妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)
ep2-010.ドゥーム・ドレイナー(5)
――大陸北部辺境。
悠久の年月を掛けて、河川に削られた渓谷を懐にして、万年雪の帽子を被った険しい山脈がひしめき合う。
その山脈に挟まれた盆地にその国の首府はあった。
――藩王国。
大陸北部に点在する盆地はそれぞれ土着の氏族が支配していた。その中でも最大氏族であるメオ族が治めるラザール盆地。藩王国は、ラザール盆地を中心として、周辺の盆地を統治する各氏族を束ねて出来た連合王国だ。首府はラザール盆地の南に位置する街ラザガルネク。
形式上は首府となってはいるが、都市計画がある訳でもなく、その地に住み着いた人の家々が好き勝手に立ち並ぶ野放図な街だ。地形柄人口もそれほど多くはなく、平屋の家ばかりが立ち並ぶ。大陸三王国の王都と比べるといかにも見窄らしい。
その集落の中央に一際大きな建物があった。王の宮殿だ。
宮殿の中央には巨大な広間があった。その奥に長方形の赤い礎石が置かれ、その上に覆い被さるように玉座が設けられている。礎石の上に座ることは藩王国の王たる証だ。
その玉座に五十半ばの男が座っていた。短く刈り上げた黒髪には艶があり、年齢より十歳は若く見える。角張った顔に濃い一文字眉。その下には、彼の野心を示すが如く、赤い瞳が煌々と輝いている。男は中~上級モンスターであるガーゴイルから作られた毛皮を羽織り、その力を誇示していた。
彼はメオ氏族の長にして藩王国を統べる王。藩王メオ・ガラルのレシーバーだ。
藩王は、使者から魔法のようなものを見せられていた。
藩王の目の前に大きな白い板が現れ、そこにある光景が浮かび上がっていた。中つ国フォートレルの王都にほど近い「夜明かしの草原」で、藩王国が雇った盗賊団がキャラバン隊を襲っている映像だ。盗賊団が投じた矢に括り付けた『魔石』の力で、精霊が解放できなくなっている姿が映し出されている。
その映像は、緑の髪の少女が雷の魔法を発動させ、盗賊団を撃退したところで終わった。
「性能の一端はお見せしたとおりです。メオ・ガラルのレシーバー様」
使者は恭しく頭を下げた。背の高い若い男だ。見た目はこの世界の人間と何ら変わらないように見えるが、見たこともない衣服を身につけている。白いチュニックの首もとには襟が立っており、それが途中で折り返されている。折り返した襟の内側には、細長い厚手の絹布が首に巻き付けるように通され、正面で結ばれている。だらりと下げた絹布を掴んで持ち上げれば、そのまま首吊りとなる恰好だ。
使者はその首吊りチュニックの上に青い上着を羽織っていた。上着は長袖のチュニックの正面を真ん中から縦に裂き、再び閉じ合わせるように出来ていた。
裂いた正面は、硬貨の様な薄い金属を、正面片側に開けた細い穴に通すことで留めるようになっている。袖丈は長く手首まであるが、袖口にも、上着正面と同じ硬貨状の金属が縫いつけられていた。どの穴に通すものなのか用途は分からない。あるいはただの飾りかもしれない。
使者と初めて面会したとき、メオ・ガラルのレシーバーは、その首に巻き付けた布を見て、奴隷の首輪だと思った。だが使者は、これが彼らの世界での正装なのだという。全くおかしな風習だと藩王は思ったが、それを口にするほど野暮でも無神経でもなかった。
使者は、不思議な映像を産み出していた小さな金属片を懐にしまうと、別のものを取り出した。手の平に丁度収まる薄い円盤型の金属片だ。
「この円盤に宝玉を乗せ、月夜に一晩晒しておけば、あのように精霊開封を封じる魔石となります」
「大儀であるぞ。ラ=ファスよ。我がメオ氏族を上げて礼をいう。精霊を石に封じる技は、もとは我らの先祖が生み、代々受け継いできた秘技である」
メオ・ガラルのレシーバーは昔を思い出すかのような遠い目をした。
「数十年前、我らは大きな過ちを犯した。レーベ王への帰順の証として、精晶石と我が氏族の秘技を献上した。それが故に我らはかつての力を失ったのだ……」
だが、と藩王メオ・ガラルのレシーバーはラ=ファスと呼びかけた使者に鋭い視線を投げかけた。
「ラ=ファス、異界からの使者よ。そなたが授けてくれた魔法具が生み出す魔石によって、我らは再びかつての力を取り戻すことになろう」
玉座の肘掛けを握る手に力が籠もる。藩王の顔が心なしか紅潮しているように見えた。
ラ=ファスは有り難きお言葉、と再び一礼した後、藩王に鋭い視線を投げかけた。
「メオ・ガラルのレシーバー様。一つ伺いたい事があります。最後に出てきた緑髪の少女が成した技の事です。あの少女は精晶石を使わずに電撃の魔法を発していたように見えました。この世界で、あれは他の誰にでも使えるものなのですか?」
今、使者が藩王に映像で見せたのは、精晶石から精霊を解放させない魔石の実証実験だ。ラ=ファスは、精霊を解放させないことで相手に魔法を使えなくさせる方法を藩王国に伝授しようとしていた。
映像が示した様に、実証実験それ自身は、何の問題もなく成功した。だが、精晶石を使わずに魔法発動するのが極当たり前に行われるのであれば、精霊の解放を封じたところで、魔法は発動してしまう。それでは意味がない。
「分からぬ。賢者マシューよ、何か知っておるか?」
メオ・ガラルのレシーバーは脇に控える老人に問いかけた。
声を掛けられた老人はゆっくりと顔を藩王に向けた。歳は七十を超えているだろうか。禿げ上がった頭に、真っ白な口髭と長い顎髭。大きく垂れ下がった眉の下に黒い瞳が静かに光っている。左の胸元に蓮華の図柄が刺繍された茶色のローブが揺れる。
 賢者は頭を振った。
「私にも確たることは……。あのような技はこれまで見たことは御座いませぬ。しかしながら、大導師ラメルの弟子に一人だけそのようなものがいると聞いたことが御座います。確か『ドゥーム・ドレイナー』という名だったかと」
「ドゥーム・ドレイナー、『青き珠を放つ者』か。それが魔法と関係あるのか?」
「解りませぬ。ですが、魔法は精霊の力あって顕現するもの。それが世の理で御座います。あの青き珠が他の誰にでも使えるものとは到底思えませぬ」
「……ということだ。ラ=ファス。答えになったか?」
「結構です。では、精霊を封じるこの装置と引き替えに例のお約束を……」
「分かっておる。ラ=ファス。それについて儂から一つよいか?」
「何なりと」
レオ氏族の長は威厳を見せつけるかのように背筋を伸ばした。
「ラ=ファス。主は、この世界からいくつかのサンプルを持ち出すのと引き替えに、異界の技を我らに授ける事を約してくれた。主がこの世界の何を選ぼうとも問題にはせぬ。だが、なぜ我が氏族を選んだのだ。主が求めるものならば、このような辺境に来ずとも、三王国にいけばより容易く手に入るであろうに」
「国の大小は関係ありません。私にとっては、星墜ちの地に近く、サンプルが豊富なこの国が最適であった、というだけの事です。失礼ながら、先程お見せした魔石など、私たちの世界では、塵一つにも満たぬ技術に過ぎません。私たちが本気になれば、この世界を跡形もなく消し去ることが出来るのです。そんな事をする積もりは微塵も御座いませんが……」
ラ=ファスは不敵に笑った。何の気負いも衒いもない。単なる事実を語っているだけだとメオ・ガラルのレシーバーは悟った。
「恐るべきことだ。我らはラ=ファスの寛容に縋る他ない。して、何が望みか?」
この異界からの使者が、世界を消滅させる程の力を持っているのであれば、こんな回りくどいことをせずとも、簡単にこの世界を支配できるだろう。それをしないのは別に何らかの意図があるに違いない。藩王の問いにはそんな思いが込められていた。
「いえ、サンプルを頂ければそれで十分にございます」
ラ=ファスは胸に手を当て、再度頭を下げたが、何かを思い出したかのように付け加えた。
「ですが敢えて申し上げるならば、一つ御提案があります」
「何か?」
王の答えにラ=ファスの瞳が怪しく光る。
「メオ・ガラルのレシーバー様。死を恐れぬ大軍を手にしてみたいとは思われませんか?」
レオ氏族の王は、興味深げに、ラ=ファスに続きを話すよう促した。
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