双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第27話 パイロヴァニアの表と裏

 パイロヴァニアに着いてわずか1時間。
 私たち双子はその部屋に辿り着いていた。

 来客用と思われるその部屋はインテリアなどはなく整然としている。対面する形で置かれた2人がけのソファ、間にある重厚感漂う鉄製のテーブルが中心にあり、他は花瓶とそれを置く台、上品な風景画が飾られている程度で、充分な光を取り込む窓から照らされる部屋は明るい。絶対王政とは違った独特の厳格さを思わせる場所だった。

 私たち双子はそのソファの上座に通されて、ある人物を待っていた。

「まさかこうとんとん拍子に進むとはな……」
「怪我の功名、と言っちゃ失礼かな。でも本当に助かったよ」

 私は隣に座る少女に声を掛ける。少女は満足そうに微笑んでいた。
 足音が近づいてきたのを感じ、私たちは改めて身を正す。ソレイユ地方領主フェルグランド家の者として相応しいふるまいをしなければならない。
 やがて鉄製のドアを開いて現れたのは獣人だった。

「お待たせいたしました」

 ゆっくり、あるいはのんびりした口調で穏やかに微笑む獣人はライオンの姿をしていた。獣人の中でも獣の特徴が強く、顔の骨格は完全にライオンのそれでドアを閉じる手もまた獣のものだ。服は正装とおぼしき黒いローブのようなものに赤いマントを翻す。この部屋と同じく簡潔ながらも、ライオンらしい巨躯と悠然たる佇まいはある種の厳かさを感じさせた。ひとつ奇妙なのは眼帯で左目を覆っていることだったが。
 獣人はやはりゆっくりとした足取りでソファに進み、2人掛けのソファに着席する。体が大きいので実質1人分だった。

「改めて……パイロヴァニア王国、三十三代目国王のレグルオ・ブルースです。よろしくお願いします」

 獣の国王は穏やかに、頭を下げた。
 私たちがこの国王と面会することになったのは、今から少し遡る。







 ヘテロ族は獣人の中でも特殊な種族だ。
 そもそも獣人とはハーピィやワーウルフなど獣の特徴を持つ種族の総称で、獣人というくくりには多様なものがあるものの、それぞれの種族には鳥と羽を持つ、狼の顎を持つなどの共通した特徴があるが、ヘテロ族にはそれがない。

 動物の姿を持つがその種類に一貫性はなく、猫のヘテロ族も犬のヘテロ族も鳥のヘテロ族もいる。またその形態も様々で、単に獣の耳を生やしたものもいれば、骨格ごと動物のそれであるタイプもいるのだ。

 だがヘテロ族には絶対の共通点も持ち、逆にそれでヘテロ族か否かを定めている。第一に両目の色が異なること、そして第二にはその独特な価値観。
 ヘテロ族は恩義・礼節を重んじ、一度受けた恩は生涯忘れず、己の身を顧みず他のために尽くす慈悲の種族。これは教育によるものではなく、ヘテロ族が血で持つ心。

 基本的には美徳とされ子供の教育の手本にもされるヘテロ族の倫理だが、時に困ったこともある。
 ヘテロ族の中にはその性質をより強く持つものもおり、彼らはあまりにも恩義を重んじ義に従う。美徳とはいえ価値観の乖離はやはり、時にトラブルを生むこともある。

 リオネ・ブルースもまた、そういったヘテロ族の1人だった。



 私たちはパイロヴァニアの宿屋に部屋をとりをひとまず息をついた。泊まるのは私とセイルなのでベッド2つの小さな部屋だ。貴族とはいえ無駄遣いは感心しない。
 で、今はそのベッドをソファ代わりにして、メイリアやポップと共に今後のことを話し合っていたわけだが……
 片方のベッドにはメイリアとポップが座り(ポップはふてぶてしく寝転がっているが)、もう片方には私とセイル。だがセイルの反対側には。

「ご主人様……」

 私の腕にしがみ付きうっとりする猫耳少女、リオネがいた。
 たまたま事故に遭いかけていた彼女を私たちが救ってからというものの、リオネは私を恩人だからと「ご主人様」と呼び、結婚すると言って聞かないのだ。メイリアによるとこれはヘテロ族という種族の特徴らしいが、彼女はかなり極端な方でもあるという。

「ねえリオネちゃん……また聞くけど、結婚って本気なの?」
「はい! もちろんです、サリア様は私の命を救ってくれました、だから私のご主人様です。ご主人様はとっても素敵なお方……ぜひ、私を妻にしてください!」
「いやその、結婚っていったってね……私女だし、それにまだ15歳だし」
「ヘテロ族は同性同士の結婚も認められています、私も14歳ですが結婚は13歳からOKです。それに一対一とは限らないので、サリア様にご迷惑はおかけしません! 妻の1人として迎えてほしいんです!」

 ここに来るまでにずっと言って聞かせているのだが、リオネはこの調子でまったく聞く耳を持たない。猫耳をぴくぴくさせ尻尾をピンと立てて振り、私にしがみ付いてにこにこしている。その姿はかわいらしく彼女に好かれることは私とてやぶさかではないのだが、やはり彼女のためを思うと受け入れがたいものがある。

「いいリオネちゃん、いくら種族の掟といっても、初対面の人にそう簡単に……」
「あー、違う違う」

 私がリオネを諭そうとすると、寝転がったままのポップが口を挟んだ。

「ヘテロ族の性質は掟とかじゃなく血だ、生まれた時からそういうもので好きでやってるんだ。そこを否定するのはヘテロ族の存在意義を否定することになるぞ」
「そ、そこまで?」
「はい! 恩義に報いるのはヘテロ族の誇り、そして私の誇りなんです。私は私の意思で、ご主人様を愛しているんです」
「うーん……」

 リオネの気持ちはよくわかった、遺伝子レベルでの価値観ならばもはや私がどうこう言うこともできないだろう、リオネにとっては恩人に尽くすことが最上なのだ。
 なのでここは素直に、私は私のために断ることにする。

「悪いけどリオネちゃん、やっぱり結婚はできない。そっちの文化では認められてても私たちの文化だとやっぱり結婚は重いし、会ったばかりで互いによく知らない。そう簡単に結婚なんてできないよ。リオネちゃんのことは嫌いじゃないけど、私は結婚したくないんだ」
「そうですか……サリア様が嫌なら、仕方ないです……」

 私が私が嫌なので断ると明言したら、恩人が第一ということなのだろう、リオネもおとなしく引き下がってくれた。耳がぺたんと潰れ尻尾もだらんとなり落胆しているのに心が痛むが仕方がない、やはり結婚は私たちの価値観では重すぎる。

「でも、恩人は恩人ですし、ご主人様はご主人様です。結婚はだめでも、それ以外の形で恩返しさせてくださいね」

 リオネちゃんはけなげに笑った。その笑顔はかわいく、やはりとってもいい子だ。

「うん、ほどほどにね。何かあったらお願いするから、勝手に無茶しちゃダメだよ?」
「はい! あ、でもできればいっしょにいさせてくださいませんか? おいやでしたらいいんですけど……」
「まあ、そのくらいなら……」
「ありがとうございます! えへへ」

 リオネはまた私の腕にべったりとして尻尾を振り始めた。猫が甘えるのと考えればかわいいもので、軽く頭を撫でてあげた。
 さて少し話がこじれたが、やっと本題に入ることになる。

「それで問題はここからだな。俺らがこのパイロヴァニアで調べたいことは色々あるが……まずは薄い疑惑よりも確かな事件の追及からだ」
「そうだね、気になることはたくさんあるけどまずは確実なもの……カインの襲撃について」
「彼は俺らの命を本気で狙いに来ていた、そして彼は軍属らしい。彼が誰かの指示で動いているのか、あるいは別の思惑があったのか……そこだな」
「権力者に話を聞くのが手っ取り早いね、陰謀があれば何か匂うだろうし、カインの独断なら責任問題にできる」

 私とセイルで話し合う、私たち元双子の思考は基本的に同一であり話し合いというよりは思考を組み立てなおす作業だ。そのため他人が入る余地はなかなかない。といってもメイリアは難しい話には目をぱちぱちさせるだけ、ポップは興味ないのか寝たままでこの場ではあまり関係はなさそうだ。
 ただ1人、リオネはしっかりとその話を、部外者ながらも聞き理解していたことを除いて。

「でもそう簡単に権力者に会えるかどうか……下手に警戒されても厄介だ」
「軍のトップか、理想はこの国の王様だね。なんとかして話をつけないと」

 私たちが権力者に会う算段を考えていた時。

「あの、ご主人様。少しいいですか?」

 リオネが手を上げた。どうしたの、と問うと、リオネはパッと笑って答えた。

「ひょっとしたら、私が力になれるかもしれません!」

 そのオッドアイの瞳は、きらきらと輝いていた。



 ――そして現在、パイロヴァニア王国の国王官邸、応接間にて。
 私たちはリオネの共にパイロヴァニアの現国王、レグルオと対面していた。

「お話はお聞きしました、娘が命を救われたそうで……感謝いたします」

 レグルオは私たちに深々と頭を下げた。そう、リオネはこの国王の娘だったのだ。そのため私たちはリオネの手引きであっさりと国王と話す機会を設けることができた。

「当然のことをしたまでですよ。改めて、私はサリア・ド・ソレイユ・フォン・フェルグランド、ここより北の地ソレイユを治めるフェルグランド家の者です」
「同じく兄のセイルです。お初にお目にかかります」
「おお、お噂はかねがね伺っておりますよ。ようこそパイロヴァニア王国へ」

 娘が救われたということもあり、国王は友好的だ。ライオンの顔も威圧感はそうなかった。

「それで、お話があるということでしたが……親である私に会いに来られたということは、もしや結婚のご報告ですか?」
「ち、違います! 結婚はしません」
「そうなのお父さん、結婚はご主人様には迷惑みたいで……だから別の方法で恩を返そうと思って」
「おお、そうでしたか。たしかに我らヘテロ族の価値観は一般の方々とは異なる部分が多いですからな……これは失敬いたしました」

 当然だが王もまたヘテロ族なのでとんでもないことを言うが、そこは王らしく理解が早い。恐らくは王もリオネと同じくヘテロ族の証たるオッドアイなのだろうが、眼帯があるため確認はできない。なぜ隠しているか少し疑問だった。

「では、他の目的があって私に会いに来た、と……娘の恩人です、私にできることならば力をお貸しいたしましょう。なんなりとおっしゃってください」

 レグルオはゆっくりとした口調で微笑みながら言った。顔は完全にライオンだがその表情は穏やかで、ここに来る前にリオネに国王はどんな人か聞いた時の「のんびり屋でお人よし」という印象が本当だとわかる。きな臭い気配のする王国の王ということで私たちは対面を少し緊張していたのだが、少なくとも悪人ではなさそうだ。
 もっとも仮にも一国の王、温厚な顔の裏に、何かを隠していないとは限らないのだが――

「はい。実は先日、私たちのもとに1人の少年が現れまして、その少年は……」

 私たちはカインについて切り出し、パイロヴァニアの奥への潜入を始めた。



 双子が国王と面会していたのと同じ頃、パイロヴァニア某所にて。
 鞭が肉に当たる破裂音が響き渡った。

「ぐはっ……」

 鞭を受けて血を流し、苦し気に呻いたのはアスパムでセイルを襲ったカインだった。両手足を鎖で拘束され吊るされている。
 その近くには鞭を持った人間がいた。

「功を急いたな」

 薄暗い地下。繋がれたカインとそれを見る冷徹な目。
 パイロヴァニアの中で、闇は蠢いていた――

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