TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~

簗瀬 美梨架

【1-11】出張先のホテルの予約がない?!

 田町駅から徒歩7分。新築ビルのエントランスは今日も綺麗にみがかれていて、受付嬢が早くも笑顔を向けてくれる。
 壁には数多あまたの会社のプレートがあり、その中でも一際ひときわ大きいプレートが『羽山・カンパニー・ソサエティ株式会社』である。
 無機質のエレベーター……には乗らず、中二階のオープンフリーデスクを通り越したところが、旧式の机を並べた総務部ファシリティ・マネジメント尾城林がわざわざ発注したプレートが下がっている。
 外資では、総務を《ファシリティ・マネジメント》と呼ぶ。企業や団体などが活動するための施設や環境ファシリティを管理し活用する経営手法のことである。……が手っ取り早くいえば横文字だろうが、便利屋の意味合いは変わらない。

(……そういや、今日勤怠きんたいの締め日だわ)

 カレンダーを見てウンザリした頬を引き締めた。やめよう。一日の初っぱなから「勤怠か」などと呟いたところで、一日がどんよりと始まるだけだ。

 自販機の珈琲には「頑張ってる君が最高」と書いてあった。自販機メーカーもご苦労様な話である。
 珈琲グイ飲みして、海空は新色のガーターも麗しく、春ヒールをガッガッガと鳴らして今日も戦場に踏み込んだ。
 ――さあ、今日は勤怠! 締め日を過ぎても打刻漏だこくもれを提出しない、アホたくさん。ファイッ!

 気合いを入れて、息を吸って――


「おはようございまーす」


 いつも通り、お気に入りのバーキン(※バッタモンの見せかけ)を机に引っかけて、スプリングコートを脱いだところで、雪乃と鈴子が振り返った。空の課長のデスクの前には、リーマン三人。

 感心に雪乃と鈴子は朝が早い。雪乃は化粧直しをするため、鈴子は学生時代の習慣らしい。

(なんか、めてんな)と鼻の頭に皺を寄せた。

「あ、主任来たので……」鈴子がおどおどと応えたところを見ると、中心は鈴子、雪乃は一緒に聞いている様子。足元に鞄があるから、営業か、統括管理。

「来たので、じゃないだろう。うちの出張手配したのはあんたやろ」

 見れば「営業部」の係長。大沢啓介おおさわけいすけ。昨年結婚したばかり。つまらないクラブ活動の先駆者せんくしゃで、海空の「仕事増やしやっつけリスト」にも入っている。背が高く人気はあるが、関西人で少々口汚い営業だ。

 大沢は大股で歩くと、「主任、どうなってんスか」と海空の前で体育会系威圧的に胸を張った。

「なぁによ」「なあによ、やない! ウチの課長のホテルが取れてないんや! 今朝発覚して……」

 どうやら宿泊手配ミス。出張先のホテルの確保も総務の仕事である。

「え? そんなはずはないでしょ」
「課長が商談失敗したらどうするんや! 代わり、探せって言ってる!」

 宿泊先の選定はウェブで一括管理しており、「じゃららん」や「るるるぶ」など、有名なホテルサイトをまとめてチェックできるIT管理が作ったアプリで、キャンセルもすぐに判明し、似たようなホテルの候補も上がってくるはずが、鈴子は代打のホテルを手配しそびれた――という事実のようだ。
 なぜ、キャンセルの代打がいるかというと、キャンセル料が発生する前に、2つ押さえる為である。
  ――これは賭け。取れていないなら、すぐに確保に動き、出張前には確約させ、部署長の承認を取り、初めて本人に通知が行く。

「課長、どこで寝るんだよ! ウチにとっても大口のFP案件なんだぞ!」
「すいません」
「すいませんじゃないんだよリンゴちゃん。あんたもさあ、ちゃんと後輩の指導」

 海空はガッとノートパソコンを開いた。個人情報の管理で、ノートパソコンにはバンドをつけるので、業務準備に手間取るのである。

「出張先は、大分だったかしら。国内ならなんとかなるでしょ」

「しゅにん~~~」鈴子に頷いて、当日の空きを探し始めた。流石さすがに当日の空き室は高いが、運良くキャンセルがあった。尾城林がいないので、現地の課長の代理承認で、直ぐにスキャンして、フロア長へ。

「午前中には承認されるでしょ。大分方面はホテル不足だから、甘いのよ。飛行機の手配は大丈夫?」
「大丈夫です」とは雪乃。鈴子は俯いて返事をしない。

 やれることと、やれなかったことのつじつま合わせが今の鈴子に出来る唯一の仕事だ。

「もしもし、羽山・カンパニーと申しますが」

 ビジネスフォンを手にした頃には、営業たちは「俺、行くわ」と離脱して行き、最後まで残っていた営業を追いだして、業務完了。
 同時に上長からの承認メールも来て、現地の課長に証明書を送って、いよいよ終了。

「一騒動だったわあ」と肩をみながら見ると、まだ鈴子は泣きじゃくっていた。こういうときにナンパな尾城林がいればいいのだが、今日はちゃっかりの有給。計画有給だから文句も言えやしない。

 雪乃は動じていない素振りだが、珍しくお菓子の小袋を減らしている。

(確かに、机でお菓子、食べてるわ)とぼんやりと先般せんぱんの営業の厭味を思い浮かべながら、海空はデスクに座って、じ、と鈴子を睨んだ。

「鈴子、いつまでも泣いてるんじゃないの。社会人にとってね、デスクで泣くのは一番駄目。具合が悪くても来たら普通に扱われる。意味、判る?」
「わかりません」「はい、退場。外で気張らししなさい。あんたは頑張ったの。でも、ちょっと頑張りが足りなかった。いい? 頑張りと失敗は繋がらない。頑張ったけど、やっちゃったわね」
「やっちゃった……ですか?」
「そう、やっちゃったね。ほら、あたしに飲み物買ってきてよ」

 鈴子は頷いて、席を立っていった。

 ふう、とお気に入りのネコのマグカップを手に立ち上がったところで、雪乃がぼすっと空箱を屑籠くずかごに投げ入れてまたばりっと袋を開けた。

「雪乃。お菓子食べ過ぎ。太るよ」
「あれ、鈴子のせいじゃないですよ」いかにもな気に入らない口調。

「営業部の係長がホテルが気に入らないからってやり直しさせたのが原因です。あたし、見てましたから。パニクっちゃうに決まってます!」

 雪乃らしい味方の仕方に、海空は微笑んだ。

「そんな部分はちっちゃい話。鈴子はちゃんとやったと思ってるけどね。結果なのよ。どこで落ち度があったか……まあ、営業部に殴り込みには行くけどさ」

 海空はバシンとキーを叩いた。デジタル付箋には「勤怠締め日」と浮かんでいる。

「あいつら、また直行直帰のデータ入力誤魔化してんのよ。ずっと来てない社員についても怪しいもんだわ。――ごめん、内線取って」

 日中の総務部は「お呼び出し」が多く、日常業務もままならない。
 鈴子が離脱したので、雪乃に頑張って貰わないと……と思いきや「はい、行きます!」の明るい声。

「さ、鷺原さまが来社されるそうです!」の声にずっこけたくなった。

(また何しに来た)と眉を寄せたところで、エレベーターが開いて、秘書の一人が降りてきた。ぶりっこサバ読み姫の寿山桃加である。

「またあいつら、用事ないくせに。鷺原って何なのよ」

「若社長……」横から聞こえたうっとり声に唖然としていると、秘書課のフワフワぶりっここと寿山桃加がやって来た。ぷるぷるりんの唇は全然可愛くない。しかし、愛らしさナンバーワンのお姫様はちょ、と指をピースにした。

「総務さぁん。会議室に珈琲ふたぁつ」

「甘えてんじゃない。そっちにも給湯器あるでしょ! あたしあんたの年知ってるからきもいわ」

 桃加はギヌロと海空を睨み、「あれえ?」と雪乃の手に気付いた。

「新作のリングだぁ。総務なのに、ガサガサしてるウチに無くしちゃうよぉ~?」

 外巻きのふわふわもピンクのルージュもカワイイが、寿山は実は海空と同年代の三十路。

「寿山さん、あの鷺原って」
「おしえなーい。あ、海空さん、また蛍光灯切れちゃったぁ」

(あたしが切れるわ!)と思った前で、雪乃は嬉しそうに、エントランスの鷺原を見詰めていたが、震えながらも迎えに行った。

 グレーのスーツに、ネクタイはセミ・ウインザー結び。春らしい色合いのパステルシャツ、小脇にはiPad・Sky。耳にはBluetooth。
 絵に描いたようなビジネスルックの鷺原を迎えるは実は秘書課ではない。総務の役目だ。受付で警報タグを申請し、着用を確認したら、会議室の空きを確認。

「会議室までご案内します」
「ありがとう。峰山さんに呼ばれてね」
「ああ、この間の、人材紹介の」

 鷺原はクス、と笑うと海空の耳元で囁いた。


「国際営業部に確認取ってみれば判るんじゃないかな。雪乃さんに聞かなかった?」

 鷺原は目を剥いた海空にすっと片手を挙げて見せた。

「こちらです」の雪乃に連れ立つと、エレベーターに消えて行った。

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