貴方に贈る世界の最後に

ノベルバユーザー175298

第55話 幕開け


 身体の痛みで意識が覚醒する。
 見えている天井は、ほのかに光を放っている。
 そして、ダンジョンの中に居るということを思い出す。

 「おはよう、ユウ」

 そう上からかかる声に、少し安心する。
 いつもの声だと。

 「おはよう、ノア」

 いつかの時と同じように、膝枕をされているようだ。

 「ねぇ、ユウ。聞いてもいい?」

 「ああ、何だ?」

 「ユウは、自分の事が大切?」

 「俺自身よりも、ノア達の方が大切だ」

 「......うん、私も同じ考え。自分よりもユウ達が大切なの。だから、ユウ。もう、自分を犠牲にするのは止めて。私は、これ以上ユウが傷付くのを見たくない」

 上から涙が落ちてくる。
 ノアは、俺の右手を握り締めて、ポロポロと涙を流している。
 やはり、俺の右手は何も感じない。

 触られているのに、その温かさが伝わらない。
 ノアがどれだけ傷付いてるか分からない。

 「俺もノアが傷付くのを見たくない。だから...」

 「ユウが私の立場だったら、どう思うの?」

 その質問の答えは、頭の中で出ている。
 俺なら......自分を許せなくなる。
 大切な人がボロボロになっているのに何をやってるんだと、自分を叱りたくなる。
 だけど、それを言葉に表す事が出来ない。

 「ユウ。もう、止めて...」

 俺は、その言葉に返事を答える事ができなかった。
 もし、この後ノアが傷付くことがあるなら、俺はどんな事をしてもノアを守るだろう。

 ......例え、また何かを失うことになっても。

 「ノア、先に進もう」

 俺は、立ち上がる。
 痛みに悲鳴を上げる身体に鞭を打って、無理矢理動かす。

 「約束して!!もう、自分を犠牲にしないって」

 「......ごめん、それは出来ない」

 「私の気持ちも分かってるでしょ!!」

 「分かってるからこそ、それは約束出来ない」

 ノアが犠牲になるのは、許せない。
 俺は、ズルいなと自分でも思う。
 だけど、これだけは譲れない。

 「......」

 「ユウさん。僕もノアさんと同じ気持ちです。ユウさんが傷付くのは、辛いです」

 「...同じ気持ち」

 そう言われても俺は、頷く事ができなかった。
 この中の誰かが傷付くのをただ見ているたけというのは、耐えられない。
 そう思ってしまうから。

 「......先に進もう」

 ドラゴンを倒してから出現した扉に向かう。
 扉を開けて、先に進む。

 扉の先には、部屋があった。
 だけど、その部屋は大きな魔法陣が足元に書かれているだけの何もない部屋だった。

 全員が魔法陣に踏み入れたところで、魔法陣が光を放ち始めた。

 「ノア、アイリス、セツカ。俺は、お前達の事が大切だ。だから、さっきの約束は出来ない。でも、出来るだけやるつもりだ。みんなを頼りにしてるよ」

 「うん、ユウの出番が無いぐらい頑張る」

 「僕も、頑張ります」

 「...頑張る」

 魔法陣は、強く光る。
 そして、部屋を光が埋め尽くした。




 俺の目の前には鏡のような世界が広がっていた。
 鏡で囲われた世界。
 自分の姿がいくつも写し出されている。

 目の前の鏡は、俺の姿を写し出している。
 そして、鏡の中の俺が問い掛けてくる。

 動くはずの無い、鏡の中の俺の口は勝手に動いて音を出す。

 『自分を犠牲にした果てに、お前は何を得る?他人を救った幸福感か?誰かを守ったという達成感か?お前の人助けの最後には何が残る?』

 「俺は、何も望まない。人助けは当たり前の事だ」

 『違うな、お前は自分が傷付きたくないだけだろ。誰かを失う痛みを避ける為だけに自分を犠牲にする。周りの事は、考えていない。お前は、自分が助かりたいから人を助ける』

 まるで、俺の全てを知っているかのように話す。

 「お前に、俺の何が分かる?」

 『俺は、お前だ。だから、全て分かる』

 鏡の中の俺は、そう言う。

 『1つ、面白いことをしよう。これは、テストだ』

 そう言った鏡の中の俺の後ろから、三人の影が現れる。
 その三人は、ノア、アイリス、セツカだった。

 『一人選べ。それ以外は殺さない』

 「ふざけるな!!三人を解放しろ」

 『ああ、言い方が悪かったかな?見殺しにする奴を一人選べ』

 鏡の中の三人は動かない。
 ただ、そこに立っているだけだ。

 「お前は、何が目的だ?」

 『目的か......そうだな......お前が絶望するところを見たいかな』

 「ふざけるな!!」

 俺は、目の前の鏡を壊そうと手を振り上げる。
 ただの鏡なんてすぐに壊せる。

 『そんな事したら、全員殺すよ』

 その言葉で俺の拳は止まる。
 だけど...

 「三人は、本物・・なのか?」

 『試してみるかい?さっきも言ったように俺は、お前なんだ。だから、その力も同じ。すぐにでも殺せる......だけど、それじゃあ面白くない』

 そして、鏡の中の俺は何かを思い付いたような顔をする。

 『そうだ、これで面白くなるはず』

 パチン、と指を鳴らす音がした。
 すると、鏡の中にいた三人が動き始めた。

 「ユウ。無事で良かった」

 「ユウさん、大丈夫ですか」

 「...良かった」

 と、三人は鏡の中の俺・・・・・に近付いて行った。

 『ああ、みんなも無事で良かった。だけど、あそこに俺の偽物が居るんだ』

 「ユウの偽物?ユウは一人だけ、許さない。私が倒す」

 「僕も、偽物は許せません」

 「...倒す」

 三人はこっちを向いて、殺気を放つ。
 仲間から向けられる殺意に心が折れそうだった。

 「違う!!偽物はそいつだ!」

 俺は、鏡の中の俺を指さす。
 だけど、三人は信じていない。

 「私は、惑わされない。偽物が本物の真似をするな!!」

 1つ1つの言葉が心に刺さっていく。
 言葉が質量を持って俺にのし掛かる。

 そして、鏡の中から魔法が飛んできた。

 「『ヘル・フレア』」

 黒い炎が俺を目掛けて飛んでくる。
 俺は、ノアの本気の魔法を拳の風圧だけで消す。

 「その力もユウと同じ......アイリスちゃん、セツカちゃん。本気で行くよ」

 「はい!」

 「...分かった」


 そして、間違った仲間同士の戦いが始まった。

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