双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第44話 ヒトミの取引

 事件から数日ほど経ち、ミリアが目を覚ましたので俺は彼女の病室に訪れていた。

「ごめんねセイル。私、みんなに迷惑かけちゃって……あなたにもとんでもない迷惑かけたわ」

 あれだけ魔力を使い果たしたミリアはまだ少し本調子ではなさそうだったが、意識はしっかりしており体も心もそう傷は残っていなかった。俺の死闘の甲斐もあったというものだ。

「気にするな、そういう約束でお前はここにいるんだからな。俺は俺の責任を果たしただけだよ。それに、人的被害がほぼなかったのは紛れもなくお前が踏ん張ったからだ」
「……ありがと。ヒトミもごめん、心配かけちゃったね」
「ううん、私こそ何もできなくてごめんなさい」

 もっとも心配していたのはミリアが暴走したことを過度に気に掛けていないかということだが、その心配はなさそうだった。実際誰も怪我したり死んだりはしていないのだし、何よりミリアは純然たる被害者。彼女が気にすることは本来何一つない。

「本当にありがとうセイル。私を止めてくれて……あんたがいなければ、どうなっていたことか」

 ミリアは横たわったままやや力なく微笑む。やはり俺がいたことでミリアの心の傷が和らいでいるようで、そこは嬉しかった。

「早くよくなれよ、ミリア。お前が俺を罵倒するくらいじゃないと調子が狂う。約束したんだから止めるのは当然だ、くらい言ってもらわないとな」

 俺が軽くおどけて言うと、ミリアも小さく笑った。

「あとのことは俺らに任せてゆっくり休め。お前にも、パイロヴァニアの連中に一発殴り返す機会は残しといてやるよ」
「ふふ、ありがとう」

 俺は少し話した後、ミリアの病室を後にした。彼女のことはあとはヒトミに任せておけば大丈夫だろう、元々ミリア本人も強い女だ。
 むしろ俺の心配は――サリアの方だった。



 セイル・フェルグランドが去った後。

「ミリアちゃん、セイルさんが来てくれて少し元気になったんじゃないですか?」

 ヒトミはミリアのそばで語り掛ける。ミリアはいつもように顔を真っ赤にした。

「わ、私は別に……まあ、そうかも」

 ただ今は弱っていることもあるのか、恥じらいながらも素直に頷いた。今回ばかりはセイルが特別であることは疑いようがない、セイル以外にミリアを真の意味で止められた相手はいない――ミリアが全力で殺しにかかり、なおもミリアを止められる相手など。

「すごいですよね、セイルさんは。ミリアちゃんとの戦いを見てましたけど、私にはまるで届かない世界でした……ミリアちゃんは覚えてるんですか?」
「うん、ぼんやりとね。セイルと本気で戦ったことは覚えてる。一歩間違えればどっちかが死んでたと思うけど……セイルだからなあ」
「本当にすごいです、ミリアちゃんも、セイルさんも……」

 ヒトミは語りながら、水差しの水が減っていることに気付いた。

「ちょっとお水いれてきますね。何かあったらすぐ呼んでください」
「うん、ありがとう」

 ミリアに軽く声を掛け、ヒトミは水差しを手に病室を去った。
 ついにミリアもセイルも、彼女の異変に気付くことはなかった。



 水差しを手に病室の廊下を歩くヒトミ。
 するとその内で、声が響いた。

『よくやるもんだぜ、てめェもな』

 乱暴な男の声。それはヒトミだけに聞こえる声だ。
 それも誰かが遠くから語っているわけではなく――ヒトミの体の中に存在する魂、ナイブズ・トイリアルの声。

「覚悟は決めてますから」

 ヒトミは小さく呟く形でその声に応じた。その声は冷たく、凍てついた声だった。

『双子も、妹も騙す覚悟ってわけだ。そんなに俺様のことが大事かァ?』
「それはお互い様でしょう。あなたも私を大事にしたいはず」
『ケッ、俺様はてめェみたいな小娘なんざ乗っ取っちまってもいいんだぜェ!?』
「やれるならやってください、でもそれができるのは一時的……すぐに私はセイルさんたちにあなたの存在を伝え、消してもらいます」
『チッ、めんどくせェ女だぜ」

 ヒトミの体の中には今、2つの魂が同居している。本来のヒトミ・スノーディンと異邦者であるナイブズ・トイリアル……行き場を失くした男の魂が。

 あの騒動の中、魂を切り離し他者に憑依する特殊な魔法を使ってヒトミにとり憑いたナイブズ。しかしその本体は力を逆利用したヒトミによって殺され、彼の魂も消えていった……少なくともヒトミはセイルを始めとする他の者にはそう語った。

 だがそれは嘘だった。

 ナイブズの憑依魔法は使用中に本体を殺された時、憑依が解除されることはなく、むしろ逆に帰る場所を失った魂は憑依対象に留まり続ける。もちろんナイブズにとってそれは恐るべき事態だが、憑依された側であるヒトミにとっても、ナイブズが自分の体から離れなくなるということだ。

 だがヒトミはそれを理解していてあえて……自分の手で、ナイブズの肉体を殺したのだ。



 あの事件の後、ヒトミは失神から立ち直り、すぐに自分の中になおもナイブズがいることに気付いた。

『この小娘がァ! よくも俺様の肉体を殺してくれたなァ、だが残念だったな、それで俺様が消えるこたねェよドヌケカス! こうなったらてめェを人質にとって……』

 目が覚めるや否やヒトミの内で喚き散らし暴れようとするナイブズ、だがヒトミは冷酷に告げた。

「知っていました。あなたの体を殺せば、あなたが私の中に留まること」
『あァ!?』
「この魔法、憑依対象の記憶と力の一部を引き出せる。あなたはそう言っていましたね。実は私もあなたの記憶の一部に触れることができたんです……そしてそのことを知りました」
『んだとォ……じゃあ、俺様がてめェの体に残り続けるのを知った上で、サリアが攻撃するチャンスを作るために俺様を殺したってのか!?』
「それだけではありません」

 周囲で人々が行き交っている。双子の姿もある。そこから隠れるようにして、ヒトミは言い放った。

「取引を、しましょう」

 それはヒトミの一大決心。

『取引……だァ!?』
「ええ。私はあなたのことを秘密にしてあげます。もしあなたの存在が知れれば、セイルさんたちがすぐにあなたを消してしまうでしょう……その方法はわかりませんがセイルさんたちなら恐らく可能です。あなたもそこに異存はないでしょう?」
『チッ……それで? そんなことしててめェになんの得がある?』
「だから取引です。私はあなたを匿ってあげます、その代わり、あなたの力と記憶をください」

 ヒトミは知っている、ナイブズが憑依している状態ならばその魔力を融合させて、普段の数倍以上の力が出せること。実際にナイブズはヒトミの氷魔法と自身の魔法を使い、サリアを追い詰めるほどの力を使ったこと。ヒトミはそれを欲していた。

 ヒトミは強い人間ではない、むしろ弱く、誰かに支えられてばかりだ。本当ならこんな取引など怖くてできない。
 だが彼女にはやらなくてはならない理由とその覚悟がある。これまでの自分にはないものを、どんな手を使ってでも求める。

『フフフッ……なァるほどな。小娘、てめェの記憶からわかるぜ。てめェは優秀な妹と双子に、途方もない劣等感を持ってやがんだな? たしかに今回の一件じゃあ妹も双子も死に目を見てるってのに、てめェといえばコソコソ隠れるだけ、あまつさえ俺様に利用される始末だ。欲しいよなァ、力が』

 ナイブズの嘲笑う声が響く。こんな男を体に宿し、記憶すらも手玉にとられる。それは普通の人間にとっては尋常ではない嫌悪感だっただろうが、今のヒトミの覚悟はその程度のものは超越していた。

「その通りです。ただし少し違います。私が力を求める理由は、私自身のコンプレックスだけじゃない。ミリアちゃんと、セイルさんたちのためです」
『けっ、劣等感に理由付けで誤魔化そうってんだろォ? 小娘の考えそうなことだぜ』
「いいえ……劣等感を認めないつもりはありません。それ以上に、私は、みんなの足手まといになりたくないんです」

 それがヒトミの覚悟。覚悟とはただの決意ではなく……現実を覚り、未来を悟ること。得るべきを得るために、捨てるべきを捨てること。負から目を背けるのではなくむしろ見据え、痛み、恐怖、絶望すらも覚り悟ること。
 それが覚悟だ。

「私はみんなのそばにいたいんです。ミリアちゃんは大事な妹で、セイルさんたちは私の憧れ……みんなのそばにいるだけだ私は幸せ。けれど今の私のままではみんなの足を引っ張るばかりで、いつかきっと取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。だから私はみんなのために……いえ、『みんなのそばにいる自分』を守るために力が欲しいです。たとえ誰かを利用してでも、みんなを騙してでも……」

 私利私欲で、ナイブズという他者を利用し、愛するべき相手を騙してまで、自らの立場を守りたい。ヒトミは己のその欲求に目を向け、そして認めた。それは善か悪かでいえば悪であったかもしれない。
 だが覚悟をもってヒトミは己の悪を知った……それだけの価値が妹に、そして双子にはある。そう考えたからだ。

『……わからねェなァ、小娘の考えることは』

 ナイブズはヒトミを嘲った。しかし、元より彼に選択肢はない。

『いいぜ、てめェの口車に乗ってやる。取引だ! てめェは俺の存在を受け容れて匿い、その代わりにてめェに力と知恵をくれてやる!』
「もうひとつ、基本的に私の体の使用権を私に認めることも条件です。乗っ取られるのは嫌ですから」
『つくづく食えねェガキだ、今はそれでいいことにしてやるよ』

 ここにヒトミとナイブズの取引は成立した。1つの体に2つの魂、文字通り一心同体となった彼女らは互いに嫌いあいながらも、互いの利のために行動する。悪の取引だった。



 そして現在。水差しの水を変えながら、ヒトミはナイブズと会話していた。

「まさかあなたとこんな関係になるとは思いませんでした……覚えていますか? あなたがゴーディーの執事だった頃です」
『あァ、覚えてるよ。小娘、てめェが双子にみっともなく泣きつきやがったのを俺様が粛清しに行ったんだ。てめェは俺に恐怖してたよなァ? フフフ……』
「はい、そしてあなたはセイルさんにあっさりと負けた」
『なッ、て、てめェ、それを言うんじゃねえこのゴミムシ女!』
「うふふ……もうあの時とは違って私たちは平等です。仲良くやりましょうね、ナイブズさん」
『ケッ』

 その時、近くを通りがかった看護婦が水差しを持ちながら1人でぼそぼそ喋るヒトミに怪訝な目を向けていることを知り、ヒトミは慌てて口を閉じた。
 今は口に出さないとうまく意思疎通できないが、いずれ慣れてくれば心の中だけで会話できるはずだ。そうしたらもっと完璧に、ナイブズの存在は隠匿できる。ヒトミはその日を心待ちにしていた。

 誰にも知られずに取引は為される。姉にも、双子にも……奇妙な2人は1つの体に同居し、奇妙な関係は続いていく。
 そしてその関係が思いもよらぬ未来を呼び起こすことを、まだ誰も知らない。

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