双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第5話 少女の笑顔と恐怖、悪の屋敷へ

 私たちは馬車に乗って悪政の貴族ゴーディーの下へ向かっていた。執事ナイブズはあの後しこたま脅しつけられて今は御者として私たちを案内している。

「すごいですね、セイルさん! あのナイブズをあっさり倒してしまうなんて!」

 ヒトミは目をきらきらと輝かせていた。セイルは罰の悪そうに曖昧に笑い、「まあな」とお茶を濁す。私たちは能力を褒められることがあまり好きじゃない……というより恥ずかしいのだ。そこは私もセイルも同じである。

「相手が油断してただけだよ、俺は別に……」
「そんなことないです! やっぱり噂に名高いフェルグランド家の兄妹はすごいですね! 私もアスパムまで来た甲斐がありました!」

 純粋な目で賞賛するヒトミを無下にもできず私たちは曖昧な返事を返すばかりだった。ただヒトミのような可愛らしい子に褒められるのはけして悪い気分ではない。セイルはともかく実は私も、前世での価値観はまだ色濃く残っており、格好いい男に言い寄られるよりは美少女に好意を寄せられた方がずっと嬉しかったりする。これは少し悩みの種でもあるのだが、まあ今はいいだろう。

「えっと……ヒトミも、見た感じ魔術師なんだよね。どんな魔法が使えるの?」
「あ、はい! 私は氷魔法が得意です、一応……でもお2人ほどではないですよ? 特に全属性の攻撃魔法を操るセイルさんほどでは」
「そう持ち上げられるとやりづらいな。氷魔法か、どんなことができるんだ?」
「え、と……お2人に見せるのは恐縮ですけど、得意なものを……」

 ヒトミは集中し、両手で器を作るとそこに魔力を集中させていく。冷たい風が彼女の周囲に吹いて、その手の平の上にだんだんと集まる。すると彼女の手の中に、瞬く間に氷のオブジェクトが作られていった。
 出来上がったのは氷のウサギだった。きれいに透き通っていて、細部まで作り込まれた芸術的な一品に私たちは思わず声を漏らした。

「すごいよヒトミ、こんなに繊細な氷像を一瞬で作るなんて」
「そ、そんなことないです。お2人に比べれば……」
「いや、これは誇っていい技術だ。俺らも魔法ならばできるが造形の繊細さはまねできない。見事なもんだ」
「そ、そうですか? えへへ……」

 ヒトミは照れて頭をかく。実際氷のウサギは見事だった。私たちが転生で授かったのは魔法技術と身体能力、芸術的なデザインなどは持っていない。こういった人それぞれの能力の価値というものを理解したのが転生してようやくなのだから悲しいものだ。もっとも鈴木健司にそんな能力があったかは疑問だが。
 ヒトミはセイルを見て、明るく笑った。

「私、5歳くらいの時、まだルインズが普通だった頃……一回だけアスパムに来て、その時にお2人を見たんです。お2人は私と同い年なのにもうすごい魔法を使っててびっくりして……それ以来、私はお2人に憧れて魔法を学んできたんです。だから憧れの2人に褒められて、私、すごく嬉しいです!」

 屈託のない笑顔に私はとても癒された。私たちの力の出自はあれだが、それを真っ直ぐに慕ってくるヒトミの眩しさが嬉しかった。
 ただ少し気になったのはヒトミは私たち2人を尊敬していると言っているが……いや事実そうなのだろうが、彼女はわずかにセイルの方により熱い視線を送っている。無理もない、セイルは私から見ても絵にかいたような美男子だ、ヒトミが心を惹かれのも無理はない。だが元男の私としては不平等感を禁じえないのだった。
 とその時、揺れていた馬車が止まった。セイルが御者の席のナイブズに問いかける。

「ナイブズ! 着いたのか?」
「は、はい。到着しました」

 その途端、ヒトミの顔から笑顔が消えた。あれほど明るく笑っていた顔は一瞬で不安げに目を泳がせた、怯えた表情に変わる。彼女の街を支配している貴族への恐れだ。
 ヒトミのような子にこんな顔をさせるゴーディー・フロギット、許せない。私たちは頷き合い、決意をもって馬車を降りた。



 俺らがナイブズに案内させたのはルインズの北にあるというゴーディーの屋敷だった。
 そこはフェルグランド家の宮殿に負けず劣らず大きな屋敷で、外装からも相当な金がかかっていることがわかる。周囲には高い塀が完全に張り巡らせており、外敵への警戒、ひいては敵を作っているのだという自覚があることを伺わせる。
 俺らはその屋敷の裏側に馬車を回していた。正面からは間違いなく警護がいるはずだからだ。

「ナイブズ、裏口か何かあるだろう。案内を……」

 ナイブズに案内をさせようと思ったが、いつの間にかナイブズは消えていた。どうやら俺らが屋敷を確認している一瞬で目ざとく逃げ出したらしい。悪賢い奴である。

「参ったな、油断した。もっと叩きのめしとくべきだったか」
「仕方がないよ、仮にも暗殺者なんだから完全には折れないって。それより自力で侵入する手段を考えなきゃ」
「そうだな、最悪正面突破もできなくないが、潜入が理想だ。どうにかして……」

 とその時。
 屋敷の裏を完全に囲う塀の一部が開いた。隠し扉となっていたようだ。そしてそこから現れたのは1人のメイドだった。大量のゴミを抱えていた。

「うんしょ、うんしょ……まったく人づかいが荒いんだから。給料はおいしいからやるけどさあ……あー腰痛ッ……ん?」

 メイドはゴミを適当なところに置き腰を伸ばした後、ようやく俺らに気付いたようだった。

「あれ、お客さん? 予定あったっけかなあ。あっ、ひょっとして正面わからなくてこっち来ちゃったの?」

 メイドは微妙にムカつく笑い方をしていた。金色の長髪をサイドアップにまとめたメイドは俺らより年上で20歳前後くらい、活発な雰囲気でそこそこ美人だが立ち居振る舞いがなんとなく品がなさげだ。メイドらしくない。
 俺らにもまったくの無警戒で、どうやらフェルグランド家の双子の顔も知らないらしい。年上なこともあり妙になれなれしかった。

「ウチのご主人に会いに来たの? あーでもわかるよわかる、ウチのご主人に会おうとするとなんか手続きとか色々面倒だもんね、表の兵隊さん怖いし裏に回っちゃったんだよね、うん。よし、ここはお姉さんがひと肌脱いであげましょう!」

 メイドは1人で勝手に納得するとポンと手を打ち、俺らを手招きした。

「案内したげるよ、おいでー」

 そうしてそのメイドは自分が出てきた裏口から俺らを招き入れようとしていた。俺とサリア、ヒトミは顔を見合わせる。
 このメイドは俺らについて何も知らされていないらしい、それはまあいいとしよう。だがたとえそうだとしても、強い警備をしている=外敵に警戒している主人に無許可で、得体の知れない相手を普通屋敷に入れるだろうか? メイドとしてそれでいいのか?
 このメイドはバカなんだな。俺らはそう結論し、お言葉に甘えて屋敷へと入っていった。

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