清楚系ビッチ妹のデレ期はうれしくない

イーイーイーヤ

妹が彼氏と別れた

 一年前の夏、母さんが家族を置いて蒸発した。
 その前日、母さんは芳乃に対し、こう語ったのだという。

 ――お母さんね、お父さんより好きな人ができちゃったんだ

 芳乃は昔から超がつくほどの甘えんぼで、その矛先は常に母さんに向けられていた。
 依存していた、といってもいい。
 唯一の兄妹である俺に対してはライバル意識があったようで、「お母さんは渡さない」と、いつも一方的な対抗心を燃やしていた。
 そんな芳乃だったから。
 ある日突然なくなった支えに、当分は立ち直れないだろうなと、そう思っていた。
 だが予想に反して、芳乃の立ち直りは早かった。

“代わり”を見つけたのだ。

 まるで、大好きな母の真似っこをするように。
 芳乃は男を作った。
 当時中三だった芳乃にはまだ早いんじゃないかとも思ったが、相手が相手だったので、特に反対はしなかった。
 なによりも、必要だと思った。
 母さんという支えを失った直後の芳乃からは、それだけの危うさが感じられたのだ。

 そうして芳乃は、復活した。
 依存の矛先を彼氏に変えて。
 俺への態度も、「お母さんは渡さない」から「みーくんは渡さない」に変わっただけ。
 そんな調子で、何事もなく時は過ぎ――

 一年後の、今。
 俺――相沢光貴こうきのもとに、一通のメールが届いた。
 差出人の名前は、古井出ふるいで湊。
 俺と芳乃の幼なじみであり、俺の親友であり、芳乃の彼氏だ。
 夏休みも中盤にさしかかったが、最後に湊の顔を見たのは一学期の終業式になる。
 それで果たして親友と呼べるのか?
 と思わなくもないが、これには事情がある。仕方のないことなのだ。
 というのも、夏休み期間中、湊は彼女と半同棲のような生活を送っている。
 その彼女は湊が一人暮らしなのをいいことに、ろくに家にも帰らず、四六時中彼氏にベッタリと引っ付いているらしい。
 つまり湊は、彼女の相手で忙しい。
 正確には、彼女の束縛が強すぎて身動きが取れない。
 そんな彼女への不満を綴った長文のメールが、夏休みに入ってからというもの、毎日のように送られてきている。
 今回も、どうせそれだろう。
 俺はメールを開いて、文面に目を通した。

 ――コウ兄、ごめん。俺、もう限界だ
 ――これ以上は本当に無理
 ――よっちゃんのこと、お返しします

 たった三行。
 それでも、伝わった。
 直感的に理解した。
 これは――本気マジなやつだ。

 ガチャリ、と。
 玄関の扉が開く音が聞こえた。
 現在の時刻は、午後三時。
 まだ父さんが帰ってくるような時間じゃない。
 ということは。

 …………。
 ……………………。
 いつまで経っても、階段をあがってくる気配はない。

 ……………………。
 …………………………………………。
 いちおう、様子くらいは見に行っておくか。
 俺は重い腰をあげ、一階に下りた。


 芳乃は玄関の前で立ち尽くしていた。
 俯いていて、その表情は窺えない。
 俺は近寄って声をかけた。

「久しぶりだな。元気だったか?」

 芳乃はピクリと肩を震わせて、
 ゆっくりと、顔をあげた。
 久しぶりに見た妹の顔は、涙でぐしゃぐしゃに歪んでいた。

 ……普段であれば、絶対にこんなことはしないのだが。
 さすがに不憫に思った俺は、芳乃の身体をそっと抱き寄せ、頭を撫でた。

 おそらくは、それがいけなかったのだろう。
 きっとそれが、芳乃の中のスイッチが切り替わった瞬間だった。

「…………みーくんに、振られた」

 俺を見る芳乃の目が、明らかに、いつもと違った。
 それは俺に向けられるはずのない種類のもの。
 今までは、母さんや湊に対してだけ向けられていた、特別な視線。
 すがるような、慰めてほしそうな――

 それは“甘え”の視線だった。

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