双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第9話 決闘 ~早食いから剣技まで~

 魔法学校で突然、鎧を着た少女に私たちは決闘を迫られた。
 赤い髪の少女は私たちを睨みながら言葉を連ねる。

「私はメイリア・バンディ! 故あってフェルグランド家の双子、貴様らに勝たねばならん!」

 勇ましい声を上げる少女だがついさっき派手に転倒したところを見てしまったのであまり強そうには見えなかった。だが私たちを睨む目付きは冗談にも見えない。そもそも剣を抜き相手に向けているのだから、冗談で済ませる気はないだろう。

「決闘……なんの目的で?」
「手段は考えているのか。欲しいのは俺らの命か、それとも勝利の称号か?」

 なので私たちも真剣に応じた。最悪生死をかけた戦いまで覚悟する。だが少女はそこまではする気がなかったようで、「えっ」と困惑して目を泳がせた。

「い、命までは……そう、勝利の称号だ! 私はお前らに勝利する! そして新たな英雄となるのだ!」
「英雄?」
「そう、英雄だ! そして人気者になる! この皆からの尊敬を一心に浴び、そして王立騎士団の一員となるのだ!」

 独特に興奮した喋り方をする少女。言っていることはよくわからなかったが、別に危険な人物というわけでもなさそうだ。

「たしかちょっと奥に広場があっただろう! ぽかぽかの! そうぽかぽか広場だ! そこに行って私と決闘するのだ! にゃは……ごほん、フ、フハハハーッ!」

 勝手に盛り上がり、笑い方を修正してから、少女は広場と真逆の方向に歩いていく。一部始終を見ていた周りの生徒から口々に指摘され慌てて振り返り、広場へと向かっていった。
 私たちはまた顔を見合わせて首をかしげてからそれに続くのだった。



 魔法学校の広場は学校の中心にあり、芝生や植樹が整備されたメイリアが語った通りのぽかぽかの陽ざしがある憩いの空間である。その中心には跨げる程度の水路で分けられた円形の空間があり、俺たちはそこで対峙していた。互いに剣を持っていたとしても間合いに余裕がある程度の広さはある。
 そして広場の周囲には話を聞きつけたのか見物の生徒が大勢訪れて盛り上がっており、広場の四方を囲む校舎からも大勢の生徒が覗いていた。
 そしてそれはメイリアのテンションを上げているらしかった。

「フ、フ、フ! 大勢が私を見ている……私が人気者だからだ! そしてもっと人気者になるのだ! お前らを倒して!」

 メイリアは意気揚々と再び剣を向けた。そんな彼女に聞こえないように、私たちはひそひそと話し合う。

「なんというか……かわいい、子だよね。よく言うと」
「悪く言うとアホだがな。俺だからいいが、もっと危険な相手に剣を向けないか心配だ」
「だね。とりあえず決闘に付き合ってみよう」
「こら! お前ら何を話している! 私に付き合え! そして敗北するのだ!」
「はいはい……」

 私たちは目で合図しあい、私が出ることにした。相手はどうやら剣士らしいので身体能力に優れるセイルが出ると危ないかもしれない、という判断だ。女同士平等でもある。

「まずは私が相手するよ。それで、決闘はどういう方法でやるの?」
「うむ! まずはこれだ!」

 メイリアはもぞもぞと腰の辺りをまさぐると、なぜかレモンを取り出した。唐突なレモン登場に、へっ、と私たちは素で驚く。

「この超絶にすっぱいレモンの早食いだ! この恐るべき黄色はお前らの味覚をズタボロに破壊することだろう! ではいくぞ!」

 そう言ってメイリアはレモンに被りついた。私はレモンを持っていないので競いようがないというのに。
 メイリアは気にせず1人で一心不乱にレモンを食べ進めた。だが実際かなり速いスピードであり、えづくこともなくあっさりとレモンを完食した。きれいに皮だけ残している。

「フッハッハ! どうだ、私の神速……んっ!?」

 口元をレモン汁でべたべたにしながら顔を上げて、ようやく私がレモンを渡されていないことに気付いたらしい。だが反応は予想外のものだった。

「なんだと!? 私よりも早く、そして綺麗に平らげるとは! 私の負けだ! だが次はこうはいかんぞ!」
「え、いや……」
「次はこれだ!」

 私たちが訂正しようとするのも聞かず、メイリアは次の決闘を提案するのだった。



 それからメイリアはいくつもの決闘を私に仕掛けてきた。が、それはことごとく決闘というかなんというか、レモン早食いに始まり、早口言葉、手押し相撲、指相撲など。メイリア本人は大真面目に勇んで挑みかかってくるのだが、彼女はどれも敗北した。しかもおおむね彼女の凡ミスで、である。

「クソォ……ここまでとは! さすがはフェルグランド家の天才妹! そして双子!」

 それでもメイリアは心底悔しがっている様子だった。剣を支えに膝をついて息を荒くし、格好だけは激戦を繰り広げた女戦士である。

「どうする? セイル」
「お前が悩んでるなら俺も悩み中だ。このままじゃラチが明かない」
「だよね……悪い子じゃないのはわかったけど、決闘は本気みたいだし」
「諦めてくれればいいんだがなあ……」
「こらお前ら、また何を話している! 私との決闘はまだ終わってはいないぞ!」
「はいはい」

 呆れながら決闘を続ける。そろそろ終わらせたいなと思っていたところだが、都合よくメイリアもうそう思っていてくれたらしかった。

「こうなれば最後の手段! これを最後の決闘としよう! そして私は勝ち、英雄となるのだ!」

 ついに最後の決闘らしい。私はほっと息をついた。

「今度はなにかな? しりとり? なぞなぞ?」
「違う! 最後は最後にふさわしいものがあるのだ! それは無論、これだ!」

 メイリアはまた剣を私へと突きつける。そして高らかに言った。

「剣による決闘! それによる決着! そして私は決定的に勝利するのだ! にゃーはっはっは、じゃないフーッハッハッハ!」

 思わぬまともな決闘方法に私は驚いた。温度差がひどくて風邪を引きそうだ。だが考えてみれば剣を持ち決闘を申し込んでいるのだから剣で戦うのが当たり前である。

「む、だがお前らは剣を持っていないではないか! このうっかりさんめ! ならば今すぐ武器屋に行って剣を買ってこい! おこづかいはいくらある?」
「私は剣がなくてもいいけど……ねえ、本当に決闘するの? 剣で戦うとなったら危ないよ? あ、でも剣の切れ味勝負とかなら……」
「違う! 勝負は、私の家に伝わる伝統的な決闘方法だ!」

 メイリアはまた腰の辺りをごそごそとやり、何かを取り出した。彼女は何度かこうして物を取り出すのだが、どうも衣服に入る限界を越えて取り出しているように見えてならない。
 取り出したのは小瓶だった。中にピンク色でどろりとした液体が入っている。彼女はその蓋を開けると剣にそっと当て、中身をゆっくり流した。すると剣の一面がピンク色に染まる。

「これは特殊な塗料で、肌に容易に付着するが血で溶ける! 勝敗はこれが肌についた時点で決するが、血で掻き消えたらなし! すなわち剣を相手に当てつつも血を流させない、高尚な剣技を競うのだ!」

 へえ、と少し感心する。彼女が使ったインクのようなものは特殊な魔法性質を持っているらしく、決闘方法もよくできている。少なくとも彼女が考えたものでないのはたしかなようだ。

「その塗料って、剣と皮膚にしかつかないの?」
「バカを言え、このピンク色はなんにでもつく! そしてなかなか落ちないぞ! さあお前の番だ、好きな武器につけるがいい!」

 メイリアが小瓶を投げ渡す、だが蓋を閉めるのを忘れているので私はこぼさないよう苦労して受け取る。

「さて、と。【ソードエイド】」

 私は魔力を物質化する魔法、その上位種のものを使用した。右手を覆い包むようにして光り輝く魔力が集約し、刃の形となって安定化する。切れ味は本物さながら、私の補助魔法の中でも攻撃的なひとつだ。
 私はそこに小瓶のインクをたらす。メイリアの言った通りにインクは魔力の剣にすら付着し、その片側をピンク色に変えた。使い終わった小瓶はひとまずセイルに渡した。

「準備万端じゃないかこのせっかちさんめ! そうだ、この決闘では場所を制限する! ちょうど丸い形のこの場所を舞台としよう! 文句はないな?」
「うん、いいよ。早く始めない?」

 これでようやく決闘が終わるというので、私はさっさと終わらせたかった。セイルも同じ気持ちなのですぐに場所を離れ、円状の舞台には私とメイリアだけになる。

「さあ覚悟はよいな? 私を英雄にする準備は!」
「いいって。いつでも来なよ。でも、終わったらあなたについて少し聞かせてね」
「いいだろう、英雄について人々が知りたがるのは当然だからな!」

 妙に英雄についてこだわりを持つ彼女。ひとまず決闘を終え、その行動理由というか、何を考えていたのかについて詳しく聞きたいところだった。そのためにも決闘をさっさと終わらせる。
 私はセイルには劣るとはいえ転生による高い身体能力があり、剣術もたしなみがある。特殊な決闘方法であろうと負ける気はしなかった――相手がメイリアだし。

「そっちから来い、英雄は先を譲るものだ! そして人気者には謙虚さも必要なのだ!」
「なら……遠慮なく、行くよッ!」

 私は地を蹴り、メイリアへと躍りかかった。狙いは首筋、一瞬で仕留める。常人を遥かに超えた速度で接近し正確に首筋へと剣を当てる。
 だが次の瞬間、私の剣はメイリアに受け止められていた。

「なっ……」
「ふん!」

 メイリアが私の剣を受け流す。剣の角度をわずかに逸らし、最小限の力で、かつ私の体勢を崩すように。それは非のつけようのない「剣術」。

「そこだッ!」

 最小限の動作での防御は最速での反撃となる。メイリオの剣が私へと襲い掛かった。手首、肩、腰、全てに正しい力が込もった一撃。
 不用意に飛び掛かり、体勢を崩された私に回避の術はなかった。そして刹那の間に気付く。もしも今までのが全て演技だったら。私を油断させ、この状況に持ち込むためだったら。決闘の方法も全てフェイクで、この首を撥ねに来ているのならば……

「【コルケン】!」

 私はすぐに魔法を使った。体を瞬時に硬化させる魔法を首にかける、一瞬だが鋼にすら勝る高度に肌を変える。これで剣は防げる。
 だがメイリオの剣が私の肌を斬ることはなかった。
 完全に力が乗っていたはずの彼女の剣は私の首筋でピタリと止まり、私は僅かな力すら感じない。硬化した肌と剣が触れ合えばコンという音が鳴るはずなのに、それすらないのがその証拠だった。

「くっ」

 私は慌てて一歩飛び退き、首筋を触る。確かめた手には、ピンク色のインクが確かに付着していた。

「フ、フフ……にゃーっはっはっはーっ!」

 驚く私をよそに、メイリオが高笑いを上げていた。

「どうだ! 私の勝ちだ! これで私は英雄となる! そして賞賛と尊敬の嵐をさまようのだ! にゃーはっはっはっはー! にゃっ!」

 メイリオは心底嬉しそうで、その様子はいつものアホっぽい彼女である。私はすぐ直前に彼女に殺されるのではないかと思ったことすら信じられず、呆然と彼女を見ていた。
 そんな私のそばにセイルが歩み寄る。

「彼女、完璧な剣術だった。傍から見ていてもそう思う。俺らが本気で臨めばわからないだろうが、今の油断しきったお前で勝てる腕前ではなかったぞ」
「うん……私が一番わかってる。彼女、剣術は本物だよ。もしも彼女に殺意があったら危なかった」

 だが今思えば彼女からはまったく殺気を感じなかった……完全に私の敗北だ。
 転生してからこうも完膚なきまでに敗けたのは初めてだ。私は内心、かなりの衝撃を受けていた。

「……むっ? だが待てよ……えと、いちのにの……むむっ!? これでは1勝13敗ではないか!? これでは勝ったとはいえん! そして英雄になれない! くそっ」

 なぜか両手の指で13を数え、彼女は悔しそうに地団駄を踏んだ。別にこれまでの決闘が演技だったわけでもなさそうだ。つまりメイリオは、剣術だけが本当にすばらしい技術を持っていたのだ。

「いや……あなたの勝ちだよ、メイリオ。見事だった」
「むっ、そうか? お前がそういうのならば仕方がない、私の勝ちだ! にゃは……フハハハハー!」

 無邪気に高笑いするメイリオ。私はなんだか、この不思議な少女に強い興味を持ってしまっているのだった。

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