清楚系ビッチ妹のデレ期はうれしくない

イーイーイーヤ

彼女と過ごす、いちゃラブな冬休み

 俺は一旦外に出てから、再び玄関の扉を開けた。そのまま一直線にリビングへと向かう。

「お、お邪魔してますっ、お父様!」

 勢いよくソファーから立ちあがったあやねが、俺に向かって勢いよく腰を折りながら言った。
「あぁ、きみはたしか、芳乃ちゃんの友達の……」
 俺は顎に手を当て、思案する素振りを見せる。
「し、静志麻あやね、です! そ、その節はお世話になりました……」
「いやいや、こちらこそ芳乃ちゃんがいつも世話に……ん? でも、おかしいなぁ? 芳乃ちゃんは今、湊くんのところにいるはずで……そうなると、なぜ静志麻さんがここに?」
「そっ、それなんですが! 実は私、今日は芳乃ちゃんの友達として来ているわけではないんです!」
「ほう? というと?」
「わ、私はっ――兄さんの恋人として、来たんです!」
「……………………」
「じゃなくて、ええとっ……おっ、お兄さんの恋人として来たんです!」
 言い直したのは、俺がよっぽど苦々しい顔をしていたからだろう。
 だが、言い直したところで――

「…………はい、カット」

 俺が言うと、あやねはしゅんとした表情で俺を見あげてくる。

「……だめ、だった?」

 ――遡ること、一時間前。
 終業式を終えたあと、一度別れたあやねはすぐに大荷物を抱えて家に来た。
 冬休みのあいだ限定で同棲しよう、と――そういう話になったのだ。
 だがそこには、乗り越えねばならない高い壁があった。少なくとも、あやねにとっては。
 同棲といっても、二人きりというわけにはいかない。芳乃は一足先に湊のアパートで同棲を始めているためしばらくは帰って来ないが、ウチには基本夜だけとはいえ父さんがいる。
 それがどうしても緊張するとあやねが言うので、俺は予行演習に付きあうことにしたのだが……

「まず第一に……緊張しすぎだろ。これ練習だからな?」
「だ、だって、ちゃんとご挨拶しなくちゃって思ったら……」
「そもそも、前に泊まりに来たとき顔は合わせてるだろ?」
「だからあのときはっ、兄さんの恋人として来たわけじゃなかったから……こ、心の持ちようがっ」
「そういうもんか?」
「うん、全然ちがう……」
「そんな変に意識しなくても、普段みたいに猫かぶってるだけでいいんじゃないか?」
 他意はなく、純粋にそう思ったのだが、あやねは不服そうにむっと唇を尖らせた。
「別にあやね、猫かぶってるわけじゃないしっ。あれは兄さん以外の前だと自然とああなっちゃうだけで、意識して切り替えてるわけじゃないからっ」
「だったら、父さんの前でも自然と切り替わるんじゃないのか?」
「無理っ、緊張しちゃうもん……」
 確かに練習でさえこれなのだから、本番で突然うまくいくとは思えない。

「まぁ、それはいい。俺がいちばん気になったのは、そんなことじゃない。あやね、俺がなにを言いたいのか、わかるか?」
「…………兄さんの、呼び方?」
 俺は、厳かにうなずいた。
「さすがに、親の前で“兄さん”は、俺はどうかと思うんだよな」
「……うん、言ってみてあやねもないかなって思ったから、“お兄さん”って言い直したんだけど……でも」
「それも、微妙だよな。他人感が半端ない」
「……どうしよう?」
「そこをアドリブで切り抜けるまでが予行演習だ。TAKE2いくぞ、よ〜い……」

〜TAKE2〜

「ええと、きみはたしか……」
「ご無沙汰しております、芳乃ちゃんのクラスメイトで友人の静志麻あやねです…………ですがっ! 今回はなにを隠そう、芳乃ちゃんの友人としてお邪魔しているわけではないのですっ!」
「……ほう?」
「実は…………」
 あやねは恥ずかしそうに頬を染めながら、上目遣いに俺を見る。

「そ、その…………こ、光貴っ、せんぱい……の、彼女として、来ました……っ」

 たどたどしくではあったが、ハッキリと、あやねはそう呼んだ。
 光貴先輩、と。

「……………………」
「……あの、兄さん? どう……だった?」
 頬を赤くしたまま、不安げな眼差しで俺の顔を覗きこんでくるあやねに、俺は一言、

「アリだな」

 名前で呼ばれるのも、先輩と呼ばれるのも悪くない。新鮮な感動があった。
 この感覚をもう少し味わっていたい……そんな気持ちが湧き起こる。
「ほんとっ?」
「ただ、呼び慣れてないせいか、さすがにたどたどしいな。ここは慣れるためにも、父さんが帰ってくるまでは今の呼び方でいくとしよう」
「う、うんっ……わかりました、光貴、先輩……」
「…………」
 う〜ん……いいな、これ。


 外が暗くなってから数時間が経ち、いつ父さんが帰宅してもおかしくない時間帯に入った。

「はぁぁ……どうしましょう先輩っ。あやね、緊張が止まりません……」

 ベッドの上、俺の真横に腰かけるあやねが、俺の肩へ甘えるように頬をこすりつけてくる。そうやって頭を動かすたびに風呂あがりのシャンプーの香りが俺の鼻先まで届き、俺は目の前の身体に抱きつきたくなる衝動に駆られるのだが、あやねのほうは緊張でそれどころではなさそうだ。

「ねぇっ、聞いてるんですかっ、光貴先輩?」

 あやねはすっかりナチュラルに先輩呼びしているが、俺のほうは呼ばれ慣れたとは言いがたい。
 本来であればこっちが正しいはずなのだ、俺たちは本当に先輩後輩の間柄なのだから。
 それなのに、“兄さん”と呼ばれることに慣れてしまったせいで、むしろ“先輩”のほうが特殊なプレイかなにかなのではないかと、そんな倒錯した感覚に襲われてしまう。あやねはあやねで、後輩設定に引きずられるように敬語のオプションまでつけてくるので、余計に。

「聞いてるが、俺にどうしろっていうんだ?」
「とにかく、このドキドキを……どうにかして鎮めてほしいんですっ」

 あやねは俺の手を取ると、ごく自然に自らの胸元へと導いた。

「なるほど、確かにドキドキしてるな」
「ね? だからどうにかこの緊張を……ひゃぁっ!?」

 あやねが突然、甲高い声をあげる。
 おそらく、俺がおっぱいを揉んだのが原因だろう。
 冬用とはいえパジャマの布地は薄いので、その柔らかさも手のひらに当たる突起も、しっかりと感じ取ることができた。

「な、なにしてるんですかっ!」
 あやねは強引に俺の手を引き剥がした。
「ちょっと揉んでみただけだろ?」
「なんですか揉んでみたって、意味がわからないです!」
「あやねが触らせたんだろ?」
「違います、心音を確かめてほしかっただけですっ…………もうっ! 先輩のせいで余計ドキドキしてきちゃったじゃないですかっ!」
 あやねは真っ赤な顔で俺を睨みつけるが、本気で怒っているようには見えないので、別に問題はないだろう。

「そうか、だったら俺の作戦どおりだな」
「……はい? なんですかそれは?」
「緊張のドキドキを、別のドキドキで上書きしてやろうと思ったんだよ。うまくいっただろ?」
「…………」
 あやねは重ねた両手を、そっと自らの胸に押し当てた。
「……たしかに、緊張は和らいだ気がします…………けど」
 ちらりと、あやねが意味ありげな視線を送ってくる。その潤んだ瞳は、どこか熱を帯びていた。
「なんだ、そういう気分になっちゃったか? だけど、そろそろ帰ってくるぞ?」
「ち、ちがっ……! 別にあやね、我慢できますからっ!」
「そうだな、今はこれで我慢してくれ」
「んっ……!」

 俺はあやねの唇に唇を重ねた。
 あやねは俺を求めるように、すぐさま下唇を咥えてきた。
 俺たちは軽く粘膜をこすりあわせたのち、どちらからともなく顔を離した。

「そうだ、我慢といえば」

 とろんととろけた目で余韻に浸っている様子のあやねに、俺は言った。
「今のうちに、トイレにも行っておいたほうがいいんじゃないか? 緊張のしすぎで……なんてことになったら、目も当てられないからな」
「……先輩、あやねのこと馬鹿にしてませんか?」
「そういうわけじゃない。気に障ったなら謝る」
 前科があるから、親切のつもりで言ったのだが……。
「いいですか、先輩? あやねはもう、昔の未熟なあやねとは違うんです。これでも日々成長しているんですからね?」
「そうか、それは悪かった」
「……で、でもっ」
 あやねはもじ……とわずかに膝をこすりあわせると、俯きがちにぼそりと言った。
「い、いちおう……ですよ? や、やっぱり念のために、行くだけ行っておきますっ!」
 バッと勢いよくベッドから立ちあがり、あやねは部屋を出て行った。
 なんなんだよ。

 戻ってきたあやねは、さっきまでとは別人のような凛々しい表情をしていた。

「先輩――あやね、もう覚悟を決めました」

 凪いだ海のように穏やかな声音で、あやねは言う。
「ジタバタしていても仕方ありません。なるようにしかならないでしょう」
「そうだな」
「先輩は部屋でゆっくりくつろいでいてください。お父様は、あやね一人で応対します」
「いや、そこは別に二人でいいだろ。俺だって当事者なわけだし」
「いいえ」
 あやねは静かに、首を横に振る。

「なんというか、これは、あやねが一人で越えなくちゃいけない壁……そんな気がするんです。じゃないと、あやねはまた先輩に甘えてしまう。もう、先輩に甘えているだけのあやねでは、ダメなんです! だから……!」

 ――ガチャリ、と扉の開く音が聞こえ、次いで――バタン、と扉の閉まる音が聞こえた。

「帰ってきたな」
「みたいですね。では行ってきます」

 あやねは本当に一人で部屋の外に出た。
 そして静かな足音が、ゆっくりと遠ざかって…………いかなかった。
 扉から数歩分進んだところで、足音はピタリと止まってしまった。
 ……どうかしたのだろうか?
 なんて思っていると、再び足音が聞こえだした。
 そしてガチャリと目の前の扉が開き、俯きがちのあやねが顔を覗かせた。

「どうした、忘れものか?」
「え、えっと、そのっ……」
 言いにくそうに口をもごもごとさせる。その顔はたちまち朱に染まっていった。

「やっぱり、一緒に行くか」

 俺がそう言うと、あやねはコクコクと高速のうなずきを返すのだった。


「――とまぁそんなわけで、あやねは冬休みのあいだうちに泊まることになった」
「よ、よろしくお願いします……」

 あやねはテーブルの下で俺の手を固く握りしめながら、ペコリとお辞儀した。
 俺たちの正面に座る、やや猫背でほんのちょっぴり頭が寂しげな我が家の大黒柱・相沢のぼるは、

「そうかぁ……こんな美人さんが彼女かぁ……よかったなぁ、光貴くん」

 どこかしみじみと、そんなことを言った。
「そ、そんな……美人だなんて」とあやねがつまらない謙遜をし始めたので、俺はかぶせるように「あぁ、自慢の彼女だよ」と言ってやった。あやねは横目で俺を睨んできたが、俺は気にせずあやねを褒め称え続けた。恥ずかしがるあやねが見たいという一心で。
 案の定、あやねは顔を真っ赤にして、抗議するようにガシガシと俺の足を踏んできたが、それでも繋いだ手はけっして離そうとしないところが実にあやねらしく、とても可愛かった。

 そんな俺たちの仲睦まじい空気感が伝わったのか、父さんが声をあげて笑う。

「はっはっは、本当にいいお嫁さんをもらったなぁ、光貴くん」
「っ……!?」
「芳乃ちゃんも湊くんとうまくいっているようだし、これで子どもたちには、これ以上寂しい思いをさせずに済みそうだ……っと、いけない。さすがにまだ、気が早かったね」

 お嫁さん発言に動揺しまくっているあやねを見て、父さんがフォローするように言う。
 それに対し、あやねは突然、

「…………そんなことっ!」

 ガタッと蹴るように椅子を引き、テーブルに両手をついて立ちあがった。
 そして、家じゅうに響きわたるような大声で――

「そんなこと、ありません……だって、私っ! これからもずっと、一生、光貴先輩のそばにいるつもりですからっ!」

 そう、宣言してみせた。


「き、緊張したぁ……」
 部屋に戻ってくるなり、あやねは俺の胸にもたれかかってきた。俺はそんなあやねを優しく抱きしめてやる。
「……あの、先輩?」
 俺のほうを見ずにぽつりと漏らした声は、いつもより覇気がなく、なにか怯えのようなものが含まれているように感じた。
「どうした?」
「あやねのこと……重い女だって思いましたか?」
「は? なんだそれ?」
「だ、だって、一生そばにいるとか言って……引いたり、してないですか?」
 あまりにも不安そうに言うものだから、俺は思わず笑いそうになった。

「馬鹿だな」

 俺はくしゃくしゃとあやねの後頭部を撫で回した。
 あやねはおそるおそるといった様子で顔をあげる。

「俺だって、気持ちは同じだ」
「…………ほんと、に?」
「あぁ」
「……光貴先輩っ」

 ぎゅ〜〜〜っと、あやねが腕に力をこめて俺に抱きつく。
「光貴先輩っ、好きですっ、せんぱい……っ」
 マーキングでもするみたいに、すりすりと俺の首もとに額をこすりつけてくる。
「先輩っ……せんぱぁい…………、」

 ふいに、ピタリと。
 あやねの首の動きが、止まった。

「……………………だめ」

 急に我に返ったかのように顔をあげると、あやねは一歩、俺から距離を取った。
「だめなのに……あやね、また……」
「あやね?」
「ごめんなさい……」
 あやねは俺から逃げるように、ベッドの端に腰を下ろした。

「どうしたんだよ。なにかあるなら言ってくれ」
 あやねに倣い、俺もベッドに腰を下ろす。

「はい……その、実はあやねには、果たさなければならない使命があるんです」

 いきなり壮大なフレーズが飛び出したな。
「なんなんだ、その使命って?」
 訊くと、あやねは俺と目を合わせた。

「先輩に、甘えてもらうこと」

 …………。
「芳乃ちゃんが、教えてくれたんです。先輩は本当は、人一倍寂しがりやさんで、甘えん坊さんなんだって。だからあやねが、誰よりも近くでしっかり支えてあげてねって、そう言ってくれたんです」
「…………」
「だから、あやねが先輩に甘えてちゃ、だめなんです。あやねが、先輩の彼女のあやねが、先輩を甘えさせてあげなくちゃいけないのにっ……それなのにあやねは、先輩に甘えてばっかりでっ……」

「いいんじゃないか? 別に、それでも」

 あやねは嫌々をするように、ぶんぶんと首を振る。
「だめ……だって、それだと先輩がっ」
「俺だって、同じなんだ。今すぐ甘えてみろと言われても、ちょっと難しい。照れとか遠慮とかが、どうしても出てくると思う。それは俺たちが今まで、そういう関係じゃなかったからだ。いきなり関係を変えるのは、難しいんだ」
「で、でも……」
「だけど、別に焦る必要はない。時間はいくらでもあるんだ。そうだろ?」
「え……?」
 小首を傾げるあやねに、俺は笑いかけた。

「だって、俺たち――結婚するんだろ」

「あ……」
 あやねの顔に、理解の色が広がる。
「少しずつ、ゆっくり変わっていけばいい。きっと誰もがそうやって、恋人から家族になっていくんだろうから」
「はい……」
 あやねは俺の言葉を噛みしめるようにうなずくと、俺に向き直った。

「光貴先輩……これからも、あやねと一緒にいてくれますか?」

 わかりきったことを、あやねはあえて言葉にして、改めて問いかけてくる。

「あぁ。これからも、ずっと一緒にいような、あやね」
「はいっ……いつまでも大好きですっ、光貴先輩っ!」

 俺をベッドに押し倒すような勢いで、あやねが飛びついてくる。
「先輩っ、先輩っ、好き、好き、好きっ……!」
 全身で愛情を表現してくるあやねを全身で受け止めながら、ふと思う。
 父さんとの対面はもう終わったというのに、すっかり先輩呼びが定着してしまっている。
 ……まぁ、いいか。
 せっかくだし、もうしばらくはこの倒錯した先輩後輩プレイをエンジョイするとしよう――。

 冬休みは、まだ始まったばかりだ。

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