Abalone〜舞姫と影の少年〜
第三話:正体
あの転校生は凄く美人で、男子も女子も興味を示し、休み時間は人垣が出来ていた。
ガヤガヤと賑わう中、俺は綾の席に向かう。
「……お前は行かねーの?」
「人の迷惑になるようなことはしないわ。あの名前にはとても興味があるけれど、あの状態で聞くのは忍びないでしょう?」
「そこまで配慮できるとか、お前、俺の知る綾じゃねぇな。まさか、ドッペルゲンガーか!?」
「殺すわよ?」
「そんな怒らなくてもいいじゃん」
軽口を叩いていると、綾が怖い言葉を口にするので口を噤んだ。
改めて転校生――海原神楽を見る。
彼女の周りには人がたかっており、ここからだとかろうじて黒髪が見えるぐらいだ。あの様子だと、俺達と話す機会も無いだろう。
この地には【神楽の磯女】の伝承があるから気になるが、海原って苗字も無いわけじゃ無いだろうし、神楽って名前は昨今だと当たり前のように使われている。俺らの勘ぐり過ぎなんだろう。それに、質問に受け答えしている海原が磯女なわけがない。
妖怪の磯女は、綾みたいに長い黒髪で、その声を聞いたものは死ぬと言われている。海原はちゃんとクラスメイトと話しているし、髪はボブカット、肩につくかつかないかという長さだ。昨日磯女の話をしたから意識してしまってるだけで、彼女は関係ないだろう。
「……随分と熱心に見てるのね、公平くん?」
「別に、熱心に見てねぇよ」
急にやっかんでくる綾の言葉を制し、彼女の顔に目を向ける。なにやら怒ったようで、鋭い目で俺を見ていた。
「ああいう子が好み? 彼女、お人形さんみたいで可愛いですものね」
「可愛いとは思うけど、好みじゃないな。もっと出るとこ出てないと……」
「あら、私は出るとこ出てるわよ。へぇ、私は公平くんの好みに当てはまるのね。実に穢らわしいわ」
「生憎、髪の毛お化けは対象外なんだ。許せ」
「何故私が許す立場にあるのかしらね……。ま、あなたよりは立場が上だと思ってるし、私は寛大だから許してあげてもいい、けど……」
言い澱み、段々声に力がなくなっていく綾。なんだ……?
疑問を持った直後、綾は両手で盛大に机を叩いた。
「って、これ許しちゃダメじゃない!!」
「なんだよ、うるせーな……」
「貴方のそのわけわからなさそうな顔も凄くムカつくわ! 顔の穴という穴に線香詰め込んであげようかしら!?」
「何をそんなに怒ってんだよ」
あくまで平然と訊くと、取り乱した綾は徐々に精気が奪われたかのように腕をだらんと下げ、席に座りなおす。
「……なんでもないわ。忘れて頂戴」
「おう……」
よくわからんが、忘れろと言われた以上は忘れてやることにする。普段は冷静で冷徹な綾だが、彼女も人間だし、取り乱すことはあるだろう。
そんな感じで時間だけが過ぎ、この日の昼休みは過ぎて行った。
************
変化があったのは放課後のこと。転校生にはうじゃうじゃと人が集る中、俺と綾は普通に帰ろうとしていた。
廊下を歩いて綾と軽口を言い合っていると、後ろから腕を引かれたんだ。
「待って……」
「?」
俺と綾が振り返ると、そこには例の転校生が居た。20人ぐらいが彼女の周りに集まっていたが、その中から抜け出してきたらしい。まだ俺らとは話したことがないけど、何か用だろうか?
「どうしたん? トイレの場所わからない?」
「違う、よ……。えっと、その……」
「……?」
何故か言葉につまり、目線をそらす少女。俺はわけが分からず、目線を綾にくれてやると、彼女もさっぱり分からないといった風だった。
そこでまた海原に視線を戻すと――
「ううっ……ぐすん……」
彼女は、泣いていた。
「――は?」
わけが分からず、語彙を失った俺はたった1文字で疑問の感情を表す。
なんで彼女は泣いているのだろう、初対面のはずだが……? 俺の容姿が泣くほどキモいとか、そういうことなんだろうか?
「――公平くん」
鋭い綾の声が隣から耳に入った。視線を綾に向けると、笑顔のまま――非常に良い笑顔のまま、笑って俺を見ていた。
瞬時に察した。これはそうとうキテいるな、と。
「……貴方は、彼女にどんな酷い事をしたのかしら? 中学からの付き合いだけれど、ビックリだわ。貴方は私の知らないところで婦女暴行を働いていたのね」
「いやいやいや、誤解だ綾。俺が婦女暴行するのはお前だけだから」
「へぇ……。ねぇ、公平くん?」
「はい、なんでしょう」
「警察署、行く?」
「いえ、結構です」
片言でお断りするも、綾は未だにニコニコと笑っている。目元まで影があって、三日月状に歪んだ口元が怖い。
なんにしても、誤解を解かねば。
「な、なぁ、海原さん? なんで、俺を見て泣くのかな……?」
「……すんっ……その……」
「うん」
「……すっと、会いたかったから……」
海原の口からその言葉が出た刹那、俺の襟首は綾に掴まれた。
華奢な体のくせになんつー握力だこの女!? 首しまってる!
「……こーへーくーん? どういう事かしら? しっかりたっぷり説明してくれるのよねぇ?」
「か、勘違いでずっ……俺、海原なんでびょうじ、はじべで、ぎぎまじだ……」
「惚けるつもりなのね……。いいわ、私が真実を暴いてやるんだから!」
「ぐおっ!?」
突き飛ばされ、尻餅をつく俺。不当な暴力を受けているが、それはいつものことなのでよしとしよう。
綾は転校生の前に立ち、その泣き顔を見ながら問い掛けた。
「海原さん――貴女、砂賀裏公平くんと知り合いなの?」
俺の知り合いなのかという、簡単な問いかけだった。しかし、海原は質問に答えず、逆に質問をする。
「貴女は、こーへいの恋人さんですか?」
「え――」
その質問を受けると、綾はピシリと固まってしまう。恋人か――その解答はすぐに出るはずだが、何故綾は固まるのだろう。
固まる綾から何かを読み取ったのか、海原は勝手に言葉を綴る。
「その反応、恋人さんじゃないんですね……。こーへいはモテなそうだから……貴女みたいな、美人さんが恋人なら、安心だったのに」
「おいちょっと待て、誰がこんな暴力女を恋人にモガァッ」
不服な事を聞いたので立ち上がるも、俺の口に綾の指が3本ほど入り、強制的に黙らせられた。
意識を取り戻した綾は先程の質問に答える。
「残念ながら、私とこの下等生物は恋人なんかじゃないわ。良くて家畜と飼育員の関係かしらね? 粗暴で平気で汚い真似をする公平くんを、渋々私が教育してあげてるの」
「……こーへい、君はどんな存在に身を落としたんだ……」
「そんな哀れみの目で見るんじゃねぇ!」
2人から嫌悪感のある視線を感じ、綾の指を口から剥がして叫ぶように非難した。
しかし、何故海原は俺の名前を知っている?
「お前……一体何者だよ?」
「ん……? 私は――」
そこで言葉を止め、目を閉じて考えを巡らせていた。何を言うのか、それが気になって心臓が動機する。
そして彼女は目を開き――口元を笑みで歪めながら、こう言った。
「私は――"磯女"だよ」
ガヤガヤと賑わう中、俺は綾の席に向かう。
「……お前は行かねーの?」
「人の迷惑になるようなことはしないわ。あの名前にはとても興味があるけれど、あの状態で聞くのは忍びないでしょう?」
「そこまで配慮できるとか、お前、俺の知る綾じゃねぇな。まさか、ドッペルゲンガーか!?」
「殺すわよ?」
「そんな怒らなくてもいいじゃん」
軽口を叩いていると、綾が怖い言葉を口にするので口を噤んだ。
改めて転校生――海原神楽を見る。
彼女の周りには人がたかっており、ここからだとかろうじて黒髪が見えるぐらいだ。あの様子だと、俺達と話す機会も無いだろう。
この地には【神楽の磯女】の伝承があるから気になるが、海原って苗字も無いわけじゃ無いだろうし、神楽って名前は昨今だと当たり前のように使われている。俺らの勘ぐり過ぎなんだろう。それに、質問に受け答えしている海原が磯女なわけがない。
妖怪の磯女は、綾みたいに長い黒髪で、その声を聞いたものは死ぬと言われている。海原はちゃんとクラスメイトと話しているし、髪はボブカット、肩につくかつかないかという長さだ。昨日磯女の話をしたから意識してしまってるだけで、彼女は関係ないだろう。
「……随分と熱心に見てるのね、公平くん?」
「別に、熱心に見てねぇよ」
急にやっかんでくる綾の言葉を制し、彼女の顔に目を向ける。なにやら怒ったようで、鋭い目で俺を見ていた。
「ああいう子が好み? 彼女、お人形さんみたいで可愛いですものね」
「可愛いとは思うけど、好みじゃないな。もっと出るとこ出てないと……」
「あら、私は出るとこ出てるわよ。へぇ、私は公平くんの好みに当てはまるのね。実に穢らわしいわ」
「生憎、髪の毛お化けは対象外なんだ。許せ」
「何故私が許す立場にあるのかしらね……。ま、あなたよりは立場が上だと思ってるし、私は寛大だから許してあげてもいい、けど……」
言い澱み、段々声に力がなくなっていく綾。なんだ……?
疑問を持った直後、綾は両手で盛大に机を叩いた。
「って、これ許しちゃダメじゃない!!」
「なんだよ、うるせーな……」
「貴方のそのわけわからなさそうな顔も凄くムカつくわ! 顔の穴という穴に線香詰め込んであげようかしら!?」
「何をそんなに怒ってんだよ」
あくまで平然と訊くと、取り乱した綾は徐々に精気が奪われたかのように腕をだらんと下げ、席に座りなおす。
「……なんでもないわ。忘れて頂戴」
「おう……」
よくわからんが、忘れろと言われた以上は忘れてやることにする。普段は冷静で冷徹な綾だが、彼女も人間だし、取り乱すことはあるだろう。
そんな感じで時間だけが過ぎ、この日の昼休みは過ぎて行った。
************
変化があったのは放課後のこと。転校生にはうじゃうじゃと人が集る中、俺と綾は普通に帰ろうとしていた。
廊下を歩いて綾と軽口を言い合っていると、後ろから腕を引かれたんだ。
「待って……」
「?」
俺と綾が振り返ると、そこには例の転校生が居た。20人ぐらいが彼女の周りに集まっていたが、その中から抜け出してきたらしい。まだ俺らとは話したことがないけど、何か用だろうか?
「どうしたん? トイレの場所わからない?」
「違う、よ……。えっと、その……」
「……?」
何故か言葉につまり、目線をそらす少女。俺はわけが分からず、目線を綾にくれてやると、彼女もさっぱり分からないといった風だった。
そこでまた海原に視線を戻すと――
「ううっ……ぐすん……」
彼女は、泣いていた。
「――は?」
わけが分からず、語彙を失った俺はたった1文字で疑問の感情を表す。
なんで彼女は泣いているのだろう、初対面のはずだが……? 俺の容姿が泣くほどキモいとか、そういうことなんだろうか?
「――公平くん」
鋭い綾の声が隣から耳に入った。視線を綾に向けると、笑顔のまま――非常に良い笑顔のまま、笑って俺を見ていた。
瞬時に察した。これはそうとうキテいるな、と。
「……貴方は、彼女にどんな酷い事をしたのかしら? 中学からの付き合いだけれど、ビックリだわ。貴方は私の知らないところで婦女暴行を働いていたのね」
「いやいやいや、誤解だ綾。俺が婦女暴行するのはお前だけだから」
「へぇ……。ねぇ、公平くん?」
「はい、なんでしょう」
「警察署、行く?」
「いえ、結構です」
片言でお断りするも、綾は未だにニコニコと笑っている。目元まで影があって、三日月状に歪んだ口元が怖い。
なんにしても、誤解を解かねば。
「な、なぁ、海原さん? なんで、俺を見て泣くのかな……?」
「……すんっ……その……」
「うん」
「……すっと、会いたかったから……」
海原の口からその言葉が出た刹那、俺の襟首は綾に掴まれた。
華奢な体のくせになんつー握力だこの女!? 首しまってる!
「……こーへーくーん? どういう事かしら? しっかりたっぷり説明してくれるのよねぇ?」
「か、勘違いでずっ……俺、海原なんでびょうじ、はじべで、ぎぎまじだ……」
「惚けるつもりなのね……。いいわ、私が真実を暴いてやるんだから!」
「ぐおっ!?」
突き飛ばされ、尻餅をつく俺。不当な暴力を受けているが、それはいつものことなのでよしとしよう。
綾は転校生の前に立ち、その泣き顔を見ながら問い掛けた。
「海原さん――貴女、砂賀裏公平くんと知り合いなの?」
俺の知り合いなのかという、簡単な問いかけだった。しかし、海原は質問に答えず、逆に質問をする。
「貴女は、こーへいの恋人さんですか?」
「え――」
その質問を受けると、綾はピシリと固まってしまう。恋人か――その解答はすぐに出るはずだが、何故綾は固まるのだろう。
固まる綾から何かを読み取ったのか、海原は勝手に言葉を綴る。
「その反応、恋人さんじゃないんですね……。こーへいはモテなそうだから……貴女みたいな、美人さんが恋人なら、安心だったのに」
「おいちょっと待て、誰がこんな暴力女を恋人にモガァッ」
不服な事を聞いたので立ち上がるも、俺の口に綾の指が3本ほど入り、強制的に黙らせられた。
意識を取り戻した綾は先程の質問に答える。
「残念ながら、私とこの下等生物は恋人なんかじゃないわ。良くて家畜と飼育員の関係かしらね? 粗暴で平気で汚い真似をする公平くんを、渋々私が教育してあげてるの」
「……こーへい、君はどんな存在に身を落としたんだ……」
「そんな哀れみの目で見るんじゃねぇ!」
2人から嫌悪感のある視線を感じ、綾の指を口から剥がして叫ぶように非難した。
しかし、何故海原は俺の名前を知っている?
「お前……一体何者だよ?」
「ん……? 私は――」
そこで言葉を止め、目を閉じて考えを巡らせていた。何を言うのか、それが気になって心臓が動機する。
そして彼女は目を開き――口元を笑みで歪めながら、こう言った。
「私は――"磯女"だよ」
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