蛆神様

ノベルバユーザー79369

第66話《隠神様》-01-



あたしの名前は小島ハツナ。
電車に轢かれて満身創痍な状態になりながらも、無敵のコイ人を倒すことができた高校一年生だ。
最前列車両。
運転席を隔てる仕切り壁を背に立つトモミは、怯えた表情であたしを見つめる。
もうトモミが『コイ人』を呼び出すことはない。
仮に呼んでも。
あたしには通用しない。
コイ人。
トモミの願いであるコイ人を創ったのは【蛆神様】だ。
願った本人はトモミだけど。
叶えたのは【蛆神様】だ。
その【蛆神様】があたしの味方になっている。
発注者が違っても製造元が同じなら。
コントロールすることはそう難しくない。
それを、トモミの目の前で証明してみせた。


「妙なことは考えないでよ」


あたしはトモミに牽制をかける。


「今、マチコさんに『コイ人』を送れば、ただじゃ済まさない。わかるよね?」


こっちは足やら手やら折られて、おまけに目を二回潰されたんだ。
二、三発顔面グーパンチをしても、文句をいわれる筋合いはない。
っていうか、マジで痛いんだよ。
一回やってやろうか?
そうトモミにいってやりたい。


「う、ううう」


トモミはヘビに睨まれたカエルのごとく、ガタガタと体を震わせ、その場に立ち尽くしている。そんな様子だった。
トモミにもう戦意はない。
追い込まれたことに対する恐怖だけが彼女を支配してる。
とりあえず。
あたしがやることは二つだ。
ひとつは。
一発ぶん殴る。
殺さない代わりに、トモミの鼻に思いっきりあたしの拳骨めり込ませてやる。
それぐらいはやっていいと思う。
ふたつめは。
黒幕についてトモミに尋問する。
誰が何をトモミに吹き込んだのか。
なぜマチコを狙ったのか。
何もかもだ。
すべてトモミから聞き出すつもりだ。


「うううう……うじ……がみさま……」


ぼそりとトモミがつぶやいた。
なに?
今なんて言ったの?


「蛆神様……お許しください……」


トモミの両眼が潤んだ。
瞬間。
まるで崩壊したダムのように、涙がどばどば流れ始める。


「ううううう……お許しください……」


両膝を床につき、トモミは合掌をしながら深々と頭を下げた。
え?
まさか。
これって。
命乞い。とかいうやつ?
マンガの悪役が正義のヒーローに対してやったりするシーンを見たことあったけど。
まさか親友がそれをするなんて。
思いもしなかった。
というか、どうしよう。
なんか困る。戸惑いしかないぞこれ。


「うじがみさまぁあああ」


どこからか声が聞こえた。
はっと、あたしは気づいた。
車両内にいる人たち。
みんなあたしをじぃっと見つめている。


「蛆神様……」


「蛆神様よ」


「おお、蛆神様だ」


「蛆神様だわ」


「ありがたやありがたや……うじがみさまうじがみさまうじがみさまうじがみさまうじがみさま」


車両内の人たちが、あたしに向けて合掌していた。
まるで仏様を拝むように、みんな口々と「ありがたやありがたや」とつぶやいている。


「蛆神様ぁあああああああ」


戸惑うあたしに、中年のおばさんがあたしの手を握り、自分の頬に擦り当てはじめた。


「ダイエットをしても全く痩せられません! 体重を二〇キロ以上減らしてくださいッッッ」


中年のおばさんが頬を擦り当てるところから、あたしの手の甲をべろべろ舐めはじめた。


「うわ!」


反射的にあたしは手を引いた。
すると。


「蛆神様ぁ! パチンコで遊べる金がほしい!」


「模試で一位になりたい!」


「ブランド物のバックがほしい!」


「あたしのことをちやほやしてくれるいい男をつくってぇえええ!」


「いい女とセックスしたい!」


「むかつく姑を殺して!」


「一生遊んで暮らせる金がほしい!」


四方八方から、あらゆる種類の《願いごと》があたしに告げられてくる。
そこにいる人みんなが。
あたしを取り囲もうとする。
取り囲んで。
あたしに触ろうと手を伸ばしたくる。


「いや、やめて! こないで!」


あたしは近づいてくる人たち全員の手を払い、車両から飛び出した。
が。
ホームにいる人たちみんなが。
あたしを見つめ、にたにたと不気味な笑みを浮かべる。


「蛆神様ぁあああ」


「蛆神様だぁああああ」


そこにいる人たち全員が、まるでゾンビになったかのように、あたしに向かって歩み寄ってくる。
みんな、目が座っている。
まともじゃない。
やばい。
この状況どう考えても危なすぎる。


「ハツナ!!」


車のクラクションが激しく鳴った。
見ると、線路の踏切あたりで車に乗ったマチコがあたしに手を振っているのがわかった。


「マチコさん!」


「早く! 走ってきて!」


あたしは線路に降り、全速力で走った。
後ろから人が追いかけてくる。
何人も。
何十人も。


「まってぇええええ! 蛆神様ぁああああ」


「《願いごと》を叶えてくれぇえええ」


ダメだ。
さっき全速力で走ったから、体力がもたない。
マチコの車に着く前に、つかまってしまう。
そう思った。
刹那。
あたしの頭上高く、放物線を描いて金属のかたまりが飛来しているのが見えた。
空き缶のように見えた金属のかたまり。
金属のかたまりはあたしのずっとうしろあたりに落下し、中から黄色い煙をもうもうと吐きだした。
煙幕球?
いや。
きっとあれだ。
暴動用に警察隊とかが使うあれだ。
催涙弾だ。


「ごほっごほっ!」


煙に取り込まれた人たちは、激しくむせかえり足が止まった。
いまのうちよ。
マチコの合図で、あたしは車に乗り込むことに成功した。


「ハツナ!」


後部シートには、お母さんが座っていた。
あたしはお母さんの顔を一瞬見て、ハグをした。
よかった。
無事で本当によかった。
安心したせいか、目頭が熱くなってきた。


「感動の再会をしたいのはわかるけど、状況が変わったわよ」


マチコはエンジンのキーを回しながら、ルームミラー越しに映るあたしたちに視線を向けた。


「あの、マチコさん。何が起こったのですか?」


「ちょっと説明が面倒だから今ははしょるけど、ざっくりと要件だけいうわよ」


マチコがこちらに振り向き、あたしを見つめた。


「ハツナ。この町から逃げなさい。今すぐに」


「え?」


戸惑うあたしがなにか聞こうとすると、マチコは答えようとせず、ギアチェンジをして車を発進させた。
その日は。
セミの鳴き声が聞こえなくなってきた。
日差しの強い残暑の秋になる気配をどことなくあたしは感じ取った。


続く

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