蛆神様

ノベルバユーザー79369

第76話《隠神様》-11-



私の名前は刑部マチコ。
隠神村という田舎村が故郷の今年二六歳の探偵だ。
私がまだ小学生の頃。
おじいさんから聞かされた話がある。


「この村には【隠神様】が住まわれておる」


およそ四百年前。
ある城主が。
山から『狸』をたくさん捕まえろと部下に命令をしたそうだ。


「城主様はいった。『わしは不思議な夢を見た』と」


城主曰く。
夢の中で城内の庭を眺めていると。
突然、目の前で『金銀財宝』が天高く積み上げられたそうだ。
なんだこれは。
城主があたりを見渡したその先に。
無数の『狸』たちが、背中に財宝を乗せて次々と城主の寝室に入ってきたのを目撃した。
目覚めてから城主は庭を覗いたが、金銀財宝はなく、あれが夢だったと気づいた。
とても印象深い内容だった。
城主はそう感じたそうだ。
そしてどういうわけか。
ひょっとして現実に起こることではないかと勝手に解釈をしたそうだ。


「狸はどれくらい捕まえたの?」


小学生の私がおじいさんに訊ねた。


「城主様の命令で捕まえた『狸』は、たったの五匹だったそうじゃ」


今よりずっと獣の数が多い時代とはいえ、野生の狸を何十匹も捕まえることは至難の業である。
その日のうちに五匹も捕まえることができただけでま凄いことだが、城主は納得することができず、数匹の狸しか捕まえられなかった現実に怒り狂った。


「城主様は部下に命令した。『この狸たちを今すぐ殺せ』と」


城主が見た夢は、無数の狸たちが金銀財宝を運ぶ夢である。
数匹ではなく、何十何百というおびただしい数の狸たち。
その狸たちが金銀財宝を天高く積み上げるのであって。
たかが。
数匹の狸たちでは断じて違う。
ゆえに城主は『殺せ』と命令した。


「城主はその日のうちに狸を百匹以上捕まえることができなけれぼ、その場で狸たちを処分しろと部下たちに命令した」


部下たちは毎日、山に入っては狸をできるだけたくさん捕まえようと努めた。
しかし。
どんなに捕まえても一〇〇匹以上にならなかったそうだ。


「狸さんかわいそう」


私はそう思い、素直に感想を口にした。
おじいさんも「そうだね」と同意した。


「少しずつ捕まえて増やせばいいのに、その城主は『一日でたくさんの狸』にこだわってたんだろうね」


金銀財宝を運ぶのは。
有象無象の数の狸たち。
そのへんにいる数匹の狸では絶対に金銀財宝は運んでこない。
そう頑なに信じ込んでいたそうだ。
そもそも狸が金銀財宝を運ぶ根拠なんてないはず。
部下たちは疑問に感じつつも、城主の命令として狸を捕まえては、数に達しなければ屠殺する行為を何度も何度も繰り返した。
そうして殺してきた狸の数は……。


「城の高さほどもある、狸の骸ができたそうじゃ」


城近くにある山すべてに狸が一匹もいなくなり、殺された狸の骸は城から離れた平地に『狸塚』として埋葬されたそうだ。


「それから城主は『夢』を見たそうじゃ」


正確にいうと。
夢の『続き』を見たという。
庭先で天高く積まれた金銀財宝の山。
その山が。
金銀財宝から、『泥山』に変わったという。
泥山の中には目がたくさん浮き上がり。
縁側に立つ城主をじろっと見つめてきた。
刹那。
城主は目が覚めたそうだ。


「その夢を部下に話した城主は、あくる日に殺されたそうじゃ」


城主の死体は、庭先で見つかった。
すべて。
どろどろにっていた。
全身の皮以外が、『泥』に変わる怪死を遂げていたそうだ。
城主が死んだその日から。
城の中の人間たちが、次々と城主と同じ殺され方を遂げるようになったという。


「狸の『祟り』は、城の人間。その周りに住む村の人間を次々と殺していったそうじゃ」


そうして、城主の土地は百年以上に渡って不毛の土地と化したという。
やがて。
土地に棲みついた狸の怨霊たちは。
人々から【神】と恐れる存在となり。
姿を隠される荒神として、【隠神様】と呼ばれるようになったそうだ。


「【隠神様】は『怒っている』んじゃ。人間たちの自分勝手な都合で殺されたことに怒っている」


その怒りは。
今も続いている。
ゆえに。


「【隠神様】はけっして起こしてはいけないんじゃ」


隠神様は洞窟の奥で眠られている。
そうおじいさんは私にいった。
私はおじいさんに訊いた。


「もし、【隠神様】が起きたらどうなるの?」


「たくさん人が死ぬだろうね」


そして、それは誰にも止められない。
そうおじいさんは答えた。


「安心しなさい。マチコ。本当にあったことではないよ」


おじいさんは私の頭をなでながら、柔和な笑みを浮かべた。
そっか。
ただのお話か。
私はそれを聞いて安心した。
隠神様が現実にいたらどんなに恐ろしいことになるか。
想像するだけでゾッとする。
小学生の私はそう思っていた。


続く

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