蛆神様

ノベルバユーザー79369

第65話《鯉ダンス》-十一-



あたしの名前は小島ハツナ。
体を張って電車を止めたおかげで、顔半分と右半身がぶっ飛んだ高校一年生だ。


「トモミ」


右足が徐々に形になってきた。
あたしの内側から湧き出る蛆は、まず骨からあたしの体を作っていく。
それから臓物。
筋肉。
皮。
その順番で作っていく。
体半分が完全に再生されるまでかかるのは、おそらく五分はかかるかも。


「ハツナ。あんた……」


トモミは生唾を飲み込んだ。
視線が一瞬左に動いた。
あたしは走り寄り、すかさずトモミの首を掴んだ。


「く、苦しい……やめて、ハツナ!」


あたしは無言でトモミの首を絞めた。
おあいこだ。
あんたもあたしの顔にドライバー刺したり腕折ったんだ。
これぐらいされても文句はないだろ。


「おい揉め事はやめろ! 静かにできんのかお前らは!」


事情を知らない乗車客のおじいさんが、みんなを代表してあたしたちに注意してきた。
おじいさんは悪くない。
むしろ正論だ。
けど。
ごめん。
今、あたし、腹の虫が悪いの。


「うるさい。こっちに干渉するな」


あたしはおじいさんを睨みつけた。
顔半分は骨と筋肉が剥き出し。
おまけに、その半分の顔には蛆がうじゃうじゃ集っている。
最初こそ前のめりで勢いのあったおじいさんだったが、あたしの今の姿を見てから次第に勢いがしぼみ、すごすごと後ろに下がった。


「トモミ。今すぐ。マチコさんを襲っている『コイ人』を止めて」


「聞いて……ハツナ……あたしはあんたのために…ぐ!」


あたしはトモミの首を更に絞めた。
そのセリフは聞き飽きた。
いいから、しのごの言わずに解除するんだ。
コイ人の暴走を。


「ハツナ……まさか、あたしを殺すの?」


トモミがあたしを見つめた。
殺す。
その言葉を聞いた瞬間、あたしは「え?」となった。
トモミを殺す?
あたしが?
いや、殺したくない。
人殺しなんてしたくない。
ましてや。
親友のトモミを殺すなんてもっとできない。


「うぐぅああああ!」


突然、叫び声が聞こえた。
この声。
さっきあたしたちに注意してきたおじいさんの声だ。

あたしはおじいさんが下がった席あたりに視線を動かした。
え?
一瞬、目を疑った。
おじいさんの顔が、細長くせり出てきている。
肌の色が真っ白になり、鱗ができていて、口の両端に白い髭が左右一本ずつ生えてきた。
これって。
まさか。
コイ人?


「いぎっ!」


あたしが一瞬目を離した隙に、トモミがあたしの治りかけの右眼を潰した。
痛みのあまり、あたしは掴んでいたトモミの首を離す。
トモミはあたしの手から逃れ、全力で車両奥に逃げた。


「待て! トモミ」


潰れた眼球が床に落ちる。
くそ。
あいつ。
せっかく治りかけた眼をまた潰して。
あたしより全然容赦ないじゃない。
いくら友達だからって、やっていいこと悪いことあるはずだ。





制服の内ポケットに入れていたスマホに着信が入った。
よかった。
ディスプレイのガラスにヒビが入っているだけで、まだ使えるみたいだ。


「もしもし?」


「ハツナ! あんた無事なの!」


お母さんの声だった。
声を聞けて、あたしはホッとした。


「お母さん! お母さんこそ大丈夫?」


「なんとかね。どうしてか、さっきまでいた魚のバケモノが急にいなくなって……そしたら刑部さんがあんたに電話しろって」


「ぎぇええええ!」


あたしの背後で、おじいさんの体に乗り移ったコイ人が雄叫びを上げた。


「うん。大丈夫。全然問題ないよ。お母さん。刑部さんに伝えてほしいの。あたしたちは駅にいるよ」


「ハツナ! 今後ろから変な声が」


あたしはスマホを切った。
振り返ると、コイ人があたしの背後に立っていた。


「相変わらず生臭いね。トモミの彼氏って」


踵を返し、あたしはトモミが逃げた車両奥に走った。
コイ人が追跡してくる。


「すみません! どいてください!」


人を押しのけて、あたしは車両を進んだ。
コイ人は人を怪力で払いのけて、あたしを追いかける。
後ろから「うわぁ!」「ひぃ!」といった悲鳴が聞こえるが、あたしはすべて無視してまっすぐ走った。
まっすぐ。
まっすぐだ。
トモミのいる最前列車両に向かって。


「く、くそ!」


最前列車両にトモミがいた。
夕方の五時帯。
帰宅途中のサラリーマンや学生がごった返すホームは、いつも以上に人が溢れかえっている。
それもそうだ。
あたしが電車に轢かれて、『電車遅延』させたんだ。
今、駅員たちがあたしの肉片を拾っている最中だ。
早く見積もっても一時間。
駅ホームの混雑は解消されないだろう。


「もう逃げられないよ。トモミ」


あたしはトモミに詰め寄る。
さっき。
殺すというキーワードを聞いて、あたしは動揺した。
けど。
右眼をトモミに潰されて、気持ちが吹っ切れた。
トモミは殺さない。
絶対に。
その代わり。
ボコボコにする。
全治何ヶ月の大怪我。
それで許してやる。


「ふ、ふふふふ」


トモミの口元が歪んだ。
頭上に影が落ちる。


「ぎぇえ!」


あたしが振り返った瞬間。
コイ人の大きな手が、あたしの首根っこを掴んだ。


「もう逃げられない? ハツナ。逃げられないのはあんただよ?」


つま先が地面から離れた。
めきめきと首の骨が軋む音がする。


「あたしの『コイ人』は不死身だ。どんなことをしても殺すことはできない!」


コイ人が両手であたしの首を絞めあげる。
あたしはじっとトモミを見つめた。


「一旦、態勢を整えてから刑部マチコは始末させてもらう。ハツナ。悪いけどあんたには気を失ってもらうよ」


「トモミ。あんた、何か勘違いしてない?」


はっきりとした口調であたしはいった。
トモミが目を剥き、「え」とつぶやいた。
喉が潰されるほど首が締め上げられているはず。喋ることなんてできるはずかない。
きっと、トモミはそう思っている。


「ぐ、ぐぐぐ」


コイ人の手が徐々に緩くなってくる。
濁った魚の目から、白い物体が噴き出る。
うねうねと動く白い生き物。
蛆。
コイ人の口や目、鱗の隙間から、うじうじゃと蛆が噴き出てきた。


「え? え? え?」


状況が理解できないトモミが、コイ人の異変を見てパニックになっていた。
コイ人。
それはトモミが【蛆神様】に《お願い》して作ってもらった存在だ。
それはつまり。
【蛆神様】の『パワー』で発現されたということになる。
あたしが【蛆神様】にお願いしたこと。
それは。


「【蛆神様】はあたしの『味方』だ」


だから、【蛆神様】によって作られた『コイ人』が、あたしを攻撃することはできない。そういうことになる。


「トモミ。あんたが無敵の『コイ人』をあたしの前に呼んだ時点で、負けが決まったんだ」


コイ人は雄叫びを上げて、膝を落とした。
体の至る所から、蛆が噴き出る。
パクパクと口を動かし、やがて地面に体が横たわった。
立ち上がってくる様子はない。
コイ人の白濁した黒目。
まさに。
死んだ魚の目とはこのことだな。
そう思った。


《鯉ダンス》 -終-

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