双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第20話 竜との邂逅

 竜獄の谷はアスパムから南東にかなり進んだ場所にある場所。竜獄、などという物々しい字面からも想像できる通り、滅多に人の寄り付かない秘境だ。
 赤黒い地肌の露出した草木のない丘陵は険しく、歩ける道を探すだけでも苦労する。雨の少ない乾燥地帯ゆえに無策では瞬く間に渇きに苦しむことになり、逆に雨季は鉄砲水で多くの冒険者が命を落とす。生息する狂暴な魔物の数々もそうだが、竜獄の谷の最大の住民は何より竜。
 竜獄の谷には竜が棲む。この世でもっとも気高く、強く、そして人を嫌う種族が。



「……で、そんなとこにシィコは何度も行っていると聞いたが、本当か?」

 俺、サリア、そしてシィコは竜獄の谷を歩いていた。今はまだ赤黒い岩石が露出するだけの平地に近いが、道のりはみるみる険しくなる。
 だがシィコは平然と頷いた。

「ふた月に一回くらいね、顔見知りがいるし慣れれば楽だよ。それに私、身のこなしには自信があるから」
「たしかにな。サリアですら捉えられない動きは見事なものだ」
「ほんと、その能力をもっと有効活用すればいいのに」
「活用してるよ?」

 シィコは手をワキワキと動かす。その関節の動きは恐ろしく滑らかで気持ち悪いぐらいだった。

「一度聞いてみたかったんだが、なぜシィコはそう胸にこだわるんだ? いつからそんな変態になったんだ?」
「言葉を選ばないねセイル君、否定はしないけど。そうねー、やっぱり生活環境かな? 私、お母さんがいなくってね、お父さんと2人で育ったんだ。だからちょっと、母性に飢えてるとこはあるのかもね」
「けっこう重いことをさらりというんだね……そうか、そんな事情が……」
「まあお母さん、お父さんが他の女の人に手を出すのに怒って出ていったんだけど。主に胸部に」
「単なる父親のスケベ遺伝かよ」

 俺らはあきれ果てていたが、でも、とシィコは表情を変える。

「私はお父さんがいたからまだいいよ、ポーちゃんはどっちもいなかったんだから。その上重い病気になっちゃって……昔は私の首を絞めた体勢から両手足の関節をキメるくらい明るかったのに、すっかり元気がなくなっちゃった」

 シィコの元気の定義と彼女がポーシャに何をやらかしたのかは気になる所だったが、シィコの表情は真剣そのものだった。

「だから私が支えるんだ。ポーちゃんは、大事な親友だから」
「シィコ……」
「で、私を支えるのは、サリアちゃんを始めとする女の子の……」
「そう来ると思ったよっ」
「ぐええっ!?」

 サリアにより『首を絞めて両手足キメる』を実践されるシィコを置いて、俺は先に進んだ。



 やがて俺らの前から道は消え、代わって出現したのは底深い峡谷だった。

「これは、すごいな……」

 その淵に立って下を覗き込んでみたが谷の面が見えない。どうやら俺らの立つ上面に向けて反り返りオーバーハングしているらしく、谷の底は霧のようなものが淀んで溜まり、どこまで続くのかもわからない。だがどうやら先へ進むにはここを降りていくしかなさそうだった。

「ここは気を付けてね、反り返ってるから落ちたら地面に一直線だよ。ちょっとわかりづらいけど黒っぽいとこは掴んだら崩れるから要注意ね。危ないけど長さはそこまでじゃないから、30分下りれば底に着くよ」
「シィコ、お前毎回こんなところを降りていっているのか?」
「危なくないの?」
「大丈夫、慣れてるし。私、握力にも自信があるの、鍛えてるからね!」

 シィコは平然と笑っていた。親友のためならこれくらいなんてことない、という顔だった。

「でも、ここを降りて進んだのは最初の内だけだよ。いつもならここまで来れば、私の友達が迎えに来てくれるはずなんだけど……」

 シィコはきょろきょろと空を見渡していたが、竜獄の谷の乾いた風が流れるだけだ。竜獄の谷で友達、それも空から来るものということは、つまり。
 あっ、と、シィコが声を上げた。

「来た来た! おーい!」

 シィコが喜んで手を振る先。そこにはドラゴンがいた。
 俺らもこの世界でドラゴンを見るのは初めてだった。爬虫類に似たの赤い鱗、強靭な四肢と大きな翼。なんでも噛み砕けそうな顎を持ち、尾をしならせ、翼を羽ばたかせながら、俺らの方へと一直線に飛来する。
 ドラゴンは俺らの手前で身を翻し、速度を緩めると、ゆっくりと着陸した。

『来たか、人の友よ。今日はともがらも一緒か』

 ドラゴンはシィコに向かって口を開く。その顔つきは凶悪だったが、言葉は親しげだった。

「うん、セイル君とサリアちゃん、双子の兄妹で天才なの。特にサリアちゃんはいいおっぱい持ってるよ」
「なっ、何言ってるのあんたは! 人……じゃない竜の前で!」
『貴様は変わらぬな。たしかにそこな2人、尋常ではない力を感ずる。まずは名乗ろう、我はジークガルド。この谷に住む竜の一員よ。畏まらずともよい、そこな娘で慣れておるのでな』

 ドラゴンとは初邂逅の俺らだが、どうやらこの世界のドラゴンは狂暴なモンスターではなく知性を持つ立派な種族らしい。それとシィコがこうも親しいことには驚いたが。

「ドラゴンと会ったのは初めてだよ、俺はセイル・フェルグランド」
「私はサリア・フェルグランド。初めまして、ジークガルド」
『フェルグランド? ふうむ、お主らが噂に聞くフェルグランドの双子か……』
「知っているのか?」
『ああ……』

 ジークガルドの表情は、俺らの名声が噂話として届いている、という類のものではない。どこか薄暗い影が差していた。

『娘よ。お主がそこな2人を連れてきたということは、この谷が常ならざる事態にあると知っておるようだな』
「うん、道が塞がっちゃったって言ってた。またハンターが襲ってきたの? それとも王様が暴れた?」
『そうではない、敵襲があったのは事実だがな』
「この竜獄の谷を、襲撃が?」
「ドラゴンが何体も住むって聞くのに、無謀な奴がいたもんだね」

 俺らが言うとジークガルドはからからと笑った。

『何を言うか、我らとて血を流す一生物に過ぎん、人に勝ることもあらば劣ることもあろうよ。お主ら2人が、その気になればこの谷をまるごと消し去ることができるようにな』

 またまた、とシィコは冗談だと思って笑っていたが、正直に言えばそれは事実だ。俺とサリアが本気を出せばそれくらいのことはできる――神が与えた力は人一人が持つに余るもの、だからこそ二つに分かれたのだ。それを知ってなお笑う竜もまた、人よりも大きな器を伺わせた。

『さて、ひとまずはお主らを運ぼう。道が閉ざされたのは事実だが、それは翼持たぬ者のことなのでな……さあ乗れ』

 ジークガルドは身を屈め、背を俺らに差し出した。シィコはなんのためらいなくぴょんと飛び乗り、俺らも続いた。

「シィコはなんでこんなに竜と親しいんだ? 竜は人嫌いと聞いたが」
「ふふふ、それは私の手腕とついでに指よ。まあ行けばわかるって!」
『我らとて一枚岩ではないのでな、特にあのお方は……しかし今は皆気が立ってるぞ』
「俺らは大丈夫さ。知っての通りな」
『頼もしいものよ。では参る!』

 ジークガルドは翼を広げ、空へと舞い上がる。心地よい風を受け、竜の背に乗り俺らは竜獄の谷を降りていった。



 同刻、竜獄の谷の深部にて。

「長!」

 館の中、薄暗い部屋に駆けこむ従者。人の姿をしていた。
 その奥には乱れた寝具、その中に倒れ込む――女性が、1人。

「ん……何用じゃ。余はまだ眠いぞ」
「はっ。シィコが、参ったようです!」
「おお!」

 気だるげにまどろんでいた女性はシィコの名を聞くとがばりと起き上がる。目はらんらんと子供の用に輝いていた。

「ちと機は悪いが、余の傷を癒すにはよいな。直ちに迎えよ」
「はっ!」

 従者が下がり、部屋には長と呼ばれた女性のみが残る。竜獄の谷の深部にて人同士が会話するのは奇妙にも見えたが――

「さて……今日はどのように余を楽しませてくれるかな?」

 女性は妙に下賤な笑みを浮かべ、その到来を待ち望むのだった。

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