幼女転生から始める異世界解読術

りょう

第35話 いつか架ける虹

 ユウが部屋を飛び出した時、私は止めることができなかった。

「サシャル、追わないと!」

 追わなきゃいけないのに。
 待ってとただ一言言えばよかったのに。

「サシャル?」

「追えない……」

「どうして? ユウが何処かへ行っちゃうんだよ」

「でも追ってもユウの気持ちは変わらない」

「馬鹿言わないでよ! 私だけでも追うから」

 そう言ってラーヤは私とユウニを残して彼を追ってしまった。確かこの先には輪廻の森があるけど、ラーヤはその前に引き止められるのだろうか? もしくは二人とも迷ってしまったら……。

「追わないの?」

「ユウニだって追わないでしょ」

「私は……追わないんじゃなくて、追えない」

「同じ意味」

 否定はできない。ユウの事情を知っているからこそ、私はどうしても彼を追えなかった。

(いきなりあんな話をされたら、動揺するのは分かる。でも)

 彼にとってはそれは全て事実でしかない。ラーヤもそれを知っているからこそ追ったのだろうけど、私はこのままでもいいのではないかって……。

「話すのが早かったのかな」

「いずれは知る事だし、それを受け入れられないと前へは進めない」

「前へって、あなたは何を知っているの?」

「忘れた? 私は元は預言書。だから私が知っているのは未来」

「未来……」

 もしかしてユウニが最初にユウって名乗った理由って……。

「じゃああなたは全部知っていたの? ここまでの事を」

「私が知っているのはあくまでユウの話。だから他は知らない」

「え? じゃあ預言書と呼ばれているのは……」

「確かに預言書だけど、根本を辿るとそれは違う」

「根本?」

 何が違うのかは分からなかった。それは私が預言書の本当の意を理解してないからなのか、それとも答えは本当はあって……。

「教えて。あなたは何者なの?」

「私はもう一人のユウ。それ以外に何者でもない」

「違う。あなたは何か隠し事を……」

「サシャル!」

 とユウニに詰め寄ろうとしたところで、ラーヤが帰ってきてしまった、このまま追うと思っていたのだけど、見失ってしまったのかな。

「どうしたのラーヤ」

「どうしたも何も、大変よ! スービニアが」

「え?」

 ■□■□■□
 燃えていた。
 誰が燃やしたのかは分からないけど、スービニアの一部が炎に包まれていた。

「どういう事なの」

「分からない。早く消さないと」

 これ以上被害が広がる前に私とラーヤ、そしてユウニも協力して消火作業を急ぐ。だけど水を汲む箇所が一箇所しかないため時間だけがかかる。

「許せないよ私。こんな事をした人」

 消火しながらラーヤは悔しそうに呟く。今までこの国ではこんな事は起きたことがなかったから自然に起きた事とは思えない。でもこれを誰かのせいにするのには証拠もないし、このままだと消火すらも間に合わないかもしれない。

(考えたくないけど、最悪の場合)

 考えたくもない事を私が考え始めた時、それは突然やってきた。

「サシャル、空が」

「え?」

 ラーヤに言われて私は空を見上げる。そこには先程まで明らかに晴れていた空ではない、雨雲だけが覆われた空があった。

「さっきまで雨なんて降る様子がなかったのに」

 と私が呟いたとほぼ同時に大雨が私達に降り注ぐ。まるでこの炎を消すために降り出した雨は、一瞬で森に広がった炎を消し、一瞬のうちに雨は止んでしまった。

 魔法。

 これは明らかに魔法によって作られた雨。もう無いはずだと思っていた魔法が、やはりこの世界にはまだ存在する。

(魔法はまだ失われていなかったんだ)

「ねえサシャル、今のは魔法……なんだよね?」

「うん」

「やっぱりあるんだよ魔法は。だからサシャル」

「……」

 虹が架かった空を見上げながら、ラーヤと私は恐らく同じ事を考えていたと思う。

 まだ諦めちゃいけないと。

 希望はまだ残っているって。

 これは私達だけしか分からない秘密。でもその秘密はいつしかこの世界に虹を架ける事になる。

「あ、ユウを追わないと!」

 虹を眺めている間に思い出したようにラーヤは言った。恐らく追っている最中に火事に気づいて、戻ってきてしまったのだろうけど多分今から追っても間に合わない。

「ラーヤ、少しだけ彼を一人にしてあげない?」

「え? でもこの先は」

「輪廻の森がある。けど、大丈夫なんじゃないかな」

「どうして?」

「輪廻の森の中には、彼女がいるから」

「でもあそこは」

「それは多分彼が乗り越えてくれると思うよ」

 確信はないけど、あの森の中にある王国にさえ辿り着けばしばらくは安泰だと思う。ただ森から出るにはあそこで彼は奇跡を起こすしかない。その鍵を握っているのは……。

(スズ、元気にしているかな)

 それから一週間、私達は燃えてしまった王国の復旧を行なっていた。
 その間ユウの方からの連絡は一つもなく、ラーヤは何度も探しに行こうと提案してきた。でも私はその度に説得して、とにかく彼女が頭を整理できる時間をあげていた。

「サシャルはどうしてそんなに平気なの? このままユウが戻ってこないかもしれないのに」

「それは……大丈夫だよ。私は信じているから」

「信じている? 誰を」

「私達の親友とユウ自身をかな」

「大丈夫かな、本当に」

「そう信じるしかないでしょ。それが一つの試練でもあるんだから」

「そうだけど……」

 その隣にスズもいるから、大きな事が起きなければ多分大丈夫……だよね? スズ。

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