双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第52話 愚者と亡者

「メイリア……!? バカな、なぜお前がここに!」

 突如、秘されていたはずの地下空間に現れたメイリアを見てカインが驚愕の声を上げる。俺も驚いた、まさかメイリアがこんなところに出てくるとは。
 そしてメイリアの姿を見た瞬間、カインの全身から膨れ上がっていた邪悪な気配が霧散した。

「話はだいたい聞かせてもらったぞ! カイン! 勝手に死のうとするなこのおバカさんめ!」

 メイリアはのしのしと歩み出る。その後ろの地下道の影から、その妹であるポップもぬっと姿を現した。

「やれやれ、我が姉の頑丈さを侮っていたよ。完璧に気絶させたつもりだったんだがな……久しぶり、信託の双子の兄の方と、クソガキ」

 ポップは俺とカインを等しく嘲笑うように笑った。くっ、とカインが逡巡するように言葉に詰まる。

「今更のうのうと貴様ら……俺の邪魔をしに来たのか!?」
「そうだ!」

 メイリアはあっさり断言した。

「カイン、お前が死ぬというのに放っておけるわけがないだろ! この死にたがりさんめ! お前はまだ15歳だろう? 誕生日ケーキがあと50個は食べられるぞ! もったいない!」

 本気なのかふざけているのか、メイリアはいつもの調子だった。そんなメイリアを見たカインは怒りを露にする。

「ふざけるなッ! 俺は全ての覚悟をした! そのための訓練も積んできた! 英雄の二文字のもと、俺は闇に染まり、命全てを賭してパイロヴァニアを……そして、お前を!」

 自ら闇に染まる決意をし、そのためだけに生き、また死のうとしていた男が怒号を上げる。だがメイリアも真正面から言葉を返した。

「ふざけているのはお前だカイン! お前は私を英雄にしないつもりか!」
「なんだと?」

 地下空間に、迷いのない言葉がこだまする。

「お前は私の幼馴染だ! いやそんなことは関係ない! お前が死んだらとりあえず私は悲しいぞ! つまり私はお前を救わなくちゃならない! 英雄として! お前を救えなかったら、私は英雄になれないんだ!」

 どこまでも真っ直ぐで純粋な言葉。彼女が目指す先は遥か遠く、到底手が届かないところにあるはずなのに、本人だけはけして諦めずに走り続ける……そんな強さを俺は改めて思い知らされた気分だった。
 だが悲しいかな、その強さが蛮勇であることには変わりはない。

「そんな戯言は……! それに見合った、力を得てから言えッ!!」

 突如、カインがメイリアへと飛び掛かる。強化された腕を黒く染めて刃と化し、メイリアへと振りかざす。咄嗟にメイリアも剣を抜きそれを受け止めた。激しい衝突音が地下に響き渡る。
 カインとメイリア、両者の鍔迫り合いが始まる。だが強化された改造人間『魔晶兵』であるカインとメイリアの力量差は明白だった。メイリアは辛うじてこらえてはいるが、カインが本気を出せば一撃で吹き飛ばされるのは間違いない。

「メイリア! 5年前ならばいざしらず、俺は力を手に入れた! 貴様が絶対に得ないであろう、闇の力を! それに比べれば貴様はあまりにも脆弱! 英雄などとは絵空事だ! 俺を救うだと? それができないから俺が戦うのだ! 所詮は口先ばかりで何もできない貴様に、俺を否定する権利はない!」

 カインの怒号が続く。あれほど慕い、憧れた幼馴染を糾弾するカインの心がどう動いているのか、俺には薄々わかっていた。だから迷った、ここで割って入るべきか。力でカインを叩き潰すのがはたして正しいのことなのか……と。

「たしかにそうだ! 私は弱いぞ、お前や双子に比べればな! だが私は英雄なのだ! お前よりも遥かに英雄的だぞ!」

 メイリアは一歩も引かずに言い返すが、いつもの調子で英雄と繰り返すばかりでいまひとつピンと来ない。結局これがメイリアの限界か? 俺が介入を考え始めたその時。
 唐突に、メイリアは剣を引いた。せめぎ合っていた剣がいきなり引かれたので、必然カインの武装した手が突き出される。

「ぐっ」

 それは鎧を絹のように裂き、メイリアの胸部を切り裂いた。

「なっ……!?」

 突然のことに驚いたカインが腕を引く。その手にはべったりとメイリアの血がついている。メイリアは血まみれになった胸を張り、なおも突っ立っていた。傷は深く、肌が見えないほどに流血しているというのに、平常とまったく変わらない雄々しさで。

「フハハハハ! 私は英雄だからな、痛くもなんともないぞ!」
「バ、バカを言うんじゃねえよメイリア! ま、魔晶兵のパワーで切り裂いたんだぞ!? 今力を抜いたらこうなることがわからなかったのかバカ!」

 カインの言葉が乱れている。取り乱しているのだ、幼馴染をその手で傷つけてしまったことに。事実メイリアの傷は深く、なぜ立っていられるか俺でも不思議なほどだった。

「見ろカイン! 今辛いだろう! ならセイルを殺したりしたらもっと苦しいぞ! そんなことのために死ぬのは絶対におかしい!」
「ち……ちげえよ、お前とセイルは! セイルを、セイルを仕留めれば、パイロヴァニアは救われる……俺は英雄になれる! 闇の英雄に……」
「それは英雄じゃないぞ! 英雄はみんなを救うものだ! 闇の英雄なんてない!」
「黙れ! 俺は、俺はもう……! 覚悟を決めたんだ、5年前、闇の力を手に入れて、英雄になるって! お前と同じ夢を見るために……!」
「覚悟?」

 メイリアは一歩、カインに近づいた。

「私を殺す覚悟もないくせにか! じゃあ試しに殺してみろ! それでわかるぞ、お前が間違ったことをしてるって! お前の心はいやーな気持ちでいっぱいになるだろう! スパゲティを食べ残した時のようにな! いやーな気持ちになったらお前はもうやめるだろう! そして救われるのだ、英雄的にな! さあ殺せ! 英雄がお前を救ってやるぞ!」

 胸の傷からどくどくと血を流しながら、なおも笑ってカインに歩み寄るメイリア。逆に、怪我ひとつないカインの方が震えている。

「や、やめろ……! なんでお前が死ななきゃならない? 俺は、お前を救うために……お前のために!」
「私も同じだぞ! 私が死んでお前が救われるならいい! 英雄はいつでも友の為に立ち向かうものなのだー!」
「バカが! バカがバカが! なんでお前はいつもそうなんだ、この大バカがあ!」

 カインはぐしゃぐしゃに頭を抱え、その場に崩れ落ちた。

「俺が、お前を殺せるわけ、ないだろ……!」
「なんだ、私も同じだぞ! じゃあどうしようもないな! 一旦うちに帰ってスパゲッティでも食べよう! そしたらきっと名案が浮かぶぞ!」
「バカが。どうしようもないバカだ、お前は……」

 剣も持たず、圧倒的に力で劣るメイリアに対し、カインは手も足も出なかった。メイリアの言った通りどうしようもなく、何をすればいいのかわからなくなり、なまじ決意と覚悟を確固たるものに固めていたばかりに困惑でいっぱいになっているのだろう。

「メイリア、俺は……俺は、お前みたいになりたかった。お前が眩しくて、かっこよくて……でもお前にはなれなかったんだ。だからこれが、俺が選んだ道だった……俺は間違っていたのか? 俺はどうすればよかったんだ? メイリア……」

 か細い、すがるような声でカインが問いかける。ここでカインが動きを止めることは、彼の決意と覚悟を、魔晶兵として訓練を重ねた5年間を否定することになる。それは生半可なことではないだろう……
 だがメイリアはあっけらかんと答えた。

「わからない! 難しいことを考えると頭が痛くなるぞ! とりあえずいっしょに考えよう、私もまだ英雄になってないことだしな! にゃーっはっはっは!」

 どこまでも彼女は純粋だった。たとえその選択がどれだけ重いものであろうと、間違ってるものは間違ってると言い放ち、またそれを正すためにはどこまでも突き進む。己の命を賭してでも……その覚悟は、カインのものを上回っていたのだろう。
 とんでもない奴だ、メイリア。俺も内心呆然としていた。まさかあれほど硬く決意を固めていたカインを、ただ純粋さとバカさだけで押し留めてしまうとは。
 しかし彼女も限界だったらしい。

「ただまあ、それは後で……だ……な……」

 いきなり言葉が力を失くし、メイリアはばったりと倒れた。胸の傷による出血のためだ、元々立っているのすら辛いであろう深手を負っている。むしろなぜここまで大声で話していられたのかが理解できないくらいだ。
 カイン、そして俺も慌てて駆け寄った。

「メイリア! おい、しっかりしろ! こんなことで死ぬなんて冗談じゃねえぞ! おい!」
「大丈夫だカイン、治癒魔法をかけた。幸い切り口が鋭利で治しやすい、これ以上悪化することはない……恐るべき生命力、そして精神力だ」

 メイリアは見るも無残な胸の傷を広げ、なおすうすうと穏やかな寝息を立てていた。武力でいえば俺やカインにはまったく届かないであろう彼女だが、心の強さでいえば圧倒していたといえるだろう。

「……カイン。まだ、俺とやる気か?」

 念のため問いかけたが、カインは首を横に振った。

「俺にはわからなくなった、何をすればよかったのか、何をすればいいのか……少なくとも、俺が死んだらこいつは……悲しむ。俺はまだ、死ねない……」
「そうか。じゃあ、ちょっと体を貸せ」

 俺はカインの両肩に手を触れた。カインも特に抵抗せず受け容れる。

「【リッド】」

 短い魔法をカインの体に打ち放つ。ビシッとわずかな衝撃が走った。

「今、お前の体内の魔水晶に蓋をした。俺が解除しない限り、魔水晶が過度に暴走することはない。パイロヴァニアが意図的に暴走させるのも不可能だ、当然戦闘力は落ちるが……それでいいんだろう?」
「……さあな。貴様が勝手にやったことだ……俺は無様に負けたんだ、貴様らに……」
「それが悪い事かどうかはよく考えるんだな。俺はまだやることがある、メイリアを安全なところに連れて行ってやってくれ」
「ああ……」

 カインはメイリアを抱きかかえ、地下道へと消えていく。案の定、そこにいたもう1人は特に何も言わず、黙ってそれを見送った。

「……姉の付き添いをしなくていいのか? 姉には過保護なお前が」

 俺はここまで傍観を続けていたその少女に問いかける。ポップはいつものように歯を見せて笑っていた。

「ま、あいつはあれくらいじゃくたばらないさ。過保護って自覚もないし……こうなるだろうと薄々わかっていたしな」

 フードを被った、白い髪に白い肌の少女。メイリアの妹を名乗っていたが、カインの話によると孤児であるメイリアの前に突然現れて、また5年前からずっと容姿が変わらない。当時9歳にも関わらずカインに対しパイロヴァニアの凄惨な現状と魔晶兵の詳細……『計画』すら語ったという。何よりは常に漂わせているこの超然とした雰囲気。

「神は、傍観するものだよ」

 神を自称し少女は笑う。果たしてそれは、本当にただの自称なのか?

「……以前、サリアがパイロヴァニア軍部の会議を盗聴したことがあった。その時、お前がいきなり現れて軍上層部に意見したそうだな。それもかなりの発言権と存在感をもって」
「フフッ、また趣味の悪いことをしているな。実のところこうして残ったのは、お前が行かせてくれないからだろうと思ったからだよ」

 ポップはニヤニヤと笑っている。かねてから疑惑は持っていたが、俺の中でそれが急速に高まりつつある。この少女は何かを知っている、俺が想像だにしない真実を抱えている。

「話を聞きたい……ポップ、お前に」

 俺が問うと、神を名乗る少女はただ、静かに笑っていた。

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