TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~

簗瀬 美梨架

――純白のウェディング・トリコロール――


《社員のみなさん、今日はプレミアム・フライデーです》

「ちょっと! もうそんな時間なの~っ!」

 放送にはっと手を止めた途端、画面には颯爽としたにこにこマーク付きのメールが飛び込んで来た。


「……俺、プレミアム・ビールを嗜むので帰る。コロが待っているし」

 嬉しそうに帰社するのは、最近二代目コロを買った、元営業のバカ課長くらいだろうと思いきや、眼の前でいそいそと雪乃が立ち上がった。

「あら、早いじゃない。終わったの?」
「はい」と雪乃は指輪を嵌めた手で、綺麗にファイリングされた資料を海空に差し出した。雪乃はきっちりしているので、鈴子より資料作成やメール作成が早く、社交性のある鈴子は他部署との連携が巧い。

 ――それもこれも、鷺原事件でわかった事実。

 雪乃も、鈴子も、恐るべき成長をしていて、今や海空が「ほー」と認めるような仕事をやってくれる。

「しゅにん、営業部に文句言って来ます。勤怠揃わないし、今行かないと、全員でビールの打ち上げ行くらしいので! ちょっぱや四人、修整もぎとりま~す」

 鈴子が立ち上がって、走って行った。後で、雪乃と目があって、くすりと笑う。


 羽山カンパニーは、今日も平常運転で。何一つ変わってはいない。東峰銀行に置いては、「専務」以外の重役は逃げてしまって、しかし、あの「専務」がいれば大丈夫だと鷺原は告げた。

 尾城林は新しい犬を飼った様子で、パスワードは「KOROKORO20528」。付箋を貼る癖は相変わらず。「お先に」と雪乃がいそいそと上がって行き、鈴子を待つ間、海空はあのトリコロールの旗を机の鉢植えに立てた。

 ――やっぱ、ドレスは青にしようかしらね。……。

 総務部の隣の受付たちも最後の撤収を始めたらしく、カラーコートがチラチラ見える。そんな時、海空はもし「退職届」を出していたらと思う。
 もしくは鷺原が本当に悪魔で、買い占めた株を売却してしまったら、この会社は消滅するしかなかった。西郷係長の過労死デッドラインが明るみになれば、目論み通り、「労働監督署」が社内を監査、その時社内に隠れていたブラックな部分が浮き彫りになり、信用は失墜。鷺原の狙いは、「愛する西郷を苦しめた全社員の生活を地獄にすること」だった。
 それを引き留めたは二人の女性の愛だ。西郷美佳子と、篠山雪乃。つくづく色男の思考回路は理解できない。

「……そう考えると、雪乃の功績は大きいな」

 ただの妄想小娘の驀進が、悪魔を打ち破るとは。見ている限りでは、鷺原のほうが雪乃に惚れているらしい。

「ま、あたしが育ててる最中だからな」誰もいないをいいことに、気取って呟く。
 ただ、1つだけ謎がある。それは、「サギハラミカコ」と打たれていたふりがな。

 ――人それぞれの人生があるだろうし、鷺原が全部海空に説明する理由もない。お局であれば聞けなかった事情は充分。だから、佐東海空として考える。
 ……きっと、会社の管理データーベースでくらい、鷺原を名乗りたかったのかもと。
 それに、落ち着いて考えると、親子の絆も見えて来る。
 認知しないんじゃなくて、出来なかったのではないだろうか。
 ウイングは、会社を護る社長だ。その社長が、おいそれと子供を認知はできないだろう。もしかすると……。

(ウイング、よく総務部を見ていたよ。貴女を見守っていたのかも知れない)

 西郷の荷物は三人で分けた。鷺原がどういう意図で送ってきたかはわからないけれど、確かにここに生きていた。その証拠を無くして欲しくないのかも知れない。

 すれ違った親子。すれ違った恋人。そんな中でも会社は変わらないのだろうが、誰もが成長しなければいけない。
 そう、一番ヤンデレしていた海空こそが。誰より会社に甘えていたは海空だった。

「……受けるか、総合職試験!」

 ポッキーを咥えて、会社の「羽山カンパニー・ソサエティ株式会社職務規程」を取り出した。事務には「一般職」と、「総合職」がある。海空は主任だが、総合職試験を受けていない。総合職になると、給与は上がるが、転勤と管理職、営業プレゼンなど幅広い活躍を求められる上、責任が増すからだ。

 ワンコロとの距離が気になっていた。彼はパティシェの見習いで、社会的地位も低い。しかし、今回のことで、海空よりも、人間としては上だと気付いた。

 ――俺には海空ちゃんがなにより大切。

 そんな風に言ってくれるヒトが傍にいるならさ、もっともっと「働くヒト」になってみてもいい。行き止まりと行き詰まりは違う。お局になるしかなくて、行き止まっていたわけじゃない。もう、階段はとっくに用意されていた。なら、進むには自分の足で、自分の手で手すり掴んで上がるしかない。シンデレラの気分で、階段を勢いよく上がろう。

 きっと景色は変わって、いつしか大切な仲間と同じ景色を見ているかも知れない。

 そして上がって、下でウロウロしているワンコロの手を引きに駆け下りる。それが海空の生き方だ。

「そしたら、尾城林を営業に戻せるわねえ。あんたたちももっと美味しい骨食えるかもね」

 並んだ犬の写真は微笑ましく海空を見ていた。

 ――西郷の死を知って、総務部に異動を希望するその優しさがあれば、営業たちとだってきっと溝は埋まる。戻って来て欲しい。そんな気持ちを無碍には出来ない。尾城林は佐々木以上の営業だ。
 そうなったら、鈴子をつけて、送り出してやろうと思う。
 雪乃も、いつか秘書課へ送り出して、また縁の下の力持ちは頑張ろう。別れなんか惜しんでる場合じゃない。みっともない背中は二度と見せない。腰から足をしっかり出す。それがお局の後姿だ。

「しゅにーん!」と息急ききった鈴子が直行直帰の修整願いをピラピラさせて戻って来た。

「おー、よくやった! 裏切り者の新婦はとっとと帰ったわ。鈴子、なんか食べて帰ろう。あんたにはしっかり成長して貰わなきゃ」

「ほ?」と鈴子は目をマルクしつつも「りょ!」と明るく敬礼して見せる。「ご指導、お願いします!」には海空も、「りょ!」と敬礼して見せた。




***


 ――教会の真っ白な壁が視界に飛び込んだ。壁に掛かっているフラワーブーケは純白。


「すいませーん、こちらにご祝儀お願いいたします。あ、今日はありがとうございます。新郎のお知り合いですか? 式は11時からとなりますので」
「リンゴー、このでっけえ花、受付でいい? あ、すんません尾城林課長」

 一ヶ月後のとあるチャベル。今日のトリコロール総務部は、白が抜けての教会業務……。

「なんっで金があるのに、あたしらが受付なの! おかしい。なんで、ここまで来て総務やらなきゃならな……」

 鷺原と雪乃のウエディングの受付で、海空がぼやいた。すぐに格好つけの男性二名が「鷺原側の招待状」を持ってやってきて。大きな花束を受け取った。

「あ、すみませーん。この箱はナマモノは扱えませんので、テーブルに飾らせて戴きます。お時間まで少々ございますので」

 言いかけたところで、着飾った寿山がここぞとばかりに笑顔でやって来た。しっかりチャンスを狙っているらしい。

「あのお、鷺原さんのお知り合いですか? あたし、秘書の寿山桃加ですう。ここからは案内させていただきますぅ」

(はいはい、あっちへいけ)と目で追い払って、海空はまたテーブルを片付け始めた。

 鷺原と雪乃の結婚式は、あまり仰々しくない形で決行された。それは実は披露宴が苦手な鷺原と、可愛い教会がいいと告げた雪乃の勝利であり、金のあるお人たちは、受付まで手作りに拘り、節約に走る。
 結果、海空をリーダーに、鈴子、尾城林、安藤、佐々木、秘書課から桐箪笥と寿山が出迎えに奔走している。

「しゅにん、このドレス、かちょおが買ってくれたんですよ」
「あ、うん。似合ってるね。あんた赤が似合うのね。って課長? だめでしょ、課長にドレス買って貰っちゃ」
「似合うから着てみって。えへへ、ちょっと気恥ずかしいんですけど、雪乃さんのためだって。そういうしゅにんも青いワンピースじゃないですか~」

「あー、うん。何となく……」

 海空は雪乃を思い浮かべた。雪のように白い。だから雪乃。いつかは「なにもない」んだと思い込んでいた自信の空打ちも、今はしっかりと足を大地につけている。
 誰よりも、白が似合うから、真っ黒な鷺原さえも驚きの白さに、風呂上がりのように綺麗さっぱり浄化してしまったそのパワーの名前は「純真」。

 純真だから、きっと、きつい言葉で自分を防護し、甘えを許せなかったのだろうと思う。抜け落ちたものもいつしか心を満たしたようだ。

「さて、ほとんど受付を確認。そのもらい物を持って、控え室に届けるわよ。そこに台車があったわよね。ほら、男手。安藤くん、積んで」

「はいっ」

「トリコロール総務部~、やっぱりすげーな」
 取りあえず鷺原の関係者の相手しか出来なかった主任の佐々木と数名の営業がぼやいたところで、大きな黒塗りの車がやってきた。

「うえええええっ。社長まで雪乃さんのお式に!」
「営業部、出迎えだ!」と尾城林の一声で、降りて来たは、何と監査二人を連れた社長。それに東峰銀行の専務だった。

 ひょこっと二階で支度を終えた雪乃が顔を見せて、マーメイドのドレスを摘んで降りて来た。

「うわあ、まっしろ!」

「あら、素敵ねえ! ふうん、ここには金かけるんだ。いんじゃない?」

 雪のような真っ白のドレスに身を包んで雪乃は重鎮たちに微笑んで見せた。
「ちょっと直していいですか」と受付のセッティングに手を出し始めた背後では、鷺原が驚いてウイングを見下ろしていた。

(さあ、あんたのなかで一番のサプライズ論理。いいえ、ハッピーサプライズだわね)

 ――海空だけが知っている親子の絆。息子だと思っているから、今日ここにやって来たのだろう。やはり、出来る人格者はちゃんと上に行ける。
 硬直しているような男にはまだまだ会社を受け取れやしないだろうけれど。

「佐東、ウイングさまのお席は、一番前が宜しいそうです」
「はいはい」と監査のふたりに頷いて、海空は丁寧に頭を下げた。

「総務部の副主任、篠山と鷺原さんのお式に、ご足労ありがとうございます」

「男は株なんかより、愛する女を幸せにして一人前だ。――総務部には感謝しているよ。佐東くん、そういえば、総合職試験受けるのか?」

 尾城林が「え?」と振り返った。海空は「はい」と頷いて見せる。

「ほんまもんの、お局になろうと思いまして。あたしが成長しなかったら、誰がこの会社を育てるんですか? あるヒトと約束したんです。お互い頑張ろうって」

 ――さて、幸せになってみようか。そして最後の勝負に勝つわ。

「鷺原さん、ちょっといい? あたしからの祝言」

 硬直していた鷺原は助け船とばかりに、ほ、と頬を緩めた。

「今日はありがとう。雪乃がどうしても、総務部に受け付けやってもらうって言い負かしたんだけどな」

 色男もここに極まれりの白のタキシードに、ビロードのネックスカーフ。真珠をふんだんに使ったカフスその他のアクセサリーは白一色だ。

 海空はにっこり笑うと、「あたしからのサプライズ理論」と勿体ぶった。

「本当の父親が眼の前で、あんただけのヒロインを待つ姿を涙目で見つめる。さて、動揺せずに雪乃の手を掴み、引き寄せられるなら、一人前ということだ。あんたも判るはず。父親を超える、打ち負かす必要なんてないし、劣等感もいらない。結婚式においては、一人で神の前に立ち、愛する女を迎えるだけで良い。そのたくさんの祝福をする仲間たち。
 ――それこそが、あんたが求めたソサエティなんじゃない?」

 鷺原は顔を手で覆ってしまい、「降参」と片手を挙げた。

「以上が、あたしからの祝言。おいこら、あとは雪乃の前で泣きなさいよ。うちの大切な副主任なんだからね。大切にしてやってね」

「もちろん。でも、雪乃さんは総務部たちとが良いみたいだけどな」

 そろそろ時間だ。海空はまだ受付にいる雪乃を振り返った。

「俺からもひとつ」と鷺原が海空を呼び止めると、ポケットから小さなメモを出した。九州のある住所が書いてある。
  指が動かない海空に鷺原は髪を揺らした。
「美佳子に、逢いに行ってやれよ。そこに、眠ってるから。あんたに逢いたがってる」
 サプライズ理論にサプライズ論理で返されるとは。やはりこの男はただ者では無い。

「……ありがと。休暇とって、ワンコロと行ってみる」

 ――最後まで、鷺原は鷺原だ。どこか強くて、得体が知れない。

「海空さん、あたしの王子様取らないでください」
 そしてこっちも、最後まで篠山雪乃である。
「誰が取るか。あんな厄介なの。あたしはかわいーいワンコロがいいんで。ほら、あんたは、もう式始まるでしょ。ねえ、お父さんとお母さんは?」
  雪乃はケロリと告げた。
「後から逢いに行くことにしたの。あたしも一人で眞守さんの前に歩いていくからいい」
「かっこいい! あたしもそれ、やります。それでこそ、自立した女です!」


 海空と鈴子の間で雪乃はやっと手放しの笑顔になった。

「あ、トリコロール」と営業の誰かが告げた。
 トリコロールは「青――自由」「白――平等」「赤――博愛」だ。
 掲げた旗は、いつしか大切な世界を包み込み、きっと、今日も明日も、総務部として会社を、仲間を彩るだろう。

 リンゴーンの鐘が鳴る。大切な仲間たちと、その鐘を聞きながら、また明日へ歩きだそう。

  青空の下。純白の心と幸せリンゴ色を輝かせて。

 ――さあ、思いっきり、努力して、苦労して、幸せになってみようか。

 トリコロールの旗の下に――。




*トリコロール!~ウチら総務部ヒロインズ!~
 ――純白のウェディング・トリコロール――

 「All's Well That Ends Well(終わりよければ全てよし!)」



*トリコロール!~ウチら総務部ヒロインズ!~(了)






ご愛読ありがとうございました。


結愛みりか 拝 



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