TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~

簗瀬 美梨架

4-4  ソサエティが導く言葉① 秘書課との協力体制?!

 海空が吹っ切れたと同等の手放しの青空。そういえば、名前に蒼空の字を貰っていたのだった。と海空は改めて、青空に目を細める。

 海も空も広がっていて、青い。こんな大きな名前を貰っていると、世界中にお節介もやきたくなる。どこまでも広がる蒼空は、降り注ぐように空気が柔らかい。取り巻く大気を気にするなど今まで一度もなかったのに。

「……やあね、人間というやつは単純で」

 死ぬと決めると途端に世界が輝くとは言うが、齢30年。今日が一番輝いて見える気がする。理由は色々。雪乃と鈴子の前で大泣きしてスッキリしたとか、どん底から助けてくれたのは愛するワンコロのトリコロールの旗だったとか。

「海空ちゃん」と呼んでくれる、自分を待っている人がいるだとか。いつかは、現在もさよなら。それでも、現在はなくならない。

 海空は蒼空を再び見上げた。
 ――一期一会を繰り返し、別れて出逢って、また大切な人との人生を歩んでいく。会社なんて、そんな人生の宿り木なのかも知れない。みんなで三色旗の下、羽休めも悪くない。人生は長い。疲れるのはまだまだ早いんだから。


***


「あ、来た! すいません、あの、主任と話して貰いたいんですけど」

 センチメンタルの数秒も消え去るが総務というお仕事である。海空がギリギリでも遅刻せずに職場に辿り着くと、総務フロアには玉の輿秘書課の姿と、雪乃、鈴子の姿が見えた。

「おはよう。朝から何の騒ぎよ、桐箪笥さん」
「遅刻主任」「1分前だよ」「勤怠誤魔化すんじゃないよ」

 山崎はずいっと一歩前に進み出た。後ろには寿山と山櫻。桐子なので、桐箪笥と呼ばれている。桐箪笥はちらっと尾城林に視線を送った。

「お宅の元営業さんに呼ばれたんだけどね」

(秘書課を尾城林が呼んだ?)

 ――嫌な予感しかしない。

 今日はお泊まり後でガーターではないので、びしっとは行かなそうだ。ガーターを見たワンコロが硬直してより、お泊まりには派手な下着は控えている海空である。
 青少年を、毒なお局下着で惑わせるのも楽しいが、「紫が頭をちらついて」な紫芋のケーキばかりはうんざりだ。

「あー、佐東。篠山も鴻も聞いてくれ。一週間後に臨時株主総会が決定したんだ」

「臨時株主総会?」

 株主総会には二種類ある。1つは「定例株主総会」。これは会社が年度スケジュールや、決算期に重要事項伝達として行う。もう1つが「臨時株主総会」。早期問題解決や、資金の悪化、役員の欠員補充や経済に合わせた施策などを中心に議論される。

「議事録の依頼なら無理。PMSが」
「いや、総勢140名の案内組織だ。急遽株主が招集をかけたらしくて」
「ふうん? ようやく高級パンが黴びてきたことに気付いたか」

 海空は皮肉で返しながらも、納得する。鷺原が株の占有率を上げて、空売りを仕掛けて来た。やっと、上層部が重い腰を上げたのだろうと推察する。
 ウイング派の重役たちは、今度は鷺原の攻防に備える……と思いきや、話は錐揉み斜め45度の角度で突き抜け始めた。

「鷺原眞守一派が、ウイング派と激突する。目的は現役員の退陣だ。名目は東峰銀行の不渡り・業績悪化を受けての対策だが、俺のところには「役員の補充」と来ていて、一週間後には総勢140人の株主たちが召集を受けている。で、総務の出番と言うわけだが、こいつぁ規模がデカイ。秘書課と総務部の協力体制で行く」

 六人が一斉に顔を上げた。「絶対嫌です」しょっぱな雪乃が先陣を切った。

「篠山、仕事なんだが」「嫌なものは嫌です」「まだ拘ってるんだぁ、ちっちゃあい」寿山の小馬鹿攻撃に頑固な雪乃はムスッと言い返した。

「秘書課となんか、協力出来るわけがない。それなら、あたし一人でホチキスしますから」

 雪乃はぷいっと頬を膨らませると、背中を向けてしまった。続いて鈴子が「もお問題ありあり~」とまた正直に言うものだから、桐箪笥が「こちらのどこに問題が?」とやんわり反撃。

「だって、秘書課ってお高くとまってて嫌なんですよね」またバカ正直に膨らむ鈴子を宥めるは尾城林が適任だ。

「鈴子、俺がお願いしてるんだよ」「はーい……りょ」ふて腐れの「りょ」の後に残るは海空と、山櫻係長。「なんとかしろよ」と山櫻が睨め付けてきて、海空は息を吐いた。

「雪乃、鈴子。総務が秘書課ごときに怖じ気づくんじゃないよ」
「へえ、いい根性」
「お局舐めんな」昨日の山櫻との一件の回答はまだまとまっていない。鷺原の出方次第では――……。

「あたしは総務の仕事をするだけ。こうしてる間も溜まるんだから」

 海空は「らしい」答えだと思った。そう、いつだって一生懸命。自分が決めてやって来たことは否定しない。せめて、自分だけでも味方にならなきゃ。

 ――疑ったら、申し訳がないじゃん?

 無言の山櫻をまっすぐに見据えながら、海空は一語一語を区切るようにしっかりと告げた。

「会社がどうすげ変わろうと、総務部の仕事は終わらない。なら、あたしは毎日勤怠やって、休暇申請に、人事考課の準備する。それが、あたしの答。課長。いいでしょう、その臨時株主総会の準備、ウチらが合同で引き受ける。でも、あんたたちの仕事はなくてよ。精々ツメシボ作って、ぎとぎとの株主の顔を拭いてやりゃいいのよ」

「眞守さんはぎとぎとなんかしてません」颯爽と裏切り者の声が飛んできた。寿山を見ると、しれっと聞き流した様子だ。もう興味がないのか。つくづく年増はごんぶとの神経をしている。

「あたしらは、今から重役たちのスケジュール調整と、来賓株主たちのへの出席依頼の確認コールだ。決定したらリストを送るから、総務部はすぐに出欠確認表と、経理部に年次計画書のサンプル、それに人事構成表を織り込んで郵送。急な話で悪いが」
「いいえ?」としれっと言ってやった。

 ――変な話になったが、それはそれで面白い。


「ふん、しゃなりしゃなりの玉の輿と、ドタバタの総務部ヒロインズか。オモカワヒロインズはあっちに決まってるって」

「佐東主任、オモカワヒロインズの〝オモ〟担当にされたの、まだ根に持ってたんですか」

 オモカワヒロインズとは、鷺原が告げた言葉だ。

「当たり前よ。ヒトを芸人みたいに! あいつに言われると腹立つのよね、何故か」

 鷺原のどこに腹が立っているのかはこの際考えない判断をした。

「さあ、少しでも早く日常業務を片付けて取りかかる……」

 しゃなりしゃなりの玉の輿トリオが帰った後、海空ははっと気付いて雄叫びを上げた。
「――って、仕事増えてんだけどぉ! 尾城林! あんたやっぱり邪道だよ!」

 尾城林は小指を耳に突っ込んでそっぽを向いた。

***

 パチ。パチパチ。ガー。バサバサ。パチ……単純作業を続けていると、何だか気持ちも荒んでくる。山ほどのプリントは「株主総会資料」。パワーポイントで作られた7枚綴りの資料に、今回の決算資料をホチキスで留めていく。

 データが嫌いなお偉いさんがいるせいで、総会は必ず紙で用意する仕来りらしい。

「鈴子~……。一枚飛ばしてるよ」
「りょ~~~~……」

 三人で並んでホチキスを動かしていると、何だか、お通夜の気分になった。雪乃は無言でパチパチ、鈴子は完全に飽きてきている。

「ちゃんと曲がらず留めてください。こうです、こう」事務作業は得意な雪乃が二人の止め方にいちゃもんつけてきた。

「鷺原が会社の取締役になったら、あんた社長夫人ね」

 喜ぶかと思いきや、雪乃は意外にも顔を曇らせた。

「そうなったら、別れるかも知れません。あたし、聞いちゃったんです。もし、もしもです・よ? 佐東主任の大好きだった係長さんのお亡くなりを利用して会社を手にするようなら……」

 潔癖症の雪乃らしい思考に、海空はホチキスの手を止めた。雪乃はぽろ、と涙を落とす。

「あたし、許せないと思います。命を玩具にする相手、嫌いです」

 鈴子が「でもお」と首を突っ込んで来た。郵便待ちの僅かな時間の手伝いだが、一応数は減っている。

「雀さんにごはんとか~……優しいじゃないですか。本当に悪い人なのかなって」
「演技かも知れないでしょうが。あんたは単純Bなんだから」

「そうよね!」ぱあっと顔を明るくした、鈴子の上を行った雪乃の単純さにずっこけながら、海空はホチキスを投げ出した。

「それは、あたしが聞き出してやるわよ。株主さまだろうが、路地の蕪売りだろうが、一介の総務のお局には関係がない。まして、西郷係長のことだってあるし。蚊帳の外って嫌なのよね」

 海空は雪乃を真っ正面に見詰めた。

「あんたが選んでる相手なら、尚更。確認しないと安心して引き渡せないでしょうが」
「佐東主任……」
「残り、やってよ」

 雪乃に諭しながら、海空は何より鷺原を信じたいと願っている自身に気付いた。理由は分からない。ただ、何かが違う。何か大きな見落としをしているような気がしてならない。

 ただ、会社が欲しいなら、もっと違うやり方があると思う。
 自己顕示欲とも違う。金の亡者でもない。

 ――ここまでしても、鷺原の真意が見えない。黒と白が巧く混ざらずマーブルに輪を描くようなそんなイメージ。悪意が見えない。会社に牙を剥いて来たようにも見えない。目的はあるのだろう。ただ、そこだけが見えないことで、不安を煽られる。

「臨時株主総会資料」文字がはっきりと海空の脳裏に焼き付いた。

(判っているよ。もう、一介の総務のお局がじたばたしても無駄な事実。なら、あたしはお局ではなく、篠山雪乃のしがない友人として接する。切り札出すわ――)


 ***


 海空はその日は飲まなかった。部屋でテーブルに鷺原の名刺を出して、一時間ほど睨み合って、徐にスマートフォンを手にする。

 きちんと話そう。駆け引きなしで。総務もお局も脱ぎ捨てて。そう思っただけで、ただの通話なはずが神聖な儀式のように思えて来た。
 それでいい。いつだって、ヒトとヒトは真摯に向き合って然るべきだ。
 例えば海空が高校の教師だったとしたら、絶対に雪乃と鈴子は近くにいただろう。もしかすると、大学のレポートに困っていた時、隣で「りょ」が聞こえたりしたかも知れない。偶然入ったカフェで、雪乃が鷺原と座っていたかも知れない。

 色々な展開を考えるけれど、願いは1つ。
 トリコロールの旗をずっと、翻していたい……なんてね。

 判っているは、謎だらけで、みなの居場所を奪おうとしている男が相手だという事実。多額の金を操るバイナリーの遣い手、ゴルフ保険の一件では、銀行との融資の戦争の仕掛け人。雪乃を誑かした挙げ句、海空を言い込めた話術の持ち主。
 気付けば全員が鷺原の手の内だ。鷺原が株を全部占有して、売り捌けば会社は終わる。でも、その日はやってこない。

 いくら金があったとしても、楽しい仲間ソサエティを知らなければ、人生は貧相になる。プレミアム・フライデーを満喫できるだけの孤独なボンボンに、総務のお局が負けるものか!


『掛けてくると思った』その余裕ぶりに揺らがない。たった1つの冴えたやり方とは良くも言ったモノと心底思った。
 決戦は臨時株主総会の後。そこで、全てを暴いて見せる。
 雪乃を笑顔で送り出すため。

(最終的には、羽山カンパニー・ソサエティ株式会社を愛する、総務部のお局の誇りにかけて。縁の下の力持ちを続けて来た。底力を見せようか。鷺原眞守――)

 日々はあっという間に駆け抜けて行く。

 一週間後の決戦「臨時株主総会」までは光の速さのように思えた。

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