清楚系ビッチ妹のデレ期はうれしくない

イーイーイーヤ

妹をお姫様だっこ

「お兄ちゃん、朝だよ? 起きてっ」

 至近距離からの甘い声に目を開けると、芳乃が俺の上に乗っていた。
 どうりで重いはずだ。
「……おまえ、結局その体勢のまま寝たのか?」
「うん。いつもよりぐっすり眠れた気がする」
「身体痛めるぞ」
 昨晩、彼氏と別れたことでまた腕枕が復活すると見越した俺は、ねだられる前に腕を差し出した。
 が、芳乃はそれをキッパリと拒否した。ついに卒業か、と期待したのも束の間、俺の背中に回される細い腕。
 こうして、腕枕は抱き枕へと見事ランクアップを果たしたのだった。
 おかげで夢の中でも芳乃に抱きつかれ、目が覚めても抱きつかれたままで……気の休まる時間がない。

「ほら、もう起きたからとっととどけ」
「やぁ〜〜、あと五分っ」
「どういうことだよ……」
 芳乃は俺の身体にがっしりとしがみつき、一向に離れる気配を見せない。ダメ元で肩を押して引き剥がそうとしてみるが、かえって締め付けがキツくなっただけだった。
「ねぇねぇ、おはようの“ぎゅっ”、して? してくれたらどいたげる」
「……」
 なんだよそれと思いつつ、俺は芳乃の背中に腕を回した。
「これでいいか?」
「だめ、もっと強くしてっ。ぎゅぅ〜〜〜〜〜〜〜っっっ、って!」
「こんな感じか?」
 リクエストに応え力を加えるものの、締め付ければ締め付けるほど華奢な体躯が浮き彫りになり、折れてしまうんじゃないかと思えてつい加減してしまう。
「もっとっ! 壊れちゃうくらい強く抱きしめてっ?」
「ほんとに壊れても知らないからな」
 俺は限界まで腕を回し、頭部をかき抱き、脚を脚で固定して、全身で全力の抱擁をする。
「……このまま一分……、三分間お願いします」
 それきり芳乃は口を閉ざし、幸せを噛みしめるようにじっと俺の胸で目を細めている。

 そんな様子をぼんやりと眺めながら、思う。
 ――いつまでこんな日々が続くのだろうか?
 芳乃本人が彼氏を作ることにこだわらなくなってしまった以上、新星の出現には期待できない。
 かといって、現状維持はどう考えても不健全だし、なにより俺がつらい。
 となると、やはり湊に丸投げするのが最善に思えるが、その湊はあからさまに俺たちと距離を取っているときた。
 ……わりと八方塞がりな気もするが、まぁ、なるようになるか。そう思わないとやっていられない。

 朝の貴重な五分を芳乃に捧げることで(あまりに気持ちよさそうな顔をするので二分おまけしてやった)、俺はようやくベッドから起きあがることに成功する。
 制服に着替え始める俺を、芳乃はベッドにちょこんと腰かけながら無言で見つめている。
「おまえも早く着替えてこい」
「んー……」
 気のない返事。視線はなおも外さない。
 なにか言いたげな顔だな、これは。
 着替え終わったタイミングで、案の定――芳乃は俺の制服の裾を引きながら、言った。

「わたしの着替えも手伝って……?」


 部屋を出た俺たちは一階には下りず、そのまま芳乃の部屋へと向かう。
 芳乃はクローゼットから着替え一式を手に取ると、とてとてと駆け寄ってきた。
 これから弁当の用意に朝食の準備もあるのだ、時間が惜しい。俺はすぐさま芳乃の胸元に手を伸ばし、パジャマのボタンを上から順に外していく。
 すべて外し終えたところでひと思いにはだけさせると、見たくもない乳房があらわになった。
 ノーブラで寝ると将来垂れるというが、垂れるほどの乳がなければその心配もないのだろう。
 続いて俺はその場にしゃがみこみ、ズボンのウエスト部分に指をかける。
「脱がすぞ?」
 いちおう断りは入れたが、返事は特に待たず一気に引き下ろす。
 すべやかな白い脚とハート柄の可愛らしい下着が視界を覆い尽くした。
「下着も替えるのか?」
「うん。普通替えるよ?」
 芳乃は自分でブラを装着しながら、当然でしょ? という顔で言う。
 普通は女子高生が兄に着替えを手伝ってもらったりはしないのだが、それはわかっているのだろうか……
 と、俺はショーツを脱がせながら思った。

 その後も、芳乃の要求は止まらなかった。
 朝食時の相互あーんはもちろんのこと、食後の歯磨きも手伝わされ、トイレの前で「そこにいて?」と待機させられ……
 もはや甘えられているとかそういう次元を越えて、育児でもしているような気になってくる。

 朝っぱらから無駄に消耗しながら、それでもどうにか学校までたどり着くことができた。
 ロッカーの位置の関係上、組んだ腕を解いて一旦別れ、靴を履き替えてから階段の前で合流する。
 そして芳乃は再び腕を絡めてくる……と思って一瞬身構えたが、予想が外れた。
 芳乃は真正面から俺を見あげて言った。

「あのね、お兄ちゃん……………………だっこ」

 声が小さかったので聞き間違えたのかと思い、俺は聞き返す。
「は?」
「だ、だからっ…………だっこ、して?」
 聞き間違いじゃなかった。
 どこかおそるおそる、俺の顔色を窺うようにしながら要求を口にした芳乃は、珍しく頬を朱に染め照れを見せている。
 恥ずかしいことを言っている自覚があるにもかかわらず一歩も退かないその姿勢には、ある種の敬意さえ覚えてしまう。
 俺は小さく溜息をついて、それから身をかがめた。

「掴まれ」
「……ほんとにいいの?」
「教室まで送るだけだからな」
「お兄ちゃん、優しすぎ……」

 つぶやいて、俺の首に腕を回す芳乃。
 俺は背中に右手を添え、左手を膝裏に差し入れ、一気に持ちあげた。
 芳乃は俺の肩に頬を寄せ、よりいっそう密着してくる。
「落ちるなよ?」
「うん……」
 万が一にもつまずいたりしないよう、足下に気をつけながら階段を上る。
「やっぱり重いよね? わがまま言ってごめんなさい……」
「今さらだろ」
「……うん、ありがと」
「気にするな」
「……本気でありがとうって思ってるから。心の底から感謝してるからね」
「あぁ、どういたしまして」


 四階に到着した。想像以上に過酷だった。
 それは体力的な意味でも……すれ違う人々の視線が痛いという意味でも。
 俺は芳乃を抱きかかえたまま一年二組の教室へ足を踏み入れる。
 注目を集めたのは一瞬のことで、それが俺たちだとわかると、皆一様に興味を失ったように元の平穏へと帰っていく。相変わらず訓練されたクラスだ。

 芳乃の席へ向かう途中、あやねと目が合った。

 …………気のせいか?
 今、一瞬、信じられないほど冷たい色を帯びた目をしていた――ような。
 そんなふうに感じたのが嘘だったように、あやねは普段どおりの嗜虐的な微笑を浮かべ、こちらに近づいてきた。
「おはようございます、芳乃ちゃん。それからシスコンお兄さん」
「ん、おはよあやね」
「あぁ、おはよう」
「昨日はありがとうございました。楽しかったです」
 あやねは俺に向けて言った。
「ん? あぁそうだな、俺も楽しかったよ」
 終わってみれば楽しいことばかりではなかったが、あやねと過ごした休日デートじみた時間は確かに、楽しいと思えるものだった。
「……」
 あやねはちらと芳乃を一瞥し、それからまた俺を見る。
「もっともシスコンのお兄さんにとっては、妹と戯れるほうが数倍、いえ数百倍楽しいのでしょうが……」
「なわけあるか」
 反射的につっこんだだけなのだが、あやねは真顔になって顎に手を当てた。
「……ということは、ですよ? 今この瞬間よりも、昨日の時間のほうが楽しかった、と?」
「まぁ……あえて比較するなら、そうなるだろうな」
「……もっとハッキリ答えてください。“そうなる”って、具体的にどういう意味ですか?」
「はぁ? おまえは俺になにを言わせたいんだ? 芳乃といるよりあやねと一緒のほうが楽しいよ、とでも言ってほしいのか?」
「ち、ちが……そういうことを言っているのではなくっ!」
「じゃあなんなんだよ」
「……はぁ、もういいです。そんなことよりも、いつまでそれを続けるつもりですか? 最先端の筋トレかなにかですか?」
 いや、本当になんだったんだよ。
「ねぇ、なんか今日のあやね、変じゃない? ある意味いっつも変な子ではあるけど、今日はなんか、お兄ちゃんへの絡み方が変っていうか……」
「だよな」
 耳元で囁いてくる芳乃に、同意する。
「またコソコソと……そんなだからいつまで経ってもシスコンが治らないんですよ?」
「ねぇあやね、もしかしてこれが羨ましいの?」
 芳乃はぎゅっと俺にしがみつきながら、どこか挑発するような口調で言う。
「なっ、なんでそんな話になるんですかっ! 意味がわかりませんっ……!」
「言ってみただけだよ? 動揺しすぎじゃない?」
「してませんっ!!」
「なんでもいいけど、もう降ろすからな」
 そろそろ腕が限界だ。そっと芳乃を床に着地させる。
「ほんとにありがとね、お兄ちゃん。だっこしてくれてうれしかった」
「あぁ、じゃあまたあとでな」
「うんっ、待ってる」
「あやねも、またな」
「……」

 こうして俺は、教室をあとにした。
 …………。
 ……………………今、明らかに無視されなかったか?

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