双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-
第24話 3つの助言
魔法学校の裏の空き地はかなり広く開けた空間だ。元々だだっ広いアスパム、こういう無駄な空間はたくさんある。
だがこの場所は時に魔法の試し打ちなどにも使われるので不用意に近づく者はいない。決闘には絶好の場所だった。
「さて、と……勝利・敗北条件はどうする?」
距離を開け、俺と謎の少年が対峙する。俺の後ろにはミリアがセコンドのようについていた。
「不要だ。どちらかが動けなくなるまでやるのみ!」
少年は短剣を抜く。奇妙な探検で、刀身が真っ黒で光沢がある。黒曜石か何かでできているのだろうか。
「ま、君に任せよう。もし俺が勝ったら君の名前や目的、どこから来たか話してくれるか?」
「闇の眷属は死してなお口を閉ざす。話すわけなかろう。元より、貴様はこの俺の手で敗北という名の暗獄に染まるのだからな!」
やたら闇、闇と主張する少年。ポップとは別のベクトルで厨二だな、と思いつつ、あながち口先だけではないとその構えからわかる。
本気で俺を殺そうとしているのならば正面から来ずに暗殺を謀るだろうし、敵意は本物で遊びで済まされるレベルではないし。俺はいまいち少年の意図を掴みかねていたが、まずはおとなしくしてもらうことにする。
俺は少しだけ本気を出すことにした。転生で得た力をアテにするのは人を舐めるようで嫌いだったが……この少年はそれ以上に、戦いを、命を軽く見ている。
ここはひとつ、教育的指導だ。
「宣言しよう。俺は3つの魔法でお前に勝つ」
「何ィ?」
「そして3つお前に言いたいことがある。ひとつ魔法を使うごとにひとつ君に助言して……そして勝つと宣言しよう。さあどうした、かかって来い。先手は譲るぞ」
俺は両手を広げノーガードをアピールする。もちろん魔法が存在するこの世界でノーガードというものは存在しないのだが、その余裕が少年には気に食わなかったらしい。
「ぬるま湯に浸かり切った俗人が……! 闇の力を知り、涙して死ねッ!」
黒い刃を構えた少年が駆け出す。同時にその足に奇妙な魔力がまとわりついた。
「必殺! 『黒衣影陣』ッ!」
次の瞬間、少年の姿が増えた。2、4、8、16、32。瞬く間に増える影が俺へと向かってくる。幻影ではない、足元の草がそれぞれ踏まれている。超高速移動により分身をしているのだ。
だがこれは想定の範囲内。
「1つ目、まずは直接の攻撃を封じる。『ティア・マリス』」
俺は風魔法を放った。この魔法は風を起こさない風魔法――空気を操る魔法だ。
「なにを……ぐッ!?」
突如として呻くと少年の足が止まり、分身が消えた。当然だ、その全身には体重の数倍の圧がかかっている。
この魔法にはミリアも見覚えがある。
「この魔法、あの時の……!」
「ああ、閉じられた洞窟内の時と違って威力は半減するが、それでも俊敏さを奪うのは簡単だ」
ミリアに応じた後、俺は少年の目を見る。悔し気に睨みつけるその紫の目を真っ直ぐに見返した。
「言いたいこと1つ目。相手を殺す、死なす、なんて言葉を簡単に使っちゃいけない。わかるか?」
「ぐっ、黙れェッ!」
少年は叫ぶと、その背に背負った筒を持ち出した。筒は少年の左腕に覆いかぶさると、内部がスライドする形で変形し、魔水晶のはめ込まれた本体が露わになる。
「必殺! 『水晶の悲劇』!」
少年はその左腕を掲げ、地に打ち付けた。
瞬間、周囲の空間が黒く染まっていく。見えなくなるような暗闇ではない、歪な魔力に侵されていっているのだ。その正体はすぐにわかった。
「ミリア、氷魔法で身を守れ! これは毒だ!」
「もうやってる! あんたこそ何かしないと……!」
高い身体能力以外、敵がどんな手で来るかはわからなかったが、体から嫌な魔力を感じていたので毒も想定内だ。魔法毒は風では防げないが、逆にいえば物理的なもの以外ならば防ぐ手段はある。
「2つ目、その邪悪な魔力を破る! 『フラッシュ・ポーズ』!」
俺は構えをとり、光属性魔法を撃ち放った。光魔法はそのまま毒を打ち破り、逆に空間を満たしていく。
「2つ目……周囲に迷惑をかけるな。不必要な痕跡を残すのは、お前の言う闇としても失格だ」
「グッ……黙れ! 打ち勝ったと思うなよ、これは単なる毒の水晶ではない! 喰らえ、『水晶の惨劇』!」
少年は地に打ち付けていた腕を今度は俺に向けると、黒い光線を打ち放った。
光線は俺の光魔法を貫き突き進むも、光源たる俺までは届かずに掻き消える――かに思われた時、少年はニヤりと笑った。
光線は消えずに結晶化し、見る間に俺の周囲を覆っていく。やがて俺の体はどす黒い水晶に包まれて、光も黒に吸収され掻き消えた。
「終わらせてやる……! 魔力解放! 俺が闇たるその所以、死にゆく眼でとくと見よ!」
少年は叫ぶと水晶の腕を放り投げ、全身を抱くようにして震え始める。すると、水晶と同質のどす黒い魔力――俺が警戒していた魔力が立ち上り始めた。
それは異常な魔力だった。通常、魔力とはマナという物質から取り出されるエネルギーであり、マナにもいくつか種類があるものの、人間が取り出せる魔力は限られている。だが今、少年が放つ魔力はそれとはまったく違う魔力、すなわち本来ならば人間持ちえない魔力だった。
そしてその性質が異常なだけでなく、その膨大な量もまた、異常だった。
「『バーサーカー』……! 右腕部、両脚部にエンチャント。目標を、殲滅する」
少年の目が妖しく光る。宣言した右腕と両足が、異質な魔力により真っ黒に染まった。息を荒げ、辛そうに黒い部位をぶら下げている。膨大な力を制御しきれていないのだ。
だがその性能はまさに圧巻だった。
「死ね」
少年が呟く。直後。
俺の目の前に少年がいた。
速い。初めの分身など比ではない。まさしく目にも留まらない、いや目に映りもしないスピード。水晶越しに笑う少年の顔に、俺の脳裏には切断された食堂の机がフラッシュバックする。あの時も、俺は辛うじて切断の軌跡が見えたのみ。
あの時はおそらく爪の1枚をこの状態にしていた。今は右腕が全て。その威力、速度、共に比類なきものであることは疑いようがない。水晶を割り、俺の身を抉り、狂気のまま惨殺する未来が肉薄する。
「ギッ!」
苦しげでもある叫びと共に、少年は腕を振り下ろした。
水晶は綿毛のように消し飛ぶ。反動だけで地が抉れる。余波がミリアの氷を砕く。空気すらも切り裂かれた。だが。
俺は両腕を交差させ、その交点で、少年の腕を受け止めていた。
「グッ……! さすがに、キツイな」
深々と切り裂かれた俺の腕から血が溢れだす。切断は免れたが、骨までダメージが届いている。魔法を使う暇がなかったからとはいえ、ここまではっきりとダメージを受けたのはいつ以来だろうか。少年は腕だけで必殺の一撃を止めた俺に驚愕した様子だったが、俺もまた少年の――いや、少年が宿す不気味な力に驚いていた。
「最後の魔法だ……! 『樹縛』!」
至近距離、攻撃の直後、回避できるはずもない。俺が地に魔法を放つと、僅かな雑草が急激に伸長し、少年の四肢を縛り付けた。
「くっ、そ……!」
あの一撃に全エネルギーをかけていたのだろう、少年の手足の奇妙な光も霧散し消える。両手足を拘束された少年は、俺が操る草に導かれるまま成すすべなく座り込んだ。
「治癒魔法……っと、魔法4つ目か。宣言を破られてしまったな。だが『動けなくなるまで』という条件を満たした以上、俺の勝ちでいいかな?」
腕の傷を癒した俺は少年に問いかけたが、少年は悔しそうに目を逸らすだけだった。
ミリアが駆け寄ってくる。
「ちょっとセイル、大丈夫!? ものすごく血出てたけど!」
「ああ、だがあまりに鋭利かつ一瞬だったから、脳内麻薬のせいか痛みはない。後々無茶苦茶痛いパターンだな」
「まったくもう無理して……でもなんだったのさっきの、人間の魔力じゃなかったよね?」
「お前もわかったか。その点について、これからこの少年に聞きたいんだが……」
俺はちらりと少年を見たが、目を逸らしたまま答える気はなさそうだ。こういうタイプは妙に強情なんだよな。
「なあ少年、せめて名前くらいは教えてもらえないか? できればどこから来たのか、なぜ俺を襲ったのかも」
「断る。闇は敵に情報を与えない」
「まったく……俺を殺しかけた以上罪人だからな、このまま幽閉せざるを得ない。拷問なんかは避けたいんだがなあ……」
少年の力はこのまま看過するにはあまりにも強く異常だ、その出自を調べずに放置はできない。だが少年が口を開かないことにはどうしようもなかった。せめて何か手がかりがあればいいのだが。
「アスパムにこいつの知り合いでもいればいいのにね」
ミリアの言葉に俺は「それなら苦労はないさ」と笑った。だがその時。
「お、セイル! 決闘をしていると聞いて来てみれば、終わった後だったか!」
魔法学校の方から底抜けに明るい自称英雄の少女メイリアが駆けてきた。後ろからは妹のポップも恐ろしく遅い歩きでついてくる。ひとまずメイリアの到着が遅く、決闘に巻き込まれなくてよかったと俺が安堵していた時。
「ん? おお、カインじゃあないか! どうした? 私に会いに来たか? 私はやはり人気者だな!」
メイリアは少年を見て大声で言った。それを聞いた少年は大いに慌てていた。
「ちょ、おま、メイリア……! 何名前をベラベラ喋ってんだよ! せっかく黙秘してたのに!」
「ん? 名前がなくちゃ呼びづらいだろ! それとも英雄的あだ名をつけて欲しかったのか? 欲しがりさんめ!」
「違う! ああもうなんでお前がここにいるんだ? これだからお前とは関わりたくないんだ!」
どうやらミリアの希望的観測がドンピシャだったらしい。俺はメイリアに尋ねた。
「メイリア、この少年について知っているのか?」
「ああ、もちろんだとも! こいつはカイン・イーノック、私と同じパイロヴァニア出身で私の友人だ! やがては私の部下となるがな! にょほ、じゃない、ハーッハッハ!」
「誰がお前の部下になるかアホ娘! 黙ってろ! だいたいお前は……」
少年改めカインが声を荒げていた時、また彼の腹がくぅ、と鳴った。カインはそれ以上言葉が続かず顔を真っ赤にしただ震える。メイリアの後ろでポップがニヤニヤ笑っていた。俺は少しカインに同情したい気分になった。
「あー、そういえば、3つ目の助言を忘れてたな。3つ目は『飯はちゃんと食べろ』だ。どうだ、食事でもしながら少し話さないか」
「……勝手にしろ」
ついにカインも観念し、メイリアは陽気に笑うのだった。
だがこの場所は時に魔法の試し打ちなどにも使われるので不用意に近づく者はいない。決闘には絶好の場所だった。
「さて、と……勝利・敗北条件はどうする?」
距離を開け、俺と謎の少年が対峙する。俺の後ろにはミリアがセコンドのようについていた。
「不要だ。どちらかが動けなくなるまでやるのみ!」
少年は短剣を抜く。奇妙な探検で、刀身が真っ黒で光沢がある。黒曜石か何かでできているのだろうか。
「ま、君に任せよう。もし俺が勝ったら君の名前や目的、どこから来たか話してくれるか?」
「闇の眷属は死してなお口を閉ざす。話すわけなかろう。元より、貴様はこの俺の手で敗北という名の暗獄に染まるのだからな!」
やたら闇、闇と主張する少年。ポップとは別のベクトルで厨二だな、と思いつつ、あながち口先だけではないとその構えからわかる。
本気で俺を殺そうとしているのならば正面から来ずに暗殺を謀るだろうし、敵意は本物で遊びで済まされるレベルではないし。俺はいまいち少年の意図を掴みかねていたが、まずはおとなしくしてもらうことにする。
俺は少しだけ本気を出すことにした。転生で得た力をアテにするのは人を舐めるようで嫌いだったが……この少年はそれ以上に、戦いを、命を軽く見ている。
ここはひとつ、教育的指導だ。
「宣言しよう。俺は3つの魔法でお前に勝つ」
「何ィ?」
「そして3つお前に言いたいことがある。ひとつ魔法を使うごとにひとつ君に助言して……そして勝つと宣言しよう。さあどうした、かかって来い。先手は譲るぞ」
俺は両手を広げノーガードをアピールする。もちろん魔法が存在するこの世界でノーガードというものは存在しないのだが、その余裕が少年には気に食わなかったらしい。
「ぬるま湯に浸かり切った俗人が……! 闇の力を知り、涙して死ねッ!」
黒い刃を構えた少年が駆け出す。同時にその足に奇妙な魔力がまとわりついた。
「必殺! 『黒衣影陣』ッ!」
次の瞬間、少年の姿が増えた。2、4、8、16、32。瞬く間に増える影が俺へと向かってくる。幻影ではない、足元の草がそれぞれ踏まれている。超高速移動により分身をしているのだ。
だがこれは想定の範囲内。
「1つ目、まずは直接の攻撃を封じる。『ティア・マリス』」
俺は風魔法を放った。この魔法は風を起こさない風魔法――空気を操る魔法だ。
「なにを……ぐッ!?」
突如として呻くと少年の足が止まり、分身が消えた。当然だ、その全身には体重の数倍の圧がかかっている。
この魔法にはミリアも見覚えがある。
「この魔法、あの時の……!」
「ああ、閉じられた洞窟内の時と違って威力は半減するが、それでも俊敏さを奪うのは簡単だ」
ミリアに応じた後、俺は少年の目を見る。悔し気に睨みつけるその紫の目を真っ直ぐに見返した。
「言いたいこと1つ目。相手を殺す、死なす、なんて言葉を簡単に使っちゃいけない。わかるか?」
「ぐっ、黙れェッ!」
少年は叫ぶと、その背に背負った筒を持ち出した。筒は少年の左腕に覆いかぶさると、内部がスライドする形で変形し、魔水晶のはめ込まれた本体が露わになる。
「必殺! 『水晶の悲劇』!」
少年はその左腕を掲げ、地に打ち付けた。
瞬間、周囲の空間が黒く染まっていく。見えなくなるような暗闇ではない、歪な魔力に侵されていっているのだ。その正体はすぐにわかった。
「ミリア、氷魔法で身を守れ! これは毒だ!」
「もうやってる! あんたこそ何かしないと……!」
高い身体能力以外、敵がどんな手で来るかはわからなかったが、体から嫌な魔力を感じていたので毒も想定内だ。魔法毒は風では防げないが、逆にいえば物理的なもの以外ならば防ぐ手段はある。
「2つ目、その邪悪な魔力を破る! 『フラッシュ・ポーズ』!」
俺は構えをとり、光属性魔法を撃ち放った。光魔法はそのまま毒を打ち破り、逆に空間を満たしていく。
「2つ目……周囲に迷惑をかけるな。不必要な痕跡を残すのは、お前の言う闇としても失格だ」
「グッ……黙れ! 打ち勝ったと思うなよ、これは単なる毒の水晶ではない! 喰らえ、『水晶の惨劇』!」
少年は地に打ち付けていた腕を今度は俺に向けると、黒い光線を打ち放った。
光線は俺の光魔法を貫き突き進むも、光源たる俺までは届かずに掻き消える――かに思われた時、少年はニヤりと笑った。
光線は消えずに結晶化し、見る間に俺の周囲を覆っていく。やがて俺の体はどす黒い水晶に包まれて、光も黒に吸収され掻き消えた。
「終わらせてやる……! 魔力解放! 俺が闇たるその所以、死にゆく眼でとくと見よ!」
少年は叫ぶと水晶の腕を放り投げ、全身を抱くようにして震え始める。すると、水晶と同質のどす黒い魔力――俺が警戒していた魔力が立ち上り始めた。
それは異常な魔力だった。通常、魔力とはマナという物質から取り出されるエネルギーであり、マナにもいくつか種類があるものの、人間が取り出せる魔力は限られている。だが今、少年が放つ魔力はそれとはまったく違う魔力、すなわち本来ならば人間持ちえない魔力だった。
そしてその性質が異常なだけでなく、その膨大な量もまた、異常だった。
「『バーサーカー』……! 右腕部、両脚部にエンチャント。目標を、殲滅する」
少年の目が妖しく光る。宣言した右腕と両足が、異質な魔力により真っ黒に染まった。息を荒げ、辛そうに黒い部位をぶら下げている。膨大な力を制御しきれていないのだ。
だがその性能はまさに圧巻だった。
「死ね」
少年が呟く。直後。
俺の目の前に少年がいた。
速い。初めの分身など比ではない。まさしく目にも留まらない、いや目に映りもしないスピード。水晶越しに笑う少年の顔に、俺の脳裏には切断された食堂の机がフラッシュバックする。あの時も、俺は辛うじて切断の軌跡が見えたのみ。
あの時はおそらく爪の1枚をこの状態にしていた。今は右腕が全て。その威力、速度、共に比類なきものであることは疑いようがない。水晶を割り、俺の身を抉り、狂気のまま惨殺する未来が肉薄する。
「ギッ!」
苦しげでもある叫びと共に、少年は腕を振り下ろした。
水晶は綿毛のように消し飛ぶ。反動だけで地が抉れる。余波がミリアの氷を砕く。空気すらも切り裂かれた。だが。
俺は両腕を交差させ、その交点で、少年の腕を受け止めていた。
「グッ……! さすがに、キツイな」
深々と切り裂かれた俺の腕から血が溢れだす。切断は免れたが、骨までダメージが届いている。魔法を使う暇がなかったからとはいえ、ここまではっきりとダメージを受けたのはいつ以来だろうか。少年は腕だけで必殺の一撃を止めた俺に驚愕した様子だったが、俺もまた少年の――いや、少年が宿す不気味な力に驚いていた。
「最後の魔法だ……! 『樹縛』!」
至近距離、攻撃の直後、回避できるはずもない。俺が地に魔法を放つと、僅かな雑草が急激に伸長し、少年の四肢を縛り付けた。
「くっ、そ……!」
あの一撃に全エネルギーをかけていたのだろう、少年の手足の奇妙な光も霧散し消える。両手足を拘束された少年は、俺が操る草に導かれるまま成すすべなく座り込んだ。
「治癒魔法……っと、魔法4つ目か。宣言を破られてしまったな。だが『動けなくなるまで』という条件を満たした以上、俺の勝ちでいいかな?」
腕の傷を癒した俺は少年に問いかけたが、少年は悔しそうに目を逸らすだけだった。
ミリアが駆け寄ってくる。
「ちょっとセイル、大丈夫!? ものすごく血出てたけど!」
「ああ、だがあまりに鋭利かつ一瞬だったから、脳内麻薬のせいか痛みはない。後々無茶苦茶痛いパターンだな」
「まったくもう無理して……でもなんだったのさっきの、人間の魔力じゃなかったよね?」
「お前もわかったか。その点について、これからこの少年に聞きたいんだが……」
俺はちらりと少年を見たが、目を逸らしたまま答える気はなさそうだ。こういうタイプは妙に強情なんだよな。
「なあ少年、せめて名前くらいは教えてもらえないか? できればどこから来たのか、なぜ俺を襲ったのかも」
「断る。闇は敵に情報を与えない」
「まったく……俺を殺しかけた以上罪人だからな、このまま幽閉せざるを得ない。拷問なんかは避けたいんだがなあ……」
少年の力はこのまま看過するにはあまりにも強く異常だ、その出自を調べずに放置はできない。だが少年が口を開かないことにはどうしようもなかった。せめて何か手がかりがあればいいのだが。
「アスパムにこいつの知り合いでもいればいいのにね」
ミリアの言葉に俺は「それなら苦労はないさ」と笑った。だがその時。
「お、セイル! 決闘をしていると聞いて来てみれば、終わった後だったか!」
魔法学校の方から底抜けに明るい自称英雄の少女メイリアが駆けてきた。後ろからは妹のポップも恐ろしく遅い歩きでついてくる。ひとまずメイリアの到着が遅く、決闘に巻き込まれなくてよかったと俺が安堵していた時。
「ん? おお、カインじゃあないか! どうした? 私に会いに来たか? 私はやはり人気者だな!」
メイリアは少年を見て大声で言った。それを聞いた少年は大いに慌てていた。
「ちょ、おま、メイリア……! 何名前をベラベラ喋ってんだよ! せっかく黙秘してたのに!」
「ん? 名前がなくちゃ呼びづらいだろ! それとも英雄的あだ名をつけて欲しかったのか? 欲しがりさんめ!」
「違う! ああもうなんでお前がここにいるんだ? これだからお前とは関わりたくないんだ!」
どうやらミリアの希望的観測がドンピシャだったらしい。俺はメイリアに尋ねた。
「メイリア、この少年について知っているのか?」
「ああ、もちろんだとも! こいつはカイン・イーノック、私と同じパイロヴァニア出身で私の友人だ! やがては私の部下となるがな! にょほ、じゃない、ハーッハッハ!」
「誰がお前の部下になるかアホ娘! 黙ってろ! だいたいお前は……」
少年改めカインが声を荒げていた時、また彼の腹がくぅ、と鳴った。カインはそれ以上言葉が続かず顔を真っ赤にしただ震える。メイリアの後ろでポップがニヤニヤ笑っていた。俺は少しカインに同情したい気分になった。
「あー、そういえば、3つ目の助言を忘れてたな。3つ目は『飯はちゃんと食べろ』だ。どうだ、食事でもしながら少し話さないか」
「……勝手にしろ」
ついにカインも観念し、メイリアは陽気に笑うのだった。
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