蛆神様

ノベルバユーザー79369

第77話《隠神様》-12-



あたしの名前は小島ハツナ。
最近、人外のバケモノの襲撃に遭う確率がめちゃくちゃ増えて憂鬱ぎみになっている高校一年生だ。


「ひぃいいい!」


粘土状になったユヅキが、車のフロントガラスを突き破って侵入してきた。
半狂乱になって悲鳴を上げるユヅキが、一目散に外に逃げ出した。


「お、おい」


イイダがあたしに目を向けた。
粘土。
というより、スライムに近いような印象がある。
半分液体でできた生き物。
そんな状態のユヅキが、あたしとイイダに挟まれる形で鎮座している。
これ。
どうすればいいんだ。
と、あたしに目で訴えかけている。
そんなの。
ひとつしかないでしょ。
この状況。
逃げる以外に選択肢はない。


「オマエカ」


ユヅキが言葉を発した。
お前か。
っていったのか?
声がひどく濁っていて、聞き取りづらい。


「オマエガワレラヲゴロジダガ」


スライムのユヅキの頭の位置あたりから、ぎょろっと眼が浮き出た。
ぞくっと寒気が走る。
咄嗟に、あたしは助手席側のドアのレバーを掴んだ。
すると。


「うわ!」


猛スピードで、スライムのユヅキがあたしにぶつかった。
動けない。
まるでトリモチだ。
スライムのユヅキが、あたしの体をがっちり体を『固定』している。
くそ!
しまった!
あたしは体をよじって、スライムの拘束から逃れようと必死に抵抗する。
が。
もがけばもがくほど。
スライムの『粘り』が強くなるみたいで、身動きが取れなくなってくる。


「小島!」


イイダが叫んだ直後。
あたしの目の前に、黒い穴が見えた。
いや。
穴じゃない。
『口』だ。
牙の生えた獣の口が、目の前に開かれている。
そうあたしは理解した。


「え」


気付いた時には、顔の感覚が消えた。
あ。
半分だ。
顔面半分もってかれた。
そんな、気がする。


「小島……お前」


イイダが青ざめた顔であたしを見つめる。
たぶん、五秒ぐらい。
意識を失っていた。
かも。
きっつい。
いきなり『かぶっ』の不意打ちは、マジで勘弁してほしい。
普通の人間なら確実に死んでいた。
だけど。
普段の行いがいいのか。
たまたまラッキーだからか。
車の後部座席に置いたあたしの鞄。
マチコに「お守り代わりに」といわれて、無理やり持たされた【蛆神様】のポスターが入っている。
おかげで。
即死だけは免れた。


がりゅがりゅ。


骨と肉を丸ごと噛み砕く音が聞こえる。
噛みちぎられたあたしの顔の傷口から、夥しい量の『蛆』が湧き出た。
ぼとっ。
ユヅキのスライムの表面に、溢れた蛆が何匹か落ちる。


「ガガガガガガ!」


謎の奇声をユヅキが発した。
刹那。
あたしとイイダは車外に放り出された。


「うう」


景色が二重、三重に映る。
うつ伏せで倒れていたあたしは、立ち上がろうとアスファルトの道路に手をつく。
脇腹に激痛が走った。
息をするだけで、痛い。悲鳴を出すものなら、何十倍の痛みになって体に返ってきそうだから、悲鳴が出せない。
わからないけど。
これ、あれだ。
折れた肋骨が内臓刺してるんだ。
きっと、そうに違いない。


「いたい……」


心の声をつぶやきつつ、あたしはイイダを探した。
離れた場所でうつ伏せで倒れているイイダを見つけた。


「ぐぐ」


ゆっくりではあるが、イイダが動いているのが遠くからわかる。
よかった。
生きてるみたいだ。
ほっとあたしは胸が撫で下ろした。
途端。


ずぎっ。


顔がうずいた。
うずいた顔の部分に触ると、頬骨が形成されていた。
復元している。
だんだんと顔の感覚が戻ってきているのはわかる。
ただ。
食われた顔が復元があきらかにいつもより遅い。
いつもなら数秒で傷が癒えるはず。
今は。
骨が構築されるところで止まっている。
離れすぎたせいだ。
車の中に残してある鞄の中。
【蛆神様】のポスターから『五メートル』以上離れたせいで、傷が癒えるスピードが遅い。
やばい。
噛みちぎられた顔の傷の血が止まらないし、おまけに折れた肋骨が内臓に刺さっている。
死ぬ。
早く傷を治さないと、本当に死んでしまう。


ぎぎぎぎぃぃ。


金属がひしゃげる音があたりに響いた。
イイダの車が。
ひとりでに縦方向に潰れ始めた。
車の窓から、逃げ場を失ったシュークリームの中身のクリームのように、粘土状のユヅキの体が漏れ出てきた。


「ゴロス」


ユヅキの声がはっきりと聞こえた。
顔から垂れる血の量が増える。
携帯は繋がらない。
蛆神様のポスターは車の中。
顔半分は噛みちぎられ、折れた肋骨が内臓を刺している。
ああ。
うん。
これ、あれだ。
詰んだかも。
車から無尽蔵に溢れ出る粘土状のユヅキを目の当たりにして、あたしは思った。
心の奥から、本当に思った。


続く。

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