清楚系ビッチ妹のデレ期はうれしくない

イーイーイーヤ

妹を幸せにできる男

 俺の妹、相沢あいざわ芳乃よしのは清涼感があって黒髪ロングで、いかにも男ウケしそうな外見をした美少女なのだが、実際のところ、芳乃の人気はそこまで高くはないらしい。
 なぜかといえば話は単純で、常に男といちゃついているからだそうだ。
 たしかに、いくら可愛かろうがすでに彼氏のいるビッチに、男は寄りつかないだろうな。

 とはいえそれは、みなとから聞いた一年生のあいだでの評判だ。
 芳乃のことをよく知らない三年の男どもは、芳乃が廊下から顔を覗かせるたび色めき立っていた。
 三度目の休み時間。
「また来てるぞ、彼女」とどこかげんなりした様子のクラスメイトに肩を叩かれ、俺は席を立った。
 そして、一歩教室の外に出た瞬間、

「会いたかったっ……コウくん!」

 ぎゅぅぅ、と全力で抱きついてくる、芳乃。
 ふわっと広がるシャンプーの香りと、胸元でつぶれる二つの膨らみ。相手が芳乃でさえなければな……と思わずにはいられない。
「さっき会ったばっかだろうに」
 まとわりつく芳乃を無理やり引き剥がしながら、俺は言う。
「でも会いたかったの。授業中もずっとコウくんに会いたいって気持ちしかなくて、勉強が手につかなかったくらい」
「いや、授業はちゃんと聞こうな?」
「いいもん。帰ったらコウくんに教えてもらうから」
「あっそ……」
 なんだか妙に視線を感じて、ちらと教室を振り返る。
 一言でいえば、それは殺気だった。
 怨嗟、憎悪、嫉妬、羨望、殺意……
 見当違いな男たちの熱く醜い感情が、一本の太い槍となって俺を刺し貫いている。
 誤解だ、実の妹だと説明したのに、芳乃が俺を「コウくん」と呼ぶせいか、どうも信じてもらえてないみたいだ。
 それとも、「妹だとしても!」ということか?
 だとすれば、俺にはどうしようも……いや、こうするか。

「芳乃、休み時間のたびに来るのはもうやめろ」

「えっ、なんでっ……」
 芳乃はこの世の終わりみたいな顔で俺を見る。
「次からは俺がおまえの教室まで行く。それでいいだろ?」
 芳乃はあっさりと笑顔を取り戻した。
「うれしいっ……じゃあさっそく行こっ?」
「次の休み時間からでよくないか?」
「行くのっ、行くのっ」
 ぐいぐいと腕を引かれる。
 まぁ……いいか。
 ちょうど、会って話しておきたいやつもいるしな。


 芳乃にがっしりと腕にしがみつかれながら、俺は一年二組の教室にお邪魔した。
 当然、クラスの面々からはちらちらと物珍しげな視線を受けるが……それはあくまで「見慣れない人が来た」という、俺個人に対する反応であって、芳乃のデレデレっぷりへの反応ではない気がする。
 きっとこの教室ではこれが普通で、見慣れた光景なのだろう。
 なにせ一学期までは、仲睦まじい一組のカップルがいたのだから。

「芳乃、ちょっと離れとけ。挨拶しておきたいやつがいる」

 俺は教室を見回した。目当ての人物はすぐに見つかった。
 その人物は突然現れた俺たちを見て、苦笑いを浮かべていた。
 芳乃は俺の視線をたどるまでもなく相手を察し、

「……いいよ、放っとけば、あんな人」

 まるで喧嘩中の恋人に向けるような物言いだ、と思った。
「大事な話があるんだ。悪いけど、行ってくるな」
 ぽふぽふ、と頭を軽く撫でつけながら言う。
「……わかった。待ってるね」
 芳乃はぱたぱたと俺のもとを離れると、まっすぐにクラスメイトと思われる女子生徒に近づいていった。女子生徒と芳乃は親しげに談笑を始めた。
 そんな様子を見届けてから。
 俺は、そいつの席の前に立った。

「湊」
「コウ兄」

 中性的な顔立ちの、いかにも女ウケがよさそうなイケメンが、爽やかな微笑を俺に向けた。
 古井出ふるいで湊。
 芳乃の元カレ。
 それ以前に、芳乃と俺の幼なじみ。
 そして、俺の親友。
 歳は二つ離れているが、昔から対等な関係を築いている。
 以前は「みーくん」「コウちゃん」と呼びあっていたのだが、芳乃と付きあいだした際、湊が「将来的には家族になるんだから、今のうちから呼び方も変えて慣れておいたほうがいいのかも?」とか言い出し、義兄弟っぽく「湊」「コウ兄」と呼びあうようになった。
 要するに、ノロケに巻きこまれたのだ。
 今の湊からは考えられないが、当時の湊と芳乃ふたりは本当にラブラブでアツアツだった。
 当時中三だった二人は離れたくないからと同じ高校を受験し(どうせよこしまな動機で決めるなら俺が通ってるところにしようと湊が言い出したのだとか)、めでたく二人とも合格し、めでたく同じクラスにまでなった。
 別れた今となっては、さぞ気まずいことだろう。
 だが、それももうしばらくの辛抱だ。

「話がある」

 俺は言って、親指で廊下を指し示した。


「芳乃と別れたこと、後悔してないか?」
「してないよ。正直、ずいぶんと気が楽になった」
「そうか」
 嘘や強がりで言っているようには見えない。それが湊の本心から出た言葉だとわかる。
「芳乃のこと、憎んでるか? 心の底から嫌いになったか?」
「……それは、ありえない。そりゃ、恋愛対象としてはもう見れないけど。それでも、大切な幼なじみの一人だってことは、絶対に変わらない。……俺はただ、よっちゃんの恋人でいることに疲れただけなんだ」
 静かだが、力強い否定の言葉。
 それを聞いて、俺の中で決心が固まった。
 俺は単刀直入に、今の自分の考えを口にすることにした。

「――湊。おまえには、芳乃と復縁してもらう」

 返事は待たず、畳みかけるように宣言する。

「いいや? 復縁どころか――いずれは結婚して、子どもも作って、世界一幸せな家庭を築いてもらうつもりだ」

 あまりに一方的すぎる宣言に、さしもの湊も絶句しているようだった。
 やがて絞り出すように、湊は訊いた。
「俺に未練があるんじゃないかって、そう言いたいの? そういうことなら余計な、」
「未練があるのは、芳乃だ」
「…………」
 夏休みの“あの時間”に、俺の胸で吐露したいくつかの言葉からも。
 先ほどの、喧嘩中の彼氏に対する拗ねた彼女のような態度からも。
 芳乃が湊に未練タラタラなのは明らかだ。
「俺のためじゃなくて、よっちゃんのためだと?」
「あぁ、そうだ」
「いつからそんなにシスコンになったんだか……」
 呆れたように湊は言って、それから、

「そういうことなら、相手が俺である必要はないんじゃない?」

「どういう意味だ?」
「よっちゃんが未練のある相手は、俺一人じゃないってこと。だって、田宮たみやくんだって“振った側”なんでしょ? さっそく噂になってるよ」
「……は? 田宮くん? 誰だそりゃ」
「田宮俊朔しゅんさくくん。隣のクラスの」
「あぁ、シュンくんか」
 あいつ、俊朔っていうのか。めちゃくちゃどうでもいい情報だ。
「よっちゃんにとっては、どっちも同じ“振られた”なわけでしょ? 付きあってた期間も別れてからの期間も違うけど、同じ“振った”者同士、俺と彼は同じ土俵に立っているんじゃないかな」
「そうかもしれない」
「でしょ?」
「まぁ、おまえに振られたときの芳乃は、昨日の数倍泣いてたような気もするけど」
「でもその数十倍、心で泣いてたのかもしれない。田宮くんに振られて」
「かもな、それは本人に直接訊きでもしない限りわからないことだ。まぁ、いいんだよ。そんなことは。どっちでも」
「……コウ兄、なに言ってるのさ? 本人の気持ちなんて、いちばん大事なことだろ?」
 俺は、

「はぁ……」

 小さく溜息をついた。
 そして湊に向かって言った。

「あのな、みーくん。俺はおまえがいいんだよ」

 つい熱が入り、昔の呼び方が飛び出してしまう。
 いけない。俺は意地でも「湊」と呼び続けなければならないのだ。
「みーくん」「コウちゃん」の関係に戻る気なんて、さらさらないのだから。

「芳乃を幸せにできるのは湊、おまえ以外にはいないと……俺は信じてる」

 俊朔だか与作だか知らないが、あんなチャラ男は芳乃が認めても俺が認めない。
 芳乃の隣にふさわしいと思えるのは、現時点では幼なじみであり親友である湊以外には考えられない。
 さっきは芳乃のために復縁させると言ったが、半分は俺自身のためでもあるのだ。

「はは……勝手なことを言うね、コウちゃんらしくもない」
「さっきも訊いたが、おまえが本気で芳乃のことが嫌いだっていうなら、こんな真似はしない」
「…………」
 わずかな沈黙ののち、ふぅ〜、と湊は細く長い吐息をこぼした。
 そして、

「……俺も、未練がまったくないとは言わないよ。よっちゃんのことは間違いなく愛していたし、一緒にいて楽しくもあった」

「だったら、」
「だけど。苦痛がそれを遙かに上回った――それだけだよ」
「……そうか」
「それでも、コウちゃんは諦めないんでしょ?」
「そうだな」
「それで?」
 どこか挑戦的な眼差しが、俺を射抜く。

「そんな俺を、どうやってその気にさせようっていうの、コウちゃんは?」

「どうやって……か」
 俺は答えた。
「そんなの、こっちが訊きたいくらいだ」
「……は?」
 ぽかん、と間抜けづらになる湊。そんな顔さえイケメンだ。
「なにか具体的な策があるんじゃないの?」
「ない、だって思い浮かばないからな。強いて言えば、おまえの気が変わるのを気長に待つ、くらいか? 一年でも二年でも、それ以上でも待つつもりだ」
「……正気?」
「正気だ。ただな、湊。俺は、必ずしもおまえたちが復縁する必要はないんじゃないか、とも思っている」
「いよいよ言ってる意味がわからなくなってきたんだけど……コウちゃんは俺とよっちゃんを復縁させたいんじゃなかったの?」
 湊は額を押さえ、大げさに首を振りながら言った。

「それが、芳乃の幸せに繋がる、いちばんの近道だと思った」

 俺は自分の考えを湊にぶつける。
「俺はおまえたちに復縁してほしいと思ってる。だがその一方で、俺は、芳乃が今後新しい彼氏を作るのを止めようとは思わない。むしろ推奨したい。芳乃にとっての可能性をむやみに狭めることはしたくないからだ。無論、田宮俊朔のようなチャラ男は論外だが、古井出湊よりも芳乃にふさわしい男が今後現れる可能性も、ないとは言いきれない。期待はあまりできないが。――だからまぁ、最終的に芳乃と結ばれるべき相手は、俺の好感度ぶっちぎり一位のおまえ以外にはありえないと、俺は現時点ではそう考えているってわけだ」
「なるほど。つまり、とにかくよっちゃんのことを第一に考えているってわけ?」
「そういうことになるな」
「ははっ……」
 湊は、笑った。

「はは、はははっ……! なんだよそれぇ! ほんと、コウちゃん……いつからそんなにシスコンになったんだよっ、ははは! 昔はあんなに険悪だったのにさ? あぁ、おっかしいなぁ、もう……!」

 わだかまりもなく、嫌味もなく、ただ爽やかに腹を抱えて笑っている。
「決めたんだよ。これからは、少しは兄らしいこともしてやろうって」
「それが、俺とよっちゃんの仲人恋のキューピッド?」
「まぁな」
「ふぅ……わかったよ。コウちゃんの思惑はよぉくわかった」
 湊は微笑を浮かべたまま、俺の視線を真っ向から受け止めた。
「ただ残念だけど、復縁の可能性は一%もないと思うな。それでもよければ、まぁ、気長に待っててよ?」
「あぁ。おまえのほうから告白したくてどうしようもなくなるよう、祈っとく」
「はは。よっちゃんに迫られて渋々なら一万歩譲ってありえなくもないけど、俺から告白はさすがに考えられないよ」

 なにか言い返そうとしたが、時間切れを告げるように、チャイムが鳴り響いた。

「話は終わりだ。またな、湊」
「うん、またね。コウちゃん」
「もう、コウ兄とは呼んでくれないのか?」
「俺の気が変わった暁には」
「そうだな。その日を楽しみにしておく」

 そうして俺たちは背を向けあい、別れた。
 ……まぁ、どうせ次の昼休みにも来るはめになるんだろうが。

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