王子さまの婚約者は○○○です!?

ノベルバユーザー149578

第2話

まさきは門番に言われた通り、門から入った道をまっすぐ行って、Y字になったところを左へと曲がった。外堀から中に入ると、石畳は色石へと色を変えて。それに目を揺らすと、まさきはそっとチョーカーをしている自分の首にキャリーカートを持っていない方の手を当てた。その下にあるものを思って。


振り切るように一回首を横に振ると、まさきはうんしょとキャリーカートを動かして、そこから見えてきた赤い屋根に真っ白の外壁、深緑の蔦が絡まった御伽話に出てくるような外観の工房へと向かった。


2階建てのどこかメルヘンチックな伏御飴細工工房は、玉都城を背に広がる城下町を木々の隙間からのぞき見るようなたたずまいだった。ざあああっと吹いた一陣の風がまさきの黒髪を揺らしていくのに、一瞬目を閉じる。
きゃるきゃると車輪が回る音を聞きながらたどり着いたまさきはそっとノックをせずに扉を開ける。


これは別に礼儀がなっていないわけではなく。工房では飴に緻密な細工をする。飴細工はとても繊細で熱い飴が冷えて細工ができなくなるまでの制限時間は5分しかない。だから細工中のやり直しはきかないのだ。
それなのにノックをしたり大声を出したりミスの一助となるようなことをすれば、反感を買いかねない。つまり、まさきなりの飴細工師としての礼儀だ。


中の様子をうかがって、皆が手を止めているのを見てから。中に入って後ろ手に扉を閉めると、大きく声をあげた。


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします」
「おはよう、まさくん。今日は頑張れよ?」
「うん、ありがとうたまちゃん!」


食紅を工房の中にある作業台へと配っていた、白いタオルで頭を覆い白い作業着に身を包んだ高校生くらいの不良っぽい少年、伏御たまきがまさきに近づいてきて拳をつきだす。
それにまさきはキャリーカートを引いていない方の手で応えると、にっと笑った。
満足そうに犬歯を見せて笑ったたまきだったが、自分が仕事中だということを思いだし名残惜しそうにしながらも戻っていった。


「まさ」
「あ、じいちゃん…じゃなくて、長」
「おめー、道具だけもって早くこっち来い」
「はい!」


低い声に呼びかけられて、まさきは伏御飴細工工房の長でありまさきの年若い祖父である伏御えまきが腕を組んで立っている扉の方を見た。そして大きく返事をしてキャリーカーから、自分の飴細工に使う道具一式を持ちあげると、その中から白衣にも似た作業服を着る。
キャリーカーは邪魔にならないように折りたたんで工房の隅の方へと寄せておく。そして道具箱を右手に持つ。
準備し終わったのを見た伏御えまきが、着ていた作業服を翻して扉の奥に消えていきそうになるのをあわてて追いかける。


伏御まさき。玉都城のお抱え飴細工師・伏御飴細工工房長、伏御えまきの孫。同じように飴細工工房を営み咲玉城のお抱え飴細工師で工房長だった父と、母を1年前亡くし孤児となってしまった。まさきの誰にでも言ってはばからない夢は、父親のような一流の飴細工師になることだ。今日から大学卒業まで祖父の家に居候し、学生生活を送りながらこの玉都の工房で修行することになった。


(飴細工師としてのおれの技量、見て驚けよーじいちゃん!)


飴細工師見習いとして迎え入れる条件として、伏御えまきはまさきに普通の飴細工師見習いが受ける試験と同等のものを受けろと言った。幼少時代から父の仕事を見て、粘土代わりに飴をいじってきたのはまさきも叔父のたまきも同じだ。
だがたまきは中学時代から握り鋏を持って本格的に家業を手伝い始めて最近はその腕も認められ、売り物の中で一番安い蛇の飴細工を任されているという。同学年の叔父と甥であっても交通事故によって1年以上ブランクのあるまさきを同じようには扱えない。


夜行列車で上京したまさきは玉都についたその足で、飴細工師としての腕を見てもらうため伏御飴細工工房に来たのである。
課題として、与えられた砂糖を使い登校までの時間でどのような飴細工を作るか、技術は、デザインは、再現力はどうか、飴細工師として総合的な能力を見るためだ。


雑用から始めさせるか、たまきと同じように商品を任せても大丈夫なのか。同じ「見習い」でも道具を使えるのと使えないのでは大きな違いがある。


こころの中でにししと笑いながら白い壁にところどころにある窓から光が入る、丸い電球の下がった廊下を先に歩く伏御えまきを追いかけようとしたまさきだったが。


工房と廊下を区切る扉をくぐった瞬間、ぐんにゃりと何かがたわんだような錯覚を覚える。まるで指先でまだ柔らかい飴を曲げた時のような。不意打ちとも言える感覚にまさきは固く目を閉じた。一瞬のことだったし、他に腕が痛いとかはなかったため目を開く。
何かなくなっているものはないかと最初に木箱の道具入れを確認して、次に服の上から自身の身体を叩く。特になにもなくてほっと目線をあげると。

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