蛆神様

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第67話《隠神様》-02-



あたしの名前は小島ハツナ。
早朝五時。
マチコの知り合いが運転するマイクロバスに乗って、マチコの生家のあるS地方に向かっている高校一年生だ。


「明後日から転校よ」


トモミを追い詰めたあの日。
あたしは車内でお母さんが家から持ってきてくれた私服に着替えた後、お母さんと一緒にマチコの探偵事務所がある貸しビル一階の純喫茶に入った。
そこでマチコはあたしにそう告げた。
お母さんも了承しているとあたしにいった。


「どうしてですか?」


急に転校とか。
なんで?
理由がわからない。
あたしがマチコに問い質そうとすると、マチコの代わりにお母さんがあたしに答えてくれた。


「あなたのおじいちゃんに関係してるの」


おじいちゃん?
どうして、おじいちゃんとあたしの転校が関係してるの?


「ハツナ。おじいちゃんが昔、大学の研究職をやってたの知っていたかしら?」


あたしはかぶりを振った。
おじいちゃんがあたしの前で自分の仕事について話したことがなかったし、あたしもそんなに興味がなかったか聞いたことがなかった。
おじいちゃん。
大学で研究職やっていたんだ。


「そうよ。民俗学ではそこそこ権威のある人だったのよ」


「へぇ、そうなんだ」


それとあたしの転校が一体どう関わってくるんだ。
あたしはお母さんにストレートに訊いた。


「おじいちゃんは【蛆神様】について研究していたの。蛆神様がいつから存在していていつから人々に信仰されていたのか。その研究をするために隣町に引っ越してきたの」


おじいちゃんが【蛆神様】を研究していた。
それを聞いて、あたしは納得した。
道理で詳しいわけだ。
蛆神様の扱い方というかなんというか。


「いい? ハツナ、よく聞いて。ここからが重要なの」


お母さんは神妙な面持ちとなり、一呼吸間を置いてから、あたしにつげた。


「あなたにとり憑いている『蛆神様』はね。本当ならこの世に存在しない神様なの」


は?
急にお母さんは何を言い出すんだ。
蛆神様が存在しないって。
どういうこと?


「ええ、そうね。現実にいるわね。それはお母さんも認める。でも、そうじゃなくて……」


「ミツコさん。私から」


上手く説明できないお母さんに代わって、マチコがあたしに話してくれた。


八百万やおよろずの神ってわかるかしら」


「えと、詳しくないですけど……あれですよね? 色々な神社とかにいる神様たちのことですか?」


「そうね。日本神道における『神』の定義は、『自然現象』に対してつけられていたものが多いの」


たとえば、山や海。
あるいは家や土地など。
小さな米の一粒にも神様が存在している。
それらを。
八十神やそがみ
あるいは、『八百万やおよろずの神』と呼ばれている。
そうマチコは説明した。


「【蛆神様】も、そんな八百万やおよろずの神の一柱だと思っていたけど、あなたのおじいさんの研究によればそれが違うことがわかったの」


「どう違うのですか?」


「蛆神様には『歴史』がないの」


一体、蛆神様がいつから存在していたのか、証明できる資料がどこにもない。
まるで、思いつきで作られた嘘話のように。
それこそ。
どこからともなく湧き出る『蛆』のやうに、突然現れた謎の神が。
蛆神様だという。


「え、でも。あのマークは? それにあたしが小さい頃からあのポスターはありましたし」


「そう。それよ」


マチコはいった。


「あなたのおじいさんが【蛆神様】の存在を知ったのは、五〇代後半の頃だったそうよ」


つまり。
あたしが生まれる前後あたりに。
【蛆神様】が生まれたのかもしれない。
そうマチコはあたしに説明した。


「新興宗教で作られた神様なのか、あるいは外国から流れてきた神様なのか。まるで『謎』な神様だけど、ひとつだけわかったことがあったみたい」


人間の《欲望》を具現化することができる。
ほとんど歪曲解釈して具現化されているが、実際、なんの見返りもなく人の欲望を叶える神様なんて。


「世界のどの神話にも登場しないわ。まるで人間が自分の都合のいいように作った便利な神様のような、そんな印象があるわね」


「あの、すみません」


蛆神様の出自とか
おじいちゃんの研究内容とか
色々話がでてきたけど。
さっきから、話が進んでいない。
だから、どうしてあたしが転校しないといけないのか。
その理由を聞きたい。


「深く関わりすぎたのよ。おじいちゃんが……蛆神様に」


目を伏せ、ぼそりとお母さんがつぶやいた。


「結果的に、あなたのおじいさんが進言してくれたあなたの《願いごと》が、あなたを苦しめることになるの」


蛆神様の《願いごと》が?
どういうことだ?
あたしがお願いしたのは、《【蛆神様】がハツナの『味方』でありますように》だ。
そのおかげで。
どぶネズミに身体中食べ尽くされても。
手足や眼を潰されても。
身体が『再生』する能力を得ることができた。
いいか悪いかといわれたら。
よくはない。
だって。
体のパーツが再生する時、傷口から絶対に蛆が湧くんだぞ。
いろんな意味でドン引きだわ。


「【蛆神様】があなたを守ることに『暴走』しはじめてきたのよ」


マチコは鞄から一冊のボロボロのノートを取り出した。
このノート。
前にあたしを連れて行ったあの家にあったあのノートだ。
121回のループ。
何が起こったのか、それぞれループした回数分のあたしが書き残してくれた遺品でもある。
マチコはノートを広げ、付箋をつけたページを開いた。


「ここ見て」


テーブルに広げられたページをあたしは覗いた。


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10月17日(月)
学校に行くと先生が目の前で土下座をして「蛆神様」といいはじめた。
クラスメイトもあたしをあたしと見なくなり、トモミもミクも、みんなあたしを「蛆神様」と呼び、崇め奉るようになった。
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「時期こそ微妙に違うけど、ループしたあなたに必ず共通してい起こっていることよ」


マチコ曰く。
ある日を境に、あたしのことを【蛆神様】と『崇める現象』が起こるという。
そうなったらどうなるのか。


「わからないわ。ループしたあなたのノートには、その先の記録がないもの」


マチコは答えた。
ループする基準点。
あたしのことを【蛆神様】と、呼ばれるようになるのは必然的に起こることだろうとマチコは補足でいった。


「60回目あたりのあなたの記録によると、《あたしを守るために、蛆神様が拡大解釈してあたしを蛆神様にしようとしている》といってたわ」


「どうして、あたしが蛆神様に?」


「さぁ? 多分、あの頭悪いアホな神様のことだから、味方イコール自分と同じにしてしまおうって勘違いしたんじゃない」


マジか。
どうしていつもそういう方向になるのかな。蛆神様って。


「いずれにしても起こることみたい。回避はできないわ」


「ループしたあたしが書けないことって、どんなことが……」


「少なくとも、ループしないといけない何かがあったことはたしかね」


あたしの今の目的は。
ループから脱出することだ。
死なずに普通の生活を平穏無事に送ること。
もしここで同じことを体験すれば。
またループを行うことになる。
それだけは、絶対に避けないといけない。


「だからこそ、転校なの」


マチコはノートを閉じ、あたしを見つめた。


「この町も隣町も、もう【蛆神様】に洗脳された人間に溢れかえっている。私やあなたのお母さんを殺そうとした黒幕は、蛆神様とあなたを狙っていることはたしかね」


「つまり、【蛆神様】のことを知らない人たちが住む場所に行かないとループしちゃうってことですか?」


「それもあるわ。でもその前に、このままだと普通の生活が送れないことは確実よね」


たしかに。
さっきのように町のひとや学校の友達が、あたしのことを蛆神様と神格化させて、やたら土下座やら媚びへつらいしてくる毎日だと、正直きつい。
マチコから話を一通り聞いて、あたしは納得した。


「あくまでも永住じゃないわ。私があなたを狙う黒幕が見つかるまで、ハツナは隠れていてほしいということよ。わかった?」


あたしは首を縦に振った。
仕方のないことだ。
本音をいえば、トモミやミクと別れるのはつらい。つらいけど、友達にお祈りされる立場になると想像してみると、鳥肌が立ってしまうほど、嫌悪感すごい。
町のためにも。
家族のためにも。
自分のためにも。
蛆神様と距離をとるために。
あたしは転校することを承諾した。


「手続きはこっちで済ませておくわ。あなたは明後日までに荷物を用意しなさい」


マチコはいうと、席を立って会計をしてくれた。
それからあたしはお母さんとしばらく何があったのか、それぞれ自分の身に起こったことを報告しあった。
喫茶店を出る間際まで話した後。
お母さんは涙を浮かべ、あたしにいった。


「ごめんなさい。あなたを巻き込んで」


あたしは「いいよ、お母さんのせいじゃない」ってフォローをした。


そして今。
気がつくとあたしは寝ていた。
眼が覚めると、崖の端のような狭い山中道路をマイクロバスが走っている。


「あと一時間で着くよ」


バスの運転手があたしに教えてくれた。
時刻は一二時に入りかけていた。


「すみません。これから行く村の名前って、なんて名前でしたか?」


「ん? ああ、イヌガミ村だよ」


「イヌガミ村……」


「隠れる神って書いて、『隠神いぬがみ』って読むんだ」


運転手が運転しながら、宙に隠神と片手で描いてくれる。
あたしは窓の外を眺めた。
茅葺き屋根の古い家が立ち並ぶのどかな『隠神村いぬがみむら』が、少しづつ姿を現わしてくる。
あたしは拳を握りながら、じっと村を見つめ続けた。


続く




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