双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-
第6話 闇を討つ一撃
私たちはメイドに続いて悪徳貴族ゴーディーの屋敷を進む。このメイドはかなりのお喋り好きらしく、聞いてもいないことを道中ぺらぺらと喋っていた。名前はアイリン・グリーン、年齢は21歳らしい。
「でね、ご主人ったら私のことオバサンくさいって言うのよ? ひどいよねえ、21歳の生娘つかまえて! あ、オイトさんお疲れ~。この人たち? お客様よ」
グリーンは私たちを引き連れて堂々と屋敷を進んでいた。意外と屋敷での地位は高いのか、すれ違う使用人たちはグリーンが客だと説明すると特に私たちを気にすることもなく通りすぎていった。
ゴーディーの屋敷は外から見た通り、明らかに金にあかせて作ったものだった。絨毯、壁の彫刻、天井画、調度品……全て豪勢に飾られている。商人から裏金を受けているいかにも悪徳貴族らしい屋敷だった。
「はい、ここがご主人の部屋です」
やがて辿り着いたのはやたらと大きな扉。両脇に鎧の兵士が2人待機しており、彼らが扉の開閉も担当しているらしい。兵士たちはちらりとグリーンを一瞥したが、それ以上は何もしなかった。
「そういえばあなたたち何の用でご主人に? まあいいや、会えばわかるでしょ。それじゃかいもーん」
グリーンはのんきに兵士に声を掛け、兵士たちも特に動じることなくに動き出し扉に手をかける。そしてゆっくりと巨大な扉を開いていき、私たちはグリーンに続いて中へと入っていった。
巨大な扉の向こうはやはり巨大な部屋が待っていた。高い天井にはシャンデリア、奥にはまるで玉座のような大きな椅子。だが椅子には誰もおらず、私たちが怪訝に思った時。
私たちの足元の床がいきなり崩壊した。
俺らが立っていた床が崩れ落ちた時、これは罠だとすぐにわかった。
抜けた床の下は上の部屋と同じくらいに巨大な空間が広がっている。このまま落ちればよくて骨折、悪ければ即死だ。もっとも俺とサリアならばこの程度はなんでもないし今からでも上に戻ることもできる、だが今の問題はヒトミと、メイドのグリーンがいることだった。
俺はすぐにサリアとアイコンタクトをとった。そして俺がヒトミ、サリアがグリーンをすばやく抱きかかえる。そのまま風魔法で落下速を和らげ、無事に着地した。
「大丈夫か?」
「は、はい! ありがとうございます……!」
図らずもいわゆるお姫様抱っこの形になり、ヒトミは頬を赤らめていた。対しグリーンの方はパニックで騒いでいる様子で、サリアは苦々しげに俺を睨んでいた。こればっかりは男の役得なのでそっと目を逸らした。
ひとまずヒトミとグリーンを床に下ろし、状況を把握する。そこは一部の隙もなく石が積まれた地下空間、光は俺らが落ちてきた穴しかないために真っ暗で全貌はわからない。
「ここは地下か。かなり巨大に石を積んで作っている、まるで牢獄だな……いや、事実そうなのか」
「あるいは処刑場。あったよねこんなシチュエーション、あれは塔の中だったけど」
「ああ。とするとこの後は……」
「ねえねえねえ!? なんなのこれ! あ、あんたたちなんなのよ~!?」
話す俺らにグリーンが首を挟む。俺はひとまず彼女を静止しようとしたが、その必要はなくなった。
唐突に、彼女の頭に何かが降ってきて、ゴチンと見事にクリーンヒットしたのだ。
「ぬぎゃ~あ~!?」
「だ、大丈夫ですか?」
頭部をしたたか打ち付けたグリーンはのたうち回りヒトミは心配そうにしていた。だが俺らはそれよりも降ってきたものに注目した。
それは水晶。俗に魔水晶と呼ばれる、特殊な魔法をかけられた鉱物だ。そして今そこにかかった魔法は投影魔法――俺らの目の前で水晶は光を放ち、やがて幻を映し出した。
『やあフェルグランド家の跡取りたち。ごきげんよう』
映し出されたのは真っ赤な貴族服を身にまとった老紳士風の男だった。片手にワインを持ち髭を生やしている辺りがいかにもだ。そしてその姿を見たヒトミはまたあの恐怖の表情を見せた。
「こいつがゴーディーか、あからさまに成金って感じだな」
『聞こえているよセイル・ド・ソレイユ・フォン・フェルグランド。もはや敵意を確認する必要もなさそうだな?』
「もちろん、私たちの目的は初めからあなたを拘束し、然るべき手順で然るべき罪を償わせることのみ。そちらから手を出してくれて助かったよ」
『同じく、出向いてくれて助かったと言っておこう。目の上のたんこぶだった貴様らフェルグランド家も、脱走した小娘もまとめて始末できるのだからなあ?』
紳士の仮面はあっさりとはがれ、ゴーディーは邪悪な本性を笑みにやつす。ヒトミは身を震わせていた。
「改めて聞かせてほしいんだが、お前の目的はなんだ? ルインズの街を支配して、何がしたいんだ?」
俺が問うとゴーディーは即答した。
『決まっているだろう。金だよ。全ては金だ。この世界は金さえあればなんだってできる! そして私は誰よりも金の使い方を知っているのだ!』
思った通りの浅はかな答えに俺たちはため息をついた。わかっていたことだが、同情の余地は微塵もなさそうだ。
「金ね……金が大事なのは否定しないけどな」
「金でできることもあればできないこともある。それくらいは私たちも昔から知ってるのにね」
『フン、貴様らは何も知らんのだ。せっかく土地と権力を持ちながら、金を産もうとしない浪費家どもめ! 貴様らを殺し、私がフェルグランド家になり代わりソレイユの支配者となってやる! 私の力……金の力でなあ!』
幻影のゴーディーが腕を振り上げた。それが合図になっていたのか、壁際に並んだ灯がともり、暗かった地下が照らされる。地下空間の全貌が明らかになり、俺らはそれの姿を見ることとなった。
地下空間の暗闇の中にいたのは、巨大な兵器。俺らの前世でいうロボットアニメの巨大ロボのようなそれは鎧を組み上げたような姿をしており、その全身は魔力を帯びて紫色に鈍く光っている。そしてその巨人の頭の部分は透明な球になっており、そこに勝ち誇ったゴーディーが乗っていた。
「金があればなんでも手に入る! 圧倒的な軍事力も、支配も! いずれこの地を支配する巨兵の実験台となれること、光栄に思うがいい!」
ゴーディーは目を向いて叫び、球体の中で両手を掲げた。すると沈黙していた巨人の目が赤く光り動き出す。腕を持ち上げるだけで地下は強い振動に襲われ、ヒトミとグリーンは立っていられない。巨人が身を起こすと振動は跳ね上がるほど強くなった。動くだけでこの存在感、兵器として相当な能力があると見える。
「いかにフェルグランド家の双子といえど、ダイヤモンドに匹敵する頑丈さと究極の魔力耐性を持つファンサライト鉱石で作られた魔導巨兵には敵うまい! 俺が巨額を投じ作り上げたこの兵器こそが俺の力だ! フハハハハハッ!」
「なるほどな……たしかにファンサライト製なら俺らの魔法でも通りが悪い。単純に質量が大きすぎる、強化された身体能力もあれの前では誤差の範囲だな」
「私の補助魔法も大部分は人間じゃあないと効かないしね、理に叶ってる。それに2人を守りながらだと私たちの動きはどうしても制限されるし」
「フッハハ、いくら領主の子といえど、俺の権力と財力があれば十分もみ消せる! 死人には口も財もないからな! 貴様ら全員、まとめて潰してやる!」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて声を張り上げたのはメイドのグリーンだった。部外者の彼女は何に巻き込まれたのかもわからず目を白黒させている。
「私状況なんもわかってないんですけど!? なんなんですかご主人そのでかいのは? わわわ、私、ただのメイドなんですけど? ちょっとぉ!?」
「黙れこの駄メイド、貴様はただでさえ無能の役立たず、ついでに処分してやるだけだ。どの道これを見せて生きて返す気はないのでな!」
「そ、そんなあ……」
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらがっくりと意気消沈するグリーン。俺とサリアはその前に、彼女を守るようにして立った。
「安心しろ、なんとかする」
「ここまで案内してくれたんだもの、恩は返さないとね」
「き、君たちぃ……!」
「ヒトミ、この人を連れて下がっていてくれ」
「余波があるかもしれないから氷の壁か何かで守っておいて」
「は、はい! 行きますよ、グリーンさん」
「ずずーっ、頼んだよ双子ちゃん! 命を預けたからねぇ~」
ヒトミとグリーンを奥に退避させ、俺たちは改めて敵の巨兵を見た。魔法を吸収する鉱石で作られたその兵器、俺らが持つ最上級魔法でも手を焼くだろう。ゴーディーは完全に勝ち誇っていた。
「貴様らに何ができる? 貴様らにできることは死ぬことだけだ! さあ、無様に潰れるがいい!」
ゴーディーの動きに合わせ巨兵が腕を振り上げる。幸いその動きは遅い、充分に対処できる。
俺たち双子は互いに目を合わせ頷き合う。元が1人の人間である俺らの思考はほとんど同じ、この世のどんな双子よりも心は通じ合っている。
そしてだからこそ使える『切り札』が、俺らにはあるのだ。
「いくぞ」
「うん」
俺らは呼吸を整えて背中を合わせ、そっと互いの手を握った。サリアの柔らかな手に触れると同じ自分とわかっていても少しドキリとする。だがそんな感情はすぐに消し、代わりに魔力を総身に滾らせる。サリアもまた同様に魔力を放つ――まったく同じ魔力を。
魔力は同調し、そして循環する。俺の魔力がサリアへと流れ、サリアの魔力が俺へと流れる。やがて俺たちの体は、ひとつの淡い光に包まれた。
それを見たゴーディーが目を見開く。
「なっ……そ、それは、まさか……! あ、ありえん、貴様らのようなガキが! くっ、つ、潰せ、魔導巨兵!」
ゴーディーは焦って腕を振り俺らを叩き潰そうとする。だがなまじ巨体なばかりに俊敏な動きは出来ず、ゴーディーの焦りは巨兵を混乱させるだけだった。
そうしている間に俺らを包む光は輝きを増していく。
『同じ心、同じ魂。束ねしものは極致に至る。我らひとつとなりて、無限の光を生み出さん』
俺らは呪文を唱える。一言一句、寸分の狂いなく声を合わせ、その究極の魔法を完成させる。光はさらに輝いた。
「死ね! 死ねェーッ!」
巨兵の腕が振り下ろされた。轟音を立て落下する腕が俺らに迫る。だがその瞬間、俺らは繋いでいない片方の手を敵へと向けた。
『融合魔導』
そして再び声は重なった。
『ライトパニッシャーッ!』
俺らを包む光は魔力の爆裂と共に溢れ出る閃光となり、打ち放たれた。光は地下を輝きに満たし、魔力の奔流が巨体を押し返す。魔力を吸う鉱石すら制御しきれないほどの光は次第に巨兵の体を蝕み始めた。
「ば、バカな……馬鹿な馬鹿な! この魔導巨兵が……馬鹿なぁーっ!?」
光は巨兵を越え、諸悪の根源たるゴーディーへと届き、全ては光へと呑み込まれていった――
「ふうっ」
やがて魔力の放出を終え、握っていた手を離し、私たちは息をついた。
「終わったよ。ヒトミ、そっちは大丈夫?」
「は、はい。大丈夫、です」
後ろにいたヒトミとグリーンは壁に身を寄せて、特に怪我はないようだった。ただ目を丸くし心ここにあらずといった様子だ。
「あ、あれって、ひょっとして……融合魔導、ですか?」
恐る恐るといった感じで尋ねるヒトミ。セイルは頷いた。
「そうだ、俺らの切り札だな」
「手に余る相手の処理には便利だよ」
「で、でも融合魔導って!」
ヒトミは興奮した様子で立ち上がった。いきなり動いたので彼女に身を預けていたグリーンがゴテッと床に頭を打ち付けたがそれにも気付いていない様子だった。
「融合魔導、2人以上の人間が魔力を融合させて唱える魔法……互いの中で複雑に魔力を循環させることでその威力は合算を遥かに超えるものを生み出す技術。しかし……」
ヒトミが語った通り、融合魔導は知名度の高い魔術師ならば誰もが知っているものだ。だが実際にこれを目にすることはめったにない。なぜならば。
「その行使には術者の魔力、そして意思を極限まで同調させねばならず、よく似た魔力と性格を持つ、それこそ双子レベルの上位魔導士が20年以上も寝食を共にして修行を続けてやっと使えるような超高難度魔法。そ、それを、双子とはいえ、私と同じ15歳のお2人が使うなんて! すごいです! いえすごいなんてものじゃありませんよ!」
まくし立てるヒトミに、私たちは顔を見合わせて苦笑した。この融合魔導、普通は魔力をチャージから放出までずっと合わせ続けるのに相当な修練が要るのだが、同一人物である私たちならば集中すれば簡単に繰り出せるのだ。まさしく転生したことで私たちに与えられたギフトのひとつであり、そこを褒め称えられても気恥ずかしさが先に立つのだった。
とその時、頭を抑えながらグリーンも起き上がる。
「へえ、そんなにすごいんだ、今の。たしかにすごい威力だったけど」
「そんなレベルじゃありません! 空前絶後、天地無用ですよ!」
「そ、そう。興奮しすぎて言葉おかしくなってるよ。それよりもさ……殺しちゃったの?」
グリーンは奥の方を指差した。そこには今、私たちが破壊した無惨な残骸が一面に広がっている。金をかけて作ったものも下手に使えば一瞬でこれだ、兵器とは物悲しいものである。
「大丈夫だよ、手加減したから。セイル」
「ああ」
セイルがぴょんぴょんと瓦礫の山へ跳び、少し探す。やがて瓦礫の一部に手を突っ込んで引き上げると、首根っこを掴まれたボロボロのゴーディーが出てきた。完全に気を失っているようだが命に別状はなさそうだ。
かなり手加減したのだから当然だろう、神に無尽蔵な魔力を望んだ私たちが、本気で融合魔導を放てば――塵も残らない。
「こいつの身柄はフェルグランド家で拘束する。お前の悪行はルインズの市民や癒着していた商人、そしてそこにいるヒトミが証言してくれるだろう。ついでにグリーンさんも殺されかけたんだしな。やがて正式に裁かれることだろう」
「そう、ですか……」
ヒトミはほっとした様子で胸をなでおろした。
「これで解決だね。ルインズは今後ちゃんと私たちで見ていくよ」
「はい! 本当に、なんとお礼をいっていいか……ありがとうございますっ! サリアさん、セイルさん!」
恐怖から解放され、ヒトミはうれし涙すら流しながら笑顔で頭を下げた。私とセイルはアイコンタクトを送り、彼女の純粋な笑顔を取り戻したことを喜び合い、微笑みを交わすのだった。
「でね、ご主人ったら私のことオバサンくさいって言うのよ? ひどいよねえ、21歳の生娘つかまえて! あ、オイトさんお疲れ~。この人たち? お客様よ」
グリーンは私たちを引き連れて堂々と屋敷を進んでいた。意外と屋敷での地位は高いのか、すれ違う使用人たちはグリーンが客だと説明すると特に私たちを気にすることもなく通りすぎていった。
ゴーディーの屋敷は外から見た通り、明らかに金にあかせて作ったものだった。絨毯、壁の彫刻、天井画、調度品……全て豪勢に飾られている。商人から裏金を受けているいかにも悪徳貴族らしい屋敷だった。
「はい、ここがご主人の部屋です」
やがて辿り着いたのはやたらと大きな扉。両脇に鎧の兵士が2人待機しており、彼らが扉の開閉も担当しているらしい。兵士たちはちらりとグリーンを一瞥したが、それ以上は何もしなかった。
「そういえばあなたたち何の用でご主人に? まあいいや、会えばわかるでしょ。それじゃかいもーん」
グリーンはのんきに兵士に声を掛け、兵士たちも特に動じることなくに動き出し扉に手をかける。そしてゆっくりと巨大な扉を開いていき、私たちはグリーンに続いて中へと入っていった。
巨大な扉の向こうはやはり巨大な部屋が待っていた。高い天井にはシャンデリア、奥にはまるで玉座のような大きな椅子。だが椅子には誰もおらず、私たちが怪訝に思った時。
私たちの足元の床がいきなり崩壊した。
俺らが立っていた床が崩れ落ちた時、これは罠だとすぐにわかった。
抜けた床の下は上の部屋と同じくらいに巨大な空間が広がっている。このまま落ちればよくて骨折、悪ければ即死だ。もっとも俺とサリアならばこの程度はなんでもないし今からでも上に戻ることもできる、だが今の問題はヒトミと、メイドのグリーンがいることだった。
俺はすぐにサリアとアイコンタクトをとった。そして俺がヒトミ、サリアがグリーンをすばやく抱きかかえる。そのまま風魔法で落下速を和らげ、無事に着地した。
「大丈夫か?」
「は、はい! ありがとうございます……!」
図らずもいわゆるお姫様抱っこの形になり、ヒトミは頬を赤らめていた。対しグリーンの方はパニックで騒いでいる様子で、サリアは苦々しげに俺を睨んでいた。こればっかりは男の役得なのでそっと目を逸らした。
ひとまずヒトミとグリーンを床に下ろし、状況を把握する。そこは一部の隙もなく石が積まれた地下空間、光は俺らが落ちてきた穴しかないために真っ暗で全貌はわからない。
「ここは地下か。かなり巨大に石を積んで作っている、まるで牢獄だな……いや、事実そうなのか」
「あるいは処刑場。あったよねこんなシチュエーション、あれは塔の中だったけど」
「ああ。とするとこの後は……」
「ねえねえねえ!? なんなのこれ! あ、あんたたちなんなのよ~!?」
話す俺らにグリーンが首を挟む。俺はひとまず彼女を静止しようとしたが、その必要はなくなった。
唐突に、彼女の頭に何かが降ってきて、ゴチンと見事にクリーンヒットしたのだ。
「ぬぎゃ~あ~!?」
「だ、大丈夫ですか?」
頭部をしたたか打ち付けたグリーンはのたうち回りヒトミは心配そうにしていた。だが俺らはそれよりも降ってきたものに注目した。
それは水晶。俗に魔水晶と呼ばれる、特殊な魔法をかけられた鉱物だ。そして今そこにかかった魔法は投影魔法――俺らの目の前で水晶は光を放ち、やがて幻を映し出した。
『やあフェルグランド家の跡取りたち。ごきげんよう』
映し出されたのは真っ赤な貴族服を身にまとった老紳士風の男だった。片手にワインを持ち髭を生やしている辺りがいかにもだ。そしてその姿を見たヒトミはまたあの恐怖の表情を見せた。
「こいつがゴーディーか、あからさまに成金って感じだな」
『聞こえているよセイル・ド・ソレイユ・フォン・フェルグランド。もはや敵意を確認する必要もなさそうだな?』
「もちろん、私たちの目的は初めからあなたを拘束し、然るべき手順で然るべき罪を償わせることのみ。そちらから手を出してくれて助かったよ」
『同じく、出向いてくれて助かったと言っておこう。目の上のたんこぶだった貴様らフェルグランド家も、脱走した小娘もまとめて始末できるのだからなあ?』
紳士の仮面はあっさりとはがれ、ゴーディーは邪悪な本性を笑みにやつす。ヒトミは身を震わせていた。
「改めて聞かせてほしいんだが、お前の目的はなんだ? ルインズの街を支配して、何がしたいんだ?」
俺が問うとゴーディーは即答した。
『決まっているだろう。金だよ。全ては金だ。この世界は金さえあればなんだってできる! そして私は誰よりも金の使い方を知っているのだ!』
思った通りの浅はかな答えに俺たちはため息をついた。わかっていたことだが、同情の余地は微塵もなさそうだ。
「金ね……金が大事なのは否定しないけどな」
「金でできることもあればできないこともある。それくらいは私たちも昔から知ってるのにね」
『フン、貴様らは何も知らんのだ。せっかく土地と権力を持ちながら、金を産もうとしない浪費家どもめ! 貴様らを殺し、私がフェルグランド家になり代わりソレイユの支配者となってやる! 私の力……金の力でなあ!』
幻影のゴーディーが腕を振り上げた。それが合図になっていたのか、壁際に並んだ灯がともり、暗かった地下が照らされる。地下空間の全貌が明らかになり、俺らはそれの姿を見ることとなった。
地下空間の暗闇の中にいたのは、巨大な兵器。俺らの前世でいうロボットアニメの巨大ロボのようなそれは鎧を組み上げたような姿をしており、その全身は魔力を帯びて紫色に鈍く光っている。そしてその巨人の頭の部分は透明な球になっており、そこに勝ち誇ったゴーディーが乗っていた。
「金があればなんでも手に入る! 圧倒的な軍事力も、支配も! いずれこの地を支配する巨兵の実験台となれること、光栄に思うがいい!」
ゴーディーは目を向いて叫び、球体の中で両手を掲げた。すると沈黙していた巨人の目が赤く光り動き出す。腕を持ち上げるだけで地下は強い振動に襲われ、ヒトミとグリーンは立っていられない。巨人が身を起こすと振動は跳ね上がるほど強くなった。動くだけでこの存在感、兵器として相当な能力があると見える。
「いかにフェルグランド家の双子といえど、ダイヤモンドに匹敵する頑丈さと究極の魔力耐性を持つファンサライト鉱石で作られた魔導巨兵には敵うまい! 俺が巨額を投じ作り上げたこの兵器こそが俺の力だ! フハハハハハッ!」
「なるほどな……たしかにファンサライト製なら俺らの魔法でも通りが悪い。単純に質量が大きすぎる、強化された身体能力もあれの前では誤差の範囲だな」
「私の補助魔法も大部分は人間じゃあないと効かないしね、理に叶ってる。それに2人を守りながらだと私たちの動きはどうしても制限されるし」
「フッハハ、いくら領主の子といえど、俺の権力と財力があれば十分もみ消せる! 死人には口も財もないからな! 貴様ら全員、まとめて潰してやる!」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて声を張り上げたのはメイドのグリーンだった。部外者の彼女は何に巻き込まれたのかもわからず目を白黒させている。
「私状況なんもわかってないんですけど!? なんなんですかご主人そのでかいのは? わわわ、私、ただのメイドなんですけど? ちょっとぉ!?」
「黙れこの駄メイド、貴様はただでさえ無能の役立たず、ついでに処分してやるだけだ。どの道これを見せて生きて返す気はないのでな!」
「そ、そんなあ……」
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらがっくりと意気消沈するグリーン。俺とサリアはその前に、彼女を守るようにして立った。
「安心しろ、なんとかする」
「ここまで案内してくれたんだもの、恩は返さないとね」
「き、君たちぃ……!」
「ヒトミ、この人を連れて下がっていてくれ」
「余波があるかもしれないから氷の壁か何かで守っておいて」
「は、はい! 行きますよ、グリーンさん」
「ずずーっ、頼んだよ双子ちゃん! 命を預けたからねぇ~」
ヒトミとグリーンを奥に退避させ、俺たちは改めて敵の巨兵を見た。魔法を吸収する鉱石で作られたその兵器、俺らが持つ最上級魔法でも手を焼くだろう。ゴーディーは完全に勝ち誇っていた。
「貴様らに何ができる? 貴様らにできることは死ぬことだけだ! さあ、無様に潰れるがいい!」
ゴーディーの動きに合わせ巨兵が腕を振り上げる。幸いその動きは遅い、充分に対処できる。
俺たち双子は互いに目を合わせ頷き合う。元が1人の人間である俺らの思考はほとんど同じ、この世のどんな双子よりも心は通じ合っている。
そしてだからこそ使える『切り札』が、俺らにはあるのだ。
「いくぞ」
「うん」
俺らは呼吸を整えて背中を合わせ、そっと互いの手を握った。サリアの柔らかな手に触れると同じ自分とわかっていても少しドキリとする。だがそんな感情はすぐに消し、代わりに魔力を総身に滾らせる。サリアもまた同様に魔力を放つ――まったく同じ魔力を。
魔力は同調し、そして循環する。俺の魔力がサリアへと流れ、サリアの魔力が俺へと流れる。やがて俺たちの体は、ひとつの淡い光に包まれた。
それを見たゴーディーが目を見開く。
「なっ……そ、それは、まさか……! あ、ありえん、貴様らのようなガキが! くっ、つ、潰せ、魔導巨兵!」
ゴーディーは焦って腕を振り俺らを叩き潰そうとする。だがなまじ巨体なばかりに俊敏な動きは出来ず、ゴーディーの焦りは巨兵を混乱させるだけだった。
そうしている間に俺らを包む光は輝きを増していく。
『同じ心、同じ魂。束ねしものは極致に至る。我らひとつとなりて、無限の光を生み出さん』
俺らは呪文を唱える。一言一句、寸分の狂いなく声を合わせ、その究極の魔法を完成させる。光はさらに輝いた。
「死ね! 死ねェーッ!」
巨兵の腕が振り下ろされた。轟音を立て落下する腕が俺らに迫る。だがその瞬間、俺らは繋いでいない片方の手を敵へと向けた。
『融合魔導』
そして再び声は重なった。
『ライトパニッシャーッ!』
俺らを包む光は魔力の爆裂と共に溢れ出る閃光となり、打ち放たれた。光は地下を輝きに満たし、魔力の奔流が巨体を押し返す。魔力を吸う鉱石すら制御しきれないほどの光は次第に巨兵の体を蝕み始めた。
「ば、バカな……馬鹿な馬鹿な! この魔導巨兵が……馬鹿なぁーっ!?」
光は巨兵を越え、諸悪の根源たるゴーディーへと届き、全ては光へと呑み込まれていった――
「ふうっ」
やがて魔力の放出を終え、握っていた手を離し、私たちは息をついた。
「終わったよ。ヒトミ、そっちは大丈夫?」
「は、はい。大丈夫、です」
後ろにいたヒトミとグリーンは壁に身を寄せて、特に怪我はないようだった。ただ目を丸くし心ここにあらずといった様子だ。
「あ、あれって、ひょっとして……融合魔導、ですか?」
恐る恐るといった感じで尋ねるヒトミ。セイルは頷いた。
「そうだ、俺らの切り札だな」
「手に余る相手の処理には便利だよ」
「で、でも融合魔導って!」
ヒトミは興奮した様子で立ち上がった。いきなり動いたので彼女に身を預けていたグリーンがゴテッと床に頭を打ち付けたがそれにも気付いていない様子だった。
「融合魔導、2人以上の人間が魔力を融合させて唱える魔法……互いの中で複雑に魔力を循環させることでその威力は合算を遥かに超えるものを生み出す技術。しかし……」
ヒトミが語った通り、融合魔導は知名度の高い魔術師ならば誰もが知っているものだ。だが実際にこれを目にすることはめったにない。なぜならば。
「その行使には術者の魔力、そして意思を極限まで同調させねばならず、よく似た魔力と性格を持つ、それこそ双子レベルの上位魔導士が20年以上も寝食を共にして修行を続けてやっと使えるような超高難度魔法。そ、それを、双子とはいえ、私と同じ15歳のお2人が使うなんて! すごいです! いえすごいなんてものじゃありませんよ!」
まくし立てるヒトミに、私たちは顔を見合わせて苦笑した。この融合魔導、普通は魔力をチャージから放出までずっと合わせ続けるのに相当な修練が要るのだが、同一人物である私たちならば集中すれば簡単に繰り出せるのだ。まさしく転生したことで私たちに与えられたギフトのひとつであり、そこを褒め称えられても気恥ずかしさが先に立つのだった。
とその時、頭を抑えながらグリーンも起き上がる。
「へえ、そんなにすごいんだ、今の。たしかにすごい威力だったけど」
「そんなレベルじゃありません! 空前絶後、天地無用ですよ!」
「そ、そう。興奮しすぎて言葉おかしくなってるよ。それよりもさ……殺しちゃったの?」
グリーンは奥の方を指差した。そこには今、私たちが破壊した無惨な残骸が一面に広がっている。金をかけて作ったものも下手に使えば一瞬でこれだ、兵器とは物悲しいものである。
「大丈夫だよ、手加減したから。セイル」
「ああ」
セイルがぴょんぴょんと瓦礫の山へ跳び、少し探す。やがて瓦礫の一部に手を突っ込んで引き上げると、首根っこを掴まれたボロボロのゴーディーが出てきた。完全に気を失っているようだが命に別状はなさそうだ。
かなり手加減したのだから当然だろう、神に無尽蔵な魔力を望んだ私たちが、本気で融合魔導を放てば――塵も残らない。
「こいつの身柄はフェルグランド家で拘束する。お前の悪行はルインズの市民や癒着していた商人、そしてそこにいるヒトミが証言してくれるだろう。ついでにグリーンさんも殺されかけたんだしな。やがて正式に裁かれることだろう」
「そう、ですか……」
ヒトミはほっとした様子で胸をなでおろした。
「これで解決だね。ルインズは今後ちゃんと私たちで見ていくよ」
「はい! 本当に、なんとお礼をいっていいか……ありがとうございますっ! サリアさん、セイルさん!」
恐怖から解放され、ヒトミはうれし涙すら流しながら笑顔で頭を下げた。私とセイルはアイコンタクトを送り、彼女の純粋な笑顔を取り戻したことを喜び合い、微笑みを交わすのだった。
コメント