妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)
ep1-002.半腕の剣鬼(2)
『半腕の剣鬼』率いる三人組と、店内の客が一斉に茶屋の外に出る。ツェスとイーリスも一緒に外に出た。
  村を貫く街道の脇。山を背にした棚田や畑が広がっている。遠くに土煙が上がり、わぁわぁと何かを追い立てる声が聞こえる。
「半腕の剣鬼様、どうか、どうか、お引き受け下さい」
  村長が『半腕の剣鬼』に頭を下げる。『半腕の剣鬼』は、長髪の下から村長をねめつけると左の腰に差した剣の柄頭に右手を掛け、よかろう、と言った
「村長さんよ。報酬はさっきの五倍だ。いいな」
  耳潰れ男が念を押す。
「あ、はい。ありがとうございます。報酬は必ず御用意いたします。なにとぞ村をお助けください」
  村長が何度も頭を下げて礼をいう。『半腕の剣鬼』の三人組は、街道沿いの少し開けた草地に歩みを進めた。棚田を作る予定なのか、周囲には土が盛られている。山側は削られ、背丈を越える程の土壁となっていた。
「村長。ここで巨猪を狩ろう。追い込んでこい」
傷男と耳潰れ男が剣を抜いた。村長は知らせに来た村の若者にここまで追い立てるようにと指示を出す。若者はハイと返事して駆け出していった。
『半腕の剣鬼』は柄頭に手を掛けたまま身じろぎもしない。遠くの様子を窺っているだけだ。
やがて、遠くに見えた土煙の中に三つの黒い影が浮かび上がった。真ん中に大きな影が一つ。その左右に一つづつ。影は段々と大きくなり、四足の獣の姿を顕にした。猪だ。だが、普通の猪と違うのはその大きさだ。脇の二頭はそれ程でもなさそうだが、真ん中の一頭だけは別格だ。周りの木と比べてみても、その体高は、大の男の背丈を優に超えている。
「大丈夫なの? ツェス」
「あれくらいなら、なんとかなんだろ」
イーリスはツェスを心配したのだが、ツェスは『半腕の剣鬼』三人組が巨猪を仕留める事が出来るのかという質問だと受け止めた。後ろ頭に手をやって始めて帽子を茶屋に置いてきたままだと気づく。取りに戻ろうかと思ったが、その間にケリがつくかもしれない。諦めてそのまま見守ることにする。
金ピカの鎧を着た二人は抜いた剣の柄を両手で持って中段に構える。粋がっている割には基本に忠実だ。あるいは猪の体躯を見て、片手では無理だと判断したのかもしれない。
猪達が迫ってくる。
――デカい。
真ん中の怪物との比較で普通サイズと思っていたが、両脇の二頭とて人の胸くらいの体高がある。真ん中のそれは化け物だ。何を喰ったらここまで育つのか。こんなのに攻撃されては堪ったものではない。
三頭の猪は両脇の二頭が先行し、真ん中の一頭が大分遅れて続いていた。だが真ん中の巨猪のサイズが規格外過ぎて、遠近感が狂う。その場に居た者達には、三頭とも並んで走っているように見えた。
猪達は、猛スピードでこちらに向かってくる。
村の若衆による追い立ては上手くいった。あとは『半腕の剣鬼』三人組が仕留めるだけだ。三人組を見守るギャラリーは、期待と不安の入り交じった表情で固唾を飲んだ。先頭の二頭が手の届く距離にまで迫る。
――ダッ!
両端の金ピカ鎧の冒険者が同時に左右に飛んだ。両端の猪二頭の突進を躱し、低い体勢から脚を横薙ぎに払った。切断された脚が飛び、猪はどうと倒れる。猪は尚も前進しようとしたが、前脚と後脚の片側がない状態では立ち上がることもできない。通常の猪より遙かに大きいがゆえに脚を斬り飛ばす事が出来たのだ。普通サイズの猪ではこうはいくまい。
「へっ、ざまぁねぇぜ」
「こんなモンかよ」
金ピカ鎧の二人は、捨て台詞を吐いて、鼻息荒く尚も藻掻く二頭の猪に近づいた。脇腹に剣を突き立て、心臓を狙って止めを指す。刃物が肉に食い込む音と共に刀身の半分が猪の躰に吸い込まれた。もっとも、その音が聞こえたのは、剣を持った本人だけだろうが。
――ブフィオォォオオ!
猪が断末魔の悲鳴を上げる。残った脚をばたつかせ、躰をくねらせて、苦痛から逃れようとするも、どうにもならない。二呼吸程おいて、二頭の猪は絶命した。あとは本命の巨猪を残すのみだ。
巨猪はその巨大な体躯を震わせ、ドドドッと音を立て、真一文字に向かってくる。間近に迫るその怪物は想像を絶する程巨大だった。背中までの高さでも人の背丈の一倍半はある。真っ黒な体毛に覆われ、口から天に向かって、角笛を二周り大きくした牙が生えている。あれで串刺しされようものなら即死は免れまい。
加速がついた巨体が地面を揺らす。体重も相当ある。あれに体当たりされたなら、家であろうが何であろうが木っ端微塵だ。
『半腕の剣鬼』は迫る巨猪の正面に立ったまま動かない。
「おい。どうするんだ?」
「さっきみたいに、脚を斬るんじゃないのか」
「あの体躯だぞ。斬れるのか。しかも片手だぜ」
『半腕の剣鬼』を見守る人々は、あの丸太のような太い脚を両断できるのかと不安を口にする。
巨猪が十歩の距離にまで近づいた。いよいよか、と緊張するギャラリーの視線を受けた『半腕の剣鬼』の背中がゆらりと揺れた。
『半腕の剣鬼』は柄頭に乗せた右手を滑らせて柄を握ると、目にも止まらぬ速度で抜刀した。そのまま下から天に向かって剣をすり上げる。
――ドンッ。
空気が破裂するかのような音が響いた。木々の梢が揺れ、枝に止まっていた小鳥が衝撃で吹き飛ばされる。巨猪は、そのままの姿勢で突進してくる。『半腕の剣鬼』は剣を天に向けたまま微動だにしない。巨猪の体当たりを受けるかと思われた次の瞬間、巨猪の頭が縦に割れ、その巨躯は真っ二つになった。
二つになった巨猪は、やがて勢いを失い草地にズウンと落ちた。斬られた躰からドクドクと血が流れ、草の緑をどす黒い赤に染めていく。
「一撃だ」
「凄い」
「さすがは『半腕の剣鬼』様だ」
ギャラリーが賞賛の言葉を口にする。
『半腕の剣鬼』は剣を一振りして血糊を払うと鞘に納めた。片手剣であの巨体を一太刀で両断したのだ。相当な実力者であることは疑いなかった。
「いつもながら見事です。先生」
「大陸一ですね」
先に二頭を仕留めた金ピカ鎧の二人が『半腕の剣鬼』に近寄る。『半腕の剣鬼』は口元にふっと笑みが浮かべていた。
「おい、村長。見たか。これが『半腕の剣鬼』だ。さっきの端金では話にならないことが分かったろう。さっきの十倍の金を持ってこい。明日まで待ってやる」
耳潰れ男が村長に向かって叫ぶ。最初は三倍と言っていたのがいつの間にか十倍になっていた。
おろおろする村長を横目にイーリスが栗色の瞳でツェスに問いかける。
「終わったの? ツェス」
「いや、まだだ」
ツェスは震える左の籠手を、籠手をつけていない右手で掴んで抑える。茶屋に戻ろうとした客達が何だとばかり振り返った。
「本命の御登場だ」
ツェスは巨猪の躯の向こうを睨んでそう言った。空気が揺らぎ景色が歪んだ。何もない空間が渦のように捻れ、その中から、巨大な何かが顔を覗かせた。
 
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