双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第17話 過去を乗り越えて

 『氷床の箱庭』の中心街では。

「ヒャッハー!」
「殺せ殺せーッ!」
「たかだか女2人!」
「こっちにゃあ氷の魔法があるんだーッ!」

 武器を持ったマフィアたちが一斉に私に襲い掛かる。

「眠ってなよ! 【ソラン・フィロピー】!」

 私の放った粉状のマナがマフィアを覆った途端、彼らはあっけなく眠りに落ちた。後続のマフィアが二の足を踏む。

「あんたら、確かに多少は魔力を持っているようだけどね……私に勝てても、このお方に勝てると思ってるの!?」

 私は後ろに立っているヒトミを指して大声を上げた。ヒトミは杖を持ち、精一杯胸を張っている。

「このお方はあの『氷華』ミリア・スノーディンの実の姉、ヒトミ・スノーディン様! その氷魔法の威力は妹の何倍もある!」
「そ、そうですよ! わ、私に近づいたら、この人たちみたいになっちゃいますよ~!」

 ヒトミのさらに後ろには何体もの凍てついた男たちが転がっていた。皆、苦しみ悶え、救いを求めて手を伸ばす様がありありと浮かぶ凄惨な氷像だ。あまつさえ『氷床の箱庭』で恐れられる『氷華』の姉という称号、さらにその氷像を見たマフィアたちは怯えて足がすくむ。
 実はこの氷像、敵を凍らせたものではなく氷100%の、ヒトミが作った氷のオブジェだ。相変わらず彼女の造形技術は素晴らしく、種を知る私でさえも少し怖くなるような苦悶の氷像に仕上がっていて、マフィアへの威嚇としては効果は絶大だった。

「サ、サリアさん、私やっぱりこういうのは……」
「いいのいいの、あなたにしかできないことなんだから、堂々としてなよ」
「は、はい」

 こっそりと話を示し合わせ、ヒトミはさらに前に出る。

「い、いでよ、氷の番兵よー! この者たちに、裁きの鉄槌をー!」

 ヒトミが杖を振るうと、私たちの背後に氷が積み重なっていき、巨大な氷のゴーレム(ゴーディーの屋敷で見た奴がモチーフのようだ)が出現した。もちろんこれもただのオブジェなので動いて戦ったりはできないが、それを見たマフィアたちは一目散に逃げ出した。

「こっちは大丈夫だね。あとはセイルがうまくやってくれるはずだよ」
「はい……でもサリアさん、なんでセイルさんを、1人で行かせちゃったんですか?」
「んー、奴らが街を襲うことを考えたのもあるけどね……2人きりにした方が盛り上がると思って」
「やっぱり! うー、いいな、ミリアちゃん……」

 セイルに好意を持つヒトミは羨ましそうに遠くを見ていた。彼女も悟っていたようだが、どうもミリアはセイルに好意があるようなのだ。私もミリアの態度を見てすぐピンと来たし、わかっていないのはセイルだけである。
 私は複雑だった。たしかにセイルは容姿・才能・地位全てを持ち(そういう欲望込みで神に願ったのだから当たり前だが)、モテない方がおかしいだろうが……なんだかなあ。
 恥ずかしいやら妬ましいやら羨ましいやら。しかもステロタイプに鈍感ときた、同一人物のはずなのに私と差があるのはやはり性別の違いなのだろう。

「あ、サリアさん、また来ますよ!」
「彼らも懲りないね。まったくもう……」

 とりあえず、私はこのもやもやを奴らにぶつけることにしたのだった。



「街の方はサリアとヒトミが守ってくれている。ここは俺がやろう」

 吹雪の中、俺はかすかな魔力の残滓を追い、凍土の洞窟まで辿り着いた。
 ミリアを後ろに置き、俺はマフィア集団猩々団の残党と思われる男と対峙する。

「てめェは……!」
「セイル・フェルグランド。1年前、お前らを滅ぼした男と言えばいいかな。いや、滅ぼしきれてなかったか」

 俺が名乗ると男は色めき立った。

「そうか、てめェか……俺はベッゲルス、かつての猩々団のNo.2であり、猩々団を蘇らせる男! てめェらを殺してなァ!」

 ベッゲルスは叫ぶと手にした剣を俺らに向けた。瞬間、剣から強烈な吹雪が起こり俺とミリアを襲う。

「くっ……!」
「気を付けて、この洞窟には私の魔力が封印してあって、奴らはそれを利用してる!」
「封印?」
「大方ヒトミから話は聞いてるでしょ? 子供の頃、私の意思で結晶化させて封じた! あとは想像して!」

 洞窟を覆う結晶がマナが凝固したものだとは察しがついていた。それとヒトミの話、ベッゲルスが操る氷魔法の強さを考えれば、ミリアがあまりに大きな力を封印したのだと想像できる。それを逆利用されているのならば皮肉なことだ。

「まずは力比べだ。【フリーズガスト】!」
「てめェも氷魔法か! やれ、【ニブルヘイム】!」

 俺も魔法で氷の風を打ち放ち、ベッゲルスのそれと正面から対決する。だが俺の魔法でさえも力負けしているということがすぐにわかった。転生により与えられた魔法は最上位であるが究極ではない。
 氷魔法に特化したミリアの魔力は俺を上回っていた。

「すごいな、ミリア……これが本来のお前の力……! 【フレイマスト】!」

 俺は全身を火炎で包む魔法により、敵の吹雪を掻き消した。だがベッゲルスはなおも不敵に笑う。

「炎魔法も使うのかァ……! だがこの洞窟の魔力は無尽蔵! 氷魔法の別の使い方もさっき見た! てめェの魔力も頂いて、完璧に計画をこなしてやるぜ」
「吸収? 奴ら、そんなこともできるのか」
「ええ、バックに何かが付いているらしくて、私の魔力が利用されてるのもそのせいなのよ」

 マフィアの背後につく何者か。その正体に引っかかるものがあったが、ひとまずは目の前の敵だ。

「ミリア、敵がこの洞窟の魔力を使うなら、本来の持ち主であるお前だって使えるんじゃないのか?」
「……無理よ。私がここに魔力を捨ててから長い時間が立って、自然のマナが混じってるし……結晶化してるもの。奴らみたいに特殊な魔法や道具を使わない限り、マナは気体じゃなきゃ取り込めないわ。それにもし取り戻せても、私には……」

 ミリアは俺と会った時の勝気な表情から一変して、不安げに、まるで自嘲するかのように目を落とした。
 その様子から俺はひとつ思いつく。ここで敵を倒すのはいくらでも方法があるが、それだけではいけない。どうせならいっしょに、ミリアの心も救おう。
 神に与えられた力、俺ならできる。

「気体にすればいいんだな?」
「え?」
「離れてろ」

 ミリアを遠ざけて、俺は魔力を集中させる。

「【フレイマスト・アビス】!」

 俺が持つ中でも最高レベルの炎魔法。俺の全身を業火が覆い、洞窟は見る間に真っ赤に染まった。
 だが俺を見てベッゲルスは嘲笑う。

「この洞窟の鉱石を融かすつもりかァ? 無駄無駄! 常温の場所ならともかく、ここは虫一匹住めない極寒の最果てだァ! 融かすにしたって何時間もかかるだろーさ! ましてや気体にするなど夢のまた夢! 魔力を無駄遣いしてくれて嬉しいぜ、だが俺が吸う分は残しといてくれよ? ついでに俺にはそんな炎は効かねェ、【コキュートス】!」

 ベッゲルスが魔法を唱えると彼の周囲の空間が凍り始め、さながら氷の結界に守られていく。恐らくは氷魔法の極意『停止』を利用した自らを隔絶し敵を遮断する魔法だ。これで熱気すらも奴には届かない。

「どうかな。【ティア・マリス】!」

 俺は炎魔法と同時に風魔法を撃った。それは特殊な魔法、風を操ることでそれが生む力……俺らの世界でいうところの、気圧を操ることができる。
 俺は洞窟内の気圧を下げていった。そして火炎魔法で熱し続ける。するとどうなるか。

「……んッ?」

 ベッゲルスが異変に気付いたようだ。剣から伝わる魔力に異常でもあったのだろう。

「ば……バカな!? 結晶が、融けはじめて……!?」

 俺の周囲の結晶はすでにドロドロに流動し始めていた。俺はミリアがベッゲルス同様氷魔法で身を守っていることを確認してから火力をさらに増す。すると流動したマナは沸騰を始めた。沸点に至ったのだ。

「簡単に教えてやるよ、この世界の全ての物は空気により抑えつけられていて、その抑えつける力が溶けにくさ、蒸発しにくさに繋がる。だが俺は今魔法でその力を下げた。すると、普段よりもずっと低い温度で物体は融けて、気体になり始めるのさ」

 小さい頃、子供用の科学の教本で読んだのだが、気圧が下がるほど沸点は下がり、富士山の山頂では85℃くらいで水は沸騰するらしい。空気がない宇宙では勝手に沸騰するそうだ。宇宙ほどではないが今は魔法により極度に気圧を下げているので、通常融けない固体のマナも沸騰、あるいは昇華を始めているのだった。

「クソが! クソがァ……!」

 ベッゲルスはわなわなと震えているが、氷の結界を張っている間は動けないらしく、炎魔法を放ち続ける俺にどうしようもない。だが俺もまた炎魔法を使い続けねばならずベッゲルスに攻撃は出来ない。打開策はひとつだ。

「ミリア! 気体になったマナを吸収するんだ!」

 気体になったマナを人間が回収するのは簡単、元々自分の魔力ならば尚更だ。だがミリアはためらっていた。

「だ……ダメよ。こんな魔力……私が持ってちゃいけない。私はまた暴走して、ヒトミを、皆を……今度こそきっと……」

 やはりヒトミを死なせかけたことがトラウマになっているらしい。だが1年前に戦うミリアを見た限り、暴走は幼いゆえで、成長した彼女なら制御は可能だ。

「大丈夫だ、お前は暴走などしない! 幼い頃ならまだしもお前は成長した! 十分に魔力を御し操るほどに! 自信を持て、『氷華』の名が泣くぞ!」
「で、でも……」
「俺を信じろ、もし暴走したとしても俺が受け止めてやるから!」

 ミリアはハッと目を見開き、それって、と呟き俺を見つめる。俺は炎魔法の維持に必死でよく見てなかったが、それでミリアの心に何か変化が生じたらしい。
 ミリアは決心し、その顔から怯えは消し飛んだ。

「戻ってきなさい、私の魔力! 今度こそ、逃げないから……!」

 両手を広げ、魔法を放つ。すると宙に舞い上がった水色に淡く輝くマナはどんどん彼女に吸収されていった。彼女の魔力が膨れ上がっていく。

「うっ、くっ……なんの、まだまだ……!」

 洞窟を覆う膨大な魔力が次々にミリアへと戻っていく。俺は火炎を放ち続け、一面を覆う水色の鉱石は瞬く間に消えていった。
 ――やがて。

「これで……全部っ!」

 ミリアは全てのマナを平らげた。俺も火炎魔法をやめて気圧もゆっくりと元に戻していく。
 洞窟からはベッゲルスの周囲を除き全て、マナの結晶は消え失せていた。

「どうだ、ミリア。大丈夫か?」

 莫大な魔力を一気に吸収したミリアは手を広げた姿勢のまま俯いていた。だがすぐに顔を上げる
 その顔は、笑っていた。

「あったり前、でしょ……! 私の、魔力なんだから! あんたに心配されるほどじゃあないわ」

 その挑戦的な目は俺と会った時のミリアのそれだ。暴走の兆候などまるでなく、どうやらトラウマも乗り切ったらしい。俺は安堵し息をついた。
 そんな中、ただ怒りに震える男が1人。

「てめェ、ら……! よくも、よくもやってくれたなァ!」

 ベッゲルスは氷の結界を解いて、剣を手に震えていた。彼が結界を張っていた周囲のマナ、それも洞窟の奥で凝縮されたらしい青色の結晶はまだ残っているが、もちろんミリアが吸収したものに比べれば微量だ。

「俺の力を! 俺の野望を! よくも、よくも……!」
「あんたの力? 笑わせないで、最初から私のでしょ。あんたも最初から最後まで薄汚い盗人、それだけよ。猩々団ってたしか猿って意味だったよね? ま、悪くない猿真似だったんじゃない」

 ミリアの言葉でベッゲルスはブチ切れた。

「てめェ! 『氷華』ァァァァァーッ!」

 魔力を纏った剣を手に突っ込んでくるベッゲルス。ミリアは俺を押しのけて飛び出すと、その腹に蹴りを繰り出した。

「がっ、は……」
「あんたみたいなのは! 未来永劫凍ってなさい!」

 鋭い蹴りが腹にめり込み、そこから瞬く間に氷がベッゲルスの全身を覆う。身をよじらせて悶えるおかしな姿のまま、氷像となったベッゲルスが洞窟に転がった。
 ふう、とミリアはやり切った顔で息をつく。

「……未来永劫はまずいんじゃないか?」
「ああ、単なる口癖よ。殺しはしないわよ、こんな奴らでもね。元々自分への戒めも兼ねて、言う度にあの事を思い出すようにしてたんだけど……ま、口癖だしいいかな」

 未来永劫凍らせる、というのが不可能ではなさそうな辺り末恐ろしい少女である。ただでさえ強力な魔法を操っていたのが、あれだけ膨大な魔力を取り込んでさらに強化されたのだから、今の実力はもはや想像を絶する。彼女のようなものが本当の天才というのだろう。

「いつまでぼーっとしてるのよ。早く街に戻るわよ、ヒトミたちが心配だわ」
「ああ……おい、こいつは? こんなとこに置いといたらそれこそ永久に氷像だぞ」
「あんたが持っていきなさいよ、力仕事は男の役目!」
「はいはい……」

 こいつも都合のいい時だけ女になるパターンだなとごちりつつ、俺はベッゲルスの氷像を抱えた。微妙に持ちにくい形をしているので少し苦労していると、後ろからふいに、ミリアは声を掛けてきた。

「その……ありがとう。今回は本当に、助かったわ。ちょっとくらいなら、認めてあげてもいいわよ」

 姉とは逆に、ストレートな思いを言えないタイプらしい。俺はベッゲルスを抱え上げると、わざととぼけた顔をした。

「ん、何か言ったか? よく聞こえなかったな? もう一度言ってくれ」
「なっ……! フン! あんたなんかやっぱり知らないっ! この若年性痴呆ヤロー!」
「怒るなって、冗談だよ」

 ぷりぷり怒るミリアをなだめつつ、俺らは凍土の洞窟を去り、この一件は決着したのだった。



 それからしばらくして、魔法学校。
 俺とサリアが歩いていると生徒に紛れてヒトミが近寄ってくる。傍らに見覚えのある少女を連れて。

「お、ヒトミ。で、隣は……」
「あんた、まさかまた忘れたわけじゃないでしょうね?」
「まさか。正式にアスパムに住むことになったんだな、ミリア」
「ミリアちゃんたら、セイルさんのそばにいつでもいられるように、ルインズじゃなくこっちに来たんだよね」
「なっ!?」

 ヒトミが困ったように言うと、ミリアは顔を真っ赤にした。

「ち、違うわよ! こいつと一緒にいたいなんて……! その、わ、私が暴走したら、こいつが止める約束だから! そう、これは周りの人間のため。そうじゃなきゃ誰がこんな奴と! と、ともかく!」

 ミリアはまた俺を指差し睨みつける。

「私はまだあんたを認めたわけじゃあないわ! 今に見てなさいっ!」

 捨て台詞を吐いてぷいと去っていくミリア。俺らに一礼した後、慌ててヒトミがそれを追っていく。俺は苦笑して姉妹の背中を見送った。またにぎやかになりそうだ。

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