Abalone〜舞姫と影の少年〜

川島晴斗

After story-1-:10月30日

 10月30日、昼。
 俺は喫茶店に呼び出された。

「わー。来てくれて嬉しいよ、公平くん」
「はぁ……」

 俺の真正面には黒髪セミロングの年上なお姉さんが座っている。人橋智衣、綾の姉だった。俺はこの人に喫茶店へ呼ばれ、今に至る。
 今日は土曜で暇だからいいけど、何の用だろう?

「それで、なんですか?」
「んー、ひとまず"見"に来た。普通の人間に戻れて良かったね」
「……どうも」

 化け物の姿のままかどうか、確認しに来たようだった。綾や神楽と話し合って、俺が舞の少年と代わって行ってた事も知られてる筈だし、今は正常だとわかると思うけど、確認してもらえると俺も安心する。

「それでさー、明日はハロウィンでしょ?」
「そうですね」
「そこでキミに、綾とデートして欲しいと思うんだよね」
「…………」

 俺は何も言えず、無言で智衣さんを睨んだ。藪から棒に何を言いだすんだ、この人は。

「いやね? 折角のお祭りなのにさ、妹が家で1人で本を読んでるのは、毎年その姿を方が辛いもんなのよ。ボクとは出掛けてくれないからさ、頼れるのはキミか神楽ちゃんだけでしょ? 頼むよ」
「……出かけるぶんには構いませんけどね。綾とは何回か出掛けてますし」
「ん、じゃあ安心して任せられるね。明日は頑張って」
「まぁ、はい」

 頑張ることなんてないけれど、頑張れと言われたからには頑張ろう。

「あ。あと、ボクがキミに誘うよう頼んだこと、綾には秘密にしてよね」
「わかりました」

 綾とは仲が悪いんだから、名前は出さないで欲しいんだろう。約束を交わすと、その後はのんびりしてから喫茶店を出るのだった。





 ************




 家に帰って自室に入る。途中で神楽とも会ったが、勉強してろと一蹴しておいた。俺の妹なのにみるみる学力が伸びており、高校はちゃんと入学できるかもしれない。

 それはさておき、俺はスマフォを持って綾に電話する。ワンコールした後に彼女は電話に応じた。

《もしもし? どちら様ですか?》
「発信者見てから取ったくせに、何という不合理」

 いきなりキツい冗談をかまされ、誘わなくていいんじゃないかと思えてくる。電話の向こうではクスクスと綾が笑い、いつものクールな声が返ってくる。

《冗談よ。それで、どうしたの?》
「おう……明日さー、どっか出掛けねぇ? どうせ暇だろ?」
《貴方に暇だと言われるのはすごく癪だわ》

 即座に文句を返してくるあたり、さすがは綾様です。暇なのはお互い様だと思うが。高校生だからって、仮装パーティーをするわけでもあるまいし。

「んで、どうするよ?」
《……そうね。折角のハロウィンを暇で持て余す可哀想な公平くんのために、大切な私の時間を割いてあげましょう》
「わー、ありがたきしあわせー」

 超絶棒読みで感謝の句を述べると、お互いに無言となる。茶番にもほどがあって、俺は仕方ないと言わんばかりにため息を吐いて、明日の予定を考えた。

「10時に駅前でいい?」
《合わせるわ。どこに行くかも、ね》
「了解。じゃ、明日は頼むぞー」

 あっさり約束を結び、スマフォの赤い電話ボタンをタップする。割と一緒に出かけるし、こんなものだろう。
 俺は机の上にスマフォを置いてパソコンの電源を点けると、ギィイと扉の開く音がした。扉を見ると、神楽がじぃいっとこちらを見ている。……めんどくせえ。

「なんだよ」
「……青春だねぇ」
「俺も綾も日陰者だし、青春なんて柄じゃねぇよ」
「ほほほほ、そうですかのぅ」

 ババくさい口調になって、神楽は部屋に入ってきた。口ぶりからして通話内容を聞いてたのだろう。

「勉強しなくていいのか?」
「少しぐらいサボっても平気だって。1日12時間も勉強してるんだし。……それより、明日はハロウィンデートですか。お兄ちゃんもいよいよ綾ちゃんと結ばれるんだねぇ……」
「綾とはそんな関係じゃねぇよ」

 速攻で神楽の言葉を否定する。綾は凄い奴だし、髪を切って綺麗になった。俺みたいなグズとは付き合わないだろうし、そもそも綾の性格が恋愛に向いてない。おそらく、友達でいるのが最良なんだろう。

 それに、もし関係が先に進んだとしたら、前の関係に戻れなくなる。人間関係は来た道を引き返せない、それが辛いのだ。
 神楽は俺に向かって不細工な顔を作り、文句を言いたげだった。

「言いたい事があるなら言いなさい」
「なにその口調……。お兄ちゃんさ、綾ちゃんと付き合えたらいいとは思うでしょ?」
「…………」

 正直、そうでもない。綾は美人で賢いが、いつも一緒に居るわけだし、今の状態と付き合ってる状態は大差ないだろう。それに、あの傲慢で他人を見下すような性格がまた……。

 しかし、それでいて友達思いだし、悪い奴ではないんだけど……。

「別に、付き合おうとは思わんな。綾は可愛いと思わない、綺麗だと思う。美術品とでも言えばいいかな。見てればそれで満足だ」
「だから付き合わないと?」
「まぁ、うん。そもそも綾が俺を好きかどうかもわからんしな」

 会話の内容によって赤面する綾だが、俺を好きかどうかはハッキリ言われないと自信がないし、俺は神楽の件で何もできなかったんだから、愛想尽かされてもおかしくはない。
 それでも今も友達で居るのは、彼女に他の友達が居ないからだろう。俺にしか身寄りがないから、俺と話してしまう。その程度の関係じゃないだろうか?

 どちらにしても、付き合うって面倒くさそうだし、今とあまり変わらなさそうだし、しかし、神楽は前から俺と綾をくっつけたがってたな。そりゃ、綾と仲良くしてればいろいろ便利だけども。

「逆に、お前は綾のどこが好きなんだ? なんでそんなに俺とくっつけたがる?」
「いやぁ……どこが好きかって、全部だよ。クールでカッコいいし、物知りだし、知的だし……。あんなお姉さんが欲しいなぁって……」
「だからブレスレット渡したのか」

 やっと意味を理解する。綾にブレスレットを渡したままなのは、将来家族になってね、という意味合いだったのだろう。
 ……ん? それを知って綾は受け取った……んだよな?

「……でも、俺が綾と夫婦になったとするだろ? 絶対楽しくない生活送るよな」
「家庭崩壊はしないと思うけどね。人生が崩壊しないだろうし、いいんじゃない?」
「…………」

 今の時代、専業主婦なんて富裕層でしかあり得ないという見解は多い。バブルから続く専業主婦の因習は家計を圧迫しているだろう。もちろん、共働きも一般化して来ているが……。
 綾なら、間違いなく家庭を考えて生きるだろう。家庭崩壊はない、それは金銭面でならそうだろう。精神面も、綾となら嫌な気持ちなく生きていけるが……。

「なんつーか、綾と話しているうちに、楽しいって感覚がなくなって来たんだよな」
「それが大人になるって事なんだよ……」
「2コ下の分際で何を知った風に……」

 ドヤ顔を決める神楽。偉そうでウザかったので、額にデコピンをお見舞いした。少し痛そうにして睨んでくるが、可愛いもんだろう。
 こういう可愛さが綾には無い。俺が彼女にデコピンしようものなら、腕を掴まれて「この薄汚い指を一本ずつ切り落として、釣りの餌にでもしましょうか」とか言いそうだし。

「まぁまぁ、それはともかくだよ、お兄ちゃん。明日はデートなんだから、楽しんで来なよ」
「デートというほどでもないけどな。多分、その辺ブラつきながら喋るだけ喋って帰ってくるよ」
「エスコートの欠片も無いじゃん……。もっとこう……何かないの?」
「俺と綾に何を求めてるんだ」

 俺と綾が、カラオケとかゲーセンとかボーリングとかを楽しめる性格だと思うのだろうか? 綾はそんなの微塵も興味ないし、俺は行っても……何もしないな。家でネトゲしてるのだって、暇つぶしだし。

「お兄ちゃん、いろいろ終わってるよ……。死んでる方が幸せなんじゃない?」
「アニメとか見るし、生きてていい事もあるぞ」
「…………」

 じーっと神楽に睨まれる。こんな兄貴ですんません。
 あまり責められるのも嫌だし、ここらで話題を変えてみることにした。

「そういや、ハロウィンといえば妖怪やお化けだな。お前も磯女だし、トリックオアデス! って言えるぞ」
「デスって何……別に殺さないから。身体能力以外はただの人間に戻ってるから」

 いやいやと手を小さく振る神楽。実は磯女から引き継いだ身体能力が高く、50mは俺の半分のタイムで走れる。具体的には4秒台。

「でも、ハロウィンに目を付けたのは悪くない着眼点だよ。ハロウィンがあるから、10月は怪異の月とされる事もある。昔は神在月とも呼ばれ、神聖な月でもあったけどね」
「お前そういう事詳しいよな。お兄ちゃんちょっと悲しいぞ」
「磯女さんにいろいろ聞いてたんだよ……。別にお兄ちゃんが悲しんでもどっちでもいいし」
「ひどいや」

 俺の感情とかどうでもいいらしい。
 怪異とか妖怪はひとまず置いといて、明日はハロウィンだ。綾とのデート……と言っても、ノープランで行くわけだが、今月は特別な事もあったし、月の締めに良いことがあればいいな。

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