双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第19話 病床の親友


 魔法都市アスパム、その医院の一室。
 半面を起こしたベッドに身を預け、窓の外を見つめる少女がいた。病室には彼女1人だけ。すぐそばにある衣類用の大きなタンスやカレンダー、近くの壁に張られたたくさんの手紙や絵が示すように、彼女はとても長い時間をこの場所で過ごしていた。
 白髪の少女は窓の外をじっと見ている。日がな一日ひたすらに外を見て過ごす彼女にとって、アスパムに四季があることはどれほど救いだっただろう。そしてもうひとつ、救いがあるとすれば――

 足音が近づいてきて、少女は窓から目を離す。病室の戸が開けられて、いつもの来訪者が現れた。

「よお、ポーシャ。体調はどうだ?」
「やっほーポーちゃん!」

 少女、ポーシャ・バッサーニオの兄トニオと、ポーシャの親友であるシィコ・ラヴマリンだった。手にはお見舞いの菓子や花を持っている。ポーシャは2人を見て儚げに微笑んだ。

「うん、いつも通りだよ。2人も元気?」
「もちろん! ポーシャに元気をもらってるからな」
「私はおっぱいから元気を……」
「黙ってろ」

 トニオにどつかれるシィコ、ポーシャはくすりと笑って見守る。いつもの光景だった。
 トニオとシィコは見舞い品をベッドのそばの机に置くと、いつもの椅子を持ってきて隣に座った。

「どうよポーちゃん、例の鳥さんは飛び立った?」
「うん、小鳥さんが3匹いたんだけどね、みんなちゃんと飛べるようになって……元気だった」
「これから夏が来るな、そうすると今度は虫か。ポーシャ、あの変な鳴き声の虫ってなんだっけ?」
「ウツ蝉……かな? すごく、悲しそうな声で鳴くの。でも他のセミの声の方が大きくて、たまにしか聞こえなくて……なんだか寂しいんだ。ウツ蝉はちょっと不思議な力があってね……面白いよ」
「ポーちゃん物知り! 私ももっと勉強しなさいってフローラ先生に言われちゃったんだー」

 3人はベッドのそばで談笑する。日に最低でも一度はこういう時間が持たれていた。
 だがやがて時は経ち、トニオとシィコが去る時間となる。それでもポーシャがベッドから動くことはなかった。

「じゃあなポーシャ、また来るから」
「ポーちゃんまた明日ね! そのお胸の成長も心待ちにしてるよ!」
「黙ってろっての、ポーシャに変なこと吹き込むな」
「そんなぁお義兄様……」
「お前に兄と呼ばれる筋合いはない!」

 にぎやかに話しながら去っていく2人をポーシャは手を振って見送った。
 病室の戸が閉まった後、急に静寂が訪れる。ポーシャは悲し気に息を吐いた後、また窓の外に目を向ける。もうすぐ日が落ちてカーテンは閉められるだろう。そしたら夕食を食べて、薬を飲み、眠り、また明日になる。そしたらトニオとシィコが来て、去って、また……
 少女はそんな生活を、もう8年も繰り返していた。



 魔法学校の医務室にて。

「ポーシャ君の病気は完治の方法は見つかってないんだ」

 薬の調合をしながら、私たちの前で語るフローラ・ゲール先生は魔法学校の健康を管理する先生。黒髪を綺麗に切り揃え、長身ながらも抜群のプロポーションをピッチリした黒の服と羽織った白衣で隠し、中性的なイケメン的な美人で女生徒のファンも多い。今、先生の腰にストラップのようにぶら下げられているシィコもその1人といえば1人である。

「かなり厄介な病状でね……現状の医術と魔術では進行を止めるのが精いっぱい。それもたくさんの魔法薬を使ってね。君たちフェルグランド家が作った医療制度のおかげで成り立っているようなものだ」
「うんうん、本当に助かってるよね。できれば今、私も助けてほしいんだけど?」

 両手足をまとめて紐に縛られフローラ先生の腰にぶらさげられるシィコが救いを求めるが、当然私は無視した。フローラ先生はシィコを唯一かつ確実に処分できる人呼んで回収業者、今日もシィコは私及び先生の胸を狙い、こうして捕獲されているのだった。

 医療制度、とは、私たちのいた世界でいうところの保険制度だ。全市民からある程度の資金を保険金として積み立て、それを医療費に充てることで患者の負担を減らすという簡単な形をとっている。これは私とセイルが考案し、シィコの親友であるポーシャの医療費もそれで賄われている。

「ああ、本当に感謝しているぜ。お前らがあれを作ってくれなければ、俺らの家じゃとても薬代を払い続けられなかった……ありがとうな、セイル、サリア」

 私たちの幼馴染でもあるトニオが頭を下げる。私たちはやんわりと制した。

「いいって、ポーシャちゃんのためだけの制度じゃないし、領民を守るのは領主の義務だもの」
「俺らも昔からポーシャちゃんとはよく話してきた、同じ兄妹同士でもある、他人行儀は水臭い」

 私たちにとってトニオは昔からよく遊んだ幼馴染であり、その妹のポーシャとも頻繁に会っていた。まだ彼女が健康体だった頃から私たちは家族ぐるみの付き合いをしている。そのポーシャが重い病にかかった時は本当に心配したし、出来る限りの援助をしようと決めていた。

「結局まだ半分は負担してもらっているしな。もっと下げられればいいんだが」
「我々ヒーラーも努力しているがそう簡単にはいかないさ。君らの働きは十分だよ」

 さて、と、フローラ先生は薬の調合を一段落させて私たちに向き直る。今日、私とセイルをここに呼んだのは、頼み事があってのことだという。

「実は、ポーシャちゃんに使っている薬の一種、トカシリンに問題が起きてね。その原料となるダイソライトが採れる竜獄の谷への道が閉ざされてしまったようなんだ。知っての通り竜獄の谷は竜が生息する危険地帯、そうそう踏み込める場所じゃなく、調査すら二の足を踏む状況で、このままではトカシリンの入手はかなり遅れてしまうかもしれない。トカシリンの在庫も限りがある、間に合わなかったらポーシャ君の容態にも影響は必ず出るだろう」

 その時。シィコの表情に変化が起こったのを私は見逃さなかった。
 未だにセクハラの罰として吊るされたシィコだが、ポーシャの容態に話が及んだ時、その表情には明らかな影が差す。不安、恐怖、心配……最悪の想像が膨らむのを抑えようとする辛さが彼女からは伺えた。

「そこで君たち2人に頼みがあるんだ。竜獄の谷へ赴き、異変の理由を突き止め、そしてできればダイソライトを入手してきてほしい。頼めるか?」
「もちろん」
「俺たちにできることならば、喜んで」

 私たちは二つ返事で了承した。友人の家族の危機とあらば動かない理由はない。

「ありがとう。君たちには世話になってばかりだな」
「本当にな、セイル、サリア! 俺が行ければ一番いいんだが、俺じゃあお前らの足手まといにしかならないからな……」
「気にするなトニオ、お前が無茶をして何かあったら、それこそポーシャちゃんの容態が悪化するぞ」
「そばにいてあげるのはあなたの仕事。危ないことは私たちに任せてね」
「お前ら……本当に、ありがとう!」

 トニオは半泣きになりながら深々と頭を下げた。本当に仲のいい、妹思いの兄の姿に私たちも胸が熱くなるようだった。
 が、その時。

「いやあ、熱くなるんじゃなくて胸は厚くなってなんぼでしょ~?」
「はんっ!?」

 いつの間にかシィコが縄抜けし、トニオに気を取られた私の胸に触れていた。

「こ、ここ、このォッ!?」
「おっと!」

 全力で降りぬいた拳もあっさりかわされた。シィコはさっと医務室の隅まで逃げて笑っている。さっきのポーシャを慮る表情もどこへやらだ。

「思考読んでまでセクハラすんな! なんなのあんたァ!」
「へっへっへ、油断大敵油断大敵。人間いつでも腹は減るし胸は揉むもんだよ?」
「言わんわそんなこと! フローラ先生、こいつなんとか……!」

 私はシィコ処理業者ことフローラ先生に助けを求めたが、先生はくったりと机に突っ伏していた。顔が上気していて妙に色っぽい。どうやら縄抜けされる際に彼女も被害に遭ったようだった。

「くっ……また腕を上げたな小悪魔め……だがこちらには最終兵器があるッ!」

 フローラ先生は辛うじて身を起こすと医務室の一画、カーテンで隠されていた場所のカーテンを開ける。するとそこではなぜか、椅子に座ったダーチャ先生が編み物をしていた。

「あら? フローラ先生、出番ですか?」
「ああ。頼んだぞ!」
「はいはい、了解です~」

 どうもダーチャ先生が対シィコ用秘密兵器らしいが私はピンと来ない。ダーチャ先生はかなりおっとりした性格で動きも俊敏ではなく、何よりも学園一、その、巨乳であり、むしろシィコの獲物というイメージしかないのだが。

「さあシィコちゃん、おいで?」

 ダーチャ先生は編み物を中断してシィコを手招きした。この日先生は趣味の編み物で作ったセーターを着ており、サイズぴったりの服が胸を強調していて私でも思わず目を引く。
 すると、医務室の隅で隙をうかがっていたシィコが震えだす。

「お……お……! ひゃあ我慢できない! ひゃぁっはああーっ!」

 シィコは突如として獣のような声を上げると一直線にダーチャ先生目掛けて突っ込んだ。が、その周囲に踏み込んだ途端。

「ぎゃあっ!?」

 ダーチャ先生の周囲に魔法陣が浮かび上がり、シィコは強烈な電撃魔法を喰らって撃沈した。
 ふう、とフローラ先生が息をつく。

「ダーチャはシィコにとって魅力的な体格をしているが、なによりはその体質がシィコを引きつける性質があるらしい。ダーチャを見たシィコは本能が暴走し、魔法も使えずに突っ込むのだ。誘蛾灯のようなものだ」
「虫並ですかコイツは。まったく……」

 魔法陣の中でシィコはなおもダーチャ先生に手を伸ばそうとし、その度に電撃を喰らっていた。ダーチャ先生はそんなシィコを優しく叱っている。

「ワタシ……ムネ……モム! オオンッ!?」

 獣かそれ以下と化したシィコが電撃で悶える。どこまでもぶれない女である。

「それじゃシィコがやられている内にでかけようか。行こう、セイル」
「ああ」
「いや待て。シィコも連れていってほしい」

 シィコから逃げ出そうとした私を呼び止め、フローラ先生は思わぬことを言い出す。思わず「は?」と返してしまった。

「いや、君の気持ちもわかる。だが竜獄の谷に行くにはシィコも連れて行った方がいいんだ。実は、これまでダイソライトを採ってきてくれていたのは……シィコなんだ」
「え、竜獄の谷から?」
「無駄にハイスペックだな相変わらず……」
「谷の勝手はシィコが一番わかっている。異変の調査は君たちが適任だろうが、案内役としてシィコは必要だと思うからな。連れていけ」
「うぅ~……」

 私が心底嫌そうな顔をしているのを見て、フローラ先生は苦笑した。

「これでもシィコも心配しているのだ。ポーシャ君のことをな。恐らくは兄のトニオと同じほどに……シィコは君たちが協力してくれなかったら1人ででも竜獄の谷に行くとまで言っていた。気持ちはわかってやってくれ」
「シィコとポーシャは本当に仲がいいからな……ポーシャのことを一番気にしてるのは俺よりシィコかもしれないのは本当だ。頼むサリア、俺もポーシャのことを思うと少しでも確実な選択をしたい」
「うう……それは、そうだよね……」

 私もシィコがどれくらいポーシャのことを大事に思っているかは知っている。2人は私とトニオが会うよりも昔からの友達であり、大親友でもあるのだ。良くも悪くも活発なシィコと控えめなポーシャは正反対だが、むしろそれゆえに気が合うところがあったようで、昔からずっと変わらない親友。女の子好きのシィコは婚約者すら自称していたりする。
 だが胸を触るためならそれこそなんでもするシィコだが……病気になってからただの一度も、ポーシャに触れたことすらないのだ。それほどに、シィコにとってポーシャのことは特別だった。

「アッ、アッ! でも絶景! でも絶景! アーッ!」

 電撃に悶えつつ、下から見るダーチャ先生の姿に悦ぶ彼女からは到底想像できないが、シィコとて真剣なのだ。



 何はともあれ、私たちはシィコと共に竜獄の谷に向かうことになったのだった。

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