妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)

日比野庵

ep6-027.カズン・モンスター(4)

 
 フレイル達の様子を伺っていたツェスが舌打ちする。

「まずいな。包囲されちまった」
「助けにいくの? ツェス」
「あぁ。フレイルなら突破出来るだろうが、火矢が消されてる。援護したい」

 ツェスは荷台からひょこっと顔を出したイーリスを見ずに答えた。御者を命じられたオーライガもツェスの脇に姿を表した。

「加勢するのか? 判断はお前に任されているが、精霊女王の警護が最優先だ。私は万一の場合は馬竜車を率いて、此処を離れねばならぬ」

 オーライガが少し悔しそうな顔をした。フレイルから御者を命じられていなければ、真っ先に自分が飛び出していくと言わんばかりだ。

 ツェスがオーライガに頷いたとき、イーリスが、どうするの、と聞いてきた。

「モンスター達はこっちには気づいていない。今なら奇襲できる」
「どうかな。奇襲を掛けるには少し遠い。弓でもギリギリ届く距離だ」

 オーライガは馬竜車の荷台から弓と矢筒を二筒取り出して肩に掛けると、ツェスに注意を促した。

「分かっている。魔法攻撃が出来ればいいんだがな」
「風魔法で斬っちゃえばいいのね?」

 イーリスが身を乗り出した。

「いや、暗闇で風魔法は危険だ。不意討ちにはいいが、フレイル達にも当たりかねん」

 ツェスは首を振った。月明かりがあるとはいえ、風魔法の攻撃を夜間に目視することは殆ど不可能だ。やるなら予めフレイル達をモンスター達から離しておく必要がある。

「じゃ、魔法は使えないの?」
「光魔法か、炎魔法で目眩ましできればいいんだが、青い珠ドゥームは使えるか?」

 イーリスは辺りの草原を見渡してから、難しいと答えた。

「出来なくもないけど、山も木もないから少し時間がかかりそう」
「そうか……なら奇襲できる距離まで近づくしかないか。オーライガ、俺がモンスター奴らの背後に回る。十分に近づいたら、鏑矢を放ってくれないか」
「よかろう」
「矢はあるかい?」
「一筒ならば」

 オーライガは肩に掛けていた二本の矢筒のうち一本をツェスに渡す。

「イーリス、鏑矢を合図に奇襲する。俺とフレイル達が距離を取ったら、風魔法でモンスター奴らを攻撃だ。それと、もしもの時の為に青い珠ドゥームも準備しておいてくれ。最後の切り札だ。炎か雷で頼む」
「分かったわ」

 ツェスは一旦剣を鞘に納め、モンスター達に近づこうと一歩踏み出した。

「待ってください」

 リーメがツェスを止める。

「どうしたの? リーメちゃん」

 イーリスがリーメの顔を覗き込んだ。

「目眩ましくらいであれば、私の精霊達で何とか出来ますよ」
「本当か?」
「はい。こう見えても精霊女王です。七属性の精霊達が私を護ってくれていますから。彼女達に手伝わせましょう」 

 リーメは胸元で両の掌を組んで、詠唱を始める。

「光の精霊ヴァーロよ。大地母神リーファの名の下に命じます。力をお貸しなさい」

 リーメの前に空気の渦が生まれた。渦は次第に一点に固まり、透明な珠となった。

「漆黒の闇を照らす麗しき光。七色の輝きを天空に与え、惑える者達の導きを!」

 リーメが組んだ手を解き、掌を上にして両手を前方に投げ出した。珠はリーメから離れ、天に吸い込まれるように消えた。

光の蕾ヴァーレハーをモンスター達の頭上に放ちました。合図をいただければ、光の華を咲かせます。目潰しくらいにはなる筈です」
「よし。オーライガ、俺がモンスター達の背後に近づいた頃を見計らって、鏑矢を放ってくれ。リーメ、矢を合図に、その光の華とやらを咲かせてやってくれ」

 オーライガが頷くのと同時にリーメがはいと答えた。

「フレイルの事だ。鏑矢で悟ってくれる筈だ。イーリス、フレイル達が脱出したら、風魔法をモンスター奴らにぶち込め」
「任せて」

 作戦は決まった。ツェスはゆっくりと足音を忍ばせながら、モンスター達に近づいた。頃合い十分とみたオーライガが番えた鏑矢を天に向け、弓を引き絞った。


◇◇◇


 フレイルは握った手の平を開いた。

 漆黒の宝石が蓮月の光を浴びて怪しく光る。

 ――精晶石は四つ。もっと持ってくればよかったか。

 フレイルはわずかに後悔した。闇の精晶石に封じられる精霊は、混乱や狂気をもたらすものが殆どだ。それ故、ほぼどんなモンスターが相手でも効果が期待できる。たとえ死霊アンデッドが相手だったとしてもだ。だが如何せん精晶石の数が少ないのは痛い。

 ――ツェス達は見えているか。彼奴あいつならこのタイミングで動いてくる筈だが……。

 フレイルは部下の様子を確認した。緊張してはいるが、怯えた表情の者は一人もいない。それはそうだ。こんなものより遙かにピンチになった事など何度も経験している。それらを生き延びて来たのだ。フレイルは改めて己の部下達を頼もしく思った。

 フレイル達を囲むモンスター達はじりじりと間を詰めてくる。時間はもうない。

「よし、三つ数えたら、突撃だ。コロネー、お前が率いよ。俺は殿しんがりに回る。後ろは振り向くなよ」
「はっ」
「一、ニ……」

 フレイルが三つ目を数える直前。

 ――ピョオーン。

 天を切り裂く合図の音が鳴り響く。同時に、天空に七色の光の玉が現れ、砕けるように弾けた。強烈な光がフレイル達を取り囲むモンスターを照らし出す。オーライガが放った鏑矢の音と、リーメの精霊魔法、光の蕾ヴァーレハーが互いに絡み合い闇夜を震わせる。

 突然の事にモンスター達は動きを止めた。

「今だ、行け!」

 フレイルが光と音の意図を瞬時に悟り、突撃の合図を出す。コロネーを先頭に十一人の騎士は、見事な紡錘陣形を取って、右手のワーウルフめがけて突入を開始した。

 最後尾のフレイルが、闇の精晶石をモンスターに向かって投げる。突撃目標のワーウルフに向かって二つ。背後のオーガに向けて二つ。

「闇の精霊アポロケイオン! 我が名はフレイル・ラクシス! 安寧をもたらす守護を我に与えよ!」

 フレイルが放った精晶石が黒き輝きを放つと、黒曜犬の姿が浮かび上がる。だがその大きさはワーウルフの数倍にも及んでいた。まるで犬の頭を持つ雄牛のようだ。

 フレイルが使った闇の精霊魔法は、幻影の魔法。本物と見紛うばかりの四つ足の獣が、モンスター達に襲いかかる。

 突如現れた黒曜犬にモンスター達は混乱した。それでも、敵と認識して攻撃を仕掛けたのだが、その鋭い牙も爪も、そして岩をも砕く棍棒も、全て空を切った。

 その間隙を縫って突撃したフレイル達十人の騎士は、包囲を突破した。

「フレイル!」

 フレイル達が突破した先に剣を構えたツェスが控えていた。鏑矢とリーメの光魔法を合図にモンスター達を急襲する積もりだったのだが、フレイルの声と黒曜犬が出現したのを見て、フレイルが突破してくると気づき、その場に踏みとどまったのだ。

 フレイル達は、一旦、ツェスの脇を通り過ぎてから反転し、ツェスと合流した。

「危なかったな、フレイル」
「なんの」
「矢も尽きていたんじゃないのか」

 ツェスが運んできた矢筒を弓を持った騎士に渡す。

「ふん。丁度、剣の練習をしようとしていたところだ」

 余裕の現れなのか、それとも包囲を突破したことの安心からなのか、フレイルの返事に、部下達から笑みがこぼれた。

 ツェスはまぁいいさといわんばかりに肩を竦めたあと、そろそろ時間だとフレイルに告げる。

 リーメが魔法で咲かせていた、天空に輝く光の華は次第に輝きを失い、代わりに蓮月の七色が息を吹き返そうとしていた。

 フレイルが放った幻影の黒曜犬とて、いつまでも現れている訳ではない。残るモンスターは十ニ体。こちらもツェスを加えて十一人。十分対抗できる。

 「今のうちに攻撃だ。幻影に気を取られているモンスターから片づける。矢の用意だ」

 フレイルの指示に、弓を持った三人の騎士が前に出て矢を番える。

 ワオオオォォーーーン。

 再びワーウルフが吠えた。フレイルの闇魔法で生み出した幻影の黒曜犬に翻弄されていたモンスター達は突然、戦闘を止めた。

「フレイル隊長。斉射の合図を」
「待て、様子がおかしい」

 フレイルが矢を射るのを止めさせる。モンスター達はツェス達に背中を向け、来た道をゆっくりと引き返していく。

 モンスター達が戦闘を途中で切り上げる。あり得ないことだ。敵わない相手に出会って逃げ出すことはあっても、勝敗の行方が分からない段階で自ら退くモンスターなど聞いたことがない。

 それにフレイル達の目の前で退き上げるモンスター達の様子は整然としていて、逃げ出すという風ではない。

「追撃はしない。こんなところで怪我する必要もあるまい」

 モンスター達が視界で捉えられない程、遠くに行ったことを確認したフレイルは戦闘体勢を解かせた。

 馬竜車に避難していた、イーリス、リーメがオーライガに先導され、ツェス達のところにやってきた。

「フレイル隊長!」
「無事か」
「はい」
「うむ。お前達に助けられたな。先程の天を照らした光魔法は? イーリスの仕業か?」
「ううん。リーメちゃんよ。流石は精霊女王ね。精晶石なしの精霊召還だったけど、全然待たないの」
「いえ。召還ではないです。私を守護している精霊にお手伝いして貰っただけです」

 リーメがにこりと答えた。

「そうだったか」

 フレイルがリーメに向き直り、片膝をついた。フレイルの部下達もそれに倣う。

「リーメ様、我らをお助け下さり感謝の言葉もない。貴方を危険な目に遭わせた事を深く謝罪いたします」
おもてを上げてください。フレイルさん。私は私の出来る事をしただけです」
「いえ、あの光魔法でモンスターの隊列に隙が生まれたのです。あれがなければ、もっと苦戦していたでしょう。リーメ様のお力の御蔭です」
「お礼などとんでもないです」

 リーメがしゃがみこんでフレイルに微笑み掛けた。

 ――魔法あっての勝利か。

 リーメがフレイルの手を取って立たせるのを見ていたツェスの脳裏に、ふとそんな言葉が浮かんだ。

 この世界では、魔法は当たり前に存在している。剣だけで行う戦争など有り得ない。戦には必ず精霊使いが帯同し、魔法を駆使して味方を助けている。時には自ら先陣に立つことだってある。

 リーファ奥殿で女神レイムが危惧していた魔法が無い世界。そんな事など想像すらできない。万が一、その時が来てしまったら、この世界は崩壊してしまう。

 ――星墜ちを調べたら、精霊が減っている原因が分かるだろうか。

 ツェスは夜空を見上げた。天蓋を覆う星々は、人間達の考えなど知らぬとばかり、静かに瞬いていた。
 

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