双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-
第15話 凍った華
その光景は今も、彼女の脳裏に強く残っていた。
恐怖に慄く母。狼狽しつつも何度も何度も「しっかりしろ」と声を掛ける父。その腕に抱かれた、ガタガタと震える姉。
自身はそこに近づけず、ただ遠巻きに立っていた。
ただの遊びのつもりだった。得意な氷の魔法で家を作ったり道を作ったりして、姉と遊んでいるだけのはずだった。
少し足を滑らせて、頭を打った。まだ幼かった彼女はあまりの痛さに泣き叫んだ。姉が慰めようとしていることにも気付かずに。
魔力は暴走した。氷の魔法は泣き叫ぶ声と共に解き放たれ、周囲の全てを凍らせた。
彼女自身の姉すらも――生きているのかわからないほど、完全に。
声に気付いて両親が駆け付けた時、すでに彼女にはどうしようもなかった。
それはけして消えることのない、ミリア・スノーディンの心に刻まれた記憶だった――
『氷床の箱庭』。その特異な名称には理由がある。
この地は海に浮かぶ巨大な孤島のような姿をしているが、海岸というものは存在しない。というのも全域がぐるりと山に覆われた盆地であり、そもそも海抜がマイナスなのだ。ちょうど桶を風呂に半分ほど沈めた時を想像すればわかるように、もし壁となる山がなければこの地は海に沈むだろう。まるで神が戯れで作ったような構造が『箱庭』と呼ばれる所以だ。
いかにして地形ができた理由は明らかではないが、特殊な構造は特殊な気象現象を引き起こす。一年を通して氷に覆われるほどの寒気がその代表であり、これらの特徴から『氷床の箱庭』と呼ばれるのだ。
『氷床の箱庭』は通常人間が住むような場所ではなかったが、陸路のない孤島、全方位を囲う寒気を抱く山という条件は天然の要塞でもあった。遥か昔にそれを必要とした一族がこの『氷床の箱庭』に住み始め、自然にさえ適応できれば敵のいないこの地で人々は子孫を残していき、いつしか独自の文化を持った社会が生まれた。
立派に都市が構築された今でも先人の智慧と自然の恩恵に敬意をもって、この地は街の名前ではなく『氷床の箱庭』と呼称されているのだ。
だが社会ができ人が増えれば必ず、歪んだ心の持ち主というものは生まれる。天然の要塞も、中で生まれた膿を防ぐ術はない。
箱庭はじわじわと侵されつつあった。
「うぅ~っ……さっぶ!」
吹雪が吹きすさぶ中、ミリア・スノーディンは独り氷原を歩いていた。腕を腕同士で抱えて身を縮ませ体を震わせながら歩を進める。水をまけば地に落ちる前に氷となりほどの低温の中、ミリアはコート1枚だけだった。寒いとこぼす彼女だが、常人ならば一歩も動けなかっただろう。
そこは『氷床の箱庭』の北部に位置する氷原。人はおろか野生動物すらも生息しておらず、まず誰も訪れない死の場所だ。
「あいつらもよくここを越えたよね……だからこそ、あの双子も見落としたんでしょうけど」
ミリアは吹雪をものともせず、真っ直ぐに目的地へと向かって歩く。足元には氷魔法で作った板のような道具を靴の下につけることで雪と氷に埋まらず、氷魔法で吹雪を操ることで呼気を確保する。逆にそうでもしなければまともに進めもしない環境だ。
だからこそ奴らは――『氷床の箱庭』を蝕むマフィア、猩々団はこの地に潜伏しているのだ。
1年前、猩々団はあの双子の活躍により壊滅した。だが完全に滅んだわけではなく、残党が残っていたのだ。
そして1年の潜伏を経て今、猩々団は再び『氷床の箱庭』に魔の手を伸ばそうとしている。より深刻に、より悪辣に。
ミリアは深く責任を感じていた。元々、猩々団を潰すのは『氷床の箱庭』に住むミリアたちがしなければならなかった役目、それを双子にやらせてしまったばかりか、残党をみすみす見逃して彼らの仕事を無に帰してしまった。
それに今、猩々団がやろうとしていることは――
だから責任をとる。そのためにミリアは歩き続ける。
「こんな妹でごめんね、ヒトミ。でももう、終わらせるから……!」
命を捨てる覚悟は、とうにできていた。
一方その頃。
「へくちっ」
小さくヒトミはくしゃみをした。身を震わせてずっと鼻をすする。
「大丈夫か?」
「は、はい。でも久々の『氷床の箱庭』だから少し寒くって……」
「私たちも1年ぶりに来たけど、ここは相変わらず寒いね……セイル、コート1枚ちょうだい」
「断る。お前が寒いのならば俺も寒いに決まっている」
「女子は冷え性なの!」
都合の悪い時だけ女になるな、と俺は苦笑した。
俺らは魔法都市アスパムを離れ、ミリアが住む土地『氷床の箱庭』へとやってきていた。今いるのはその中心的な都市、寒さに強い石造りの家が立ち並ぶ場所だ。雪国の特徴なのか辺りはシンと静かで、真っ白な空の光は淡い。
俺たちが『氷床の箱庭』へと来たのは、ある人物の提言からだった。
それは彼女は俺が図書館でヒトミと話した後、いつの間にか俺の前に現れていた。
「お兄様よ。凍った花について聞いたことはあるか?」
後ろから声をかけてきたのはポップ・バンディ。白い髪にフードを被った、神を自称する厨二少女だ。
「凍った花? ドライフラワーみたいなものか?」
「ちと違うな。それは生まれた時から凍てついた花だ。花弁は氷の結晶のような独特の性質を持ち、咲く場所も永久に凍った場所……氷華とも呼ばれる、『氷床の箱庭』固有の花だ」
「面白い植物だが、それがどうかしたのか?」
「知らないのか? ミリア・スノーディンは、『氷床の箱庭』では『氷華』の二つ名で恐れられているんだ」
「へえ、まあ彼女の実力なら頷けるな。そういえばあの時も……って、なんでお前がそんなことを知っているんだ?」
「なんだ、神が全知なのも知らなかったのか?」
ポップは白い歯を見せていつものニヤニヤ笑いをしていた。
「氷華は過酷な環境で咲く花でな、咲く時は一瞬で咲き、散る時も一瞬だ。吹雪を受けてそれこそ氷が砕けるみたいにバラバラの破片になって散る様はなかなか詩的だぞ」
俺はポップが何が言いたいのかわからなかった。ただ珍しい花についてうんちくを傾けたかっただけなのか? などと思っていると。
「で、だ。もし……『氷華』の散るところを見逃したら、なあ」
ポップは笑ったまま顔をうつむける。するとフード彼女の目を影に隠し、わずかに不気味な表情になった。
「お前さん、後悔することになるかもしれんよ」
それだけ言うとポップは踵を返し去っていった。
ポップの言動に妙な胸騒ぎを覚えた俺はすぐにヒトミに会いに行った。するとミリアがヒトミにもろくに挨拶せずにアスパムを去ったことを伝えられ、俺の嫌な予感は強まる。
なぜポップがミリアのことを知っていたのか、何を根拠に忠告したのかもわからなかったが、とにかく居てもたってもいられなかった。
なのでサリアにも声を掛け、急遽ヒトミと共に『氷床の箱庭』へとやって来たのだ。
「さて、この街で聞き込みをしてみたが……ミリアらしき人影が箱庭の北部に向かったらしいな」
「北部は雪と氷があるだけで人が滅多に近寄らない場所。これは、何かあるね」
「私も、ミリアちゃんのお家の人に聞いてみたんですけど、アスパムから戻ってちょっと休んだだけですぐに出かけちゃったみたいなんです。まるで、どこかに急いでるみたいに……」
ポップの言葉を疑っていたわけではないが、やはりミリアの行動は普通ではなく、何かありそうだ。
だが俺はその時少し気になることがあった。
「なあヒトミ、ヒトミとミリアは姉妹なんだよな。なのになんでヒトミはルインズ、ミリアはここでバラバラに暮らしていたんだ? 特に『氷床の箱庭』なんて過酷な場所に」
「そ、それは……」
ヒトミは戸惑うように口ごもった。だがためらいがちにやがて語り出す。
「私が、悪いんです……私が6歳で、ミリアちゃんが5歳の頃、ミリアちゃんが魔法を暴発させちゃって、私が凍っちゃったらしいんです。私もよく覚えてないんですけど、結構命も危なかったらしくて……ミリアちゃんは生まれつき魔力と氷魔法の才能があったんですけど、強力過ぎてコントロールできていなかったんです。なのでその時からミリアちゃんは『氷床の箱庭』の親戚のところに預けられたんです、ここはいつも凍ってて、氷への対処法もたくさんあるから……」
強すぎる氷魔法を持つが故の隔離。それが姉妹を分けた理由だった。俺は改めてミリアの才能に驚くと共に、悲し気な姉妹の生い立ちに少し同情する。それでも魔法学校で話してた姉妹仲はよさそうだったのは、ヒトミとミリアの人格なのだろう。
「『氷床の箱庭』で魔法を練習して、ミリアちゃんも氷魔法をコントロールできようになったから、そろそろいっしょに暮らそうって話してたんです。なのにミリアちゃん、どうしちゃったんだろう……」
「ともかく追うしかないね。ところでセイル、私に考えがあるんだけど」
「なに?」
サリアがひとつの作戦を提案する。俺は理由に少し首を傾げながらも、その作戦には賛成した。
時を同じくして、ミリアは箱庭の北の果て……凍てついた洞窟へと辿り着いた。
「待っていなさい……全部、終わらせてやる!」
ミリアは覚悟と共にその洞窟へと入っていく。
懐かしき、因縁の場所へ。
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