TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~
【1-8】面白いよ 人生って
「尾城林課長の話ですか? そういえば元々営業だったんですよね?」
「そう」と海空は唇を曲げた。時計を見ると、会議諸々《かいぎもろもろ》を考えても5分程度。BUSINESSなら顔逢わせ、電話コールならご挨拶程度だが、雪乃を立ち直らせるための大切な5分にしようと決めた。
篠山雪乃は社会人経験5年。まだまだ「報告・連絡・相談」の自分を外に置くガス抜きを知らず、雁字搦めの雪乃の現在は入社当時の海空に重なる。
誰もが通る、社会人として生きて行くための棘の道だ。まず、ここで自信を無くす。社会には数多の上がいる。鼻っ柱を折られて、折られた鼻を抱え、どうすることもできない。
「助けてください」……これが言えない気の強い女は特に。
「尾城林は、総務の敵。営業部がどすっと入力置いて行くでしょ? あれ、最初に始めたのは尾城林だからね」
雪乃がなるべく食いつくように、大人げない会話を心がけた。ついでに、心の隅に置いたモヤモヤも一緒になくなれば良いが、そうは行かない。
「わたしの前の係長は、あまりの押しつけの多さに逃げたようなものよ。酷いモンだった。私が育つなり「もう教えることはない」嘘ばかりよ。何も知らないものねぇ」
雪乃は「お借りします」とアイライナーから化粧直しを始めているが、手際は見事だ。地味顔をどうすれば秘書に近づけるか、研究した結果だろう。
「尾城林はいちおう、トップ営業でね。ある日、一人の社長に気に入られて、誰も落とせなかった市場への足がかりを作った。大変な大手のグループを丸ごと契約させたの。それからは、もう総務部は営業の奴隷。でも、そいつがあたしの貼ったガムテープに四苦八苦……面白いよ、人生って」
雪乃は「やりすぎです」と言いながらも、本来の気の強さを取り戻したような、強い光りを向けた。
「でも、尾城林課長は主任を信頼している気がする。お局―、って呼んでる時とか」
海空は笑い出したくなった。なるほど、やはり他人の目は面白い。
「判ってるわよ。だって、あいつ、総務に関してはからっきしだからね。いいのよ、ねちねちやってやるんだからね。でも、それと仕事は別。雪乃、仕事はつまらないものだけどさ」
海空もまた会議前の化粧直しに入って、並んで会話を繰り広げた。
「つまんないわよ。だって、何時間拘束されんのよ。しかも、頭に来る呼びつけやら、押しつけやらの嵐よ。帰ればクタクタ、精神なんか癒やせやしない。だからね、ここで癒やすしかないって思ったんだよ。でも、そうは行かないわねえ?」
ちらっと雪乃を見ると、作戦成功。雪乃は自分をおざなりにされるが嫌いなタイプだ。ちゃっかり鷺原からのリングを薬指に嵌めて、言い切った。
「あたしといて、つまんないって言うんですか?」
ほら、ある意味雪乃は扱いやすい。鷺原がそこに目をつけていたなら、褒めてやるところだが、この佐東海空が背後にいる、そのヤバさを判ってはいないのだろう。
「つまんないね。――っと、会議、尾城林との過去はまた後で。この接待花見が厄介なの。絶対に揉めるから、あんたはちゃんと仕事しなさいよ。仕事もしないで、こんなところで泣いてるからつまんないのよ。悔しかったら「仕事も恋も出来る」女になりなよ。あたしみたいに」
――いえ、全然出来ていません。でも、オトナには時には虚勢も必要なのは知っている。
雪乃は唇をきゅっと噛むと、「わかりました」と顔を上げた。
「鷺原さんに話したのは、秘書課に憧れてるってことだから。あっちも会社の話はしません。結婚式どこにしようか、何が食べたい? そんな感じだった。デートDVなんてなかったですよ。失礼な言葉は謝ってくださいよね!」
海空はふふんと背中を向けて、トイレのドアを押した。
「デートDVは三度目のデートで出るそうだからねえ。秘書課なんかどこがいいのよ」
「かっこいいじゃないですか!」
「だから、どこが。あんた、鷺原と巧く行っても秘書になるわけ? 玉の輿が見つかったら退社組?」
雪乃は足を止めた。「海空さん、憧れって、簡単には消えないんですよ。総務部のお局さんには判らないかもですけどね」捨て台詞を吐いて去って行った。
捨て台詞が出れば大抵の人間は大丈夫。人に悪態をつけるなら、もう元気。そこには「ありがとう」が言えない、天の邪鬼な感謝が潜んでいるだけだから。
海空は雪乃とエレベーターで分かれると、ほくそ笑んだ。
「あんたたちが来て、トリコロールと呼ばれるようになってからは、退屈なんか忘れちゃったわよ」
******
会議室は7F・IT会議室。接待についての会議はメモは許されず、備え付けのPCのみで機密保持を行う。付箋、メモは一切が禁止。PCはつねに「コントロールセンター」でリモート管理され、内部事情は洩らさない。
メンバーは、総務部二名(尾城林と海空)、営業部三名、統括管理部一名、IT管理部一名、人事一名、経理一名、戦略企画・秘書課二名。
役員会からの予算を割り振りし、会社にとって利なるお客様をよりよい商談が出来るように、または昨年の功績を出した取引先を労うが趣旨。
人間関係を重んじる「人材派遣」の会社にとっては、取引先は一蓮托生になる大切な相手。総じて「パートナー」と呼称する。
廊下の小さな喫煙スペースで、尾城林を見かけた。すいっと無視して通り過ぎる後ろで、動く気配。一服を終えた尾城林はヤニ臭さを小型スプレーで消臭して、平然と並んだ。
「篠山、戻って仕事してたぞ。指輪はケースにしまったようだが。どんな話術を使ったのかと思ったが、やたらに俺を見ては不思議そうな顔をする。佐東、課長の俺をダシにしただろ」
海空は「ねちねち行こうと思ってとは言った」と背中を向けたまま告げた。
「はいはい」と尾城林はふざけて駄目な返事をしてくるから、腹が立つ。聳え立つ「IT会議室」のドアは、古代遺跡に立ち塞がる岩壁のような迫力で(アルミだが)、これから未知なる世界に飛び込む前の雰囲気を醸し出していた。
「行くか。よろしくお願いします。総務部二名、入室します」
たちまち見えるは、この余分な業務を押しつけられたウンザリの負け犬たちの顔ぶれである。
――各部署の代表。総勢11名。押しつけ業務の裏の更なる戦いのゴングが鳴ろうとしていた。
「そう」と海空は唇を曲げた。時計を見ると、会議諸々《かいぎもろもろ》を考えても5分程度。BUSINESSなら顔逢わせ、電話コールならご挨拶程度だが、雪乃を立ち直らせるための大切な5分にしようと決めた。
篠山雪乃は社会人経験5年。まだまだ「報告・連絡・相談」の自分を外に置くガス抜きを知らず、雁字搦めの雪乃の現在は入社当時の海空に重なる。
誰もが通る、社会人として生きて行くための棘の道だ。まず、ここで自信を無くす。社会には数多の上がいる。鼻っ柱を折られて、折られた鼻を抱え、どうすることもできない。
「助けてください」……これが言えない気の強い女は特に。
「尾城林は、総務の敵。営業部がどすっと入力置いて行くでしょ? あれ、最初に始めたのは尾城林だからね」
雪乃がなるべく食いつくように、大人げない会話を心がけた。ついでに、心の隅に置いたモヤモヤも一緒になくなれば良いが、そうは行かない。
「わたしの前の係長は、あまりの押しつけの多さに逃げたようなものよ。酷いモンだった。私が育つなり「もう教えることはない」嘘ばかりよ。何も知らないものねぇ」
雪乃は「お借りします」とアイライナーから化粧直しを始めているが、手際は見事だ。地味顔をどうすれば秘書に近づけるか、研究した結果だろう。
「尾城林はいちおう、トップ営業でね。ある日、一人の社長に気に入られて、誰も落とせなかった市場への足がかりを作った。大変な大手のグループを丸ごと契約させたの。それからは、もう総務部は営業の奴隷。でも、そいつがあたしの貼ったガムテープに四苦八苦……面白いよ、人生って」
雪乃は「やりすぎです」と言いながらも、本来の気の強さを取り戻したような、強い光りを向けた。
「でも、尾城林課長は主任を信頼している気がする。お局―、って呼んでる時とか」
海空は笑い出したくなった。なるほど、やはり他人の目は面白い。
「判ってるわよ。だって、あいつ、総務に関してはからっきしだからね。いいのよ、ねちねちやってやるんだからね。でも、それと仕事は別。雪乃、仕事はつまらないものだけどさ」
海空もまた会議前の化粧直しに入って、並んで会話を繰り広げた。
「つまんないわよ。だって、何時間拘束されんのよ。しかも、頭に来る呼びつけやら、押しつけやらの嵐よ。帰ればクタクタ、精神なんか癒やせやしない。だからね、ここで癒やすしかないって思ったんだよ。でも、そうは行かないわねえ?」
ちらっと雪乃を見ると、作戦成功。雪乃は自分をおざなりにされるが嫌いなタイプだ。ちゃっかり鷺原からのリングを薬指に嵌めて、言い切った。
「あたしといて、つまんないって言うんですか?」
ほら、ある意味雪乃は扱いやすい。鷺原がそこに目をつけていたなら、褒めてやるところだが、この佐東海空が背後にいる、そのヤバさを判ってはいないのだろう。
「つまんないね。――っと、会議、尾城林との過去はまた後で。この接待花見が厄介なの。絶対に揉めるから、あんたはちゃんと仕事しなさいよ。仕事もしないで、こんなところで泣いてるからつまんないのよ。悔しかったら「仕事も恋も出来る」女になりなよ。あたしみたいに」
――いえ、全然出来ていません。でも、オトナには時には虚勢も必要なのは知っている。
雪乃は唇をきゅっと噛むと、「わかりました」と顔を上げた。
「鷺原さんに話したのは、秘書課に憧れてるってことだから。あっちも会社の話はしません。結婚式どこにしようか、何が食べたい? そんな感じだった。デートDVなんてなかったですよ。失礼な言葉は謝ってくださいよね!」
海空はふふんと背中を向けて、トイレのドアを押した。
「デートDVは三度目のデートで出るそうだからねえ。秘書課なんかどこがいいのよ」
「かっこいいじゃないですか!」
「だから、どこが。あんた、鷺原と巧く行っても秘書になるわけ? 玉の輿が見つかったら退社組?」
雪乃は足を止めた。「海空さん、憧れって、簡単には消えないんですよ。総務部のお局さんには判らないかもですけどね」捨て台詞を吐いて去って行った。
捨て台詞が出れば大抵の人間は大丈夫。人に悪態をつけるなら、もう元気。そこには「ありがとう」が言えない、天の邪鬼な感謝が潜んでいるだけだから。
海空は雪乃とエレベーターで分かれると、ほくそ笑んだ。
「あんたたちが来て、トリコロールと呼ばれるようになってからは、退屈なんか忘れちゃったわよ」
******
会議室は7F・IT会議室。接待についての会議はメモは許されず、備え付けのPCのみで機密保持を行う。付箋、メモは一切が禁止。PCはつねに「コントロールセンター」でリモート管理され、内部事情は洩らさない。
メンバーは、総務部二名(尾城林と海空)、営業部三名、統括管理部一名、IT管理部一名、人事一名、経理一名、戦略企画・秘書課二名。
役員会からの予算を割り振りし、会社にとって利なるお客様をよりよい商談が出来るように、または昨年の功績を出した取引先を労うが趣旨。
人間関係を重んじる「人材派遣」の会社にとっては、取引先は一蓮托生になる大切な相手。総じて「パートナー」と呼称する。
廊下の小さな喫煙スペースで、尾城林を見かけた。すいっと無視して通り過ぎる後ろで、動く気配。一服を終えた尾城林はヤニ臭さを小型スプレーで消臭して、平然と並んだ。
「篠山、戻って仕事してたぞ。指輪はケースにしまったようだが。どんな話術を使ったのかと思ったが、やたらに俺を見ては不思議そうな顔をする。佐東、課長の俺をダシにしただろ」
海空は「ねちねち行こうと思ってとは言った」と背中を向けたまま告げた。
「はいはい」と尾城林はふざけて駄目な返事をしてくるから、腹が立つ。聳え立つ「IT会議室」のドアは、古代遺跡に立ち塞がる岩壁のような迫力で(アルミだが)、これから未知なる世界に飛び込む前の雰囲気を醸し出していた。
「行くか。よろしくお願いします。総務部二名、入室します」
たちまち見えるは、この余分な業務を押しつけられたウンザリの負け犬たちの顔ぶれである。
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