双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第72話 希望の未来へ



 セイル・フェルグランドがパイロヴァニアを襲撃したその日、一連の闘争は魔法都市アスパムとパイロヴァニア王国双方の人々に伝えられた。
 ただしパイロヴァニアの立場を考えその内容はいくつか伏せられており、端的に言うと、『全部ゲルスが悪かった』ということにされた。パイロヴァニア軍がミリア・スノーディンの洗脳やフェルグランドの双子への魔力干渉を行い、これを宣戦布告と見たセイルがパイロヴァニア軍部へ報復。だがレグルオ王が出向き談合した結果、パイロヴァニアによるアスパム襲撃は魔法技官ゲルスの独断によるものと判明。ゲルスの身柄を引き渡すことで和解が成立。またパイロヴァニアを悩ませていた地震の原因もゲルスにあり、それをフェルグランドの双子の力で解消したとも明かされた。
 結果、悪いことを全部ゲルスに押し付け、逆にレグルオ王と双子をあげることで、双方の人々もわだかまりなく納得しなんとか平和に解決できた(そう間違ったことは言っていないし)。
 だが実は闘争の件など人々の頭からは吹き飛んでいたかもしれない。というのも、それと同時に発表されたある事実があまりにも衝撃的だったであろうから。
 パイロヴァニアとアスパムの闘争と和解と同時に人々に明かされたのは、双方の権力者同士の婚姻。
 リオネ・ブルースとサリア・フェルグランドの結婚だった。



 一般に一連のことが発表される前日、魔法都市アスパム市内、魔法学校生寮。
 その一室に彼女はいた。

「うう……」

 ベッドに腰掛け頭を抱えるのは獣人の少女、リオネ・ブルース。猫もといライオンの獣人の彼女はパイロヴァニア国王レグルオの実の娘。
 リオネは今悩んでいるようだった。おそらくは自分の進退の事だろう、彼女は愛する相手をほぼ裏切る形で逃走し姿をくらませここに隠れている。そうそう見つかる場所ではないが、いつまでも隠れ続けるわけにもいかない。かといって素直に出ていっても許されるとは……そんな感じの葛藤の最中のようだった。

「……えっ」

 途中、リオネのケモ耳がびくんと跳ねた。慌てて窓ガラスへと目を向ける。どうやら気づかれたようだ。

「こんなとこにいたんだね、リオネちゃん」
「さ、サリア様……」

 魔法で透明になって窓に張り付いていた私は窓を開け中に入った。

「アスパムからそう離れてないとは思ってたけど、まさかこんな近いとは。たしかにここなら見つかりにくいけどね」

 リオネがいたこの部屋は私もよく知る魔法学校生……シィコ・ラヴマリンの部屋だった。言わずと知れた乳揉み魔である彼女に匿ってもらうのは女子ならば実に簡単なのだ。ただしそこには穴もある。

「ど、どうしてここが」
「簡単なこと、金で従う人間はそれ以上の金であっさり裏切るんだよ。シィコの場合お金じゃないけど」
「ううっ……さすがサリア様、おっぱいも私以上なんですね……」
「直球で言わないで、恥ずかしい」

 なにはともあれ、私はリオネを発見できたわけだ。
 狂信的に私を愛するリオネは私に受け容れられたいあまり、私の記憶が封じられた2つの魔水晶の内のひとつ……転生前の記憶が封じられた魔水晶を破壊した。私の中で一番の存在といえるセイルの絆を壊したかったらしい。彼女が記憶水晶を隠し、さらには粉砕したことでかなり苦労させられたが、なんだかんだどうにかなったので今はもうそれは考えないことにする。
 リオネは怯えている。私からの報復を恐れているのだろう。しかしそれでいて抵抗しようという素振りは一切なかった。

「リオネ……あなたは私の記憶を持っていた時、私の記憶を見たの?」

 尋ねると、もう観念しているのかリオネは素直に頷いた。

「転生のことも、全部見たの?」

 重ねて尋ねると、リオネはためらいつつもやはり頷いた。一度は私の記憶を文字通り手中に収めていたリオネは知っているのだ、私たち双子が転生したこと、その前は鈴木健司という1人の人間だったことも。

「……改めて聞くけどさ。リオネちゃん、私のこと好き?」

 続けてそう尋ねると、

「大好きですっ!!」

 と即答が返ってきた。

「本当に? 私の正体を知っても?」
「もちろんです、サリア様はサリア様です! 私の愛する命の恩人で、ご主人様なんですっ!」
「……結婚したい?」
「はいっ!!」

 怯えつつも強く訴えるリオネに私は苦笑した。彼女は最初から私に結婚を迫ってきていたのだ、ヘテロ族は同性婚も多重婚も認められていて、恩人に報いることが最大の価値観とその血に刻まれている。恩人の伴侶として添い遂げることはリオネの最大の望み……

「そっか……リオネの思いはずっとひとつ、か」

 私は一度それをきっぱりと拒絶した。結婚するにはまだ若すぎると思っていたこと、同性婚への拒否感、要は価値観の相違……だが元々私は男、リオネのことは嫌いじゃないし、むしろ好きだが、やはり結婚となると受け容れられなかった。私はそれが正しい選択と思い、リオネも納得してくれたと思っていた。
 だがリオネは私に拒絶されたことをずっと思い悩み、「リオネを拒絶したサリア」を否定するように記憶の隠匿と破壊に走った。彼女の葛藤は、今目の前にあるその姿からも感じられる。
 リオネは私が好きで、私もリオネは好きだ。私はただ自分の価値観でそれを否定すべきものとしただけ……かつて獣人が他の種族から疎まれ迫害されたのも、似たようなことなのではないか?
 その迫害の歴史が獣人たちを鉄の街に押し込めて、不満と不安を募らせていった。その悲劇を終わらせるためにも、1人の少女の望みを叶えるためにも……私の狭量な価値観なんて捨ててしまおう。

「じゃあ、結婚しようか」

 私はリオネに微笑みかけた。一瞬リオネは硬直し、何を言ってるのかわからないというふうに私を見る。私は続けて言葉をかけた。

「リオネちゃんのためにも、パイロヴァニアのためにもそれが一番だって気付いたんだ。結婚を断ったのも実はただ怖かったからってだけで……経験ないし、私たちの結婚はヘテロ族のそれよりずっと重いし。でもそれは漠然とした不安、リオネちゃんがそこまで私のことを想ってくれるなら、きっと乗り越えられる。私はまだ、それに応えられる相手じゃないかもしれないけど……それでも、いいかな?」

 すると、リオネちゃんは涙を流しながら、私に抱き着いた。

「もちろんですっ! リオネ様、いえご主人様と添い遂げるのが私の本望! どうぞおそばにおいてください、ご主人様っ!」
「あはは……ちょっとオーバーだね、あいかわらず」
「いえいえ! だって私のご主人様ですから! ああ、こうして抱擁するとご主人様の体温と香りを感じます~! その脈動、息遣いまで愛おしいです~!」

 私の体をすりすりさすりつつはぁはぁ息を荒げるリオネ。忘れていたがこういう子なのだ。まあ、結婚に異存はないようなのでいいのだが。
 何はともあれ、こうして私とリオネは結婚することになったのだった。



 魔法都市アスパムの領主フェルグランド家の令嬢とパイロヴァニア王国王女の結婚。つい先日まで闘争が行われていた地の最高権力者同士、しかも女同士、15歳と14歳の結婚ということで、アスパムもパイロヴァニアも人々への衝撃は相当なものだった。
 だがそれがリオネたちヘテロ族の文化であること、当事者たちがそれを望んでいることを丁寧に説明していくと、元々のフェルグランド家及びブルース王家への信頼もあり、混乱の声は納得や祝福に変わっていった。

 サリアとリオネの結婚、種族の垣根、文化の隔たりを越えたそれは、迫害と差別に怯えていた獣人たちへの一筋の光明となった。これを機に魔法都市アスパムにも獣人への理解は深まっていき、今すぐには無理だが、獣人たちがパイロヴァニアから出てソレイユ地方に安住できる日への一歩が始まったのだ。元々ソレイユ地方は土地が有り余っている。

 産業と獣人の街、パイロヴァニア。その実態は獣人たちの鬱屈した閉塞感と地震への恐怖に怯えた国だった。パイロヴァニアは圧倒的武力と広大な土地を求めソレイユ地方へと魔の手を伸ばし、フェルグランドの双子を戦いの中へと巻き込み、そして敗れた。
 だが……今、パイロヴァニアを包んでいた問題は氷解し、その国は希望へと進みだした。戦いの傷は残り、その構造もこれから改革が始まっていくが、衰退し消えていくだけだった国家が再び成長し未来へと向かう道に戻れたのだ。それは紛れもない希望といえるだろう。

 こうして、セイル・サリアたちとパイロヴァニアの戦いは、完全に終わりを告げたのだった。

「双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く