功剣の異端者育成講座!

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六話

 目が覚めるとセオリアがいた。
 ダブルベッドの上で、静かに寝息を立てて寝ている。その息は、俺の顔にかかる距離で、俺は彼女を抱え込むようにして同じベッドで寝ていて──―
「って、うぇぇ!!」
 そこまで気付いて、俺は飛び跳ねるように起き上がった。え、何これ?いまいち状況が理解できない。ここどこ?見た感じ王宮か?どうして王宮にいるの?なんでこんなことになってるの?ちょっと待て、落ち着け俺。一回冷静になって考えろ。えっと確か、セオリアが攫われて、ジャック・ゴルバーを倒して、何とか助けて、そっから海に飛び込んで...そこから記憶がない。そっからどうやって、こんなことになったんだ?
「んっ…すぅ……んーー」
 あ、セオリアが起きた。待てよ、ここでセオリアが起きたら不味いんじゃあ…
 そんな考えを他所に、セオリアは目を擦り、起き上がる。瞬間、俺は固まった。布団が彼女から離れると、そこにあるのは綺麗な肌であった。本来、俺の視界と彼女の皮膚の間にあるはずの布一枚という区切りはない。言葉通り、彼女の全てが余すことなくあらわになっている。
 ふとセオリアと目が合う。セオリアはみるみるうちに顔が赤くなっていく。そこで気がついた。俺も彼女と同じ格好だったのだ。詰まるところ、ここには裸の男女が一つのベッドで寝ていたことになる。
 内心、煩悩と理性と動揺で乱れに乱れているが、かつて培ったポーカーフェイスでなんとか平生を貫く。
 考えろ、俺。ここで言葉の選択を間違えれば社会的な死が待っている。
「よ、よう。おはよう」
 結論、何も無かったように振舞うことにした。
「……い」
「い?」
「いやぁぁぁ!!」
 あ、やっぱりそうなる?あの状況がもはや詰みだよね。
 そんなどうでもいい思考を他所に、俺は彼女のビンタによって宙を舞った。
 その後、召使いやメイドが何人も来て、かなりの大事になった。一時期は発見された女性陣から黄色い声が飛び交って、収拾つかない自体に陥っていたのだが、彼女達が何を想像していたかは聞かないでおこう。考えるだけで恐ろしい。
「すみませんでした!」
 お互いに背を向けあっているものの、セオリアの深々と頭を下げている姿が目に浮かぶ。
「いや、気にするな。お前は悪くない。あんな事態だれも想像出来ないわ」
 会話を交えながら召使いから仕立てて貰った服に身を包む。俺に渡された服は貴族が着る予定のものだったのだろう。自らの高級感溢れる服装に嫌悪感がにじみ出ている気がした。
「き、着替え終わりました」
「俺もだ」
 2人で確認を取ってから、俺はセオリアのほうを見る。皇女様らしいピンクのドレスに、碧と紅の宝石がはめ込まれたティアラ、なにより、それらは彼女の美貌を前にしては単なるお飾りでしか無い。
 彼女の表情は強ばっていた。気まずくて目を合わせられない、と言ったところか。無言の時間が過ぎていく。まぁ、かく言う俺も、目に焼き付いた先程の彼女の姿が払拭出来ない。直視など到底無理なことであった。
「セオリア様、ハバキリ様。国王がお呼びです」
 口火を切ったのは彼女の召使いであった。その声とともに、俺達は召使いの後について行く。俺とセオリアの間は微妙な距離感があった。

「ふぉっふぉっふぉ、どうやら朝から盛んだったようじゃのう」
 玉座に座る国王、ヴァリアーニ王は、巻きひげを弄りながら得意げに言った。その目はそこらの酒場にいるエロオヤジとなんら大差のない。王冠と赤いマントが無ければただの老いぼれ貴族である。
 セオリアは、そんなヴァリアーニ王、もとい彼女の祖父の様子にため息をつく。おそらく、プライベートではこれが普通なのだろう。セオリアの表情はどこか呆れているようで、同時に疲れているようにも見えた。
「おじい様、あまり威厳を損ねるようなことは言わないでください。私が恥ずかしいです」
「予想外に辛辣ぅぅ…それはそうと、また助けになったのう、ハバキリ・アマノよ。いや、かつての英雄『巧剣』と呼んだ方がよいか?」
 目を細め、ヴァリアーニ王は言う。『巧剣』という言葉に、俺は神経を逆撫でするような感覚に襲われる。表情には欠片も出さないように努めたが、腹の奥底から湧き出る、ドロドロとした感情がそれを許さなかった。いつも通りに喉を鳴らそうとしても、若干語尾を強めてしまう。
「お久しぶりです。それと、何度も言いますが、俺は英雄じゃあありません」
 きっと、今の俺は王に凄い顔で見ているのだろう。セオリアと顔を合わせづらい状況が幸いした。
 彼女はなにも気が付かず、驚いた様子でヴァリアーニ王に質問を投げかけた。
「おじい様はハバキリを知っているのですか?」
「なんじゃ、知らんかったのか?数年前の大規模戦争に終止符を打った英雄がこやつじゃ。なぁ、『巧剣』よ」
 わざとらしく『巧剣』という通り名を強調する。このクソジジイ、狙って言ってやがる。ニタニタと憎たらしいほどに張りついた笑顔が、なにより物語っていた。だからここには来たくなかったんだ。今になって、後悔した。
「そうなんですか!じゃあやっぱり、私の目に狂いはなかったんですね!」
 セオリアは少し嬉しそうに呟いた。同時に、王の左右に控えていた大臣が、その言葉に反応していた。彼らから動揺が見え隠れしている。しかし、俺は気にせずにセオリアに問いかけた。
「どういうことだ?」
「選抜試験のことですよ」
「俺は落ちたはずだが」
「あれは大臣が勝手に決めたことです!本当はハバキリが合格する予定だったんですよ?」
 そう言って、セオリアは横目で大臣の方を見る。口角は上がっているのに目が笑っていない。大臣は頬を引きつらせながら目を逸らした。
 まぁ、指導者をジャックにしなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。セオリアの気持ちも分からなくは無かった。今はただ、大臣に同情だけしておこう。
「そういえば、あいつは結局捕まったのか?」
「いや、残念ながら撒かれてしまったわい」
 俺の指摘にヴァリアーニ王は肩をすくめる。国の皇女の誘拐までして、逃げられたのでは国軍兵士団もさぞかしやるせない思いだった事だろう。自然と場の空気が湿り気を帯びる。
「そんなことを今考えても仕方の無いこと。それより、今夜はぱぁーてぃじゃ。お主たちも楽しみなさい」
「パーティ?何の?」
「そんなの決まってるじゃない」
 セオリアは俺の手を取って──それでも彼女は目を合わせない──満開の笑顔を咲かせて言った。
指導者あなたの歓迎パーティよ」 
 この時、なぜ俺がこんな格好にさせられたのか、彼女がなぜあんなに嬉しそうなのか、というふと思った謎が解けた気がした。

 日は暮れて、『指導者歓迎会』たるパーティが始まった。
 数々の貴族や、国軍の隊長格、王国の官僚など、お偉いさんが次々と挨拶に訪れた。もちろん、剣にしか興味のなかった俺は、誰一人知るはずもない。そして、『巧剣』という通り名は、もはや空想上の英雄になりつつある。それゆえ、名前だけが独り歩きして、顔すら知られていない。彼らは形式上、笑顔を貼り付けて言葉を交わすものの、「誰こいつ?」と言いたげな雰囲気が全面に出ていることは自明の理であった。
 この日始めて自分のコミュニティの低さを実感した。泣いたりはしない。ただ、精神的にくるものがあった。
「で、なんでリョウがいるんだ?」
「ひでぇな!?お前は俺に後世まで酒場で奢っても、感謝し切れないほどの恩があるじゃねえかー!」
「お前...なんかやったっけ?」
 なるほど、と一瞬だけ納得しかけたが、彼の行動を顧みた結果、そう思わざるを得なかった。俺の反応に、心外だとでも言いたげな態度を全面に出す。
「俺の確率と未来予知に近い第六感による勇敢な行動!それと、巧みな話術による港の出航の時間稼ぎ!これらを総合して、今回の立役者は間違いなく俺だぜ。これだけ貢献して、呼ばれないほうがおかしいっつーの」
 リョウは脚色に誇張を加え、さらにそれらしい口調で武勇伝を口にした。良くもまぁここまで話を広げられるな。もはや、フィクションと成り果てたその自慢話に、俺は事実を付け足した。
「訪れた港で揉め事起こした挙句、殴り倒した相手がたまたまジャックの船員だったことは...まぁ褒めよう。でも時間稼ぎの件は、俺が船に入ってから10分足らずで出航したんだが。おかげで、死にかけたぞ」
「10分も、だからな。そこ勘違いするなよ」
 リョウは俺に指を突き出し、鼻息を荒くする。全く感謝していない訳では無いのだが、ここまであからさまに主張されると薄れてしまう。しかも、よく見ると顔が赤くなっている。周囲にまとわりつく甘ったるい匂いで確信した。
 こいつ、ワインかなんか飲みやがったな。貴族があんなにいる中で堂々と酒を飲んでいるのか。嗜むくらいにしとけよ。呆れを通り越して感心さえした。
「ハバキリ、ちょっといいかしら?」
 俺たちの会話の中に、一つの声が割って入る。セオリアだ。今まで、リョウの酔いが回っていた体も、一変、背筋をぴんと真っ直ぐに伸ばした。うざったらしいニヒルの口も息を潜め、リョウとは異なるの聖人君子が目の前に現れた。
「せ、せせ、セオリア第三皇女!お、お初お目にかかります!自分、リョウと申しまして、ハバキリ君の唯一無二の大親友でして、今回の事件では表彰並の活躍を陰ながらにしたので、この場に参上した所存でございます!!」
 彼女を前にしては、彼の舌先三寸もフル回転する。ただ、あまりにも回りすぎて、誤作動を起こしている。言う必要の無いことまで喋ってしまっていた。そして、それすらも早口過ぎて常人には聴き取れる言語ではない。空回りとはまさにこの事。
 セオリアは微笑んでいるが、内心苦笑いしていることだろう。
「えぇ、話はよく聞いておりますわ。リョウさんには感謝の気持ちでいっいです。今は...ハバキリをちょっとお借りしていいですか?」
「ええもう、ぜひ!」
 聖人君子は即決し、二つの返事をする。そして、幸せオーラを放出しながら、彼は鼻歌混じりに立ち去った。誰だあの優男は、俺の友人にあんな奴はいない。
「ここまで来ると怖いな」
「なんか言った?」
「いや、それより話ってなんだ?」
「これからのことよ」
「なんだそれ」
「一旦、外へ出ましょう」
 セオリアはそう言って、俺を王宮のテラスまで案内する。月光が彼女に差し込み、マリーゴールドの髪が艶めく。彼女は腰に掛けた一本の剣を抜いた。それを眺め、目を輝かせている彼女は何よりも美しい。
「私はこの国で誰よりも強い剣で生きる」
 凛とした声が、この場の静寂を振り払う。彼女からは強い覚悟が表れていた。
「女のお前がか?」
 あえて、意地悪な言葉を言った。この程度で彼女の気持ちは揺らぐはずがない。そんなことは知っている。知っているからこそ、俺は彼女に尋ねたのだ。
 セオリアは俺の意図に気づき、くすっと上品に笑った。彼女も彼女で、わざと、いじらしく考えるふりをする。彼女からお返しと言わんばかりに空間の静けさが生まれる。
「一人なら無理かもしれない。でも、私にはあなたがいる」
「互いに異端者か。はは、これは傑作だな」
「ホントね」
「この先は正真正銘の茨の道だぞ」
 そりゃそうだ。この国で未だかつて成し遂げた者はいない。開拓された道なんてあるはずもない。すべて、一から作り上げるのだ。でも、不可能だとは思わない。このヤマト王国の古き慣習に真っ向から逆らう2人の異端者がやると決めた。何が起こるかなど、誰も想像出来るはずがない。
「えぇ、でもやるわ」
 分かりきっていた答えをようやく告げる。それだけで充分だった。彼女の決意に無言で頷いて、パーティへと戻ろうとする。しかし、セオリアはさらに言葉を続けた。
「ねぇ、ハバキリ...」
「なんだ?」
「どうして、あなたはその剣にこだわるの?」
──そう言えば、なんでキリくんはそんなに剣にこだわるの?
 俺の心臓の鼓動が、僅かに跳ね上がった。セオリアとあいつが、重なる。姿は違えど、根底にある深層心理が同じだったからそう錯覚したのかもしれない。そして、俺はかつて決めていたセリフをセオリアに言う。
 もし、もう一度、同じ問いをされたなら、俺は胸を張ってこう答えよう──

「この剣が俺とあいつの原点だからだ」

 暖かな風が優しく包み込むように、2人の間を吹き抜けた。



第一章『指導者選抜編』 END.










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