいのよ。上層部に殴り込みだ」

 くるっと海空は尾城林に振り返った。

「もう、あんたが西郷係長を追い詰めたなんて言うつもりはない。責任者は責任を取って、金を貰う。なら、今こそがっちり責任取りなさいよ! 責任者!」

 言い捨てて、「待って~~~」と走って来た鈴子と合流して、エントランスを横切った。

「佐東主任、あの。尾城林課長が総務に来た理由って」
「知ってる。だから出来る営業は厄介なのよ。何も、将来を投げることはなかったのにさ……」
「それだけきっと」「その先は言わなくていい。あたし、男泣きすると、落ち込むのよ。可愛くないなって。……カレは笑うからいいんだけどね」
「あたしも、そのカレさんに逢いたいです」

 海空は雪乃の頭を撫でた。

「ありがとね。これで、秘書課を徹底的にやれるわ。あいつら全員グルに決まっている。元々あの辺りの高級パンもどきは、重役とコソコソキナ臭い。取引先から「お小遣い」でも貰って会社をかき回してんのよ、こいつらは!」

 ぎょ、と受付の二人が「またお局がドラマの話してる」とひそひそ背中を丸め始めた。ドラマと思えるなら、それがいい。

 ――明日には、会社が消滅するなんて、あたし以外は気付かなくて良い。

 鷺原の仕掛けている罠は、会社全体ではなかった。どんな強固な鎧を着けていても、中を食いあらされれば逃げ場はない。免疫をあげても、VIRUSに対抗できても、戦う時間が長くなるだけ。
 明日には、会社が消滅するなんて、あたし以外は気付かなくて良い。総務としてやれることをやって来た。それに間違いはない。絶対に!


 その後、まさに疑わなかった《《総務としての仕事の完璧さ》》に疑問を突きつけられる事件と真相が、トリコロールを、海空を今か今かと口を開けて、待ち構えていた――。

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