双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-
第16話 氷華が散る前に
『氷床の箱庭』の北端、吹雪の中、本来ならば誰にも知られずにぽっかりと開く横穴――凍土の洞窟。
そこは美しい洞窟だった。何よりの特徴は洞窟の全面を覆う水色の鉱石だ。氷とよく似た透明度と輝きを持つその鉱石は洞窟の至る所を覆い、独特の美しさを醸し出している。
それがただの石でないことを――1人の人間より生み出されたことを誰が知るだろうか。いや、知られるべきではなかったのだ。
絶対に誰にも知られないと思ったからこそ、ミリア・スノーディンはここを選んだのに。
凍土の洞窟はそう広い洞窟ではない。ミリアもすぐに最深部に辿り着いた。
洞窟は薄暗いが壁にはところどころ松明が備えられており、人間の手が入っていることを想起させる。水色の鉱石が火を受けてきらめいていた。
洞窟の終わり、一際巨大な青い鉱石を背に座り込んでいた青年がいた。
「よォ……『氷華』。よく来たな。待ってたぜ」
皮肉交じりに言い放ち、けだるげに立ち上がる。ボロボロの布を適当に継ぎ合わせた服を着た青年はやせ細っており、伸びた白い髪もぼさぼさだ。それでいて、隈のある青色の目はミリアを映し、確かな敵意を抱いていた。仲間の姿は見えず、彼1人だ。
「できればもう二度とあんたの顔は見たくなかったわ……ベッゲルス!」
白髪の男、ベッゲルスはにたりと笑った。この男がマフィア集団猩々団のかつての幹部であり、今はその残党を率いる最高指導者だ。
「こっちとしてはあんたらがこれまで生き延びてた方が不思議だわ。こんな食糧もまともにとれない場所で1年もよく生きたもんね」
「まあなァ……俺たちだけじゃァ無理だったろォよ。だがな、俺らには協力者がいたんだ。この場所へ辿り着く手段も、食糧も、武器も……そいつが調達してくれた」
1年前、双子によって壊滅させられたはずのマフィアが生き残っていた理由はやはり外部の協力者だった。原生植物や希少動物の違法売買を資金源としていたマフィアは裏の繋がりがある。そこを断つことを怠ったのは自分の失態、とミリアは歯噛みした。
「そして俺らは知ったんだよ。この洞窟の正体をな。この洞窟がただの自然じゃァなく……」
ベッゲルスは洞窟を覆う鉱石を眺め、全てを知っているぞという顔で言った。
「お前の魔力が封印された場所だ、ってな」
核心を突かれミリアは拳を震わせる。それさえ知られなければ、こんなことにはならなかったというのに。
かつて姉を殺しかけたほどの魔法、ミリアはそれを制御できるよう訓練したのではなかった。その魔力を恐れるあまり、自らの体から切り離し封印していたのだ。そして封印の場所に選んだのがこの洞窟……当時は雪原に空いたただの穴であったこの場所、ここなら誰も寄り付かないだろうと思い、魔力を結晶化させて封じ込めた。
この洞窟を覆う水色や青の鉱石はマナが固化したもの。つまり洞窟の全ては、ミリアの魔力に覆われているのだ。
「まさか、よりにもよってあんたらにここを知られるなんてね……!」
「教えられたのさ、ある男にな。てめェを……いや、この『氷床の箱庭』をぶっ潰すためにな。ついでにその方法も与えられた」
ベッゲルスは腰に提げていたカトラス刀を抜いた。その反り返った刀身は、青色の光に満ちていた。
「こいつはこの洞窟の魔力とリンクさせてある。つまりここの魔力はもう俺の物ってわけだ。まったく末恐ろしいぜ『氷華』、てめェがこれだけの魔力を持っていたとはな……だが同時に阿保らしい、これほどの力をビビッて捨てていたとはなァ!」
ベッゲルスは勝ち誇って笑う。それもそうだろう、この洞窟に捨てたミリアの魔力は今ミリアが持つ魔力と同じかそれ以上。マナは不思議なことに固体化すると体積は増える性質を持つのだが、それでも洞窟全体を覆うほどのマナは、単なる武器に留まらない威力を持つ。
「……もっと早く気付くべきだったわ。あんたらの陰謀に」
「こっちとしては全部終わるまで気づかれたくなかったぜ。だがその分、取引ができるのはありがたい」
マフィアの残党がいること、そいつらが集まって何か企んでいることをミリアが掴んだのは、下っ端が街をうろついているのを見つけたごく最近のことだ。そこから調べるにつれ、猩々団がこの洞窟について知ったこと、その魔力を使おうとしていることを知った。
そしてそれは、ミリアにとってあまりにも深刻なことだった。
「わかってるよな? 『氷華』。特定の属性に特化した魔術師が最大の弱点とするのは、自身以上の同属性魔法だ。お前が制御できるようにビビりながら残した魔力と、暴走を引き起こすほどに膨大な魔力。どっちが強いかは言わなくてもいいよなァ」
ベッゲルスの言う通り、ミリアは今勝てない。氷を操る魔法は、それ以上の力で氷を操られればまるで無意味だ。
「俺の計画はシンプル! この氷の魔力を暴走させて、『氷床の箱庭』を覆う山の一部をぶっ壊す! そうすれば後は簡単だ、山に遮られていた海が一気に流れ込み、『氷床の箱庭』はぶっ壊れる! 住民は皆殺し! すごいと思わねえか? これだけでかい土地が、一瞬にして海の底だ! ハーハハハッハッハハーッ!」
ベッゲルスは魔力に満ちた武器を手に、高らかに笑った。
山に囲まれることで海よりも低い地に在る氷床、もしも山を破壊されれば本当に崩壊してしまうだろう。そしてこの洞窟に封印した魔力の全てを用いれば、それは可能だった。
「あんた……! なんでそんなことするのよッ!」
ミリアは怒る。呪われた力を持つ自分を受け容れてくれたこの地を壊す、そんなことを許せるはずがなかった。だがベッゲルスとて退きはしない。
「復讐さ。初めは金を稼げればそれでよかった……だが今は、俺らをとことんまで虚仮にして追いやった全てに復讐する! ぶっ壊れればそれでいい! それが、あの男との約束でもある! 俺の目的は今まさに叶っているんだぜ『氷華』、てめェが悔しがる顔を見るってことがなァ!」
「いいや……あんたの目的は、叶わない!」
ミリアの全身に魔力が渦巻き始める。周囲の水分が小さな氷となり、キラキラと彼女の周囲が輝き始めた。おいおい、とベッゲルスは苦笑する。
「まだわからねえのか? この洞窟の魔力がある限りお前は勝てねェ」
「知ってるわよ、そんなこと」
ミリアは氷をまとい笑う。それは自嘲だった。
「ここは私の罪そのもの……家族を殺しかけた上に、その力と向き合わずに逃げ出し、投げ捨てた。私が自分と戦うことから逃げて魔力を捨てたりしなければ、あんたらに利用されることも……『氷床の箱庭』が脅かされることもなかった。だから私は、責任をとる」
笑みはすぐに消えた。代わって闘志と、決意が彼女に満ちて、強くベッゲルスを睨みつけた。
「『氷床の箱庭』を囲う山はそう簡単には壊れないわ、あんたの計画にはこの洞窟の魔力がフルかそれに準ずる威力が必要なはず。そうでしょう? だったら私が戦って魔力を削れば、計画は破綻するわけだ」
「正気か? 言っただろ、同属性で純粋に勝る魔力には勝てないと。しかも今回は同じ人間の魔力だ、多い方が勝つに決まっている。それにこの洞窟の中にわざわざお前を誘い込んだ、お前が勝てる道理はひとつとしてない」
「勝つなんて一言も言ってないわよ。責任をとるだけ。たとえ私が死んだとしても……『氷床の箱庭』は守る、ってこと!」
悠長にする気はない。一撃で終わらせる。たとえその後、魔力を使い果たした自分があえなく殺されようとも。
ミリアは魔力をさらに高め、両手を体の前で合わせた。すると小さな板状の氷が次々に出現し、ミリアの手を中心に放射状に並んで回転を始める。彼女が『氷華』と呼ばれる所以、氷の花弁が舞い始めた。
そしてミリアは打ち放つ。彼女の全てを賭けた、渾身の一撃を。
「氷魔法はね、冷気を操るだけじゃあない! 極度の低温は全てを止め……同時に、破壊する力となる! さあ受けてみなさい、これが私の切り札!」
ミリアは高めた魔力をベッゲルス目掛け――
「【氷華一閃】!」
極限まで高められた冷気は破壊の光線となり、一直線に打ち放たれた。あまりの冷気に風は荒れ、地は響く。氷の天才児ミリア・スノーディンが己の全てを注ぎ込んだ一撃。
だが。
「フンッ!」
ベッゲルスは魔力を剣に漲らせると、一振りで光線を切り裂いた。
「え……」
「【コキュートス】」
驚くミリアをよそに魔法を使う。剣から放たれた氷は彼の周囲の空間そのものを凍てつかせ、光線はその冷気に呑まれるようにして、何一つ壊すことなく、消滅した。
「そ、そんな……! 私の、最大の一撃が、あっさり……」
「言っただろ。この魔力はお前の魔力……それだけじゃあない、この永久凍土の中で月日をかけてマナを溜め込んだんだ。『氷床の箱庭』に渦巻く氷のマナがな。皮肉だなァ、お前は守るはずの場所の力で負けたんだ」
「で、でも、今のであんたは魔力を使ったはず! これでもう……」
「バカが!」
ベッゲルスは剣を振るい、冷気が放たれる。冷気はあっさりとミリアの手足を凍てつかせ拘束した。これでもうミリアは逃げられない。
「この洞窟に封印された魔力をこうして使えるってのがどういうことかわからねえのか? マナを取り出して吸収する技術が俺らにはあるってことだ! 今ので大部分使っちまったようだが、マナってのは人間が意識して全部使えるわけじゃねえからな……十分、収支はつく量がお前の体には残ってるはずだぜ」
「なっ……ま、まさかあんた、私の魔力を!」
「驚くことか? 徹頭徹尾お前の魔力を利用しているだけだよ。お前は死に、その魔力でどの道箱庭は消える! ハッハハ、すげえなァ、お手本のような犬死……いやそれ以下だ! ハハハ、ハハハハーハハッハーッ!」
「く、そっ……!」
ミリアは必死にあがこうとしたが、手足は完全に凍結させられている。たとえ魔法を使えたとしてもベッゲルスに効くはずはない。
「教えてやろうか? お前に計画を知られたのも、ぜんぶわざとだよ! こうしてお前をおびき寄せて利用するためにな! ついでにお前がこんな場所にいれば、街の方は守りは手薄になるだろ? 今頃俺の部下が暴れてるぜ……ちょっとだが洞窟の魔力も分けてあるしなァ。どうした、箱庭を守るんだろ? なにボサッとしてるんだァ?」
全て手の平の上で踊らされていたことを知り、ミリアはもはや何もできなかった。
結局自分は何もできないのか。自分がいたばかりに、周囲が不幸になる。それは死ぬまで変わらないのか――
「うっ……うぅっ、うぐっ……」
涙が零れ始めた。
死ぬ前にせめて一度と、家族に、ヒトミに会ってきた。でもその資格が自分にあったのだろうか? 結局自分は呪われた力を制御することもできず逃げただけ、あまつさえそのために愛する街は滅ぶ。涙は止まらなかった。
「ん? なんだ、泣いてるのか……」
興奮していたベッゲルスは突然冷め切った目でミリアを見つめる。けっ、と吐き捨てるように言った。
「もういい。弱いてめェをいたぶったってしょうがねェ、終わらせてやるよ。その魔力だけ差し出して、眠りな」
ベッゲルスは手にした剣を振りかざす。そしてミリアの胸目掛け、振り下ろした。
その時だ。
「【ティア・マグナ】」
突然洞窟に第三者の声が響く。その途端、膨大なほどの突風が洞窟を襲った。
「な、なにッ!? ぐああっ」
「きゃっ」
身体能力自体は常人程度のベッゲルスはあっさり吹き飛ばされた。ミリアは足が地面に凍り付いていることでかえって飛ばされずに耐える。一方でゲッベルスは風に吹き飛ばされ、洞窟の青い水晶に背中を打ち付けた。
「クソッ……誰だ!? こんな場所に、人が来るはずは……!」
背中を抑えつつ立ち上がるベッゲルスは荒々しく叫んだ。ミリアもわからなかった、いったい誰がこんな北の果てに来るというのか。それもあれほどの魔法を一瞬で打ち放ち――ミリアの命を救ったのは。
「無事か? ミリア。間に合ってよかった」
洞窟の外から現れて、炎魔法でミリアの手足を解放したのはセイル。セイル・フェルグランドだった。
「あんた……どうして」
「お前が危機かもしれないと聞いて追って来たんだ。『氷華』はまだ散っていないようだな、しかし間一髪だった」
ミリアの手足を解放するとセイルは頷き、ベッゲルスへと向き直る。ミリアをかばい守るように仁王立ちをして。
「ここからは、俺に任せろ」
その背中にミリアはあの時の光景を想起させる。また、助けられてしまった、と。
絶望し凍てついていたミリアの心に――ほのかな温もりが戻った。
そこは美しい洞窟だった。何よりの特徴は洞窟の全面を覆う水色の鉱石だ。氷とよく似た透明度と輝きを持つその鉱石は洞窟の至る所を覆い、独特の美しさを醸し出している。
それがただの石でないことを――1人の人間より生み出されたことを誰が知るだろうか。いや、知られるべきではなかったのだ。
絶対に誰にも知られないと思ったからこそ、ミリア・スノーディンはここを選んだのに。
凍土の洞窟はそう広い洞窟ではない。ミリアもすぐに最深部に辿り着いた。
洞窟は薄暗いが壁にはところどころ松明が備えられており、人間の手が入っていることを想起させる。水色の鉱石が火を受けてきらめいていた。
洞窟の終わり、一際巨大な青い鉱石を背に座り込んでいた青年がいた。
「よォ……『氷華』。よく来たな。待ってたぜ」
皮肉交じりに言い放ち、けだるげに立ち上がる。ボロボロの布を適当に継ぎ合わせた服を着た青年はやせ細っており、伸びた白い髪もぼさぼさだ。それでいて、隈のある青色の目はミリアを映し、確かな敵意を抱いていた。仲間の姿は見えず、彼1人だ。
「できればもう二度とあんたの顔は見たくなかったわ……ベッゲルス!」
白髪の男、ベッゲルスはにたりと笑った。この男がマフィア集団猩々団のかつての幹部であり、今はその残党を率いる最高指導者だ。
「こっちとしてはあんたらがこれまで生き延びてた方が不思議だわ。こんな食糧もまともにとれない場所で1年もよく生きたもんね」
「まあなァ……俺たちだけじゃァ無理だったろォよ。だがな、俺らには協力者がいたんだ。この場所へ辿り着く手段も、食糧も、武器も……そいつが調達してくれた」
1年前、双子によって壊滅させられたはずのマフィアが生き残っていた理由はやはり外部の協力者だった。原生植物や希少動物の違法売買を資金源としていたマフィアは裏の繋がりがある。そこを断つことを怠ったのは自分の失態、とミリアは歯噛みした。
「そして俺らは知ったんだよ。この洞窟の正体をな。この洞窟がただの自然じゃァなく……」
ベッゲルスは洞窟を覆う鉱石を眺め、全てを知っているぞという顔で言った。
「お前の魔力が封印された場所だ、ってな」
核心を突かれミリアは拳を震わせる。それさえ知られなければ、こんなことにはならなかったというのに。
かつて姉を殺しかけたほどの魔法、ミリアはそれを制御できるよう訓練したのではなかった。その魔力を恐れるあまり、自らの体から切り離し封印していたのだ。そして封印の場所に選んだのがこの洞窟……当時は雪原に空いたただの穴であったこの場所、ここなら誰も寄り付かないだろうと思い、魔力を結晶化させて封じ込めた。
この洞窟を覆う水色や青の鉱石はマナが固化したもの。つまり洞窟の全ては、ミリアの魔力に覆われているのだ。
「まさか、よりにもよってあんたらにここを知られるなんてね……!」
「教えられたのさ、ある男にな。てめェを……いや、この『氷床の箱庭』をぶっ潰すためにな。ついでにその方法も与えられた」
ベッゲルスは腰に提げていたカトラス刀を抜いた。その反り返った刀身は、青色の光に満ちていた。
「こいつはこの洞窟の魔力とリンクさせてある。つまりここの魔力はもう俺の物ってわけだ。まったく末恐ろしいぜ『氷華』、てめェがこれだけの魔力を持っていたとはな……だが同時に阿保らしい、これほどの力をビビッて捨てていたとはなァ!」
ベッゲルスは勝ち誇って笑う。それもそうだろう、この洞窟に捨てたミリアの魔力は今ミリアが持つ魔力と同じかそれ以上。マナは不思議なことに固体化すると体積は増える性質を持つのだが、それでも洞窟全体を覆うほどのマナは、単なる武器に留まらない威力を持つ。
「……もっと早く気付くべきだったわ。あんたらの陰謀に」
「こっちとしては全部終わるまで気づかれたくなかったぜ。だがその分、取引ができるのはありがたい」
マフィアの残党がいること、そいつらが集まって何か企んでいることをミリアが掴んだのは、下っ端が街をうろついているのを見つけたごく最近のことだ。そこから調べるにつれ、猩々団がこの洞窟について知ったこと、その魔力を使おうとしていることを知った。
そしてそれは、ミリアにとってあまりにも深刻なことだった。
「わかってるよな? 『氷華』。特定の属性に特化した魔術師が最大の弱点とするのは、自身以上の同属性魔法だ。お前が制御できるようにビビりながら残した魔力と、暴走を引き起こすほどに膨大な魔力。どっちが強いかは言わなくてもいいよなァ」
ベッゲルスの言う通り、ミリアは今勝てない。氷を操る魔法は、それ以上の力で氷を操られればまるで無意味だ。
「俺の計画はシンプル! この氷の魔力を暴走させて、『氷床の箱庭』を覆う山の一部をぶっ壊す! そうすれば後は簡単だ、山に遮られていた海が一気に流れ込み、『氷床の箱庭』はぶっ壊れる! 住民は皆殺し! すごいと思わねえか? これだけでかい土地が、一瞬にして海の底だ! ハーハハハッハッハハーッ!」
ベッゲルスは魔力に満ちた武器を手に、高らかに笑った。
山に囲まれることで海よりも低い地に在る氷床、もしも山を破壊されれば本当に崩壊してしまうだろう。そしてこの洞窟に封印した魔力の全てを用いれば、それは可能だった。
「あんた……! なんでそんなことするのよッ!」
ミリアは怒る。呪われた力を持つ自分を受け容れてくれたこの地を壊す、そんなことを許せるはずがなかった。だがベッゲルスとて退きはしない。
「復讐さ。初めは金を稼げればそれでよかった……だが今は、俺らをとことんまで虚仮にして追いやった全てに復讐する! ぶっ壊れればそれでいい! それが、あの男との約束でもある! 俺の目的は今まさに叶っているんだぜ『氷華』、てめェが悔しがる顔を見るってことがなァ!」
「いいや……あんたの目的は、叶わない!」
ミリアの全身に魔力が渦巻き始める。周囲の水分が小さな氷となり、キラキラと彼女の周囲が輝き始めた。おいおい、とベッゲルスは苦笑する。
「まだわからねえのか? この洞窟の魔力がある限りお前は勝てねェ」
「知ってるわよ、そんなこと」
ミリアは氷をまとい笑う。それは自嘲だった。
「ここは私の罪そのもの……家族を殺しかけた上に、その力と向き合わずに逃げ出し、投げ捨てた。私が自分と戦うことから逃げて魔力を捨てたりしなければ、あんたらに利用されることも……『氷床の箱庭』が脅かされることもなかった。だから私は、責任をとる」
笑みはすぐに消えた。代わって闘志と、決意が彼女に満ちて、強くベッゲルスを睨みつけた。
「『氷床の箱庭』を囲う山はそう簡単には壊れないわ、あんたの計画にはこの洞窟の魔力がフルかそれに準ずる威力が必要なはず。そうでしょう? だったら私が戦って魔力を削れば、計画は破綻するわけだ」
「正気か? 言っただろ、同属性で純粋に勝る魔力には勝てないと。しかも今回は同じ人間の魔力だ、多い方が勝つに決まっている。それにこの洞窟の中にわざわざお前を誘い込んだ、お前が勝てる道理はひとつとしてない」
「勝つなんて一言も言ってないわよ。責任をとるだけ。たとえ私が死んだとしても……『氷床の箱庭』は守る、ってこと!」
悠長にする気はない。一撃で終わらせる。たとえその後、魔力を使い果たした自分があえなく殺されようとも。
ミリアは魔力をさらに高め、両手を体の前で合わせた。すると小さな板状の氷が次々に出現し、ミリアの手を中心に放射状に並んで回転を始める。彼女が『氷華』と呼ばれる所以、氷の花弁が舞い始めた。
そしてミリアは打ち放つ。彼女の全てを賭けた、渾身の一撃を。
「氷魔法はね、冷気を操るだけじゃあない! 極度の低温は全てを止め……同時に、破壊する力となる! さあ受けてみなさい、これが私の切り札!」
ミリアは高めた魔力をベッゲルス目掛け――
「【氷華一閃】!」
極限まで高められた冷気は破壊の光線となり、一直線に打ち放たれた。あまりの冷気に風は荒れ、地は響く。氷の天才児ミリア・スノーディンが己の全てを注ぎ込んだ一撃。
だが。
「フンッ!」
ベッゲルスは魔力を剣に漲らせると、一振りで光線を切り裂いた。
「え……」
「【コキュートス】」
驚くミリアをよそに魔法を使う。剣から放たれた氷は彼の周囲の空間そのものを凍てつかせ、光線はその冷気に呑まれるようにして、何一つ壊すことなく、消滅した。
「そ、そんな……! 私の、最大の一撃が、あっさり……」
「言っただろ。この魔力はお前の魔力……それだけじゃあない、この永久凍土の中で月日をかけてマナを溜め込んだんだ。『氷床の箱庭』に渦巻く氷のマナがな。皮肉だなァ、お前は守るはずの場所の力で負けたんだ」
「で、でも、今のであんたは魔力を使ったはず! これでもう……」
「バカが!」
ベッゲルスは剣を振るい、冷気が放たれる。冷気はあっさりとミリアの手足を凍てつかせ拘束した。これでもうミリアは逃げられない。
「この洞窟に封印された魔力をこうして使えるってのがどういうことかわからねえのか? マナを取り出して吸収する技術が俺らにはあるってことだ! 今ので大部分使っちまったようだが、マナってのは人間が意識して全部使えるわけじゃねえからな……十分、収支はつく量がお前の体には残ってるはずだぜ」
「なっ……ま、まさかあんた、私の魔力を!」
「驚くことか? 徹頭徹尾お前の魔力を利用しているだけだよ。お前は死に、その魔力でどの道箱庭は消える! ハッハハ、すげえなァ、お手本のような犬死……いやそれ以下だ! ハハハ、ハハハハーハハッハーッ!」
「く、そっ……!」
ミリアは必死にあがこうとしたが、手足は完全に凍結させられている。たとえ魔法を使えたとしてもベッゲルスに効くはずはない。
「教えてやろうか? お前に計画を知られたのも、ぜんぶわざとだよ! こうしてお前をおびき寄せて利用するためにな! ついでにお前がこんな場所にいれば、街の方は守りは手薄になるだろ? 今頃俺の部下が暴れてるぜ……ちょっとだが洞窟の魔力も分けてあるしなァ。どうした、箱庭を守るんだろ? なにボサッとしてるんだァ?」
全て手の平の上で踊らされていたことを知り、ミリアはもはや何もできなかった。
結局自分は何もできないのか。自分がいたばかりに、周囲が不幸になる。それは死ぬまで変わらないのか――
「うっ……うぅっ、うぐっ……」
涙が零れ始めた。
死ぬ前にせめて一度と、家族に、ヒトミに会ってきた。でもその資格が自分にあったのだろうか? 結局自分は呪われた力を制御することもできず逃げただけ、あまつさえそのために愛する街は滅ぶ。涙は止まらなかった。
「ん? なんだ、泣いてるのか……」
興奮していたベッゲルスは突然冷め切った目でミリアを見つめる。けっ、と吐き捨てるように言った。
「もういい。弱いてめェをいたぶったってしょうがねェ、終わらせてやるよ。その魔力だけ差し出して、眠りな」
ベッゲルスは手にした剣を振りかざす。そしてミリアの胸目掛け、振り下ろした。
その時だ。
「【ティア・マグナ】」
突然洞窟に第三者の声が響く。その途端、膨大なほどの突風が洞窟を襲った。
「な、なにッ!? ぐああっ」
「きゃっ」
身体能力自体は常人程度のベッゲルスはあっさり吹き飛ばされた。ミリアは足が地面に凍り付いていることでかえって飛ばされずに耐える。一方でゲッベルスは風に吹き飛ばされ、洞窟の青い水晶に背中を打ち付けた。
「クソッ……誰だ!? こんな場所に、人が来るはずは……!」
背中を抑えつつ立ち上がるベッゲルスは荒々しく叫んだ。ミリアもわからなかった、いったい誰がこんな北の果てに来るというのか。それもあれほどの魔法を一瞬で打ち放ち――ミリアの命を救ったのは。
「無事か? ミリア。間に合ってよかった」
洞窟の外から現れて、炎魔法でミリアの手足を解放したのはセイル。セイル・フェルグランドだった。
「あんた……どうして」
「お前が危機かもしれないと聞いて追って来たんだ。『氷華』はまだ散っていないようだな、しかし間一髪だった」
ミリアの手足を解放するとセイルは頷き、ベッゲルスへと向き直る。ミリアをかばい守るように仁王立ちをして。
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