清楚系ビッチ妹のデレ期はうれしくない

イーイーイーヤ

もうひとりの大切な妹

 一時間ほど経って、ようやく二人分の足音が階段をあがってくる。
 徐々に大きくなる足音は、扉の前でピタリとやんだ。
 それきり……なにも起こらなかった。一向に部屋に入ってこない。

 なにか、様子が変だ。

「……なにやってるんだ?」
 扉に近づいて、声をかける。
 するとなにやら、ヒソヒソ声で交わされる押し問答のようなやり取りが聞こえてきた。

『や、やっぱり私っ……』
『大丈夫だよ。大丈夫だから、ねっ?』
『でも……』
『あやねなら大丈夫。わたしを信じて?』
『…………』
『ね?』
『……………………無理っ!』
『残念、逃げられると思った? お兄ちゃん! お願い! ドア開けて!』

 ……なにを遊んでるんだ、こいつら。
 芳乃にお願いされたからということもないが、俺はドアノブに手をかけ、回した。

「おまえら、なにをコソコソと――」
「きゃあっ!!」
「おっと」
 無理やり押しこめられるようにして入ってきたあやねを、とっさに抱き留める。

「そのまま掴まえてて! そしてもう離さないで!」

 ――バタン!
 なぜか自分は中に入らず、芳乃は扉を閉めた。
 取り残される、俺とあやね。
「まってっ! まだ心の準備がっ!」
 あやねは勢いよく俺から離れ、すがりつくようにドアノブにしがみついた。
 が――
「開かない……!」
 反対側から押さえこまれているのだろう。力が拮抗していて、開きそうで開かない。
『お父さーん! 早く来て!』
 ……ここでまさかの援軍。
『うん、そう、しっかり押さえて』
『……これでいいかい? なんだか、イケナイことをしている気がするなぁ』
『いいの。責任はわたしが持つから』
 これでは敵わないと悟ったのだろう、ガチャガチャと激しくドアノブを回していたあやねの手が、止まった。

 沈黙の訪れを待たず、俺は声をかけた。
「なんだか知らないが、まぁ、とりあえず座れよ」
「…………」
「おーい、あやねちゃん」
 振り返ったあやねが、ちらりと視線を向けてくる。
「ほら、こっち来い」
 俺は自分の隣――ベッドの上を叩く。
「…………はい」
 少しだけ躊躇うような間があってから、うなずくあやね。
 人一人分のスペースを空けて、俺の隣に腰を下ろした。
 扉の向こうの気配が、物音を立てずに遠ざかっていく。

 ――芳乃と、なにかあったのか?

 そんなふうに声をかけようとした。
 だけど寸前で、呑みこんだ。
 意味のない質問だ。
 だいたいの事情は、すでに察しがついてしまっている。

「……お兄さんに、お話があります」

 かける言葉を吟味しているうちに、あやねのほうから声をかけてきた。
「話って?」
「今週に入ってからの私が、なぜあんなにも不機嫌だったのか……その、原因について」
「…………」
「芳乃ちゃんに話を聞いてもらって、ようやく、自分の中で結論が出ました」
 あやねが顔をあげ、俺を見た。
 頬が上気しているのは、風呂あがりだからだろうか。
 潤んだ瞳でじっと見つめられ、心拍数が跳ねあがる。

 ――あやねの気持ち。ちゃんと確かめてくるから

 芳乃の言葉が、頭の中で反響する。
「お兄さん、私……」
 膝の上でぎゅっと握られた拳が、かすかに震えている。
「私っ……そのっ。わたし……っ」
 その先の言葉を、あやねは続けることができなかった。
 俺から視線を外し、じっと俯いてしまう。
 今にも泣き出してしまいそうだった。

「……」
 これ以上、あやねの口から言わせる必要はないだろう。
 あやね同様、俺もまた――自分の中で結論こたえが出ているのだから。
 俺はあやねの震える手に、そっと自らの手を重ねた。

「あやね、好きだ。俺の彼女になってほしい」

 あやねは、驚いたように大きく目を見開き……ゆっくりと、俺のほうへと顔を向けた。
 絞り出すように、声を発する。
「……それっ……ほんとう、ですか……?」
「こんなこと、冗談で言わない。で、どうなんだ? 付きあってくれるのか?」
 ぞんざいな俺の問いかけに、あやねは、

「……はい。よろしくお願いします」

 そっと距離を詰めてきて、倒れこむように肩を寄せてくるのだった。


 二人で肩を寄せあったまま、静かに夜が更けていく。
 特に言葉を交わすわけでもない。けれどひどく心地のよい時間。
「……芳乃ちゃんって」
 ふいに、あやねが口を開いた。
「普段から“ああ”なんでしょうか?」
「ああ、って?」
「お兄さんと二人きりのときも、あんなに激しく甘えてくるんですか?」
「まぁ、そうだな。ただ、あれでもあやねに対しては、若干遠慮が入ってたと思う」
「……あれでですか?」
「あぁ。俺と二人きりのときは、さらにもう少しだけ遠慮がない」
「……」
 突然黙りこんだあやねに視線を向ける。呆れて言葉も出ないのだろうか。
「…………た、たとえば」
「ん?」

「たとえばこんな感じ……でしょうか?」

 あやねはいきなり俺に覆い被さるように、体重をかけてきた。
 特に抵抗する気も湧かず、ベッドに押し倒される俺。
 あやねは俺の胸に頬を寄せ、
「に、兄さんっ……」
「……なんだよ、その兄さんって」
「……芳乃ちゃんの真似です!」
「芳乃はそんなふうに呼ばないだろ」
「だ、だからっ、かぶったらやなのでっ」
「そうか……」
 なにが「だから」で、なにが「そうか」なのか、全然わからない。わからないが、それでいいと思った。
 頭がのぼせて、思考がうまく回らない。回らなくていい。もうどうでもいい。あやねの温もりさえあれば。
「……呼んでもいいですか? 兄さん、って……」
「あぁ、いいぞ」
「……やったぁ。うれしい……」
「あやね」
「はい……?」
「好きだ」
 力の限り、抱きしめた。
「……私も、好きです。大好きです、兄さんっ……!」

 きつく抱きしめて。
 きつく抱きしめられて。
 いつしか、俺たちは深い眠りについていた。

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