双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第34話 それぞれの真実

 パイロヴァニア近郊の採石場。
 戦闘の果てに俺はカインを、いや、カインとそっくり同じ姿をした何者かを組み伏せていた。

「俺が何者か、だと……?」
「ああ。お前はカインじゃあない」

 何を馬鹿な、と組み伏せられた男が笑う。たしかに俺も自分で言っていて奇妙だとは思う、目の前の少年はやや長めの黒髪、紫の瞳、中性的な顔立ち、全てが俺の知るカイン・イーノックそのものだ。
 だが違うのだ。こいつはカインではない。

「この戦いの中、お前は『殺す』とか『死ね』とか言っていたな。だがカインは俺との戦闘で、安易にそういったことを口に出すことを咎められて……食事を共にした後、俺に対しそうは言わなくなった。表面上は反発していたが根が善人なんだろうな、『潰す』『倒す』『退ける』、そんな感じの表現をがんばって駆使していたよ」
「フン、何を言うかと思えば。敵の助言など聞き入れると思うのか? 貴様の思い違いだ」

 嘲笑う偽カインを無視して俺は続けた。

「今のがひとつ目の根拠、むしろ本命はこっちだ。お前の体には、鞭の跡がない」

 俺の言葉に偽カインはハッと目を見開いた。

「お前はあのダイアナという軍人に失態を咎められ、体中を鞭で打たれていたはずだ……もっともダイアナはお前を罰する軍としての体面を保つために鞭を振るったのだろう。だがだからこそおかしいんだ、お前が無傷で俺らの前に現れたのは。俺らにこそ、鞭の跡を見せつけ罰したことを示さねばならないはずなのに」
「貴様……! なぜそんなことを知っている?」
「知る方法はいくらでもある、特に俺らならな」

 サリアが潜入して集めた情報が思わぬ形で役に立った格好だ。鞭の傷跡を意図的に隠す方法ならあるだろうが、今回の場合は俺らに見せないと意味がないはずだ。
 カインがわざわざ傷を隠す理由はない。ならば、最初から傷など負っていないのだ。ここにいるのはカインではなく、他の誰かなのだから。

「改めて聞くぞ、お前は誰だ? カインは実は双子だったのか? それとも……パイロヴァニアの技術で作られた、複製か何かか?」

 クローンという言葉はこの世界には存在しない、生物を複製する技術は存在しないとされている。もしパイロヴァニアが独自の技術でそれを可能にしているのならば――そしてそれを軍事に応用しようとしているのならば、恐るべきことだ。

「フン、ぬるいな。聞けば答えるのが当然か? 子供の理屈だな」

 偽カインは鼻で笑い答えようとしない。ある意味当然だろう、敵である俺にみすみす情報を与える義理はない。

 ……やるか?

 俺は一瞬迷った。こいつの口を割らせるのは簡単だ、俺にはそれを可能にする魔法がある。だがその魔法は……やはり、使えない。こんな簡単に使っていい魔法ではないのだ。
 だが俺が他の方法を考えていた時。

「しかし、まあいいだろう。『知っていることは話していい』と言われていることだしな、教えてやる。大声では言わん、もっと顔を寄せろ」

 偽カインはあっさりと意見を翻した。その転身に少し違和感を感じつつも、彼の気が変わる前に聞ける情報は聞いておかねばと俺はおとなしく組み伏せた状態からさらに身を寄せ耳を近づける。
 そしてそれは俺の耳にこう囁いた。

『作戦失敗ヲ確認。体内魔水晶ヲ自爆サセマス』

 それはカインの声ではなかった。俺の動揺は一瞬、それで十分だった。腕を掴み引き寄せられる。
 爆発音と共に、全てを光が呑み込んだ。



 その爆発はまさに一瞬の出来事だった。
 小さな人間の体。それが引き起こしたのはその体の数十倍の規模を巻き込む大爆発。爆風が採石場の岩石を紙屑のように吹き飛ばし、爆炎が土と石を灰へと変じさせる。地と空は揺れ、光は千里先からでも見えただろう。
 一瞬の内に採石場は地獄絵図へと変わり、破壊の跡に煙が立ち上る空間となった。

 俺はそこから少し離れた場所になんとか着地した。
 爆風にかなり吹き飛ばされてはしまったが、なんとか回避が間に合った。

「『魔晶兵』のエネルギー全部を使った爆発か……とんでもないな」

 目の前に広がる惨状を見て俺は身震いする思いだった。いかに強化された俺の体といえど、まともに巻き込まれれば手足の1、2本じゃ済まなかっただろう。
 だがこれではっきりした、やはりあれはカインではなかった。複製とも少し違う、言動をカインによく似せて作られただけの、人形だ。それは自爆直前の言動でわかる。

「俺をおびき寄せるための言葉にカインらしさはなく、自爆を宣言する声は完全に機械的。俺との戦闘は覚えているのに助言は学習できてなかったし……あれはやはり、人形だ」

 人間の複製という禁忌の技術までは至っていなかったことに安堵すると共に、俺は別の恐怖を抱いていた。人形ならばためらいなく消費できる、この威力の爆弾を抱えているというだけでも、兵器としては十分すぎる性能を持つ。
 これをパイロヴァニアはいくつ作っているのか、想像するだけでも恐ろしい。

「……ひとまず、戻るか。本物のカインの行方、それとサリアの方が心配だ」

 俺は軽く埃を払うとパイロヴァニア目掛けて駆けていった。
 やがて俺は知ることになる、魔晶兵など序の口であったことを。
 最悪の『禁忌』は人知れず、侵されつつあったことを――






 同刻、パイロヴァニア無人の地下道。

「うう、サリア様がそこまで言うのならもう仕方ないです……」

 座り込んだリオネはしゅんとして言った。さすがに一度眠らされて落ち着きを取り戻している、といってもついさっきまでは念のため魔法で拘束していたのだが。

「リオネちゃんが心配してくれるのはわかったけど、私にも色々と責任があるんだよ。私だけ安全圏で保身ってわけにはいかない」
「そうですよね……サリア様のご人格ですものね! お優しく美しいその心! ああ、ご主人様はやっぱり私の……」
「はいストップ、またハッスルしないの。それよりもいくつか聞きたいことがあるんだ」

 私が気絶したリオネを再び起こしたのには理由がある。本当ならあれほどの恐怖を味わった以上このまま眠っていてもらいたかったのだが、それ以上の理由があったのだ。

「はい、ご主人様の命ならばなんなりと! かくなるうえは、私は全身全霊でサリア様をお助けします! ぜひ命令してくださいご主人様!」
「なんかすごく勘違いされそうな言い方だよね……まあ今はいいや。聞きたいことっていうのは、リオネちゃんの背後についていた人たちのことなの。リオネちゃんが私たちに接近するように仕向けて、色々仕組んでいた集団がいるんでしょ? それについて教えてほしいんだけど、いいかな」
「もちろんですご主人様っ!」

 リオネは目を輝かせて嬉しそうに尻尾を立てる、恩人の役に立てるのが嬉しいのだろう……彼女の場合それよりも別の感情がありそうだが。
 ともあれリオネが持つ情報はかなりの武器になるはずだ、わざわざ計略を立てて斥候として接近する予定だった彼女は私の想像よりもはるかに深くこの国の闇に関わっているだろうから。
 だがその時、リオネは何かを思い出したように笑みを消した。

「ご主人様……そうでした、話さなくちゃいけないことがあります。大変なことです、本当ならサリア様の身を案じ、話すべきではないのですが……それがサリア様のお心ならば、すぐにでもお伝えしなくてはなりません。ああでも、サリア様の身に何かあったら!」

 リオネはまたヤンデレモードに入りかける。だがどうやらただごとではない何かがあるようなので、私も身を切ってすぐに対処する。
 具体的に言うと、リオネを引き寄せて抱きしめた。

「ひうっ!?」
「お願いリオネ、教えて。何が大変なの?」
「は、はいぃ……!」

 恩人にして狂気の愛を向ける私に抱きしめられたリオネはうっとりと恍惚とした表情になり、もうなんでもいいといった具合になるのだ。扱いやすくいいがやはり少し複雑。
 だがリオネが語ったことを前にくだらない私情は吹き飛んだ。

「すぐに、アスパムに戻るべきです。パイロヴァニアはお2人が離れ手薄になったアスパムを狙っています」

 私はハッと気付く、カインが語ったようにパイロヴァニアは私たちの治めるソレイユ地方を手中に収めんとしている。そのためには、私たち双子がアスパムを離れた今がまさに絶好の好機。私は寒気を覚えた。
 だがさらにリオネの言葉は続いた。

「いえ、正確には狙いはアスパムというより……ミリア・スノーディンかもしれません」
「ミリア? なんで、ミリアの名前が出てくるの?」
「私も完全には知らないんですけど、パイロヴァニアが企てる『計画』に関係しているみたいなんです。サリア様たち双子と、ミリア・スノーディンさんが……」
「『計画』……軍部も言ってたね、計画ってなんなの?」
「ごめんなさい、わかりません。私も全部知ってるわけじゃないんです。でも軍部の人が話してたのを聞くところ、計画が完全になされればパイロヴァニアに敵はいなくなる、と……そして計画の目標が、サリア様たちである、とも」

 断片的な情報。だがそれが何か危機的なものを伝えていることは想起できる。

「ありがとうリオネちゃん」

 私は自分たちの浅慮を恥じつつ決心する、すぐにアスパムに戻らなければならない、何か悪いことが起きる前に。




 ――だが、遅すぎた。

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