清楚系ビッチ妹のデレ期はうれしくない

イーイーイーヤ

ちょっと泣きそうな妹

 ちょうど夕飯の支度が終わったタイミングで、玄関から扉の開く音がした。
 父さんの帰宅にはまだ早いから、芳乃だろう。

「ただいまぁ。コウくんのためになるはやで帰ってきました」

 案の定、芳乃がキッチンに顔を覗かせる。
 その表情からは、特に変化や違和感といったものは感じ取れない。

「あやねとのカラオケは楽しかったか?」
「うんっ、楽しかった!」
「あやねってどんな曲歌うんだ?」
 情報ボロを出すのを期待して、適当な質問を投げかけてみる。
「んー、日曜の朝とかにやってるアニメの主題歌が多いかな、プリキュアとか。あやねすごいんだよ、わたしたち世代のシリーズだけじゃなくて、最近のまで幅広く歌えるの!」
「へぇ……」
 訊いてはみたが、それが作り話なのか、実際にカラオケに行くと本当にそんな感じなのかの判断がつかない。
 よく考えたら、俺はあやねの趣味嗜好なんてほとんど知らないんだよな。
 ……あとで真偽確認のメールでもしてみるか。

「コウくん、もしかしてあやねのこと気になるの?」

 唐突に、芳乃が言った。
「は? なんだよ突然。どういう意味でだ」
「恋愛的な意味で。どうなの?」
「どうもこうも、別になんとも思ってない」
「え〜、あやねいいと思うけどなぁ。性格はちょっと難アリだけど、基本的には素直ないい子だし。顔は可愛いしスタイルもいいし胸だってわたしよりかは大きいしおまけに処女だし。……あやねって実はすっごい優良物件じゃない?」
「そう言われると、そんな気もしてきたな」
「でしょ? コウくんさえよければ、今度デートのセッティングしてあげよっか?」
「なんだおまえ、俺とあやねをくっつけたいのか?」
「そういうわけでもないけどね? ただなんとなく、お似合いかも? って思ったの」
「お似合い、ねぇ」
 自分では特にそうは思わないが。
 ……いや、そんな話をしていたんじゃなかった。
「んなこといいから、早く手洗って着替えてこい。夕飯メシの時間だ」
「はぁ〜い」
 とてとて、と洗面所へ駆けていく芳乃を見送りながら、なんだかうまいことかわされてしまったな、と思う。
 主導権を握っていたつもりが、気づけば逆に握られていた。
 これでは引き出せる情報も引き出せない。
 ここは一気に勝負を仕掛けるとするか。


「いたーだきますっ!」

 正面ではなく俺の真横に着席した芳乃は、小学生じみた掛け声とともに手を合わせた。
 やはり芳乃の様子におかしなところはない。

 先手必勝。

 俺は豆腐ハンバーグを箸で食べやすい大きさにカットすると、芳乃が自分で食べるよりも早く、芳乃の口元へと運んだ。
「ふぇ……?」
 普段は出さないような間の抜けた声を漏らし、俺の突然の行動にぽかんとする芳乃。
 そんな芳乃の半開きの唇を、つんつん、と豆腐ハンバーグでノックする。
 潤んだ唇の表面には油分がまだらに付着し、きらきら光っている。

「ほら、口開けろ」
「……ふぁい」

 戸惑った様子ながらも、お口は素直にあーんしてくれる。
 すかさず口内に侵入し、濡れた舌の上にそっと豆腐ハンバーグを載せると、芳乃が唇を閉じたので俺は箸だけを引き抜いた。
 むぐむぐと咀嚼を始める芳乃に、俺は訊いた。

「うまいか?」
「ふぁいこう。らってコウくんの味するもん」
「なぁ芳乃、なんか俺に隠し事してないか?」

 ……芳乃は、むせた。
 俺は慌てず騒がず水の入ったコップを手に取ると、縁の部分を芳乃の唇へと押し当て、少しずつ傾けてやる。
 受け止めきれなかった水が口の端から一筋こぼれ、顎を伝って滴り落ちていく。

「ぷはぁ……っ」
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと」

 平静を装っているふうではあるが、その顔には動揺の色がありありと浮かんでいた。
 油断させておいてからの、不意打ち。
 これにより、先ほどまでの余裕の仮面は完全に剥がれ落ちた。

「それで、どうなんだ?」
「な、なんでそんなこと訊くの? もしかして、あやねがなんか言ってた?」
「はぁ? 俺とあやねがおまえ抜きで話すことなんてあると思うか? お互いの連絡先すら知らないってのに」
 まぁ、本当は交換したのだが。
「あ、そっか、そうだよねっ……」
「それより、なんで突然あやねが出てくるんだ? 俺があやねと話すとなんか不都合でもあるのか?」
「そっ、そんなことない! わたしは、ただっ……えと、その……」
 うまい言い訳も浮かばないらしく、ただおろおろと目を泳がせるばかりの芳乃。
 なんだか若干かわいそうになってきたな。
「……なんでこんなことを訊いたか、だが。俺はただ、二人きりの兄妹なんだから、どんな困難があってもお互い助けあっていこうって、そういう話をしたかったんだよ」
「そ、そうなんだ。うん、わたしも賛成っ。これからも一緒に支えあって生きていこうねっ!」

「で、隠し事は?」

 俺は至近からじっと芳乃の目を見据えた。
 芳乃は身の潔白をアピールするように、不自然なほどまっすぐに見つめ返してきた。

「……ないよ?」

 なんかもう、ちょっと泣きそうな顔だ。目が潤んでる。
「本当になにもないんだな?」
 俺は最後に、念を押すように訊いた。
 芳乃がうなずいて、話はここまで――と、そんな流れになるかと思ったが。

「や、やっぱり嘘…………本当はあります、隠し事」

 張り詰めた緊張感に耐えられなくなったのか、これ以上は誤魔化しきれないと踏んだのか……理由は定かではないが、ともかく芳乃は、白状するようにそう言った。
「どんな?」
「た、たいしたことじゃないよ? ……ここ最近、あやねと一緒に遊んでるっていうの、あれ嘘なの」
「じゃあ、さっきまでカラオケにいたのも?」
「……うん、嘘。あやねと話してそれがバレちゃったんじゃないかと思って、さっきは慌てちゃったの」
 まぁ、それは事実だろう。
 問題は。

「それで、本当はなにをやってるんだ?」

「そ、それは……実はね、中学の後輩と会ってるの。女の子なんだけどっ。その子受験生だからわたしが勉強見てあげたり、うちの高校志望だっていうから学校生活のこといろいろ教えてあげたり、ほかにもいろいろ相談乗ってあげたりしてて……けど隠してたことに深い意味はなくて! ただ、わたしなんかが人生の先輩ぶってるって思われたら恥ずかしいなって、ただそれだけで……だから困ってることとかはないから安心して?」
 芳乃は一息にまくし立てた。
「へぇ、そんなことしてたんだな」
「……うん。嘘ついててごめんなさい」

 ――果たして、それが真実なのか?
 それとも、嘘に嘘を塗り重ねただけなのか?

 根拠はないが、後者のような気がしてならなかった。

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