双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第42話 忘却

 フェルグランド家宮殿の屋上。
 ナイブズたちパイロヴァニアの王国騎士団ロイヤルガードを魔法で作った縄で拘束した私は、彼らが使っていたであろう鎧のような兵器を調べていた。

 ……なるほど。素材はファンサライトだけど、随所にマナ伝導率の高い金属を使用している。動力は装着者の魔力と、埋め込まれた魔水晶か。それにこっちには……

 ミリアを洗脳したであろう兵器、慎重に調べていく。私の想像通りそれは悪徳貴族ゴーディーが使っていたそれの小型版、製造にはかなりの技術と資金が必要だったはずだ。
 こんなものを準備していた辺りいよいよパイロヴァニアは怪しくなってくる。本格的に戦争を起こそうとしているのかもしれない、私たちフェルグランド家と……狙いは領土か、それとも。

 その時、私は人間の気配を感じ瞬時に振り返った。宮殿の外壁を伝うように、何者かが上がって来ている。新手か? 攻撃と回避を念頭に置き待ち構える。

「んしょ、んしょ……」

 だが現れたのは見慣れた黒髪の少女、ヒトミだった。魔法で氷の階段を作り、おっかなびっくり登っていた。

「しょ、っと……サ、サリアさん、大丈夫ですか?」
「ヒトミ、どうしたの? 私は大丈夫だけど」
「そ、その、心配になっちゃって……ミリアちゃんのそばにいても、私にできることはないですし……こ、この人たちは……?」
「パイロヴァニアの連中。ミリアを襲ったのはこいつらだよ。こっちの鎧には見覚えあるでしょ?」
「は、はい! そ、それです、ミリアちゃんを襲ったの」

 ミリアが襲撃された時唯一そばにいたヒトミからの証言もとれた。やはりこれがミリアを洗脳したということで間違いないだろう。
 そうそう、ひとつ保険をかけておかないと。

「ヒトミ、ちょっとごめんね。解呪魔法ディスペル
「え? わっ」

 私が魔法を使うとヒトミの体が淡い光に包まれすぐ消えた。

「ごめんね、相手は洗脳を使ったりするから一応用心してるの」
「そ、そうですか……私は大丈夫ですよね?」
「うん、今の感じ大丈夫」

 簡単な洗脳魔法なら私の魔法で解けるし、少なくとも何かしらの魔法が掛けられているかどうかはわかる。ヒトミは問題なかった。

「見て、この鎧の手。魔水晶がはめてあるでしょ、この魔水晶には魔術が封印されててね、これがミリアを洗脳した正体みたい。たぶんこの魔水晶そのものか分身を体に押し込む感じで……」

 私がまた鎧の分析を始めると、ふいにヒトミは後ろから抱き着いてきた。

「どうしたのヒトミ、何か不安でも……」

 急に怖くなったりしたのか、私はまずそう思った。だがすぐに気付く。
 首筋の異変。謎の魔力が、押し込められている。

「く、このッ!」

 すぐに腕を振りはねのける、一瞬早くヒトミは後ろに飛び退いた。

「まんまと引っかかったなァ……このドアホウが!」

 ヒトミは笑っていた。目を見開き、頬を吊り上げて。

「バカが! バカがバカがバ・カ・が! 用心? ディスペル? チャンチャラおかしいぜ唐変木! その上であっさり騙されてやがンだからなァ、笑いが止まらねェバカもバカだぜフーッフッハッハーッ!」

 ヒトミは下品な言葉を私に投げつけながら高笑いを上げた。どう見ても平常のヒトミではない。だがヒトミには何の魔法もかかっていないことはさっき確認した、洗脳魔法はもちろん、このヒトミが変身魔法の偽物でないことも幻影などではないことも確かなはず……
 だがその時、危機に瀕し研ぎ澄まされた私の感覚は、ヒトミの体からほんのわずかに放たれる魔力……それが、拘束されているナイブズの体へと繋がっていることに気付いた。

「その喋り方、表情。貴様、まさか……!」
「おォ? 気付いたようだなァボケナス! そうだよ俺様だよォ、ナイブズ様だァ! フッフハハアーッ!」

 私の頭の中で、高笑いするヒトミの顔にナイブズの顔がダブる。間違いない、ヒトミはナイブズに、体を乗っ取られているのだ。

「これが俺様の切り札、憑依魔法! 己の精神を体から離し、他人にとり憑いて操れるのよ!」
「そんな魔法が……で、でも、解呪魔法ディスペルには何も反応が……」
「バカが、この魔法は俺様自身の魂を切り離す魔法、俺自身にかける魔法だ! 憑依対象は俺の魂が入れられてるだけで魔法にゃかかってねェよ! 抜け殻の俺様の体が死なねェように魔術の糸で繋いじゃいるが、そいつもディスペルの対象じゃねェ。それよりぼーっとしてていいのかァ?」

 そうだ、話している暇はない。ヒトミに憑依したナイブズにより完全に油断してしまった私は、さっき何かの魔法をかけられている。
 首筋を触ると得体のしれない魔力がそこにある。まさか。

「く……ぐぅッ!!」

 私は背中の血肉ごと魔力を削ぎ落し、かき出した。激痛が走るが、すでに体に染みわたった魔力は完全には取り除けそうにない。

「ディ、ディスペル……!」
「無駄だ無駄だァ! お前にそれを使われることを想定した特別製の魔水晶を埋め込んだんだよォ! 途中で跳ね飛ばされちまったのは想定外だったが、取り除くことができねェくらいには埋め込んだぜゲロカスがァ!」

 ヒトミの顔でナイブズは笑い、さらに私を挑発した。

「それよりいいのかァ? 俺様を放っといて! このままだと俺様はてめェの兄貴の方にも行くぜ? ついでにこの体は俺様がいただくしなァ!」

 そうだ……私がなんとかしなければ、ナイブズはヒトミに憑依したままさらに暴れまわる。ヒトミの体を取り返さなければ。

「ヒトミの方への解呪魔法ディスペルは無意味だった……なら!」

 私はナイブズの体の方へと駆け出した、そちらに解呪魔法ディスペルをかければ憑依魔法が消えるはず、幸い魂が抜けている上に拘束されていて手も足も出ない。
 だが向かう私の前に、氷の壁が立ちはだかった。これはヒトミが得意な魔法。ナイブズがヒトミの魔法をも操っているのだ。

「フフフ! 俺様の憑依魔法は憑依対象の力と記憶も一部だが引き出せる! 『氷華』の姉にしちゃチンケだが使い勝手は悪くねェ、俺様の魔力で強化してあるしなァ!」

 ナイブズが杖を振ると冷気が渦巻き始め、どす黒い氷が出現し、刃となって私に降り注いだ。ナイブズの魔法が加わったそれはヒトミの魔法を遥かに上回る威力を持っている。

「くっ、【如月の守護】! このッ!」

 私は魔法の防壁で刃を防ぎ、さらに拳で氷の壁を打ち破ると再びナイブズの抜け殻へと手を伸ばした。
 だがその瞬間、ナイブズとまとめて縛られて気を失っていたはずの、3人の王国騎士団ロイヤルガードがいきなり動き出した。

「なッ……きゃっ!?」

 あっさりと縄を振りほどいた王国騎士団ロイヤルガードたちが魔法を撃ち放ち、私は慌てて飛び退く。ナイブズの体には到底近づけそうになかった。

「こっこは通しまっせんよー!」
「フン、我らがあの程度でやられると思っていたのか?」
「演技だよ、この状況のためのな」

 王国騎士団ロイヤルガードたちはナイブズを守るようにして立ち塞がる。氷の刃はなおも降り注いでおり、私はその防御だけで精一杯だ。というのも……

「あ、うっ……」

 ナイブズに仕込まれた魔法が回り始め、私の意識は朦朧としていた。ヒトミのために辛うじて意識を保つも、気を抜けば魔力に呑み込まれそうになる。
 目の前には3人の王国騎士団ロイヤルガード、そしてヒトミの体を奪ったナイブズは、邪悪な顔で笑っていた。

「ザマぁねェぜサリア・フェルグランド! これでてめェらにコケにされた屈辱が晴らせるってもんだ! さあ、大切なお友達の手で死ね!」

 ナイブズが杖を振り上げる。するとその頭上に冷気が集約し始めて、巨大な漆黒の氷が槍のように固まり浮かび上がった。あれで私を突き刺そうというのだ。回避できても他の3人の追撃をよけきれるかどうか……

「死……ね……ェ……!?」

 だがその時、ナイブズに異変が起こった。勝ち誇った笑みが歪み、いきなり苦しみ始める。

「て、てめェは引っ込んでろ! いえ、私は……黙れコラカス! ゴミ娘! 役立たずの残飯ヤ……うう、ああああッ!」

 頭を抑えうめき、その口は奇妙なことを口走り始める。やがて短く叫んだ後、ナイブズは……いや、ヒトミが私を見た。

「サリアさん! 私はあなたたちの足手まといには……なりたく、ないッ!」

 今までにないほどの強い決意をもった目で私を見たヒトミは、掲げた杖を振り下ろした。そして次の瞬間。
 黒い氷の槍が、ナイブズの体を貫いた。

「あ……」

 王国騎士団ロイヤルガードたちが声を漏らす。魂の抜けたナイブズは氷の槍により左胸を貫かれ、血を流しつつびくんびくんと何回か痙攣した後、動かなくなった。死んだのだ。

「……ッハア! ハアッ……こ、このガキ! なんてことしやがる、お、俺様の体をォ……! そんなことすれば、てめェも……」

 直後ヒトミの体にナイブズの意識が戻る。体が殺されたことに完全に動揺しきっており、他の王国騎士団ロイヤルガードたちも意識をとられている。
 今がチャンスだ。ヒトミが作ってくれた好機、無駄にはしない。

「【ショックバインド】ォーッ!!」

 私はとっておきの攻撃魔法と補助魔法の複合魔法を撃ち放った。電撃が地と空を走り、気付いた時にはその場に立っていた私以外の4人を襲っていた。

「ガハッ」
「んぎゃっ」
「ぐっ」
「うごっ」

 短い呻きと共に、4人はばたばたと倒れていく。生体電流を直接止める魔法だ、まともに喰らえばひとたまりもないだろう。
 だが私もそこで限界だった。

「う、く……」

 視界が揺れ、目がくらむ。一部は取り除いたから完璧に洗脳されたりはしないだろうが……そう思っていると、私の心に異変が生じ始めた。

 消える。

 思い出が、消えていく。

 生まれた時に転生を喜んだこと……兄を憐れんだこと……互いが互いだと知った衝撃……分身を見ながら育った記憶……親との思い出……友との思い出……全て、消えていく。

「セイ……ル……」

 最後に残った兄の名前を呟きながら、私は気を失った。

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