夢ノ城ノ中ノ部屋ノ君ノ声
これは、
がたんごとん。がたんごとん。
規則的に鳴るその音と規則的に揺れる車体。
電車に乗って揺られていると、どうしようもなく眠くなってしまう。こういうときは、睡魔と争うことなど一切せず、欲望のままに眠りを貪るのが一番……なのだが。
「はい、みなさん。本日はお集まりいただきありがとうございます! 気合のほどはいかがでしょうか?」
元気よく挨拶を述べる剛によって俺の睡眠は阻害されてしまった。
そうして一睡もできずに俺たちは遊園地の最寄駅へ降り立った。
そこから歩くことしばし。
「これは……」
「うん……」
突如現れた巨大な建造物は、廃園となったドリームランドの正門だった。俺の記憶によるとこの門はカラフルで、装飾がたくさんあったはずだが、今目の前にあるそれは、塗装がはがれおち、風化し、どちらかというと暗い色が主体となってしまっている。
そして、過去の門と明らかに違う点がもう一つ。
「こんな、柵まで作る必要ってあるの?」
愛美華がそう呟くが、それには誰も反応しない。彼女の言う通り、門の前には――いや、正確にはこの遊園地を囲うように高い鉄製の柵が設置されていた。
「こんなの作らなくても廃園になった遊園地に忍び込もうなんて馬鹿な奴らはいないだろ」
「こっちたちがその馬鹿な奴らだってあんた気づいてる?」
ふっと馬鹿にしたように言う剛に、愛美華が冷静なツッコみを入れる。それに俺も苦笑いしながら何気なく視線を横に動かすと、一人静かに柵を見つめる理沙が目に入った。
その時。彼女は、何かを一言、何かつぶやいた。
ち、が……う?
そうだ。『違う』と。彼女は恐ろしく小さな声でそう呟いた。
「違うって、何が?」
俺は、理沙にそう耳打ちする。しかし、彼女は一切反応を見せない。
「遊園地に忍び込むのがバカらしいってところか?」
オカルトとかそういう話題に興味を持っているらしい彼女が、剛のあの言葉に反感を覚えたのか、と思ったが、そうではなかったらしい。
俺の問いかけに彼女は首を横に振った。
「じゃあ、何が?」
「……違うのは、そこではありません。この柵が、人が入らないようにするための――」
「おーい! そこの二人! 早くしないと置いてくぞ!」
折角語りだしてくれた理沙だったが、その言葉は既に柵を登って越えようとしている剛の声によって遮られた。
そのあと、理沙にもう一度問い直したが、彼女はただ首を横に振るだけだった。
俺は、これ以上問いかけても無駄だと判断し、剛たちに続いて柵を登る。どこにでもある鉄網の柵は簡単に上ることができたが、上を見ると、俺の前を登る朝倉のスカートの中が見えそうだったので、横に視線を逃がしながら見ながら登る羽目になった。
そして、何事もなく侵入成功。
柵の奥に佇む正門を抜ければ、ドリームランドの誇る、幻想的な世界観のお土産街が広がっている――はずだった。
門を抜けた先にあったのは、建物のいたるところが崩れ落ち、色がくすんだ廃墟の群れだった。賑やかな建物の形は変わらないのに、それを彩る装飾が、塗装が、全て剥がれ落ち、そこはかとなく恐ろしい雰囲気を醸し出している。
陽はもう沈んだ。
西側の空を見ても陽光は一切見ることができず、東側の空は低く、黒い雲に覆われている。
「これ……本当に入って大丈夫なの?」
「へーきへーき! 遥ちゃんもうビビっちゃってるの?」
「でも、明らかに雰囲気がやばいって」
朝倉をからかう剛に、愛美華が反論する。彼女の言う通り、遊園地内は明らかに外とは空気が違った。重いというか、何かが常に肩に乗っかっているような……。
しかし、剛は一切怯える様子などなく、ずんずん前へと進んでいく。そして、門をくぐってから一分もたたずに、遠くに城の塔が見えた。
もともと、ピンクや薄くて明るいブルーなどの、パステルカラーに彩られていたあの城――ドリームキャッスルだが、今はそんな当時の面影もなく。ただ、3時30分前後を指している時計は、機能していないらしい。
もう少し歩くと、広場に出た。その中央にはとても大きい、干上がった噴水があり、その広場からパーク内のいろいろなエリアに行くことができるらしい。
周りを見回すと、テントウムシを模したジェットコースターが、こちらを見つめていた。
「で? 剛。城にはどうやって入るつもりだ?」
俺がそう尋ねたのも無理はない。すべてのアトラクションの入り口には金網が設置してあり、中に侵入できそうもないのだ。建物の入り口を金網で完全にふさいでいる為、入り口の時のようによじ上ることもできない。
しかし、その剛はその問いを待ってましたと言わんばかりに、俺の方を振り向くとニヤリと笑った。
「決まってんだろ? こじ開けるんだよ」
そう言って、剛はバックの中をがさごそと探り出す。そして、そこから一本の棒状のものを取り出した。
……それは、俗にいう、バールだった。両端の色が赤と青に分けられていて、先っぽが曲がって鋭い、ごく一般的なバールだ。
「お前、馬鹿だわ」
「そうか?」
そう言って笑う剛の顔を見ると、ここが廃園になった不気味な遊園地だなんてことを忘れてしまいそうになる。
そして、俺たちは歩いて歩いて、ドリームキャッスルの正面まで辿り着いた。その城の外壁は遠目から見た以上に風化しており、五年という月日の長さを物語っている。
剛はバールを振り回しながら入り口前の金網に対峙した。さぁて、どこを開けてやろうか、といった顔でそれを見つめていた彼だったが、一瞬の間の後、あれ? と小さくつぶやいた。
「どうしたの?」
「いや、これ……」
動きを止めた剛を不自然に思ったのか、朝倉が剛に話しかける。すると彼は、城の入り口の端の方を指さした。
「あそこに穴があるんだけど」
剛の指の先。そこには人が一人通るには十分すぎるほど大きい穴が金網に空いていた。それはまるで左右に引き裂かれたようで……。
「こんな廃墟に、私たちの前に入った人がいるってこと?」
愛美華のその言葉に、理沙が「いえ」と応じる。
「その穴の周辺だけ、不自然なくらい砂埃やごみ、雑草がありません。つまり、この穴は日常的に使われていると考えられます」
「それって、つまり――」
朝倉がそう不自然に言葉を切り、そこから五人に沈黙が降りた。
全員が全員、この理沙の言葉から同じことを想像したとは思えない。しかし、恐らく、ここにいる五人は皆想像したことだろう。
『何か』が、この穴を使って日常的に城に出入りしている様子を。
「ま、まぁまぁ。とにかく中に入ろうぜ。せっかく来たんだし、奥まで探検しようや」
そう言うや否や、先んじて穴をくぐった剛のその言葉に皆の硬直は解かれ、不承不承といった様子で後に続く。
そして、現れるのは大きな扉。
俺の記憶ではこの扉は常時開かれたままだったが、閉園に合わせて閉じられたのだろう。しかし、剛と俺の二人の力だけでも簡単にそれは開けてしまった。『開けてしまった』と表記したのはあわよくばこの扉が開かず、あきらめて帰るという展開を願っていたからである。
そんな俺の願いも空しく、扉はぎぃと金属がこすれる音を出しながらゆっくりと開かれる。そして、その奥に開けたのは闇に包まれた広間。むんとした、ほこりっぽい空気がそこから流れてくるのを感じつつ、俺たちは先に進んだ。
「なにもない……?」
そう朝倉が呟いた直後だった。
カッという短い音と共にそこは明かりに包まれた。今まで暗闇だったところが急に明るくなったのだから、当然俺たちは眩しさを感じ、目を腕で覆う。
そして、大分慣れてきたかな、とそれを外すと、先ほどは暗闇に包まれていた城の内部がよく見えるようになっていた。
扉から見て正面には大階段が堂々と構え、そのわきには左右に2つのの扉が。天井を見上げれば、かなり高いところからシャンデリアが俺たちを照らしていた。
「サンキュ、剛。あの暗闇の中進まないといけないかと思ってたところだった」
「たまには気が利くじゃない」
俺と愛美華はそう言って周りを見回して剛を探す。
照明の制御室は階段わきの扉あたりだろうか? それとも逆の扉?
そう思ってそこを見つめ続けるが、剛が顔を出す気配はない。というか、この数秒であんなところまで行って電気をつけるなんてマネあいつにできるだろうか?
しかし、部屋のどこにも剛はいない。先ほどまで手が届く距離にいたはずの剛の姿が消えてなくなっていた。
規則的に鳴るその音と規則的に揺れる車体。
電車に乗って揺られていると、どうしようもなく眠くなってしまう。こういうときは、睡魔と争うことなど一切せず、欲望のままに眠りを貪るのが一番……なのだが。
「はい、みなさん。本日はお集まりいただきありがとうございます! 気合のほどはいかがでしょうか?」
元気よく挨拶を述べる剛によって俺の睡眠は阻害されてしまった。
そうして一睡もできずに俺たちは遊園地の最寄駅へ降り立った。
そこから歩くことしばし。
「これは……」
「うん……」
突如現れた巨大な建造物は、廃園となったドリームランドの正門だった。俺の記憶によるとこの門はカラフルで、装飾がたくさんあったはずだが、今目の前にあるそれは、塗装がはがれおち、風化し、どちらかというと暗い色が主体となってしまっている。
そして、過去の門と明らかに違う点がもう一つ。
「こんな、柵まで作る必要ってあるの?」
愛美華がそう呟くが、それには誰も反応しない。彼女の言う通り、門の前には――いや、正確にはこの遊園地を囲うように高い鉄製の柵が設置されていた。
「こんなの作らなくても廃園になった遊園地に忍び込もうなんて馬鹿な奴らはいないだろ」
「こっちたちがその馬鹿な奴らだってあんた気づいてる?」
ふっと馬鹿にしたように言う剛に、愛美華が冷静なツッコみを入れる。それに俺も苦笑いしながら何気なく視線を横に動かすと、一人静かに柵を見つめる理沙が目に入った。
その時。彼女は、何かを一言、何かつぶやいた。
ち、が……う?
そうだ。『違う』と。彼女は恐ろしく小さな声でそう呟いた。
「違うって、何が?」
俺は、理沙にそう耳打ちする。しかし、彼女は一切反応を見せない。
「遊園地に忍び込むのがバカらしいってところか?」
オカルトとかそういう話題に興味を持っているらしい彼女が、剛のあの言葉に反感を覚えたのか、と思ったが、そうではなかったらしい。
俺の問いかけに彼女は首を横に振った。
「じゃあ、何が?」
「……違うのは、そこではありません。この柵が、人が入らないようにするための――」
「おーい! そこの二人! 早くしないと置いてくぞ!」
折角語りだしてくれた理沙だったが、その言葉は既に柵を登って越えようとしている剛の声によって遮られた。
そのあと、理沙にもう一度問い直したが、彼女はただ首を横に振るだけだった。
俺は、これ以上問いかけても無駄だと判断し、剛たちに続いて柵を登る。どこにでもある鉄網の柵は簡単に上ることができたが、上を見ると、俺の前を登る朝倉のスカートの中が見えそうだったので、横に視線を逃がしながら見ながら登る羽目になった。
そして、何事もなく侵入成功。
柵の奥に佇む正門を抜ければ、ドリームランドの誇る、幻想的な世界観のお土産街が広がっている――はずだった。
門を抜けた先にあったのは、建物のいたるところが崩れ落ち、色がくすんだ廃墟の群れだった。賑やかな建物の形は変わらないのに、それを彩る装飾が、塗装が、全て剥がれ落ち、そこはかとなく恐ろしい雰囲気を醸し出している。
陽はもう沈んだ。
西側の空を見ても陽光は一切見ることができず、東側の空は低く、黒い雲に覆われている。
「これ……本当に入って大丈夫なの?」
「へーきへーき! 遥ちゃんもうビビっちゃってるの?」
「でも、明らかに雰囲気がやばいって」
朝倉をからかう剛に、愛美華が反論する。彼女の言う通り、遊園地内は明らかに外とは空気が違った。重いというか、何かが常に肩に乗っかっているような……。
しかし、剛は一切怯える様子などなく、ずんずん前へと進んでいく。そして、門をくぐってから一分もたたずに、遠くに城の塔が見えた。
もともと、ピンクや薄くて明るいブルーなどの、パステルカラーに彩られていたあの城――ドリームキャッスルだが、今はそんな当時の面影もなく。ただ、3時30分前後を指している時計は、機能していないらしい。
もう少し歩くと、広場に出た。その中央にはとても大きい、干上がった噴水があり、その広場からパーク内のいろいろなエリアに行くことができるらしい。
周りを見回すと、テントウムシを模したジェットコースターが、こちらを見つめていた。
「で? 剛。城にはどうやって入るつもりだ?」
俺がそう尋ねたのも無理はない。すべてのアトラクションの入り口には金網が設置してあり、中に侵入できそうもないのだ。建物の入り口を金網で完全にふさいでいる為、入り口の時のようによじ上ることもできない。
しかし、その剛はその問いを待ってましたと言わんばかりに、俺の方を振り向くとニヤリと笑った。
「決まってんだろ? こじ開けるんだよ」
そう言って、剛はバックの中をがさごそと探り出す。そして、そこから一本の棒状のものを取り出した。
……それは、俗にいう、バールだった。両端の色が赤と青に分けられていて、先っぽが曲がって鋭い、ごく一般的なバールだ。
「お前、馬鹿だわ」
「そうか?」
そう言って笑う剛の顔を見ると、ここが廃園になった不気味な遊園地だなんてことを忘れてしまいそうになる。
そして、俺たちは歩いて歩いて、ドリームキャッスルの正面まで辿り着いた。その城の外壁は遠目から見た以上に風化しており、五年という月日の長さを物語っている。
剛はバールを振り回しながら入り口前の金網に対峙した。さぁて、どこを開けてやろうか、といった顔でそれを見つめていた彼だったが、一瞬の間の後、あれ? と小さくつぶやいた。
「どうしたの?」
「いや、これ……」
動きを止めた剛を不自然に思ったのか、朝倉が剛に話しかける。すると彼は、城の入り口の端の方を指さした。
「あそこに穴があるんだけど」
剛の指の先。そこには人が一人通るには十分すぎるほど大きい穴が金網に空いていた。それはまるで左右に引き裂かれたようで……。
「こんな廃墟に、私たちの前に入った人がいるってこと?」
愛美華のその言葉に、理沙が「いえ」と応じる。
「その穴の周辺だけ、不自然なくらい砂埃やごみ、雑草がありません。つまり、この穴は日常的に使われていると考えられます」
「それって、つまり――」
朝倉がそう不自然に言葉を切り、そこから五人に沈黙が降りた。
全員が全員、この理沙の言葉から同じことを想像したとは思えない。しかし、恐らく、ここにいる五人は皆想像したことだろう。
『何か』が、この穴を使って日常的に城に出入りしている様子を。
「ま、まぁまぁ。とにかく中に入ろうぜ。せっかく来たんだし、奥まで探検しようや」
そう言うや否や、先んじて穴をくぐった剛のその言葉に皆の硬直は解かれ、不承不承といった様子で後に続く。
そして、現れるのは大きな扉。
俺の記憶ではこの扉は常時開かれたままだったが、閉園に合わせて閉じられたのだろう。しかし、剛と俺の二人の力だけでも簡単にそれは開けてしまった。『開けてしまった』と表記したのはあわよくばこの扉が開かず、あきらめて帰るという展開を願っていたからである。
そんな俺の願いも空しく、扉はぎぃと金属がこすれる音を出しながらゆっくりと開かれる。そして、その奥に開けたのは闇に包まれた広間。むんとした、ほこりっぽい空気がそこから流れてくるのを感じつつ、俺たちは先に進んだ。
「なにもない……?」
そう朝倉が呟いた直後だった。
カッという短い音と共にそこは明かりに包まれた。今まで暗闇だったところが急に明るくなったのだから、当然俺たちは眩しさを感じ、目を腕で覆う。
そして、大分慣れてきたかな、とそれを外すと、先ほどは暗闇に包まれていた城の内部がよく見えるようになっていた。
扉から見て正面には大階段が堂々と構え、そのわきには左右に2つのの扉が。天井を見上げれば、かなり高いところからシャンデリアが俺たちを照らしていた。
「サンキュ、剛。あの暗闇の中進まないといけないかと思ってたところだった」
「たまには気が利くじゃない」
俺と愛美華はそう言って周りを見回して剛を探す。
照明の制御室は階段わきの扉あたりだろうか? それとも逆の扉?
そう思ってそこを見つめ続けるが、剛が顔を出す気配はない。というか、この数秒であんなところまで行って電気をつけるなんてマネあいつにできるだろうか?
しかし、部屋のどこにも剛はいない。先ほどまで手が届く距離にいたはずの剛の姿が消えてなくなっていた。
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